ピンポーン。
チャイムの音と同時に父親が玄関に向かって走り出す……が、尚斗はそれを追ったりはしなかった。
しばらくして、父がずるずると脚を引きずりながら戻ってきたのを尚斗はごく当然の事のように受け止め、用意してあったスーツを父に手渡した。
「目が覚めたか」
「……会社に行ってくる」
この世の終わりを見てきたような表情でとぼとぼと歩いていく父親と入れ替わるように、首を傾げながら宮坂が台所にやってきた。
「……有崎に頼まれてやってきただけだから事情はよくわからないが、俺は今数年ぶりに罪悪感を覚えているぞ」
「この2年でしでかした出来事には、まったく罪悪感を覚えてないような言いぐさだな」
「別に大したことをしでかした記憶はないが?」
ツッコミ所満載の宮坂の台詞をさらりと流し、尚斗はとりあえず頷いて見せた。
「まあ……何はともあれじょにー、自覚はないだろうが、キミは立派に仕事を果たしてくれた」
「……どうでもいいけど、朝飯を食わせてくれる約束だったよな?」
「うむ、お安いご用だ」
尚斗はちょっと腕まくりし、フライパンに火を入れた。
「そういえば…」
「ん?」
「演劇部がちょっと大変なことになってるようだが」
「……と言うと?」
「いや、昨日演劇部の緊急ミーティングがあったとか」
「チョコパン2個」
尚斗がそう言うと、宮坂は小さく頷いた。
「ふむ、例のちびっこが強権を発動したというか……と言っても、総勢数十名の演劇部部員一人一人に対しての説明会というか。もちろん反対意見もあるようだが、何の話かわからないという人間は1人もいないようだな」
「……で?」
「今は調整段階かな……まあ、本来は落ち着くところに落ち着くんだろうけど、いかんせん、2月14日まで日がないからなあ…」
「……自分で仕掛けておいてなんだが、めちゃくちゃシュールな光景だな」
温室の中にこれでもかとセットした『ごっきーあらほらさっさ』が、鉢植えの影からにょきにょきと顔を出している光景は、尚斗ならずともちょっと眉をひそめたくなるような感じで。
最初はバルサンでいこうかと思ったのだが、植物に悪影響を与えそうだったので除外すると、結局はこの方法しか残されていないわけで。
「まあ、地道に駆除活動を続ければ……」
尚斗はちょっと目を閉じ、その光景を想像してみた。
いわゆるすれていないごっきーが次から次へと『ごっきーあらほらさっさ』に飛び込んでいく。
ごっきーの影に脅えながら温室にやってきた御子。
鉢植えの影から飛び出したそれに気付いて何気なく覗き込み、なかにごっきーが連なっているのを見てしまい、悲鳴を上げながら卒倒する。
「……今なんか、不穏な光景を想像してしまったが」
尚斗は首を傾げ、にょきにょきと頭を出しているそれを奥へと押し込んで見えないようにした。
「これでよし…」
人間との戦いにすれてないごっきーが次から次へと飛び込んでいく。
ごっきーの影に脅えながら温室にやってきた御子。
鉢植えを移動させようとして、それの存在に気付いてしまう。
『……これは?』
中を覗き込み、ごっきーが連なっている見てしまい、悲鳴を上げながら卒倒する。
「ダメじゃん…」
首をひねった尚斗の足下で、小柄な黒猫が人なつっこい鳴き声をあげた。
「にゃぁー」
「ん?」
黒猫は尚斗の脚にすりすりと頭を擦りつけ、可愛らしく鳴き続ける。
「首輪はない……野良の割には人馴れしてるな」
猫が温室の入り口に顔を向けるのと、尚斗がそちらを見たのは同時だった。
「ごーんちゃん」
黒猫がそちらに向かって走っていく。
女子生徒が2人、走り寄ってきた黒猫の頭を撫でて餌を与え始めた……そのうちの1人が、尚斗の存在に気付いてぎこちなく頭を下げた。
