「球技大会ッ!これは、俺達が女の子の前で良いところ見せる最大のチャンスだっ!」
「オウッ!」
 その場にいた男子は固く拳を握りしめ、ドスの利いた声で応じる。
「だがしかしっ」
 おそらくはその場を主導している男が一旦言葉を切り、身体を震わせつつ言葉を続けた。
「宮坂、有崎、青山の3人がいたら俺達は良くも悪くも目立てない可能性が高い………ということで。あの3人をどうにかしてしまうために良いアイデアはないかというのがこの集まりの主旨なんだが」
 既に陽の落ちた、男子校のグラウンド脇。
 校舎ははなくとも、クラブ活動は続く……という事で、文化系クラブはともかくとして、体育会系クラブは授業が終わると男子校に舞い戻り、練習に汗を流していたりする。
「いっそのこと球技大会に出られないように…」
 何やら棒の様なモノを掲げ、不穏な発言が飛び出るやいなや…
「俺らがどうこうできる連中じゃないって……」
「青山相手なら、俺は拳銃持っててもゴメンだね」
「俺は、青山より有崎だな……青山は、俺らが死なない程度に手加減してくれそうだけど、有崎が本気で怒ったら手加減もへったくれもないし、青山以外誰も止められんぞ」
「え、有崎先輩ってそうなんですか?」
「ああ、1年は知らないのか…」
「いや、強いのは知ってますよ……でも、いい人だなと」
「そりゃ、いいヤツなのは俺らも否定しないし、間違ってもねえけどよ…」
「……のわりには、入学して早々宮坂を窓から突き落としてたりしてたが」
「宮坂が悪いからだろ」
 この発言に関しては、何故か全員一致。(笑)
「でも、この前有崎にちょっかい出してた奴らがいなかったか?」
「……ああ、なんか藤本先生の親衛隊がどうのこうの」
「文化系クラブの連中が結構まいってるみたいだな」
「いいよな、文化系の奴ら……女子校のクラブと合同でやってるとことかあるんだろ?」
「俺ら、合同でやっても意味ないというか……合同でやる理由が見つからないと言うか」
「……話、逸れてるって」
「あ、そうだな……しかし、有崎にちょっかいかけるなんて、文化系の奴らも命知らずというか」
「有崎の場合……宮坂以外には滅多に手は出さないからな、そのあたりを小賢しく計算してのことだろ」
「よっぽどの事をやらない限り、怒るというか手を出したりしないのは確かだが……怒る基準が良くわからないとこがあるよな、有崎って」
「怒ると恐いのもあるが、俺は有崎に手を出すのは嫌だ……世話になったことあるし」
「お前ね、義理と女の子どっちが大事だ?」
「けどよ、お前らだって有崎には世話になってるだろ?クラブにしたって、体育館の床がまともになったのだってアイツのおかげだし、ラグビー部が独占してたグラウンドも公平に使用できるようにもなったのだって……」
 その場にいた大半の人間が下を向いた。
「有崎はともかく……球技大会が終わった後、命がなくなるような事はゴメンだな」
「有崎あたりなら笑って許してくれそうだが…」
「とかいって、こっちがいい気になってると、ラグビー部の二の舞になるのがオチだろ」
「じゃあ、青山と有崎には手出しできないじゃん」
「……あの、宮坂さんは?」
「……そういや、アイツがケンカしてるの見たことないなあ」
「案外腕っ節は…」
「とはいえ、青山や有崎に殴られてピンピンしてるヤツに、俺らがどうやってダメージ与えるよ?」
「……というか、屋上から校庭にダイブして無傷な男だし」
 その場をなんとも言えない沈黙が支配する。
「……えっと、力ずくでとか3人一緒に考えるから不可能に見えるんじゃないか?」
「と言うと?」
「いや…青山は元々、球技大会なんてやる気がないだろうし、女子に良いところを見せるなんて気持ちがあるとも思えない。有崎は身体能力が飛び抜けてるけど、細かい技術はないし、俺達に怪我とかさせないように普段の体育とかは控えめにやってるだろ?」
 その場の連中が小さく頷く。
「だから、青山の場合俺達が何かしようとすると反対にそれを阻止するために動くだろうから基本的にノータッチで、有崎は……こう、活躍できなさそうな競技に出場させればいいんじゃないか?」
「おぉ…」
 その逆転の発想に感心したようなため息がこぼれる。
「それでいこう」
「こっちに被害が及ばないってのが良いよな」
「……と、すると」
「ヤツをどうするか…だが」
「……良いところ見せようとして張り切ってるのは間違いないし、格闘技系を除いたスポーツに関しては3人の中でもやっぱり宮坂が一番だろ」
「……良くも悪くも目立つよなあ、宮坂は」
「……俺、自分が良いところを見せられないことより、宮坂が良いところを見せることの方が耐えられない」
「……同感」
「……いっそのこと、あの3人を同じ競技に出場させたらどうだ?」
「そうだな、その競技はともかく、他の競技はあの3人の影響を受けないわけだし」
「……いや、あの3人を集めるとろくでもないことが起きるのはこれまでの経験で明らかだろ」
「宮坂1人でも十分ろくでもないじゃねえか…」
「いや、宮坂の実現不可能なろくでもなさをあの2人が実現してしまうあたりに問題があるというか」
「でも、そのろくでもない出来事を収拾つけられるのもあの2人だけというか…」
「話が逸れてないか?」
「小田原評定とはこの事だな」
「……」
「と、とにかく、青山はノータッチ、有崎は人が良いから競技を限定させるとか、怪我人を出させないようにクギを差しておこう」
「うむ」
「で、宮坂は……?」
「……潰そう」
「……どうやって?」
 
