「おうおう、盛況じゃねえか」
 などと、地回りのちんぴらのような台詞を吐く宮坂の尻にとりあえず蹴りを入れ。
「まあ、あれだけ騒がれたらなぁ…」
 と、尚斗が答えた。
 この地域最大級の大型レジャープールだか、ガーデンがどうのこうの。
 開園一ヶ月前から、テレビやら新聞やら、尚斗達がその広告を一日たりとも目にしなかったことはない。
「まったく、この国の人間はB級知識層ってのが多くていけねえ」
「なんだそれ?B級グルメみたいなもんか?」
 時々難しいことを言う宮坂に、尚斗が首を傾げつつ尋ねると。
「……まあ、簡単にいうと、知的弱者のことだ」
「は?」
 よくわかっていない表情の尚斗に、宮坂はただ曖昧な笑みを浮かべてみせる。
「おい、2人とも何やってんだ…いくぞ」
 尚斗、宮坂、そして男子校の連中3人の、計5人で、片道1時間の電車を乗り継ぎやってきたわけだが。
「おい、カメラはふつー、入り口でチェック受けるぞ」
「なんだって?」
 そりゃ初耳だ、みたいな表情で、カメラ、ビデオを抱えていた3人が振り返る。
「盗撮とか色々問題になってる時代だからな、広告の下に小さくあったじゃん。カメラやビデオなどの持ち込み撮影は禁止って」
「ば、ばかな…」
「女のナイスバディをじっくりねっとり撮影する以外に、こんな場所で何を楽しめって言うんだ?」
 泳げよ……あ、いや、どうせ、泳ぐようなスペースもないんだろうな、この有様じゃ……と、尚斗は自分の中でツッコミと修正を完結させると、ため息をついて、人、人、人、で埋め尽くされた周囲に目をやった。
 あの3人に限らず、あまり良ろしからぬ目的を持ってここにやってきた野郎連中は、少なくないのだろう。
 がっくりと跪いた3人に、宮坂が微笑みながら。
「男には写真なんて必要ないさ。そう、記憶という心の印画紙に焼き付ければそれで…」
「おい、宮坂」
「なにかな、有崎尚斗君」
「お前と俺、無関係な」
 先に釘を差しておく。
「何をいきなり?」
 ちょいちょい、と手招いてから…肩を抱くようにして首を締め上げる。
「……てめえ、隠しカメラやらビデオやら、用意してんだろ」
「さすが親友、ずばりだよ」
「自己責任な。俺にふるなよ…あいつらにも、ケツを持ってくなよ。告発されないだけマシと思え」
「ははは、当然じゃないか」
 馬鹿もやるし、無茶もやるけど……尚斗は、ギリギリの一線というか、そこを踏み越えないと言う意味で宮坂を信用していたから、それ以上は言わない。
 尚斗はため息をつくと、今度はがっくりと気を落としたまま3人に近づいて声をかけた。
「おい、ここまで電車賃いくらかかったと思ってる?写真やビデオはともかく、気を切り替えて楽しんでいけよ。もったいねえだろ」
「……こうなれば是非もなし」
「いや、いかにも関係者のフリして堂々とカメラを持ち込めばいけるかも…」
「それなら任せろ、俺の機材はプロ級だぜ」
「……」
 尚斗は、諦めた。
 死ななきゃ治らない馬鹿はいつだっている。
 
「もうしわけありませんが、こちらで預からせてもらいます」
 
「こ、これが公権力の横暴か」
「やべえ、選挙権は15歳から与えるべきだろ」
「…………滅びよ、この世界」
 尚斗はため息をつき、横をいく宮坂に目をやった。
 もちろん、宮坂は入り口で持ち物チェックに何も引っかからず、預かり証を渡されたりはしなかったからだ。
「……さすがというべきか」
「くっくっくっ…俺がその気になれば、国会議事堂はおろか、ペンタゴンにだって忍び込んでやるさ」
「恐ろしいやつだよ、お前は…」
 尚斗は呆れるのを通り越して感心したように呟くと……自分の目の前に続く人の壁に目をやった。
「つーか、この人数…更衣室とか、大丈夫なのかよ」
「え、下に着てこなかったのか?」
