「じゃ、尚斗……今日はちょっと遅くなるから夕飯はいらないからな」
「あいよ……って、親父!弁当忘れてるっ!」
などといつもより早い出勤の父親を送り出してから数分後。
ぴんぽーん…
「ここ数日、朝っぱらの訪問者がやけに多いような……じゃなくて、はーいっ!」
尚斗は玄関に向かい、ドアを開けた。
「どちら……」
視線をちょっと下げた。
「……様でしょう?」
ここ数日ですっかり見慣れてしまった女子校の制服に身を包んだ少女……というか女の子が、そこに立っていた。
身長でいうと、ちびっ子よりちょっと大きいぐらい。
「あ、あの…朝早くから申し訳ございません…ここは有崎さんのお宅でしょうか?」
「はい?」
「あ、あの…その…私、九条御子と申しますが、あ、あり、有崎…尚斗さんはご在宅でしょうか?」
人見知りするタイプなのか、ひどく緊張した様子やちょっぴり涙目の表情が……なんというか、頑張ったねと、頭を撫でてあげたくなるような…
「あ、あの…?」
女の子が、どうリアクションを返していいのかわからないように尚斗を見上げてきた。
「……って、撫でてるし、俺!」
尚斗は慌てて女の子の頭から手を離した。
「ご、ごめん!なんか、絶妙の位置に……じゃなくて、ついっ!この手が!この手が!」
尚斗は左手で右手の甲をぴしぱし叩きながら、この一週間でいらん癖をつけてしまったことを激しく後悔した。
「い、いえ…別に…それより、有崎尚斗さんは?」
「ご在宅も何も、あなたの目の前にいらっしゃいますです、はい」
「……」
女の子は尚斗の顔をじっとみつめ、ショートボブのちっちゃな頭をゆっくりーと下げていった。
「先日は、ありがとうございました…」
「あ、これはご丁寧に……って、何が?」
ゆっくりーと上げられた頭が、再びゆっくりーと下がっていく。
「いえ、聞いたところによると危ないところを助けていただいたとか…」
「えっと…身に覚えがないのですが、いつの事でしょう?」
「ど、土曜日の…朝に」
「土曜の朝、土曜の朝……ああ、あれか」
言われてみれば、ちっちゃな頭にショートボブの髪型が見覚えあるようなないような。
「えっと…大丈夫だった……というか、今は平気?」
「はい…おかげさまで」
「そっか、良かった……なんか、学校来る前から熱があったってホント?」
「あ、はい…」
「無理しちゃダメだから……万が一って事もあるし」
尚斗の口調に何かを感じたのだろうか、女の子の表情がほんの少しだけ動く。
「はい……わかってはいたのですが、温室のお花が気になって…」
少しずつ緊張がほぐれてきたのだろう、女の子はぎこちなくだがちょっとだけ笑った。
「へえ……花、好きなんだ」
「はい、好きです」
花がほころぶような笑顔……これが、この子本来の笑顔なんだろうと尚斗は感じた。
「……あれ?さっき、九条って言った?」
「あ、はい…九条御子と申します…」
御子の頭が、またまたゆっくりと下がっていく。
「……って事は」
昨日の、弥生の言葉が尚斗の脳裏に甦った。
「九条弥生の…妹さん?」
「…はい」
御子が答えるまでの半瞬の間が、ワケもなく気になった……。
「あの……有崎さんは、お姉さまと親しいのですか?」
「いや、そういうワケじゃ……個人的には、かなりウマが合いそうな気はするけど」
「そうですか…」
学校までの道のりを、御子と2人で。
どちらが言い出したわけでもなく、ただ自然にそうなった。
「えっと…弥生と、一緒に登校したりとかは…」
九条…という名字を使うと混乱するような気がしたので、尚斗は名前を使った。
「お姉さまは……今、プチ家出中ですので」
「はあ、プチ家出中ですか……は?」
思わず、尚斗は御子の顔を覗き込む。
「ちょっと……ありまして。両親と、距離をとりたいと言うことだと……居場所は、知らせてくるので」