「こ、こんにちわ」
「……あぁ、確か演劇部の」
尚斗と一緒に丸太を切ったり運んだりした面子の1人。
「は、はい……この前はお世話になりました」
「まあ、暇だったし……というか、その猫って?」
「え、あ、私達はごんちゃんって呼んでますけど……ここって暖かいせいか、冬になってから良くくるんです」
「……ひょっとして、餌とかあげてるの君達だけじゃないとか?」
「あ、結構いると思いますよ」
「……猫がいなくても餌だけ置いて……とか」
「……はい」
ちょっと困ったように俯いてしまった女子生徒に向かって尚斗は手を振った。
「いや、責めてるわけじゃないから」
「……?」
ごっきー繁殖の理由が見えたような気がした。
「……麻里絵、『今は誰にも会いたくない』って」
温室での作業を終えた尚斗が自分の席に座るなり、紗智が囁いた。
「そっか……」
「……それだけ?」
紗智が尚斗の肩に手をおいた。
「なんか……私が言うのも何だけど、冷たくない?」
「ん……」
尚斗はペンケースからシャープペン2本とボールペンを一本とりだした。
「青山、輪ゴム貸してくれ」
「輪ゴム……ね」
背中を向けたまま青山がちょっと右手首をひねった……次の瞬間、尚斗の机の上に輪ゴムが落ちる。
「青山君って……ひょっとしてマジシャン志望なわけ?」
「さすがにタネを仕込んでないと鳩は出せないが」
「仕込んでたら出せるんだ……って言うか、何のために輪ゴムを?」
「輪ゴムはナイフ程じゃないがそれなりに重宝するからな」
「……ごめん、もういい」
呆れたように呟いてから、紗智は当初の目的を思い出したように尚斗を見た。
「話が逸れてるってば」
「……輪ゴムを使って、この3本を倒れないようにするにはどうすればいいか?」
「……」
紗智はしばらく首を傾げ、ペンを持ってあれこれと実際に試したが全て失敗……机の上にペンを投げ出しながら、ちょっと口を尖らせた。
「……本当に立つの?」
「立つぞ」
尚斗は3本のペンを輪ゴムで1つの束にし、ちょっとねじるようにして3脚のような形にしてから机に置いてみせた。
「……という感じ」
「あぁ、なるほど……」
紗智は感心したように頷き……激しく首を振った。
「だから、話が逸れてるってば」
「まあ、本当は1本1本自立しなきゃいけないんだろうけど……段階を踏まなきゃな」
「……」
紗智はちょっと考え込み、口を開いた。
「みちろー、帰ってくるの?」
「……まだ連絡はないけど、この週末だと思う」
「……なんで?」
「……幼なじみの勘って事にしといてくれ」
紗智はちょっと納得がいかないようだったが、そのままおとなしく自分の席へと戻った。
「では、先日の試験を返却いたします……」
綺羅はいつもより幾分機嫌が良さそうで。
「秋谷さん……天野さん…一ノ瀬さん……」
まずは女子から……そして、男子へと。
「……有崎尚斗君…」
何故に俺だけフルネームですか。
尚斗は心の中でそう呟きつつ立ち上がり、綺羅の手から答案用紙を受け取って背を向け……かけてそのまま一回転。
「藤本先生、採点が間違ってます」
「あら…」
綺羅はちょっと首を傾げ、尚斗が差し出したそれをしげしげと眺めた。
「……えっと、どこが間違ってるのか先生にはちょっとわかりかねるのですが」
にこにこと微笑みながら、再度答案用紙を尚斗に受け取らせる綺羅。
「俺の計算より40点ばかり多いんですが…」
ちょっと声を潜めつつ。
配点をチェックしながら、一度書き込んだ答案用紙の解答を消していったのだ……何がどう間違っても、94点などという高得点になるはずなどなく。
