空は良く晴れていた。
 天気予報は快晴を告げている。
 しかし、尚斗は洗濯機を回す事に躊躇いを覚えていた。
「……いい天気だけど?」
「いや、なんか雨になるような気がする」
 傘を持っていこうかいくまいか……母に殴られた日がちょうどこんな感じだったことを尚斗は思い出した。
「天気予報では晴れだって言ってたけどね…」
 そう呟きながら、紗智はテレビのチャンネルを変えた。
「紗智」
「なあに?」
「そろそろ突っ込んでも良いか?」
「んー、イケメンライダーシリーズが終わってからじゃダメ?先週から新シリーズが始まって、ちょっと集中したいんだけど」
 尚斗はちょっと咳払いし、ドスの利いた声を出した。
「ここはいつからお前の家になった?」
「だって、尚斗のお父さんが『ゆっくりしていきなさい』って言ってくれたし……そういえば、日曜なのにお父さん仕事なの?」
「あれで、なかなかに有能なサラリーマンらしく……」
「……鼻の下、のびまくってたけど」
「女の子が来ると、大体そんな感じ」
 紗智はちょっと視線を泳がせ、ぽつりと呟いた。
「みちろーは?」
「俺が起きたときはまだ寝てた……が、何故それを?」
「尚斗がそう言ったじゃない…戻ってくるならこの週末だって」
 紗智の表情がちょっと沈鬱なモノになった。
「……他に、泊まる場所もないだろうし」
「俺は初耳だったが、みちろーの事情には詳しいのか」
「まあ、部活も同じだったから……半分は自然に、残りの半分は意識的にね」
「あれ?」
 尚斗が首をひねった。
「さっちゃんは空手部の主将として、全国制覇を志していたのでは…?」
「私はサッカー部のマネージャー……空手は、ただの趣味というか」
「マネージャーか……まあ、紗智って世話焼きのような感じがあるし、いいかもな」
「へへ…」
 紗智がちょっと照れたように笑った。
「……で、今朝は何の用だ?」
「またそうやって現実に引き戻す…」
「……多分、みちろーに用事があるんだろうけど、俺にも何か話したい事があるって感じだから」
「言わなかったっけ、鋭すぎる男は嫌いって」
「じゃあ、青山なんて大嫌いか」
「あったり前でしょ……?」
 尚斗と紗智が同時にそちらを振り向いた。
「なんだ、起きたのかみちろー」
「おはよ」
 みちろーは、不思議そうな視線を尚斗に向けながら言った。
「……何でさっちゃんが?」
「俺に聞くなよ」
 
「下心があったとはいえ、いろいろと世話を焼いてくれた人間に一言の挨拶もないってのにちょっとむかついたわけよ」
「……」
 尚斗の視線に気付いたのか、紗智はちょっと笑ってみせた。
「まあ、タネを開かせば……みちろーのお母さんと、麻里絵のお母さんは昔からの友人でね、みちろーがこっちに来てるって麻里絵がメールで知らせてくれたの」
「……なるほど」
 尚斗は頷いた。
「しかしまあ……あの面を下げて、みちろーは麻里絵に会わなきゃいけないワケか」
「若いんだからすぐに消えるわよ……ほっぺの紅葉ぐらい」
「世羽子のは痣になって、4日残ったけどな…」
 他に誰もいないのに、紗智がちょっと声を潜めた。
「あのさ……秋谷さんって、物理的に強いわけ?」
「俺、紗智には言ったよな?青山は男子校で一番敵にまわしちゃいけないヤツって」
「うん……まあ、あんなに頭が良ければどんな手段で報復されるか想像もつかないし」
 ナイフなんかも忍ばせてるしね……と、心の中で呟きつつ。
「……じゃなくて」
 尚斗はちょっと視線を逸らし、あさっての方向を見つめながら呟いた。
「1年の時、俺はちょっと腹に据えかねたことがあって大暴れした事があるんだが……」
「……尚斗を怒らせた方が悪いんじゃないの?」
「そう言ってくれると多少気が楽だが……キレたせいか、手加減を忘れてちょっとまずい事になりそうだったのを止めてくれたのが青山で」