「ああ、ごめん……立ち入ったことを」
「……いえ」
御子の頭がちょっと下がった。
「……待て」
伸びかけた右手を、左手で叩く。
「はい?」
「いや、何でもないです」
右手の甲をぺしぺしと叩き続ける尚斗を不思議そうに見つめ、御子はおっとりとしたかんじで尋ねてきた。
「……何か、右手に問題でもあるのでしょうか?」
「うーん、問題といえば問題かも…」
困ったもんだ、という表情を浮かべた尚斗の隣を、早足……というか、駆け足を思わせる速度で追い抜いていく女生徒が1人。
「あれ、麻里絵…」
聞こえなかったのか、そのまま遠ざかっていく。
「……お知り合い、ですか?」
「……の筈なんだけど」
麻里絵の背中が小さくなっていった。
自分の机に鞄を置きながら、尚斗は麻里絵に声をかけた。
「さっき、すれ違わなかったか?」
「……何か用?」
ジト目の麻里絵。
「…………はて?」
随分と昔、麻里絵がこんな視線で自分を睨んでいたことがあった様な……。
「くふふふ……有崎尚斗君、ちょっとこっちに」
紗智が尚斗の制服の袖を引っ張り、教室の隅へと誘った。
「これ、昨日麻里絵に見せてあげたから」
人差し指と中指にはさまれた一枚の写真。
「何の……うわおっ!」
綺羅が、尚斗の右頬にキスした瞬間をもろに。
「我ながらナイスアングルだったわ」
「……」
尚斗は紗智の両肩を突っ張り突っ張り突っ張り……で、教室の外まで突き出した。
「くふふ……動揺しているわね」
「いや、動揺というか……お前の意図が読めないと言うか」
尚斗は気を取り直すように首を振り、あらためて紗智に視線を向けた。
「何がしたいのかね、さっちゃんよ」
「ふふん、麻里絵は真面目だから。これで嫌われたことは間違いないわね」
「……さっちゃんよ」
「何よ、勝手に人の荷物からネガを盗ったりするからじゃない。自業自得でしょ」
「俺と麻里絵をどうにかしたかったんじゃないのかね?」
「……あ」
紗智が口元に手をやった。
「こ、この女……雑すぎる。なんつーか、宮坂並に雑すぎる…」
「いや、そうじゃなくて……ほら、この写真を見て嫉妬するって事は、麻里絵にとってアンタの存在が特別って事じゃない?」
「……」
「そうよ、麻里絵のあの感情は間違いなくジェラシー。そこを揺さぶることでアンタ達2人の仲を接近させるという、完璧な大作戦っ!」
尚斗の右手が1人浮かれている紗智の額に伸びた。
「でこぴん」
びしいっという重々しい音が炸裂した額を押さえ、紗智は涙目になりながら尚斗を睨んだ。
「なっ、何すんのよっ!」
「それぐらいですんで良かったと思いなさい。これが宮坂なら、その窓から突き落としてるところだ」
「……普通、それって殺すって言わない?」
「奴は普通じゃないからな……と、いいところに宮坂」
「よう、有崎」
尚斗は素早く宮坂の背後に回って、首をギリギリと締め上げた。
「な、何の真似かな、マイフレンド有崎」
「土曜の件について弁明を聞こうか」
「ど、土曜とは一体何の…ぐぎぎぎ」
「余計な口をきくな……弁明だ、それだけを聞いている」
「有崎尚斗君……綺羅先生の頼みと友人、お前ならどっちをとる?」
「グッバイ、じょにー…」
ガララッ、ぽい。
窓を開け、まるで紙飛行機を投げるように。
「うわ、ホントに…」
宮坂が投げ捨てられた窓に駆け寄り、紗智は下を覗き込んだ。
ズドドトトッ…
「あ、5点着地」
「12歳の時にマスターしたらしい……奴も、色々と謎が多い男だからな」
紗智は心の底から感心したように首を振った。
「はー、空手道場の師範から話では聞いてたけど、生で見たのは初めて……っていうか、本当にあんなのできるんだ」
1分後。
「マ、マイフレンド有崎……俺だから良かったものの、普通なら大怪我するぞ」
