チュッ、シュワー……
 熱せられたフライパンの上で下味を付けた溶き卵か軽やかな音をたて、卵独特のあの柔らかな香りが台所にひろがった。
「……さて」
 フライパンをくるりと回し、握りの部分を軽く叩きながら形を整えていこうとした瞬間……
「あーりさーきくーんっ!ガッコ行こーっ!」
 ガコッ!
「……」
 グチャグチャになったプレーンオムレツを無言で皿の上に置き、尚斗は足音高く玄関へと向かう。
「あーりーさーきーくーげばあっ!」
 ドアを開けるやいなや、尚斗は問答無用で宮坂の顔面に拳を叩き込んだ。
「……小学生かお前は」
「マ、マイフレンド有崎……軽いお茶目に対してこのツッコミはちと厳しくないか…?」
 そう口にすると、打たれ強さに関しては定評のある宮坂は首を二度ほど振って何事もなかったかのように起きあがった。
「朝っぱらから近所迷惑な上に、俺の人格が疑われるような行為に対して当然の報いだ。その被害者面はやめろ」
「お前の人格……ねえ?」
 口元に妙な笑みを浮かべ、宮坂がため息混じりに呟く。
「お前にゃ想像できんかもしれんが、父子家庭などというモノをやっているとな、ちょっとした落ち度で『あそこのお子さんは…』とか、『ほら、片親だから…』などと好き勝手言われ放題なんだよ。俺自身のことなら何を言われてもいいが、親父についてつべこべ言わせたくないから、こう見えても家のまわりじゃおとなしくしてんだ俺は」
 宮坂は微かに羨ましそうな表情を浮かべたが、何も言わずに素直に頭を下げた。
「……すまん」
「ま、玄関で立ち話もなんだから入れや……」
「おう、食パンにはバターをたっぷり塗ってくれ」
「……貴様にはオムレツをくれてやる」
 
 見た目ぐちゃぐちゃのオムレツをうまそうにぱくつく宮坂に向かって、尚斗は口を開いた。
「しかし、考えてみりゃお前が俺の家に来たのって初めてのような気がするが……俺の家なんて良く知ってたな。青山から聞いたのか?」
 青山と尚斗は同じ中学だったこともあり、麻里絵のように近所というわけではないが一応同じ町内に住んでいる。学校への通学方法も、基本的には徒歩。
 それに対して宮坂は電車通学をしており、家は結構遠い……だからこそ、こんな朝っぱらから何故ここにやってきたのか尚斗にとっては不思議で不思議でたまらないのだが、一応会話の流れというモノがある。
「いや、住所録見れば一発じゃねえか……うまいなコレ」
「じゃあ、次が本題だが……」
 尚斗は一旦言葉を切って、ずずいっと顔を寄せながら宮坂を睨み付けた。
「朝っぱらから何しにきやがった」
「そりゃ朝メシ……」
 尚斗の手に握られた果物ナイフを目にし、宮坂は慌てて首を振った。
「じゃなくて……これだ」
 ズボンのポケットから取りだした紙束を尚斗に示す。
「……は?」
「あの学校、3月に卒業生謝恩会がとやらがあるらしくてな……」
「謝恩会というと、在校生が卒業生を送り出す儀式だったか……さすがお嬢様学校」
 もちろん、尚斗の通う男子校にはそんな心暖まるイベントはない。
 せいぜいが、お世話になった先輩に対してお礼参りを敢行するぐらいしかない。
「で、なんか凄いらしいぞ……他の学校とかじゃ、精々みんな揃って映画を見るぐらいだが、この学校は3年生が私服で、いいか私服でだぞ」
「何故私服にこだわる…」
「わからんのかっ、有崎!?」
 ゴン…
「……で?」
 宮坂は何事もなかったかのように鼻の下をハンカチで拭うと、目をキラキラさせながら語り始めた。
「立食パーティ形式の飲み食いありだわ、有名ミュージシャンのコンサートありだわ、参加者は女性ばっかりだわと、まさにドリームチケットなんだが」
 ちらり、と宮坂は意味ありげに尚斗を見た。
 その意味に気付かない尚斗ではなかったが、今ここで問いただしておく必要があった……以前、事後共犯にされた時のようなことにならないためにも。
「……お前、昨日の放課後何やった?」
「気にするな」
「気にするわっ!」
「ほかならぬ有崎尚斗君だからな、1000円でいいぞ」
「いきなり金の話かっ!」
「で、お前はこのチケットを2000円で誰かに売れ。そして500円を俺によこす。で、その誰かには他の誰かに3000円で売って500円を俺によこすことを約束させろ」
「……」
「いい話だろう、有崎。俺は、お前らがチケットをさばくたびに500円が懐に入り、お前だって500円はいる」
「……」
 尚斗はテーブルの下でゆっくりと右拳を握りこみながら、得意げに舌を動かす宮坂を無言で見つめ続ける。
「ふっ、俺のヨミでは5000円まで値段はつり上がるはずだからな……みんなで金持ちになろうぜえ、有崎い〜」
 ふと、尚斗は宮坂の制服の下……つまりTシャツが、昨日と同じモノであることに気付いた。
 よくよく見れば、制ズボンの裾も薄汚れていて……なんというか、全体的にズタボロになったかのような印象。
 いや、顔面に関しては尚斗の放った二発のパンチかも知れないが。
「……お前、昨日家に帰ったか?」
「おいおい、昨夜は警備員に追いかけられてそれどころじゃ…」
 宮坂はごく自然な動作でお茶を飲むと、視線をあらぬ方に泳がせた。
「……宮坂幸二君?」
「……なんだい、有崎尚斗君」
 その瞬間、尚斗は即座に宮坂の首を締め上げた。
「すまん、世界平和のためになどと欺瞞に満ちた言葉は使わない。俺と、俺のまわりの人間の平和のために死んでくれ、宮坂」
「ちょ、ちょっと待て……コレをやる、コレをやるから…」
 と、宮坂が差し出したのはこれまたチケットのような……
「……一応聞いてやる、なんだコレは?」
「こ、これは……来月になんか演劇部がやる公演のチケットで…そりゃすごい人気らしいから演劇部の部室からちょっと失敬してきた……」
「さよなら、宮坂……お前のことはずっと忘れないなんて欺瞞まみれの言葉はつかわんぞ…」
 