「……あぁ」
綺羅は何かを理解したようにちょっと頷き、人差し指で尚斗の額をつついた。
「有崎尚斗君、答はもっとしっかり書いてくださいね……消えかけてて、読みとるのにすごく苦労しましたから」
「いや、それは消えかけてたのではなく……」
消したのですが……の言葉を尚斗はのみ込んだ。
少数ではあろうが、真面目にテストを受けている人間への配慮などが心をよぎったからである。
にこにこにこ。
そんな擬音が聞こえてきそうな綺羅の笑顔にこの場では何も言えず、尚斗はすごすごと引き下がった。
「有崎」
「ん…」
青山の求めに応じて尚斗は答案用紙を渡した。
「……消えてるな」
「消えてるだろ?」
青山は答案用紙に目を近づけて、唇をほとんど動かさないようにして呟く。
「話は変わるが……確かこの前、有崎が小学生の頃高校生の連中にぼこぼこにされたとか言ってたな?」
「ん、ああ……なんか、はっきりしない記憶だが」
理屈は良くわからないが、青山がこうして呟くと当事者にはきちんと伝わるのに、端で聞いている人間には何を喋っているのかわからなくなる。
つまりは……聞かれたくない話と言うことか。
「何年生の時だ?」
「……4年か5年だったと」
「『勝ってくるまで帰ってくるな』……あの人にそう言われたって事は勝ったんだよな」
ちょっと間をおいて、尚斗は曖昧に頷いた。
「……の筈だな」
「お前……一度負けた相手にどうやって勝った?」
「……え?」
「手段を選ばず……なんて事は出来ないからな有崎は。それはつまり、おそらくお前がキレルぐらい汚い手段を使われたんじゃないか?」
首をひねった尚斗の額に、脂汗がじっとりと滲み出してきたのを見て青山が制止した。
「……よせ、有崎。あんまり思い出さない方がいい記憶のようだ」
「いや……」
尚斗は青山を手で制し、目をつぶった。
「……思い出しておかないと、とんでもない目に遭うような気がする」
「そうか……俺は余計なことを言ったかもしれん」
「気にするな……というか、余計な事じゃなくて、青山には何らかの確信があるんだろ?」
「……まあな」
1分程経過し、尚斗は疲弊しきった表情を浮かべてため息をついた。
「……ダメか?」
「……俺、負けたんじゃないかも」
「と、いうと?」
「少なくとも、からまれてた女の人は助けた気がする……手を引いて、電車から降りて……そこから先がちょっと…」
青山はちょっと頷き、教壇に立つ綺羅に視線を向けた。
ぱちん。
「……ん?」
振り返ると、安寿が手を叩いていた。
「……?」
「……えーと、おまじないです」
記憶を消すことが出来るなら、忘れている何かを思い出させる事も出来る……か。
「……安寿のそれ、俺には効果がないんじゃ?」
安寿がちょっと恥ずかしそうに俯いた。
「……いえ、その…効果がないんじゃなくて……多分、あの件に関してはダメというか」
「……この件に関してはオッケーだと?」
安寿がちょっと困ったように尚斗の手を握った。
「気を強く持ってください…」
「……そんなとんでもない記憶なのですか……って、思い出せてませんけど?」
「えーと……近いうちに」
ふと気になってまわりを見渡した……が、自分と安寿の会話が誰にも聞こえていないのではと思えるほど関心を持たれていないのは、安寿が何らかの手段をこうじたからなのか。
「では……そういう事で」
安寿がちょっと頭を下げ、自分の席に戻った……と、同時に青山が呟いた。
「……とりあえず、今回の試験は無効だ」
「あぁ……」
「……94点、86点、98点…」
午前中に返却された尚斗の答案用紙を眺め、紗智が悔しそうな表情を浮かべた。