「気にするなマイフレンド宮坂、お前の技量を信じての友情パワー溢れる行為だから」
「うんうん、男の子はこうでなくっちゃ」
大きく頷く紗智に向かって、尚斗はため息混じりに呟いた。
「俺が言えた義理じゃないが……お前の男性観はかなり歪んでるな」
「みなさま方、おはようございます…」
「おはようございます…」
朝のHRの始まりを告げるこの挨拶、男子生徒の半分ぐらいが恥ずかしそうにもごもごと口の中で挨拶を返し、そして宮坂を筆頭とした残りの半分は、すっかり慣れきって当たり前のように挨拶を返したり。
そして尚斗と青山の2名は…
「こ、この挨拶だけは……耐えられん」
「無視して、頭だけ下げとけよ」
どうやら青山はどこかで折り合いをつけたらしく、無表情のまま頭だけを下げている。
「さて、先週はいろいろあって連絡するのをすっかり忘れていたのですが……」
綺羅は一旦言葉を切って少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「女子のみなさんは既にご存じだった筈ですが、来週の月曜、火曜……28日と29日に冬季考査が行われます」
ざわ。
「麻里絵…」
「先生がお話し中です、話し掛けないで」
当てつけのように綺羅を見つめたまま麻里絵が呟く。
「……しゃあねえな」
尚斗は小さくため息をつき、右手を挙げた。
「何でしょう?」
「その……冬季考査ってのは、中間考査のようなモノですか?俺らの学校は、3学期は中間試験がなく、3月に期末試験……ってなスケジュールだったもんですから」
「ああ…」
綺羅は納得したようにちょっと頷いた。
「えっと、基本的に1学期2学期で学んだことが身に付いているかを判断するための試験で……そうですね、男子生徒のみなさまにはちょっと試験範囲に不都合があるかも知れませんね」
ざわざわ…
尚斗の発言を受けての綺羅の回答に、教室内の男子のざわめきが少し大きくなった……というのも、男子校と女子校でははっきり言って授業内容のレベルが違うのが明らかだからだ。
「あ、もう一つ……試験結果も合同ですか?」
「はい」
ざわざわざわ……
「うー、順位下がっちゃう…」
「……あんまり成績良くないのか、麻里絵」
「うん、下の上……下の中ぐらい」
ぼそぼそと呟いた麻里絵だったが、ふと思い出したように尚斗から顔を背けた。
「お話し中です」
「何を怒ってるんだか…」
「怒ってません」
「……青山、今回はどうする?」
「ふむ…」
青山は小さくため息をついた。
「ここの女子校のレベルが推測できないのは正直ツライな……予想が大きく外れても、興が削がれるし」
「麻里絵から前回の試験問題と学校平均点とかの結果を借りられると思ったんだが……あの有様で」
尚斗がちらりと麻里絵に視線を向けると、プイッとよそを向いてしまう。
「……土曜の件絡みか?」
「誰から聞いた?」
「さあな……ま、やってることは可愛いもんじゃないか」
「くふふ、お兄さん方……何やら楽しそうな話をしてるみたいね」
「出たな、諸悪の根元」
「あ、そう言われるとラスボスって感じでちょっといいかも…」
ちょっと得意げに紗智が笑った。
「いいのかそれで……ん?」
青山の視線があらぬ方を向いているのに気付き、尚斗はそれを追った。
「……麻里絵がどうかしたのか?」
「いや、気付いてないなら別にいい」
青山らしい物言いだった。
裏を返せば『今の麻里絵から何かを気付け』という事であり、尚斗に対して何かしら好意的な助言をしたいときにわざわざそういう態度をとる……たまにフェイントが入るから一概に判断はできないのだが。
直接口にしないのは、本人が考えなければ意味がないという信念からなのか、それとも単なる照れなのか……あるいは、紗智の前では言えないことか。
「それはそうと……一ノ瀬」
「なーに、青山君」