「小学生か…」
「俺は、時間が貴重だと思っているだけさ」
 係員が、人の流れを調整するために何か叫んでいた。
「じゃ、有崎…俺らは先に行くぜ。荷物よろしく」
 と、どうやら尚斗以外の4人は全員下に用意していたらしく、尚斗に荷物を渡して…。
「待て、待ち合わせとか…」
 尚斗の声に、宮坂だけが振り向いて。
「心配するな、必要ならこっちで見つける」
 この人混みでそんなこと……と思ったが、相手は宮坂だった。
 
 何はともあれ、更衣室の順番待ちほど、虚しい時間はない。
「……何のための入場制限だよ…オープンしたばかりだから仕方ねえのかもしれないけど」
 ぶつぶつぶつ。
 無意識に不満が漏れる。
 ただ従順に待ってられるほど人間ができてるってわけでもないのだ。
 人混みで、おそらくは仲間同士の話し声も加わって、周囲は決して静かではないのだけれど、同じような不満は波長が合うのだろう、それは尚斗の耳に届いた。
「…ったく、何でこんなに手際が悪いですか…このぐらい事前に予想して対応策を…」
 おお、頭良さそうなこと言ってる。
 だが、現実はアクシデントに満ちてるから、むしろ柔軟さの方が必要とされることも多いんだぜ……と、さっきまでの自分を棚にあげつつ、尚斗はそちらに視線を向けた。
「うわ」
 尚斗があげた声は決して大きくはなかったのだが、どうやらしっかりと届いてしまったらしい。
「は?」
 こちらを向いた少女と目があってしまう。
 ついでに言うと、尚斗はその少女に見覚えがあった……つーか、いろんな意味で、忘れられるような相手ではないのだ。
 はて、気安く声をかけていいものかどうか……尚斗の胸中を知ってか知らずか、少女もまた、どこか間合いを計りかねているかのように、尚斗を見つめている。
「どうしたの、入谷さ……」
 おそらくは異変に気付いて視線を追ったのだろう……少女の連れもまた、尚斗の存在に気がついた。
「あ、あれ…あの人って」
「え、あ…ホントだ」
「え、だれ?」
「誰って…」
 ひそひそひそひそ。
 なんとなくいやな予感がしたが、逃げ道はない……というか、少女の連れがわざわざ人混みをかき分けるようにしてこっちの方にやってくるではないか。
「有崎先輩。お久しぶりです」
 そう声をかけてきた少女の顔は、尚斗も覚えていた。
 演劇部の1年で…今は2年か……バレンタイン公演の準備で、大道具の制作を頑張っていた女の子だった。
 尚斗も、宮坂と一緒に制作を手伝ってあげたのだが……この親しげな様子はそれでだろうと、尚斗は納得し。
「あ、お久しぶり」
 ちょっと頭を下げ…何を話せばいいのか考える。
「なに、全員演劇部…じゃ、ないよね?」
 1人か2人、知らない顔がある。
「あ、違いますよ…同じクラスの5人なんです。まあ、3人が演劇部ですけど」
 何が楽しいのか、女の子は笑って。
「先輩は1人…ですかあ?」
 『ですかあ?』の部分が、ちょっとばかりお茶目なアクセントだった。
「いや、男子校の連中と一緒。宮坂もいるよ」
「あはは、そうですよね」
「まあ、1人ではこないっしょ」
「あ、そういう意味じゃ…」
 女の子は意味ありげに笑い、「ま、いいです」とそのまま言葉を濁した。
 いやな感じはしなかったが、尚斗は少し首をひねった。
「ただ待ってるの暇ですし、ちょっとお話ししましょうよ」
「え?」
 手をとられ、引っ張られる。
 人間50年…ではなく、人生17年あまり、異性からこのような積極性を発揮されたのは、はたしていつ以来であったか。
 などと、尚斗の魂が、少々迷子になっている間に、少女は無事に尚斗を仲間の元へと連れてくることに成功した。
「こんにちわ、お久しぶりです」
 と、これも演劇部の女の子……えっと、舞台に立ってた子だな…うん、夏樹さんが演技指導してた記憶がある、と尚斗は頭の中で再確認。