「あ、朝っぱらから全力ダッシュは…やるもんじゃ…ないな」
 教室内を見渡すと、荷物さえ置かれていない空席は2つだけ……いつもはサボり、遅刻が当たり前の男子生徒がこんな時間に揃っているのは奇跡というか執念というか。
 近所の公園で気を失った状態のまま捨ててきた宮坂の席はともかく……尚斗は自分の左後方の席、つまり、秋谷世羽子の後ろの席をこっそりと見ながら呟いた。
「……なんか、この席昨日もいなかったような」
「あ、紗智ならインフルエンザでお休みしてるよ」
「さち?」
 尚斗は麻里絵の方を振り向いた。
「あ、私と同じ中学からここに来た娘で……私の友達。一ノ瀬紗智って言うの」
「ほう……アッタマ良いんだろうな」
 麻里絵の口調に何かやら微妙な何かを感じはしたのだが、尚斗はそれを意識的にスルーしてそう口にした。
「えっと……それは間接的に誉めてくれてると判断していいの?」
「……産業革命を実現させるに必要な要素を思いつく限り述べよ」
「え、なになになに?」
 目を白黒させる麻里絵の目の前で、尚斗は焦りを増幅させるかのように指を折っていく。
「3、2、1、ハイ……ダメ」
「そ、そんなの急に言われても答えられるわけが……」
「いや、本当に頭のいい奴は平気で答えてくるぞ……例えばこいつ」
 と、尚斗が指さしたのは青山の背中。
「……青山君って、頭いいの?」
 声を潜めて麻里絵。
「すっごく。まさにウチの学校では掃き溜めに鶴の存在」
「へえ……」
「その『へえ…』は純粋に感心してるのか?何やら不穏な感情の微粒子が紛れ込んでいたような……」
「ないないない!紛れ込んでないよぉっ!」
 麻里絵はやたら慌ただしく手と首を振った。
「あ、そういえばこの学校ってね…」
 逃げたな……と内心思ったが、尚斗は口に出さずにおいた。
「3年の先輩と、1年生にね、この学校に来てから1番以外取ったことがないって人がいるんだって」
「ほう、それはすごいな……ずっとトップって事は、少しのミスも許されないわけだから、冷静沈着で眼鏡なんかかけてキリッとした娘なんだろうなあ」
「うん、私もそんな人がいるって聞いたことがあるだけだから知らないけど、そんな人のような気がするよね」
 