「これ……理由はどうあれ、尚斗の実力通りの点数なのよね?」
「まあ…おおむね」
一度消した答が無条件で正解になっているのではなく、間違った答は間違いとしてきっちりと採点されているのがかなり謎。
「……なんか、勉強してなさそうな尚斗に負けるとちょっとショックなんだけど」
「さっちゃんよ、俺は授業はサボっても普段からそれなりに勉強してるぞ」
「あ、そうなの…?」
床を手のひらでさすった後、天井をじっと眺めていた青山が口を開いた。
「有崎、肩車してくれ……机の上で」
「は?」
首を傾げつつも、尚斗は素直に机の上に立って青山の身体を担ぎ上げた。
「また二人して妙なことを…」
呆れたように呟き、紗智が教室から出ていった……が、教室内に残っている女子生徒は物珍しそうに2人を見つめていたりする。
そうして2分ほど、尚斗の席の真上の天井をなめるように調べてから、青山がちょっとため息をついた。
「青山先生…?」
「……とんでもないな」
そう呟き、青山は尚斗の頭に手をついて麻里絵の机との間に鮮やかに着地した。
「……何が?」
机の上から降りた尚斗に向かって、青山は尚斗にだけ聞こえるように呟いた。
「隠しカメラで監視されてるぞ、この席」
「……は?」
「調べてみないとなんとも言えないが、多分天野や椎名の席の上にもあるな……」
「ちょ、ちょっと待て。じゃあ、この学校って生徒1人1人を監視……」
「…じゃなくて」
青山がちょっと手を振った。
「多分、お前を監視してる。少なくとも、俺は監視されてない」
尚斗がその言葉を理解するまで、2秒ほど時間がかかった。
「……なんですと?」
「有崎の勘は結構鋭いからな……この学校の雰囲気に馴染めないってのもあるかも知れないが、この教室にいたくなかったのかもな」
「……だ、誰が、何のために?」
「何のためかはともかく……」
青山はきっぱりと言い切った。
「藤本先生以外あり得ないだろ」
「……あり得ないのか?」
「生徒のクラスの割り振り、最初から決まってた座席表……ま、他にもあるが、そこまで権限があるのって、藤本先生以外あり得ないだろ」
「権限って……理事長の孫とは聞いてるけど、そんな…」
青山はちょっとため息をついた。
「大学卒業と同時にこの学校の教師として教鞭を執り、それと同時に理事長を補佐する形で学校経営にも関わって、おそらく後2、3年のうちに正式に理事長に就任すると噂されているんだが」
「……」
「敢えて教えるが、お前と藤本先生は絶対に初対面じゃない」
青山は尚斗の答案用紙に解答を書き込み、鞄からとりだした問題用紙を指さしながら尚斗に示した。
「この選択問題って、一見意味もなくローマ数字とギリシャ数字に分かれてるようだが……それを順番に組み合わせて前者を問題番号、後者を問題文の何番目の文字という具合に抜き出して……(中略)……最終的にはこうなる」
『ナ・オ・ト・ク・ン・マ・ダ・オ・モ・イ・ダ・セ・ナ・イ・?』
青山が書き出した文字を見つめ、尚斗は顔を強ばらせながら呟いた。
「こ、こんな馬鹿げたメッセージに気付くのは青山だけだろ…」
「おそらく……俺が、有崎にこれを伝えると読み切ってるんだろうな」
そう呟きながら、青山が口元に皮肉な笑みを浮かべる……尚斗や宮坂、そして世羽子などごく限られた人間はその笑みの危険性を知っていた。
「あ、青山先生…?」
「……世間知らずのお嬢さんに、ちょいとばかり現実ってヤツを突きつけてやるか」
たかが10代の少年が20代の女性に対して吐ける言葉ではないが……なにしろ、発言の主が青山である。
「えーと、落ちつけ」
尚斗の言葉を拒絶するように、青山はぽつりと呟いた。