 そして、演劇ではない2人……おそらく、きっと…初対面の2人に尚斗は簡潔に自己紹介したんだけれど……。
「……」
 義理とはいえ、チョコももらったし、一応、尚斗はお返しも渡しにいった。
 いや、どう考えても、この5人の中では、尚斗と最も親交が深い誰かさんは、目も合わせないし、口もきかない。
 仕方ないので、尚斗の方から口を開く。
「よう、久しぶり」
「……そうですね」
 うわあ、素っ気ねえ……と思ったら。
「1人でこんなとこやって来るなんて、相変わらずどうしようもなく無礼で寂しいケダモノなんですね。あいにくですけど、あなたみたいな人にひっかかるような女性はいないと思いますけど」
 ぷち。
 尚斗は結花の頭に手を伸ばし。
「君たち、今日はこの子のお守り?」
 頭を撫でながら、残りの4人にそう言った。
「なっ」
 ちびっこが目をむいた気配がしたけど、尚斗はそっちを見なかった。
「え、あはは…そうなんですよ」
「そうです、頼まれちゃって」
 うむ、さすが演劇部、ノリがいい。
「そうか、子供は可愛いけど、時々何をやらかすかわからないところがあるからなあ…気苦労が耐えないよね」
「あははは、そうそう」
「そうですよねえ」
 残りの2人も乗ってきた。
 よし、これで優位は確立できた、と尚斗は笑う。
 げし、げし、と控えめに脚を蹴られているが、気にならない。
「あ、よろしければ、有崎先輩に、頼んじゃっていいですか?」
「は?」
 女の子が、小さくだが、『きゃぁ』と声を上げた……もちろん、それは全員ではなく、戸惑ったように仲間を見つめる少女が1人。
 そして、尚斗は尚斗で、あれ、何の話かな……と、首を傾げたのだが。
 更衣室の順番を待つ列が動き出したから、なんとなく話がそこでとぎれてしまう。
 えっと、どういう話に…あれ?
 
 誤解のないように言っておくが、今は6月である。
 全天候型……というか、ドーム型の建物に、基本は温水プール。
 目玉は、南国ビーチを再現というか……砂浜はもちろん、波の発生装置まで作った、トロピカルブロック(区域)。
 その砂浜の一角で、用意されていたビーチパラソルの下をゲットした……尚斗と、ちびっこが、周りの喧噪を拒絶するような雰囲気で腰をおろしていたりするわけで。
 ちなみに、ちびっこはたぶん水着に着替えてない。
 ちらっとTシャツが見えたから尚斗はそう判断したのだが、その上から大きめのバスタオルを羽織って、とにかく尚斗に肌をさらすまいというのか……つーか、まだ自発的にという意味で、ちびっこは一言も口をきいていない。
 まあ、それ以前に。
「いやあ、なかなかいい雰囲気ですねえ」
「そうそう、初々しいカップルって感じ」
 などと、背後で囁かれ続けているのである。
 これはいわゆる、恋の話は女の子の大好物……なのか?
「……」
 尚斗はちょっと後ろを振り返り。
「ねえ、君たち…喉乾いたりしない?おごるよ」
「あ、すみませぇん…そうですよね、おじゃまですよね、私たち」
 尚斗から金を受け取り、女の子4人がきゃあきゃあ騒ぎながらその場を去る。
「………やれやれ」
「……る……か」
「ん?」
 初めて口を開いたような気がしたが、尚斗はよく聞き取れなかった。
「なに?」
「…ふ、2人きりになって…ど、どうするつもりですか?」
 羽織ったというか、身体に巻き付けているバスタオルをぎゅーっと握っている結花の指先が白い。
「え、あ、いや…」
 尚斗は、誤解という名の大河が流れる音を聞いたような気がして。
「いや、違う。なんつーか、悪のりしちゃったって言うか、あんな風に後ろでからかわれ続けるのはイヤだろ?」
 と、いうか……多少知り合いだったとはいえ、いきなりこれって、なあ?