「前回の試験問題と、学年平均点の資料とか持ってたら貸してくれないか?」
「そんなのとっくに捨てちゃったわよ」
紗智は『あったり前のこと聞かないでよ…』という表情を浮かべ、きっぱりと言い切った。
「ちなみに……紗智の成績はどのぐらい?」
「上の下……ってとこかしら?」
「やるねえ」
「まあね……たかが成績、されど成績だから」
紗智は一旦言葉を切り、青山に視線を向けながら言葉を続けた。
「尚斗はともかく、青山君は随分成績良さそうね」
「俺はともかくという表現が何かひっかかるな」
「……半分は誉め言葉なんだけど」
紗智は尚斗に視線を向け、例の笑みを浮かべた。
「一ノ瀬、期待に背くようで悪いが俺と有崎の成績は似たようなもんだぞ」
「青山先生、お願いですから誤解を招くような発言はやめてください…」
「……どういう事?」
2分後。
「……えーと、つまり2人はテスト内容から平均点を予測しつつ、自分の点数でそのニアピンを目指す勝負を続けてるってワケね」
紗智は確認するように呟き、そして大きなため息をついた。
「……ふつーに勝負すればいいんじゃない?」
「俺、ふつーに勝負したら青山には絶対勝てない……つーか、相手にならない。いんぽっしぶる。月とすっぽん」
尚斗は自分を指さし、繰り返した。
「すっぽん」
「そ、そこまで自分を卑下しなくても…」
「いや、卑下したくもなるって……なんつーか、青山は成績がどうとか言うレベルじゃ…」
「……有崎、持ち上げすぎ」
青山がちょっと居心地悪そうに呟いた。
「あ、すまん…つい」
「ま、いいけどね……それより、試験の資料なら綺羅先生に頼んだら?」
2人の様子から何かを感じたのか、紗智は話題を変えるかのように言った。
昼休み、綺羅の教官室に向かいながら尚斗は独り言を思わせる口調で呟いた。
「……あの先生が、素直に資料を渡してくれるかどうか」
「土曜日は大変だったようだな…」
「言うな」
「ま、野良犬に噛まれたと思え」
「1匹ならともかく、数十匹の野良犬となると、被害は甚大でな…」
尚斗は深い深いため息をついた。
「……逃げることに専念すれば、有崎ならなんとかなる人数じゃないのか?」
「とある事情で、体調があまり良くなかったんだ……あの見事なフェイントを、青山にも見せてやりたかったよ」
「…は?」
「あ、有崎〜っ!」
「ん?」
尚斗はそちらを振り向いた。
「……よう」
尚斗は駆け寄ってきた弥生に向かって軽く右手を挙げた。
「御子、ちゃんと挨拶に行った?」
「ああ、来たぞ……にしても、弥生とは似てないな。特に性格が」
「へえ、いきなり名前で呼びますか……」
弥生は気分を害した風でもなく、どことなく挑発的な視線を尚斗に向けた。
「あ、すまん。名字だとどっちがどっちだかわかんなくなる……っていうか、お前は九条さんってタイプじゃなくて、弥生ってタイプだ」
「なあに、それ…?」
「九条…?」
「え…?」
存在に初めて気が付いたように、弥生が青山を見た。
「……青山です」
短く呟き、青山が微かに頭を下げた。
「青……え、あ、青山家の…?」
すっ、と、弥生の表情が変化した。
どこがどうとうまく説明はできないが、どことなく硬質的な膜で覆われたような……そんな感じを受ける。
「おや、2人とも知り合いか?」
「中学に上がる頃、親に連れていかれた何かの集まりで二回ほど会った」
「そっか、考えてみたらこの学校って基本的にお嬢様学校だから、青山の知り合いがいる可能性が高いのか……」
納得したように頷く尚斗を後目に、弥生は少し目を伏せながら口を開いた。
「それにしても……随分と印象が変わりましたから、わかりませんでした」
「お互い様」
「……そうですね」
「そりゃ、5年も経てば印象ぐらい変わるだろ、ふつー」