「へえ」
「両肩、両肘、両膝、両足首、両手首……全部綺麗に外されたけどな」
「うっ…」
 そのシーンを想像したのか、紗智がちょっと口元を押さえた。
「いやあ、関節外されると人間ってマジで動けないのな……痛みで気絶するとか言うけど、実際は痛すぎて気絶なんてできねえし」
「ごめん、説明しなくて良いから」
 それ以上の説明に対しては断固拒否だと、紗智が口調と表情で示す。
「……とまあ、これだけならいい話なんだが」
「違う、それ、いい話じゃないって」
「それからしばらくして……俺がぶちのめした連中はまだ全員入院中だったが、そいつらに関わりのある連中が校庭に集まって」
「……今、何気なく全員入院中って言った?」
 尚斗はちょっと目をそらし、聞こえなかったように言葉を続けた。
「そいつら、泣きながら仲間同士で殴り合いを始めて…」
「は?」
「で、学校で乱闘騒ぎを起こして申し訳ありませんでした、全員退学しますって宣言して学校を辞めていった…」
 紗智はつばを飲み込み、呟いた。
「青山君、何やったの?」
「さあ、何やったんだろうなあ……知りたいとも思わねえけど」
「……で、秋谷さんの話は?」
「中学の時、青山を殴り倒したことがある」
 紗智が惚けたような表情を浮かべた。
「は?」
「まあ、アレはわざとなんだろうけど……元々、強い齢は比較対照の問題で、紗智が理解できるような適当な例を挙げろと言われても」
「じゃあ、何で私より強いってわかるのよ?」
「……紗智、お前世羽子とケンカする予定でもあるのか?」
「べ、別にそんなこと言ってないでしょ…」
「やめとけ、世羽子が本気を出すまでもなくお前が負ける。賭けてもいい」
 
「その頬……紗智にやられたの?」
 麻里絵が、ちょっと笑った。
「ひどい顔してるよ、みちろーくん」
「他人事と思って…」
「でも、良い顔してるよ」
「……」
「何年ぶりかな……暗雲が晴れたようなみちろーくんの顔を見るのは」
 そう言って、麻里絵は胸に抱えていた古いノートを炎の中にくべた。
「それは?」
「ん……昔の日記」
 そう応えて、もう一冊。
「結構忘れてるもんだね……昔の事って」
 そう呟いた麻里絵を見つめ、みちろーが口を開いた。
「何か、あったのか?」
 麻里絵は何も言わずにしゃがみ込み、炎の中で踊る日記をじっと見つめた。
 それは意志あるモノのように、不規則に踊り、燃え、崩れていく。
「……みちろーくん、尚斗君の家に泊まったんだよね」
「ん、ああ…?」
「……おばさんに会えた?」
「いや、なんか同窓会とかで泊まりがけで出かけてるって尚斗が言ってた」
 麻里絵が、炎からみちろーに視線を向けた。
「みちろーくんは知らなかった?尚斗君のお母さんが死んじゃったこと」
「……嘘だろ?」
 あの人が死ぬか?という表情を浮かべるみちろー。
「ホントだよ……中学2年の春ぐらいだったかな、車にひかれても死にそうにない人だったのに」
 麻里絵は再び炎に視線を向け、続けた。
「おばさん…この近所ではいろんな意味で有名だったけど、さすがにみちろーくんの近所では話題にならなかったんだね」
「何で…」
「……みちろーくんは、尚兄ちゃんに何かしてあげられたの?」
「……」
「自分のことでいっぱいいっぱいだったよね、あの頃のみちろーくん」
 みちろーの表情が翳る。
「……父さん達の離婚が決まったとき、俺の所には来てくれたんだ、尚斗」
 麻里絵が炎を見つめたまま呟いた。
「初耳だよ…?」
「言わなかったから」
「来てくれたから……そういう理由があったら、なおかつおばさんが死んだって知ってたら、みちろーくんも尚斗君の所に顔を出した?」
「……」
「私は……あの日から、ずっと尚斗君には会いに行けなかった」