 プルルル……
「はい、有崎です」
『青山だが』
「……俺が学校に行こうとするタイミングを何故読める?」
『偶然だ』
「……で、どうかしたのか?」
『今日、俺は出席しないから』
「……出席はしないが、学校に来ないとは限らない?」
 多少の沈黙を経て、青山がぼそりと呟いた。
『なかなか人の言葉を読むようになったな』
「……藤本先生に『休むという連絡を貰った』と伝えた方がいいか?それとも、ただ来てないと思わせる方がいいか?」
『どっちでも……厳密には何も伝えない方がよりベターだが』
「じゃあ、適当に流しておく」
 
「さあ、今日はウチのクラスで完全制覇を目指すわよ」
 冬だというのに紗智が燃えていた。
 女子ではただ1人、既にジャージに着替えて戦闘準備完了ってな感じである。
「とりあえず、男子はアストロ超人が3人いるから盤石よね?」
「青山はいないとして計算してくれ」
「はぁ?」
「なんか用事があるらしい」
「よ、用事って…」
 紗智がこめかみのあたりをヒクヒクさせながら尚斗を睨んだ。
「一体何考えてるのっ!?」
「俺に言われてもなあ……」
「ま、まあいいわ…2人いりゃ充分よね」
 気を取り直したように微笑んだ紗智に向かって、尚斗は首を振った。
「いや、俺は跳んだり走ったり投げたりの基礎能力系統の個人競技は自信はあるが……自分で言うのも何だが体力馬鹿なんで球技はあんまり」
「またまた……謙遜しなくても」
 このこの、と紗智が尚斗の脇腹を肘でつつく。
「いや、マジで……というか、中2の春から中学3の春にかけて20センチ近く身長が伸びてな、微妙な体感覚が狂ったというか」
「……20センチ?」
「身長のびたら、次は筋肉ががーッとついて……身体の成長に意識が追いつかなかったんだな」
 紗智の視線が尚斗の顔から足先へと動く。
「俺、中学1年の時は150センチそこそこ……ガキの頃はみちろ−が一番背が高かった」
「……そういや、麻里絵も最初にあったときはちっちゃかったわね。今は平均ぐらいだけど」
「でだ……以前の感覚でショルダーチャージをしたら相手が肩を脱臼したとか、ボールをぶつけたら入院しちまったとか……」
「ごめん、もう聞きたくない…」
 紗智はちょっと困ったような表情を浮かべたが、再度気を取り直した。
「で、でも宮坂君がいれば大丈夫よね?」
 尚斗は気の毒そうな表情を浮かべ、そっと宮坂の席を指さした。
「昨日、辛いことがあったらしく……壊れてるっぽいが?」
「こ、壊れてるって…」
 紗智がツカツカと宮坂の座席に向かい、尚斗もそれを追った。
「……生きてるか、宮坂?」
「ワターシ、セイイッパイタタカッタネ…」
「うわ…片言しゃべり」
 机に突っ伏したまま、宮坂はぶつぶつと呟き続ける。
「アクマ…オニ…ジゴク…」
「……ちょっと、やばくない?」
「この状態で、きっちり学校に来るあたりは称賛に値するな」
 尚斗は宮坂の肩を軽く叩いた。
「おーい、宮坂?」
 反応無し……というか、意味不明の言葉をぶつぶつと呟くだけ。
 尚斗は無駄に爽やかな笑顔を浮かべ、紗智に言った。
「さっちゃん、宮坂はダメみたいです」
「どーすんのよ?」
「どーすんのよって、そんなに勝ちたいか?」
「勝負事は勝たなきゃぺぺぺのぺーよ」
「ふむ…」
 尚斗は腕組みし、ぽつりと呟いた。
「じゃあ、さっちゃんに魔法の言葉を授けよう」
「は?」
 尚斗が紗智の耳元に口を寄せた。
「……冗談聞く心境じゃないんだけど?」
「騙されたと思って言ってみ。宮坂の存在そのものが冗談だって事が良くわかるから」
「……」
 紗智は宮坂の耳元に唇を寄せ、可愛く囁いた。
「私、宮坂君の活躍する姿がいっぱい見たいなぁ」
 ビカッ!
 そんな擬音が聞こえてきそうなぐらい劇的に、死んでいた宮坂の瞳に命が吹き込まれた。
「ふ…」
「ふ?」
「ふははははっ」
 バネ仕掛けの人形のように、いきなり宮坂の身体が起きあがる。
「オーケイお嬢さんっ!」
 親指を立て、白い歯を無駄にきらめかせながら宮坂が紗智に向かって微笑んだ。
「全てはこの宮坂幸二、宮坂幸二にお任せあれっ!」
「……なんか、生きていくのが馬鹿らしくなるわね」
 紗智がそう呟くと同時に、教室の片隅で一部の男子がひそやかな会話を交わした。
「……余計なことを」
「……作戦決行だな」
「……それにしても、青山がこないのはいい話だ」
 