「俺は冷静だよ、有崎」
「な、何が気に障ったのかはわからないが…」
尚斗の言葉を制するように青山が首を振った。
「……お前だけの問題なら放っておくよ」
「……キミ、出席日数とか大丈夫?」
5時限目の始まりのチャイムを保健室で聞きながら、尚斗は苦笑した。
「……ここに来るまでは、出席云々に関しては結構真面目な生徒だったんですよ」
「男子校の中では……でしょ?」
「いやまあ、そうなんですけどね…」
尚斗はぽりぽりと頭をかいた。
「つーか、女子校に来てからのウチの連中は異常です……クラスの半分がサボりなんてのも珍しくなかったんですけどね」
「人ってね、結構雰囲気に流されるから……」
冴子はちょっと微笑み、お茶を一口すすってから呟いた。
「……キミが異常なだけ」
「なるほど」
「ちなみに、水無月センセも異常」
「……本人を前にして」
タバコの煙を盛大に吐き出しつつ、水無月は苦虫をまとめて噛みつぶしたような表情を浮かべた。
「あ〜タバコがまずい」
「ほんと、まずそうに吸いますね…」
水無月が尚斗に視線を向けた。
「毒だからな、これは……人間って生き物は、食べちゃいけないモノを認識する味覚を持ってる。これがまずいって事は、アタシが味覚に関して正常って証だな」
どうだ、と言わんばかりの水無月に向かって、尚斗は呆れたように呟いた。
「タバコ会社が怒鳴り込んできそうなこと言ってますね」
「ま、私達は煎餅で…はい」
「あ、ども…」
冴子から受け取った煎餅をかじり、茶をすする。
「んー、やっぱり冴子先輩のいれたお茶は美味いッすね……やっぱりアレですか、湯の温度がどうとか?」
「お茶っ葉の状態を見ないで湯の温度がどうとか言ってもね…」
「あ、いいですねその台詞。なんかプロというか、極めた人間にだけ許される発言というか…」
「……それが高校生の会話か?」
タバコを揉み消しながら、水無月が立ち上がった。
「……20分ほど席を外す。香月、留守番頼んだぞ」
「はいはい」
白衣の裾を翻しつつ、颯爽とした足取りで水無月が保健室を出ていった。
「……そういや、水無月先生が椅子から立ち上がったのを初めて見たような」
「まあ、保健室に誰かがいたら椅子に座ってるしかないとも言うけど」
「それもそうっすね」
冴子はお茶をちょっと口に含むと、さり気なく呟いた。
「キミは、ある意味ひどく傲慢な人間なんだろうね…」
「青山にも言われましたよ、それ」
「他人の価値観の存在を認めながら、それを蹂躙するような行動に出る……ただの考え無しならともかく、結構思慮深そうなキミがそれをやるのは、なかなかにストレスが溜まると思うけど」
冴子は一旦言葉をきり、ため息をつきながら言葉を続けた。
「正直なところ、感謝されるだけでもないでしょうし…」
「『みんなに好かれるヤツは偽善者だ』と、俺の母親が言ってましたよ」
「それはまた……素敵な教育理念ね」
冴子がちょっと微笑んだ。
「まあ……キミがキミだけに、よっぽど変わってたんでしょうね」
「あの青山をやりこめた人間ですから……って、死んでるって話しましたっけ?」
「キミは……鋭い部分と鈍い部分が両極端すぎ」
「はぁ…」
「でもまあ、そこがアレなのかな……鋭すぎるナイフは自分の大きさ以上の穴を空けられないけど、鈍いナイフは切れ味の悪さ故自分の大きさ以上の穴が空けられる」
「……はい?」
ちょっと冷めてしまったお茶を含み、冴子は窓の外に視線を向けた。
「麻里絵の心にあいた穴って、そんな感じかしらね…」
「……いろんな角度から攻めてきますね、冴子先輩」
冴子は窓の外に視線を向けたまま呟く。
「怒った?」