「……」
「いつも尚兄ちゃんを捜してたのに……いつも私を受け入れてくれてたあの背中に拒否された気がして、追いかけられなくなった」
 みちろーがちょっと目を伏せた。
「おばさんが死んだって聞いたときも……私は、会いに行こうなんて考えなかった。考えられなかったよ…」
「……麻里絵?」
 麻里絵の手が、無造作に炎の中に伸ばされた。
「麻里絵っ」
 みちろーは慌てて麻里絵の手を炎の中から引っ張り出し、側に置いてあったバケツの中に水が入ってるのに気付いて麻里絵の手をその中に突っ込んだ。
 何か言おうとしたみちろーを制するように、麻里絵がぽつりと呟いた。
「痛いけど、多分軽い火傷だから大丈夫だよ…」
「なんっ…で?」
「……尚兄ちゃんは、誰かの支えとか必要とすることがあるのかな?」
 麻里絵の目から涙が1つこぼれた。
「そんなの私、考えたこともなかった……」
「……」
「みちろーくん」
「何?」
「私の手の痛み、わかる?」
「そりゃ……火傷してるなら」
 麻里絵が首を振った。
「……そうだよね。他人の痛みは想像するしかできないよね……痛いことはわかっても、どのぐらい痛いかは伝わらないから」
 ふ、とみちろーがほんの少し遠い目をして頷いた。
「ああ……あったな、そんなこと」
「……覚えてた?」
 みちろーは炎に目を向け、ため息混じりに呟く。
「……俺には出来ないよ麻里絵。俺は、尚斗じゃないから……俺が、その真似をしても意味のないことだから」
 麻里絵はちょっと笑い、独り言のように呟いた。
「馬鹿だよねえ、自分も火の中に手を突っ込んで……『ほら、これでわかるぞ』って」
「……」
「ほんと馬鹿……信じられないぐらい馬鹿」
 俯いた麻里絵の顎から、光るモノがまた1つ。
「あの時ね……私、『尚兄ちゃんも痛い』って事を全然考えなかった。ただ、自分の痛みをわかってくれるって事しか考えなくて」
「……」
「……ああ、この人の手を放しちゃダメだなって思った」
「そうか」
 麻里絵が顔を上げた。
「ごめんねみちろーくん……想いに応えてあげられなかったこと」
「麻里絵…」
「私…みちろーくんの彼女しながら、どこかで恨んでたよ。知ってるはずなのに、なんで私にそれを求めるのかなって」
 バケツから手を抜き、もう一方の手で撫でながら続ける。
「みちろーくんは大事な幼なじみで放っておけないって気持ちはあった……けど、それを求めたみちろーくんに仕返しするような気持ちもあった」
「責められて当然だから」
「紗智は……少なくとも私をちゃんと見てくれようとした大事な友達で……でも、みちろーくんの彼女であることで紗智にも復讐してるような気分があったよ…」
「……」
「みちろーくんや、紗智にも……そんな部分はあったように見えたな、私には」
 そう呟き、麻里絵は疲れた視線を空に向けた。
「3人全員が傷つけ合った中学時代だったから……だから、尚斗君も傷ついて欲しかった……」
「……?」
「あの日、あの時……尚斗君が聞こえなかった振りをしたからこんな風になったんだよ……って」
「それは…」
「尚斗君、5年経っても馬鹿だった……馬鹿だから、余計に自分のやってることが惨めに見えたよ」
 空を見上げたままきゅっと唇をかみ、麻里絵はぼろぼろと涙をこぼす。
「……それだけじゃなさそうだな」
「……」
「全部話せよ……話せることなら」
 白い息と共にみちろーが呟く。
「そのぐらいはさせてくれ……俺にも」
 麻里絵がちょっと強ばった笑みを浮かべた。
「尚斗君のね……中学の時の彼女に言われたんだよ」
「……」
「あなたは、尚斗君に何をしてあげられるのって…」
 多少の沈黙を経てみちろーが呟いた。
「えっと…あんま想像つかないけど、高ビー系の娘なのか?」
「違うよ……そういうんじゃなくて」