「普通、冬の球技大会と言えばサッカーあたりが定番だと思ったが…」
「女子校でサッカーの設備が整ってるとこってほとんどないと思うわよ…」
「そうね、サッカーボールすらないもんね、ウチのガッコ」
 紗智はため息混じりに、麻里絵はちょっと懐かしそうに。
「……というか、ミックス(男女混合)競技もないのな」
「そりゃ、女クラがあるもん」
「あ、そうか…」
 紗智に言われて、尚斗は思わずポンと手を叩き……首をひねった。
「じゃあ、クラス毎の成績つけられねえじゃん……なのに、紗智はなんでそんなにはりきってんだ?」
「勝ち負けが全て……とは言わないけど、やるからには勝つ」
 ぐっと右手を握りしめ……紗智は、いつもの力の抜けた笑みを浮かべた。
「負けたら悔しいもんね、勝つに越したことないでしょ」
「まーな……」
 尚斗は曖昧な返事をし、きょろきょろとあたりを見回した。
「誰か探してるの、尚斗くん?」
「いや、ここの体育館って立派だなと思って……ウチの体育館ときたら…」
 まともにワックスすらかけられなかった時期があったらしく、錦鯉などを売りさばいた代金の一部で表面加工だけは業者に頼み、後は体育系の有志を募って丹念に手入れをしたおかげで床だけはまともになったのだが。
 キリキリキリ……
「ん?」
 妙な音に、尚斗がそちらに視線を向ける……と、フルコート用のバスケットゴールが上に巻き上げられている。
「うお、あれって折り畳み収納できるのか?」
「球技大会だからね……コート半面というか、壁際のゴール使わなきゃ、試合数こなせないでしょ?」
 何言ってんの…とばかりに呆れた表情を浮かべて腰に手を当てた紗智だったが。
「うおっ、壁や天井に穴があいてねえっ!」
「床が綺麗だっ!」
「う、ウチの体育館とグリップが全然違うぞっ!」
 などと口々に感嘆の声をあげて、男子生徒が跳んだり、ストップアンドゴーを始めたり、その場でスピンしたり、床板をキュッキュッと鳴らしながら連続ターンを始めたり……そして、女子生徒はそんな男子生徒達を不思議そうに見つめるしかできない。
「……あのさ、尚斗」
 紗智が目元の涙を拭うような仕草をしつつ、尚斗の肩にポンと手を置いた。
「言うな」
「ふふ、この宮坂幸二にふさわしい舞台だ……」
 宮坂はどこか酔っぱらったような視線を体育館二階の方に向ける。
「女子生徒が鈴なりになって…俺の勇姿を…」
 あらぬ妄想をしているのか、宮坂の頬がほんのりと赤い。
「今日は、俺の日だ……ぐふ、ぐふふふ…」
 奇妙な笑い声をあげながら、宮坂は手にしていたペットボトルを口にする。
「何、飲んでんだ宮坂?」
「やらねえぞ」
「誰もくれなんて言ってないだろ」
 宮坂はどこか疑わしげに尚斗を見つめつつ、ペットボトルを振って中身をぱちゃぱちゃいわせた。
「なんか、新しいスポーツドリンクの試作品らしくてな……体内に吸収される速度の違う糖をいくつも含んでて、とぎれのないエネルギー補給が出来るとかどうとか…ちょっと喉に来る感じがあるけど」
「へえ…」
「まあ、これから俺は決勝戦まで存分に勇姿をじょしこーせーに見せつけなきゃいけないからちょうどいい」
 そう言って、宮坂はもう一口。
「……試作品って言ったか?」
「ぷはー」
 宮坂は大きく息をつき、ゆったりとした動きでストレッチを開始する。
「じゃあな、有崎。あんまり怪我人出すなよ」
「あ、あぁ…」
 クイッ、クイッと身体をひねりながら去っていく宮坂に向かって曖昧に手を振り、尚斗はちょっと首をひねった。
「……麻里絵」
「なあに?」
「酒の臭いとか…しない?」
「もう、これから運動するって言うのに…大体、二十歳になるまでダメですっ」
「いや、そうじゃなくて…」
 尚斗は、何やらろくでもないことが起きそうな予感がした。
 