その言葉に青山はちょっとだけ笑い、弥生はじっと尚斗の顔を見つめた。
「……平均点云々の資料なら今すぐ渡せますが、問題は……明日でよろしいですか?」
「はい、今週中ならいつでも構いませんから、問題と一緒でお願いします……えっと、1部でいいですから」
「わかりました…」
綺羅は小さく頷くと、忘れないようになのか、机の上のメモ用紙にペンを走らせた。
「では、失礼します…」
礼儀正しくお辞儀をしてから、青山と尚斗は退室する。
「……ふむ、あっさり手にはいるとなるとなんだか拍子抜けするな」
「とはいえ、今度の予想は難しいだろうな……多分、二極分布になるだろうし」
青山は一旦言葉を切り、ちょっと確認するように尚斗を見た。
「ところで有崎」
「何だ?」
「さっきから……九条と別れてから、俺達の後を尾行けてきてる女の子は知り合いか?」
「なぬ?」
尚斗は後ろを振り返った。
「あ……」
10メートル程離れた場所で、御子はちょっと脅えたように頭を下げた。
「……まあ、知り合いというか……弥生の妹さんだ。知らないのか?」
「さすがに、会ったことのない人間はな」
「御子ちゃん、何か用かい?」
「あ、いえ…その…」
困ったような表情を浮かべながら、それでも御子は2人に近づいてきた。
「ちなみに、こいつは青山」
「青山です」
「あ、九条御子です……はじめまして…」
ゆっくりと、御子の頭が下がった。
「あの、えっと…」
御子の視線が、尚斗と青山の間を揺れ動く。
「俺は席を外した方がよさそうだな…」
「あ、えと、そんなつもりじゃ……」
「じゃあ、どんなつもり…」
尚斗は、青山の胸を軽く叩いた。
「あーおーやーまー、相手を選べよ」
青山は少し肩をすくめ、その場を去っていった。
「……申し訳ございません」
「ん?」
「青山さん、気を悪くされたのでは…」
「いや、あいつは大体あんな感じ……あれで、人見知りする奴だから」
「……そうですか」
「……話、終わったのか?」
「なんだ、待っててくれたのか…」
「あの先生に会いに行って……俺だけ先に教室に戻ってきたら、また気を揉む奴がいるだろう?」
青山にそう言われ、尚斗は苦笑した。
「青山…お前、気を回しすぎ」
「……有崎がそれを言うか」
そう言って、青山もまた苦笑する。
「ところで青山、お前……家出したいとか思ったことある?」
「ないな。少なくとも、その行動によって事態が改善されると判断を下す状況を経験したことがない」
「なるほど」
「……と言うと?」
「いや、俺もないからどうしたもんかと」
などと話しつつ、尚斗が教室のドアを開けた……瞬間、ドアの方を見ていたらしい麻里絵は即座に目をそらす。
「……青山」
囁くように、尚斗は呟いた。
「何だ?」
「お前は正しい」
「誰しも、他人事はよく見えるものだからな」
尚斗は大きくため息をつき、麻里絵の机の前に立った。
「……何か用?」
椅子に座ったままそっぽを向いているの麻里絵の頭を、尚斗の右手が撫で回す。
「え…」
麻里絵は顔を動かさずに目の動きだけで尚斗を見た。
「何を拗ねてんだか……このちび麻里は」
髪が崩れると文句を言うこともなく、ただじっと尚斗を見つめる麻里絵の瞳に、微かな喜色が浮かび上がる。
「……尚兄ちゃんに、頭撫でて貰うの6年ぶり」
「……」
尚斗は無言で麻里絵の頭を軽く叩いた。
「あいたっ」
「俺は痛くない」
「ひどーい」
口を尖らせた麻里絵に背を向け、尚斗は窓際に立ってこちらを見ていた青山の元へと近づいた。
その背中を見つめる麻里絵の視線は柔らかい。
「……何で、アレで機嫌が直るんだ?」
「麻里絵に聞いてくれ、麻里絵に…」
完
登場人物が揃ったら揃ったで……非常に面倒な事態になってきました。(笑)
1話、1話で、毎回たくさんの登場キャラを絡ませるのは不可能っぽいです……
前のページに戻る