 麻里絵はちょっと言葉を切り、複雑な表情で続けた。
「……恐いけど、すごく優しい人だよ。頭もいいし、運動も出来るし……美人だよ」
「なんか……すごく不本意そうに誉めるんだな」
「誉めたくないもん…」
「なのに……誉めざるを得ないのか」
 そう呟きながら、みちろーが口元を手で隠した。
「何で笑うのっ?」
「いや、ごめん……でも、それは関係ないんじゃないのか?」
「何が?」
「結局、尚斗がどう思うかだけの話で……実際見てないからあれだけど、俺は麻里絵の方が美人だと思うな」
 麻里絵がちょっと呆れたような感じでみちろーを睨んだ。
「そういうの、向こうの学校で覚えてきたの?頭良いだけの学校じゃないんだね…」
 みちろーが首を振った。
「俺は、今まで言えなかったこととか素直に口に出しただけだよ」
「……」
 麻里絵はみちろーの顔をじっと見つめ、そして、言った……。
「そっか……みちろーくん、もう本当にこの町には戻ってこないんだね」
「ああ、そう決めたから」
「……それは、逃げるのとは違うの?」
「忘れるんじゃなくて抱えて生きていくよ……ただ、そのための場所をこの町じゃない場所に求めただけ」
「みちろーくんの言ってること、よくわからないよ…」
 知らない人を見る目で、麻里絵が首を振った。
「尚斗君…私が、わざとあんな風に振る舞ってたって気付いてるから……恥ずかしくて、顔なんか合わせられないし」
 『麻里絵、尚にーちゃんと尚斗君を使い分けているのは意識的なのか、それとも無意識なのか?』
 世羽子に言われるまで気にもとめなかったが……尚斗のあの言葉は、自分の本心がどこにあるかはともかく、演技してる事がとっくにわかっていたのか。
「後2週間もすれば、尚斗君達男子校に帰っちゃうから…」
 麻里絵は空を見上げた。
「そうしたら……また、前と同じだから」
「麻里絵……多分、逃げるところなんてない」
「……?」
「逃げたと思っても……ダメだから。俺は尚斗と違って逃げない強さを教えることは出来ないけど、逃げても無駄って事を教えてやることは出来ると思う」
「……私、逃げてなんか…」
「尚斗のせいとか、俺のせいとか……言い訳を考えては自分でそれを否定して」
 ぱぁん。
 火傷した手をみちろの頬に叩きつける。
「みちろーくんに何がわかるのっ?」
 ぺち。
 手加減が過ぎ、蚊も殺せないような勢いでみちろーが麻里絵の頬をはたいた。
「……同じコトしてきたからに決まってるだろ」
「……」
「5年間近くも……ずっと、父さんを呪い、母さんを呪い、麻里絵や尚斗を呪って…」
「…みちろーくん」
 みちろーの言葉が、頑なだった麻里絵の心のどこかを解かしていった……
 
「……麻里絵、そろそろ時間だから」
「ん…」
 麻里絵が、みちろーに向かって深々と頭を下げた。
「……尚斗君にならって、『またね』は言わないよ」
「そうだな、ある日突然ひょっこりと顔を見せるかも知れないけど」
「……なんか、約束してない方が楽しい気がする」
 2人は軽く右手を挙げた。
「みちろーくん」
「ん」
「がんばって」
 みちろーはちょっと笑い、そして言った。
「麻里絵もな」
 そういって背を向けかけたみちろーに、麻里絵が再び声をかける。
「みちろーくん、傘持ってる?」
 空を指さしつつ。
「予報では晴れって言ってたけど、なんか降ってきそう…」
「いらないって言ったけど、尚斗に持たされた傘があるから」
「へえ、すごいね尚斗君」
「だな…」
 みちろーはちょっと空を見上げ、かばんからとりだした傘を差した。
「まだ降ってないけど…?」
「何か差してみたくなった」
「……変じゃない、それ?」
「いいんだよ、変で…他人の目ばっかり気にしても仕方がない」
 麻里絵は口を開きかけたが、何も言わずに口を閉じた。