「きゃー、結花ちゃんっ!」
 黄色い声援に包まれ、結花はパスフェイクを一度入れてから素早く切れ込み、ディフェンスの間をすり抜けるように跳躍し、見事にシュートを決めた。
「おお…」
「……意外かしら?」
「あ、夏樹さん…こんちわ」
 人目を気にするように、夏樹は大きな体を縮こまらせるようにして尚斗の隣に腰を下ろした。
「結花ちゃん、運動も出来るから…結構人気者なのよ」
「まあ、運動に関してはあれだけのタックルが出来るんですから予想はしてました」
 ディフェンスをひきつけてから、結花がノールックパス……随分と手加減したパスだったが、それをヘディングしてしまう御子の姿に周囲がなんとも言えない和やかな雰囲気に包まれた。
「……同じクラスかあの2人」
「あら、知り合い?」
「ええ、まあちょっと…」
「ふーん…」
 夏樹がちょっと視線を床の上に落とし、なにやら指先でごそごそと床の上をなぞり始めた。
「……ありがとう」
 ぽつりと、微かに頬を染めて。
「へ?」
「……ちゃんと、お礼を言ってなかったなと思って」
「あぁ…」
 尚斗は曖昧に頷き、そしてぽつりと呟いた。
「俺がやったことは……どんなにひいき目に見ても独りよがりなお節介というか。上手くいったなら、それは最初から夏樹さんやちびっこの気持ちが通じ合ってただけの話です」
「そうかしら…」
 夏樹が尚斗の横顔をじっと見つめる。
「それに……まだまだこれから大変でしょう」
「結花ちゃんがね…」
 そう呟き、夏樹はコートの中をコマネズミのように走り回る結花に優しい視線を向けた。
「何にでも一生懸命でしょ、結花ちゃんって……元気で、可愛くて、行動力があって」
「ええ、夏樹さんが憧れるのがなんとなくわかります」
「……っ!?」
 夏樹が顔を真っ赤にして、フルフルと震えながら尚斗を凝視する。
「そ、そういう恥ずかしいことをさらっと言わないで…」
 その瞬間、ちょうど2人の間にバスケットボールが転がってきた。
「よっと」
 それを受け止め、結花に手渡してやる。
「頑張ってるな」
「……」
 結花は何も応えず、プイッと顔を背けるようにしてコートに戻っていった。
「おや?」
「……そういうつもりじゃなかったのに」
「は?」
「あ、何でもないの…」
 夏樹はあわてて首を振った。
 