 同時刻、3階廊下。
「うー」
「結花ちゃん、ちょっと落ち着いた方が…」
「コレが落ち着いていられますか!?盗まれたんですよ!見本とはいえ、夏樹様のバレンタイン公演のチケットがごっそりと!」
 少女はちっちゃな両拳を堅く握りしめ、怒りにブルブルと身体を震わせた。
「まあ、まだ公演のタイトルも決まっていない状態で作った見本チケットの1つだし……別にいいじゃない」
「……それはそうなんですけど」
 少女は視線を上に……さらに上に持ち上げて(笑)呟いた。
「なんだか、夏樹様が汚されたように感じて……こんな事をするのは、昨日からこの学校に入り込んだむさ苦しい男子に違いないです」
「そ、そうやって決め付けるのはどうかな…」
「いいえ、決まってます。犯人は絶対に男子です…おそらく夏樹様を妬んでの犯行に違いありません」
「……妬んでって」
 
 昼休みが始まってやっと登校してきた宮坂は、これっぽっちも後ろ暗いところを感じさせずに尚斗の側にやってきて腰を下ろした。
「ふー、遅刻しちまったぜ」
「もう遅刻って時間じゃねえぞ」
「宮坂……昨日の夜、学校で不審者が目撃された……ってな事をホームルームで先生が話してたが、お前か?」
「青山、確認するまでもなくこいつだって」
「おいおい、お前ら俺を過大評価してないか?」
「……」
 尚斗がじっと見つめたのだが、宮坂はその視線を平然と受け止めて言った。
「どうかしたのか、有崎?」
「いや、お前……今朝俺の家に来たこと覚えてる?」
「は?何で俺が朝っぱらから有崎の家に行かなきゃいけないんだよ…」
「こいつ、記憶を完全にリセットしてやがる!」
 尚斗はポケットから謝恩会チケットおよび演劇部公演チケットの束を取りだし、宮坂の顔に突きつけた。
「見覚えがないとは言わさんぞ、宮坂。コレ持って、さっさと返しにいってこい」
「知らねえって」
 ぱしっと、宮坂の手がチケットの束をはたいた瞬間、はずみなのか、それとも元々弱っていたのか束をまとめていた輪ゴムが弾け飛んだ。
「お…」
 大半は尚斗の手の中に留まり、そして数枚は教室の床の上に、そして1枚が昼休みに入ってから換気の為に開けておいた窓からひらひらと……
「あ、やべ…」
 尚斗、青山、宮坂の3人が見守る中、その1枚のチケットは風に煽られながらもひらひらと舞い落ちていき、1人の少女の頭の上に落下した。
「……?」
 少女は首を傾げて頭の上に手を伸ばす……
 
「い、今のこっちを振り返った目つき見たか?」
「身体はちっちゃそうだったが、俺の中の危険センサーが速やかにこの場所からの脱出を計れと告げているぞ」
 これまで幾度となく悪事に手を染めてきた(ろくでもないことをしでかして2人を巻き込むのはは主に宮坂)3人組だけに、危険に対する察知能力は優れている。
「お、俺は無関係だから…」
 と、宮坂が教室のドアを開けて一歩踏み出した瞬間、横合いからすっ飛んできた小さな塊に吹っ飛ばされて宙を舞った。
「ナイスタックル…」
 尚斗の口から思わず賞賛の言葉が漏れるほどの。
 少女はゆっくりと立ち上がり、まさに仁王立ち状態で倒れたままピクリとも動かない宮坂を見つめている。
「……有崎、逃げろ。チケット持ってるお前は絶対主犯と思われる」
「いや、さっき宮坂のポケットに入れておいた。ローマのモノはローマに、カエサルのモノはカエサルに返さないとな……」
「あ、相変わらず素早いな…」
 少女は顔を動かすことなくちらりと尚斗達を見ると、倒れたまま動かない宮坂の制服のポケットを探りだした。
 すぐに例のチケットを取りだし、じろっと尚斗と青山の2人に視線を向けた……が、「ふんっ」と横を向いてそのまま足音高く歩き去っていく。
「おや?」
「……俺らの会話から状況を瞬時にかつ的確に判断したようにも思えるが」
「そりゃまた……すっげえ察しのいい娘だな」
 尚斗と青山は二人してため息をつき、椅子にどっかりと腰を下ろした。
「まあ……一撃ですんで宮坂も運が良かったというか」
「いや、死角からレバーをすくい上げるような鬼タックルだったからな……常人なら、2日は飯が喉を通らんぞ」
 顔をしかめながら自分の右脇腹をさする尚斗に向かって、青山は肩をすくめて見せた。
「自業自得だろ。それに、宮坂だから……いや、宮坂にしちゃ、復活が遅いな」
「ああ、朝に俺が散々痛めつけたからな……そのダメージも残ってると思う」
 