「別に……麻里絵のヤツは、いろんな人間に心配されてるなあと」
「……世羽子ちゃん」
「何よ」
「やっぱ、ギターいるって。有崎君呼ぼうよ、有崎君」
ハイハット(ドラムセットのシンバルみたいなヤツね)をかしゃかしゃ鳴らしながら、温子が唇を尖らせた。
「尚斗のギターねえ…」
「弾けるんでしょ?」
「弾けることは弾けるけど……尚斗のギターはバンドには向いてないというか」
「大丈夫、音楽は全てを救うから世羽子ちゃんと弥生ちゃんの三角関係も私は全然へーキ……っていうか、他人の泥沼大好き」
「あぁ、そうじゃなくて…」
ギターを持って『はい、こちらに注目』と言わんばかりのポーズをきめたまま放置プレイをカマされた弥生が声を張り上げた。
「ねえ、何で無視するのっ!?」
世羽子と温子がほぼ同時に弥生を見て、そしてため息をつく。
「何よ、その反応……」
「別になんでもないよ、弥生ちゃん」
「何で目をそらすの…って、世羽子まで」
弥生は壁をバンと叩き、胸を張った。
「ふふん、この前有崎に教えてもらったのよ。生まれ変わった私のギターを聞いて、驚くがいいわ」
「……」
温子が世羽子を見た……瞳に世羽子への問いかけを映して。
世羽子が力無く首を振り、肩をすくめてみせる。
「尚斗、教え方下手だから」
「……と言うか、上手いの?」
「技術レベルだけならそこそこ……3年前は、だけど」
「百聞は一見に如かず!ごちゃごちゃ言わずに聞きなさい、そして見直しなさい、私の実力を!」
「……ギターって、聞くモノだよね?」
「うるさいっ!」
弥生がすっとギターをかまえ……演奏が始まった。
「……」
「……」
「ふふ、聞いてるわね、聞き惚れてるわね、私のギターに…」
弥生が充実した笑みを2人に向ける……が。
「弥生に尚斗の真似は無理……」
「お経に妙にアレンジが入ったみたい……ポップ風のお経というか」
「なんでっ?」
「……って言うか、自分の耳で聞いてるんだからわかるでしょ?」
世羽子はため息をつき、ベースギターを壁に立てかけた。
「今日は無理だけど、今度誘ってみる……いいわね、弥生」
「わ、私達がーるずばんど…」
「……じゃ、女装でもさせる?」
「……なんか、青山と帰るのは久しぶりだな」
「そうだな」
青山はちょっと頷き、言葉を続けた。
「気休めだが、天井の隠しカメラと床の集音マイクは全部潰しておいたぞ」
「……放課後に付け替えられたら終わりって事か」
青山がちょっと首をひねり、ぼそっと呟いた。
「教室だけだといいんだが…」
「恐いこと言うなよ」
「その恐い人間に狙われてるという自覚を持て」
「いや、だからそこがピンとこないと言うか……そりゃ、過去に接点があったかも知れないが、何で俺が狙われる?」
「……」
「え、狙われる?」
尚斗の足が止まった。
「まあ……愛情とは限らない可能性もあるだろ」
「いや……好かれてるとかよりまだそっちの方が真実味があるな」
尚斗は小さく頷き、自分の頬をぺちぺちと叩いた。
「俺の家は普通の一般家庭だし、顔の造形が特別恵まれてるわけでもないし……浮いた話は世羽子と麻里絵ぐらいのもんだし」
青山はため息をつき、尚斗の肩をポンと叩いた。
「長生きしろよ」
「は…?」
「まあ、そのぐらい鈍くないと俺の楽しみも減るんだが」
完
机の上に冬コミのサークルチケットを置き、それを眺めながらキーボードを叩く、叩く、叩く……後91日で16話。
『違うよ、それはやる原稿が違うよぉ』などと頭の中で誰かが囁いています。(笑)
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