 アンダーハンドで高くトスが上がり、弥生が気合いを入れてボールに向かって飛び上がった。
「はあっ!」
 右手を一閃……が、思いっきりあてそこなって、バレーボールはあらぬ方向に。
「……気合いだけは良かったのに」
 ため息混じりに温子。
「思い通りに当たらないものは仕方ないじゃない」
「まあ、そうなんだけど…」
 1回戦負けが決まり、温子と弥生はすごすごとコートから出た。
「やれやれ……」
 そう呟きながらぺたんと腰を下ろし、弥生はきょろきょろと左右を見渡した。
 体育館の半分はバレー、そしてもう半分はバスケット……体育館内は男女とも同じ競技のせいか、なかなかにギャラリーも多いようだった。
「……体育館はともかく、外の男子って何やってるんだっけ?」
「ドッジボール」
 温子の返答に、弥生は妙な表情を浮かべた。
「ドッジボールって、あのドッジボール?」
「んー、弥生ちゃんの言いたいこともわからないでもないけど、あれはあれでレベルがあがるとなかなか見所のある競技というか」
 
「うおおおおっ、死ねえっ!」
 自軍コートの端から端まで使って、親の敵に対するような殺気をのせたボールが唸りをあげる。
「バレー部をなめんなっ!」
 肩の高さのボールを器用にレシーブ……しかし、やわらかくあがったそのボールを味方全員が無視する。
「7番、アウト」
「ちょ、ちょっと待てよお前ら!何でとらねえんだっ!?」
 声をあらげた少年の肩に手を置き、味方の1人がぼそりと呟いた。
「……信用するなよ、味方を」
「全員が敵だ」
 と、これは別の味方。
 体育館ほどではないが、物珍しそうに見物する女子の前とくれば……彼らの意見ももっともな話。
 既に自軍の勝利というよりは、自分が活躍する姿をいかに女子に見せつけるかという勝負に成り下がっていることに気付かなかったヤツが間抜けなだけ。
「くらえっ!」
 気合いとは裏腹に、ボールの勢いがいまいち。
「甘いわっ!」
 と、キャッチしようとした瞬間、軌道が手元で僅かに変化してボールは腕をはじき、コートの外へ。
「2番、アウト」
「へっへっへっ……スライダーの応用だぜ」
 得意そうに言った男子の耳に聞こえてきたギャラリーの声は……
「何だろ今の…取り損ないかな?」
「そうでしょ、多分」
「あ、いや…今のは」
 相手の目の錯覚を利用した高度なテクニック……などと口にしようとした瞬間、横面にボールが叩きつけられた。
「9番、アウト」
 てんてんと転がったボールを拾い上げながら少年が呟く。
「馬鹿だな……ただ活躍するんじゃなくて、女子の目にわかりやすい目立ち方というか活躍しなきゃ意味ねえだろ……その点俺は」
 軽快な5歩助走を経て、少年の身体が高く舞い上がる。
「ハンドボール部だからなっ!」
 高い位置から投げ下ろされたボールは威力十分で、しかも観客に対するアピール度も抜群だった……が、彼はバレー部の人間が残した教訓を良くわかっていなかった。
「よおし、もう一丁頼む」
「え……いいのか?」
「ああ、アピールってのは連続する方が印象に残るって言うからな……その代わり、別の機会では頼むぜ」 と、ボールを手渡した味方とは逆の方向から別の1人がと足下に忍び寄り、靴ひもを解いてしまう。
「お前、いい奴だったんだなあ…」
 などとある種の感動を覚えつつ、軽快な助走……の最中に、靴ひもを踏んづけて思いっきり顔面からスライディングをかましてしまう。
 そして、立ち上がる間もなく頭にボールがぶつけられた。
「1番、アウト」
 
「ふむふむ…」
「どうしたの、温子?」
「んー、男子校の人ってみんな結構運動レベル高いなと思って」
「……前の学校と比べてってこと?」
 温子は小さく頷いた。
「私は運動とか良くわからないけど…」
 弥生は、一見白熱した、それでいて壮絶な脚の引っ張りあいを眺めつつ言葉を続けた。
「なんか、気合いが入ってるのはいいよね」
「……違う方向だけどね」
 弥生と違って共学育ちの温子だけに、女子の前で良いところ見せます的な男子の雰囲気はそれなりに馴染みがある。
 とはいえ……ここまで集団揃ってのそれは初体験なのだが。
「……大変なのかなあ、男子校って」
 温子がそう呟いた瞬間、宮坂の出場するバスケが始まった……
 
 
               『20年早すぎた男』へ続く。
 
 
 体育館の床って、手入れが悪いとすぐにぼろぼろになっていきますよね……もちろん、ワックスかけたりするとある程度までは修復できますが、限界越えたら張り替えるしかないと言うか。
 卒業式とかなんかのイベントで、体育館の床をパイプ椅子で傷つけられるたび、高任の知人が哀しそうな目でそれを見ていたのを思い出します。

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