「さて、放課後ですか……」
 何の用事もなく居残るのははしたないことと教育されているのか、この学校の放課後の教室はすぐさま人がいなくなる。
 もちろん、宮坂も姿を消していた……おそらく、昨日と同じような行動を取るのではなかろうか。
「帰るか、青山」
「ああ…」
 2人並んで教室を出たところで、尚斗は気がついた。
 本を読みながら廊下を歩く女生徒……ふらついているわけではないが、前方には壁の出っ張りがあって本人には全く自覚がなさそうに思える。
 尚斗を見て、青山がまた始まった…とでも言いたげに肩をすくめた。
「おいアンタ、前…」
 声をかけて注意を促してみたが、集中してるのか、それとも自分に対しての呼びかけと気付かなかったのか。
「おい、ぶつかるって…」
 そう言って手を伸ばしかけた瞬間……
 
「あぶなあああいっ!夏樹お姉さまああぁっ!」
 
 ドップラー効果か、高周波の叫びを上げながら小さい塊がつっこんできた。
 尚斗の脳裏に、宙を舞う宮坂の姿が甦る。
「(逃げ……まずい)」
 何がまずいかというと位置関係が非常にまずい。
 尚斗がかわせば、おそらくは前をゆく女生徒に激突して壁とサンドイッチになることは間違いない。
 受け止める……と、そのまま女生徒もろとも壁に激突する危険性がある。自分一人ならともかく、それはまずすぎる。
 となればやることは1つ。
 尚斗は右半身を開きながら女生徒の肩を軽く叩いて素早く腰を落とし、つっこんでくる小さな塊のベクトルを廊下の中央方向に受け流そうとして……失敗した。
「……いたあーい」
「あたた……一体、何なの」
「むう……漫画や映画のようにはうまくいかねえなあ」
 廊下の天井を見つめながらぽつりと呟く尚斗。
 壁に激突するとことだけはなんとか免れたが、結局は3人揃って床の上だからみっともない。
「有崎、誰も彼も助けようと欲張りすぎだって……1人に絞れ、1人に」
 視界範囲外から聞こえてきた青山の声に、尚斗は苦笑を浮かべた。
「俺の計算では、実現可能なはずだったんだがな…」
 少女の勢いが予測以上だったのが敗因か。
「……よっと」
 尚斗は脇腹の鈍痛に耐えながら立ち上がり、加害者を後回しにする事に決めて背の高い女生徒から助け起こすことにした。
「すまん…読書に夢中になってて壁にぶつかりそうだったんで……とはいえ、壁に頭ぶつけた方がマシだったかも知れないが」
「え…あ、ああ…」
 差し出された尚斗の手をやんわりと拒否し、女生徒は自分で立ち上がった……上着の色から判断するに、どうやら3年生のようだ。
「怪我は…」
「なさそうだけど…?」
「そっか…」
 尚斗は安堵のため息をつき、そして加害者に視線を向けた。
「……で、大丈夫かお前は」
 床の上にぺたりと座り込んでいた少女をグイッと抱え起こしながら、こっちは1年生であることを確認する。
「……誰の許可を貰って抱え起こしてますか?」
「おお、タカイタカイしてやるから勘弁な」
 そう呟きながら、少女の身体を一気に抜き上げた。
「きゃっ」
 すとん。
「な、なんて事するですかっ!一瞬天井にぶつかるかと思ったじゃないですかっ!?」
「いや、スマン。思ったより軽かったもんで力が余った……つーか、もうちょっと状況を確認してからつっこんでこい。あの勢いで壁につっこんだら洒落ですまないぞ多分…」
 少女と女生徒が、尚斗の指さした壁の出っ張りに視線を向けた。
「何言ってるですか……かわせなかったくせに」
「……ま、そういうことにしとこーか」
 尚斗はため息混じりにそう呟くと、あらためて少女に向かって尋ねた。
「で、肩は大丈夫か?」
「は?」
「ぶつかる瞬間に右肩をねじり込めば威力は上がるかもしれんが、その衝撃を受け止めるお前の肩が保たんだろ……」
「……ちっちゃくて悪かったですね」