 ゆっくりと遠ざかっていくみちろーの背中を見送り、その背中が見えなくなった所で麻里絵は一言だけ小さく呟いた。
「さよなら、みちろーくん」
 
「……何で傘なんか差してるの?」
「ん、ちょっと差してみたくなって」
 紗智はちょっとため息をつき、みちろーの隣に肩を並べた。
「駅まで送るわ」
「ありがとう、さっちゃん」
 紗智はちょっとみちろーの顔を見つめた。
「何?」
「あ、うん……なんかみちろーにそんな風にお礼を言われたのが初めてのような気がして」
「そ、そうかな?」
「ん、まあ、雰囲気というか……」
 紗智がちょっと言葉を濁す。
「この前はゴメン」
「何が?」
「いや、今さら告白とかされてもね……ただ困惑させただけかなと」
「……気付かなかったってのは、ちょっと問題あるのかな」
 紗智はいつもの力の抜けた笑みを浮かべた。
「……ありすぎ」
「そっか、ゴメン…」
 沈黙を経て、紗智が唐突に切り出した。
「私思ったんだけど……尚斗と再会してからの麻里絵がちょっと変だったのは、尚斗をみちろーに会いに行かせるためだったのかな?」
「変だったって、どんな風に?」
「頭撫でられて喜んだり、拗ねたり、怒ったり……私は、あんなにいろんな表情をみせる麻里絵を見たことなかったから」
「……」
「中学、そして高校と……そういう表情を見せられる相手がいなかったせいかな…とか思ったんだけどね」
 紗智は1つ頷き、言葉を続けた。
「みちろーのために、そこまでしたのならすごいなと思って…」
「さっちゃん…」
「何?」
「いや……さっちゃんは尚斗に似てるのかなってちょっと思った」
「な、なななな何をいきなり?」
「……」
 微かに頬を染めた紗智をじっと見つめ、みちろーはぽつりと呟いた。
「今度は麻里絵に遠慮しないようにね…」
 
「あ、尚斗に返しといて…」
 左頬にはうっすらと、そして右頬にはくっきりと紅葉をはりつけたみちろーが差し出した傘を受け取りつつ、紗智はちょっと肩をすくめた。
「……というか、差して帰る」
 天気予報を裏切って降り出した雨はなかなかに勢いが強く、駅の中は雨宿りする者や携帯で連絡を入れている人間でごった返している。
「さっちゃん」
「ん?」
「ありがとう」
「理由のわからないお礼は気持ち悪いからやめて」
 みちろーはちょっと笑って言った。
「色々だよ」
「ふうん…」
 納得できたような、出来ないような曖昧な生返事。
「麻里絵、明日からちゃんと学校行くって」
「そう……良かった」
 紗智のが微笑むのを見て、みちろーもまた微笑んだ。
『……行きの電車…番ホームから……分発…』
 紗智とみちろー、2人が同時に駅の時計に視線を向けた。
「じゃ、そろそろ行くから」
「あ、そうだ……尚斗から伝言」
「……何て?」
「『肩肘張らずぼちぼちやれよ』って」
「……力の抜ける伝言だな」
「それともう一つ、これは私からだけど」
「ん」
 紗智はいつもの力の抜けた命を浮かべ、それでいて目だけが真剣に。
「つまんない男にならないでね」
「……」
「みちろーってさ、私の初恋だから」
 みちろーはちょっと言葉に詰まり、なんとか絞り出すように応えた。
「ぼちぼちやるよ」
 
 
                    完
 
 
 自分で書いておいてアレですが、重いよ麻里絵。(笑)
 これまでのは尚斗をみちろーの元へ行かせるための演技で、別れのシーンにおいて『……私、最後の最後で彼女らしいこと出来たかな?』とかいう、『北〇の拳』に見られる、悪役?でも実はいい奴パターン……ってなシナリオも考えなくもなかったですけど。
 

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