 口には出さなかったが、どうやら目で語っていたらしい。
「ま、そういう口がきけるなら問題ないな……とりあえず、良かった良かった」
 絶妙の位置にあったせいなのか、尚斗は無意識に少女の頭を撫でていた。
「な、な、な…」
 少女の顔が赤く染まっていく。
「何するんですかっ!」
 そう言われて尚斗は自分が何をしているのかに気付いた……が、ここまで来れば後にはひけまい。
「うむ、無事で良かった」
「てい」
 少女は手を払いのけ……尚斗の顔をまじまじと覗き込む。
「む……よく見れば、チケットを盗み出した最低ケダモノのお仲間さんじゃないですか」
「むう、痛いところを……」
 はっきり言って、それについては返す言葉がない。
「そんな、穢らわしいケダモノの手で、神聖な夏樹様の身体に触れようなどとは言語道断です」
「ほう、穢らわしいケダモノの手ときましたか……うり」
 容赦なく両手を使って少女の頭を撫で回す。
「な、何をっ」
 少女の爪先が尚斗の向こうずねに……と、この攻撃は予測していたので難なくかわし、なおも撫で回しながら囁く。
「ふふふ…穢れた手に撫で回される気分はどうかね」
「有崎、それぐらいに…」
「良くわからないけど、そのぐらいで…」
 青山と女生徒から仲裁が入ったので、意外と手触りの感触が良かった少女の頭から手を離した。
「あうー、頭がグラグラする…」
「いや、それはケダモノの手のバイ菌に感染した一次徴候だな……」
「あら、しょせんはケダモノ、バイ菌感染で一次徴候という言葉の使い方が間違ってるようですけど、おほほほほ…」
「……青山」
「ああ、その娘の言ってることは正しいぞ」
「ち、仕方ない……この場はひいてやる」
「あーら、この次があると思って?」
「そのマダム喋りやめれ」
「有崎…」「結花ちゃん…」
 女生徒は結花と呼んだ少女を押さえながら、尚斗を見た。
「えっと……一応ありがとうと言っとくべきなんでしょうね」
「夏樹様、そんな必要…ふがふふ」
「いや、助けようとはしたが失敗したからな……必要ないだろ」
 ふっと、女生徒の目に複雑そうな感情が浮かんだような気がしたが、光線の具合だったのかも知れない。
「……じゃ、私達はこれで」
「あ、そうだ……えっと、ちびっこ」
「誰がちびっこですか!?」
 光速のレスポンスを見せるあたり、自覚はかなりあるようだ。
「いや、それはともかく演劇部か、少なくとも関係者だろ、ちびっこって」
「……そうですけど?」
「今日、馬鹿が1人演劇部の部室に忍びこむと思うから、戸締まりは厳重に……床に水まいて電流アタックも許可する」
 
「良かったな、有崎」
「あ、何がだ?」
「いや、いじり甲斐のありそうな相手が見つかって」
「ああ、あのちびっこか……確かに」
 男子はこの2日間は借りてきたネコのようにおとなしいし、女子は女子で……中身はどうか知らないが、礼儀正しくて冗談1つ飛ばせないような連中ばかりで正直うんざりしていたのだ。
「……1ヶ月か。長えのか、短けえのかよくわからんが」
 男子校では既に瓦礫の山の撤去が終わり、明日からはプレハブとはいえ仮設校舎の建設作業に取りかかるとか。
「終わってから考えろよ……忘れてるかも知れないが、俺だって一応おぼっちゃまだぞ。別にお嬢様ばっかりってわけでもないし、お嬢様にもいろんな奴がいるって」
「そだな……」
 尚斗はぽつりと呟き、夕焼け空を見上げた。
「……案外、居心地がいいかもしれないしな」
 
 
                 第3話 完
 
 
 ……まことに無責任な言いぐさですが、書きたい話を赴くままに書きつづってますのでまともな構成を求めないでください。(笑)

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