 尚斗はちょっと首を傾げ。
「お前、虐められてたりしてないよな?」
「は?」
「いや、なんつーか…なあ」
 ぽつり、ぽつりと尚斗は、疑問を口に出し……結花はそれを黙って聞いていたが、最後にぽつりと。
「……有崎さんのせいです」
「え?」
「ずっと有崎さんがいたじゃないですか……だから、私、つい、間違えちゃったんです」
「……?」
 尚斗が首を傾げると、結花は怒ったように。
「学校とか、誰かに向かって『お母さん』とか、呼びかけたりしませんでしたかっ!?しますよね、だれだって、したことありますよねっ!?」
「……えーと、それはつまり…」
 学校…いや、演劇部でやっちゃった、と。
「……それからずっとですよ…事あるごとに、からかわれっぱなしですよ、私……最近、ようやくマシになってきたっていうのに…」
「あ、う…そうか…えーと、すまん…悪かった」
「ば、馬鹿にするなですっ!」
「……」
「な、なんで有崎さんが悪いですか…全部自分のせいだってわかってます…悪くないのに謝るなって言うんですよ…私、子供じゃないですっ!」
 結花の言葉の……『子供じゃないです』の部分に思い当たるところがあったから、尚斗は真面目に謝ることにした。
「すまん、悪かった」
「……」
「俺、今日は男子校の連中と…ほら、宮坂もな…ここに来たんだ」
「……そうですか」
「まあ、全員下に水着の用意をしてたみたいで…俺だけが1人、更衣室に向かうことになったわけなんだが」
「……」
「それと、お前と一緒にいた女の子…学校で顔を合わせたことはあったかも知れないけど、2人は初対面だし、もう2人は演劇部で、ちょっと話したぐらいだし……どう考えたって、俺が一番親しいのはお前じゃん……」
「……」
「まあ、お前の方の事情知らなかったから…あんな態度とられて、ああいうこと言われて、ちょっと腹が立ったんだ…悪かった」
「……いえ、それは…私も…悪かったです」
「よし、じゃあ、仲直りな」
 と、こぶしをちょっと突き出す。
 結花はそれを見つめ、何となくわかったのだろう、自分も手を握って尚斗のそれにこつんとぶつけた。
「……」
「……どうしました?」
「あ、いや…」
 尚斗は、伸ばされた結花の白い腕から目をそらして。
「時間が経つのは早いモンだと…な」
「…?」
 結花がちょっと首を傾げたが、尚斗はそれ以上の言葉を口にしなかった。
 まあ、仮に問いつめられたところで、『いや、あの頃は冬服だっただろ?ちびっこの肌が白くてびっくりした』などと、正直に尚斗が白状するはずもなかっただろうが。
「……時間が経つのは早い、ですか」
 ぽつりと結花は呟き。
「そうですね…最後に会ったのは3月中旬でしたもんね……元気そうで、何よりです」
「まあ、それぐらいしかないしな、俺は……演劇部はどうだ?」
「……」
「いや、夏樹さん卒業しただろ…」
「まあ、祭りの後…ですかね」
「そっか…」
「でも、人がいないわけでも、人が集まらないわけでもありませんから、本来の姿に戻っただけです」
「何言ってんだよ……お前が乗り込むまで、廃部寸前だったんだろ?どう考えても、ものすげえ、前進してるじゃねえかよ。誰がなんと言おうと、お前のおかげだぜ、それ」
 結花は、ちょっと尚斗の顔を見つめ……笑った。
「誉めても、何も出ませんよーだ」
「別に期待してねえっての」
 ひそひそひそ。
「いい感じ、いい感じですぅ」
「私たちがいなかった間にいったい何が…」
「あれ、やっぱり私たちってお邪魔虫?」
 尚斗と結花は顔を見合わせ、ほぼ同時に後ろを振り返った。
「あ、ごちになってまーす」
 などと、シェイクかなんかを飲みながら、しれっと女の子が言う。
「ちょっと、あなた達、いいかげんに…」
 尚斗は結花の口を手でふさぎ。
「あはは、まあ、いじめるのもそのぐらいで勘弁してね。あの後演劇部がどうなったかとかちょっと気になってたから…色々話ができて嬉しかったんだ」
 と、尚斗は立ち上がって、演劇部の女の子2人に手を出して。
「これからも頑張ってね」
「あ、はい…」「どうも」
「じゃあ、俺は行くから…邪魔して悪かったね」
 と、尚斗は可能な限り、さわやかに立ち去った。
 
「こんの、裏切り者があっ!」
 流れるような連携技で、尚斗をぶっ倒した4人の戦士が腰に手を当てて見下ろす。
「向こうも5人、こっちも5人。お前は、自分のやるべきことも理解できないのかっ!」
「……あ、いや…そういう意識、全くなかったわ」
 そりゃそうだ、こいつら4人から見たら、この仕打ちは仕方ねえよな、と尚斗は痛みをこらえつつも、納得した。
「つーか、見てたのかよ…」
「というわけで、有崎君。あらためて俺達を彼女たちに紹介…」
「断る」
 4人は、ちょっと首を傾げ……小指の先を耳の穴に突っ込んで耳掃除。
 そして、あらためて口にする。
「悪い、良く聞こえなかったからもう一度プリーズ」
「断る」
「……」
 ざっ、ざざっ。
「いや、無言で俺を取り囲むなよ…」
「……俺の味方じゃないやつは、すべて敵だ」
「それは、ひどく不健康な思想だと思う…ぞ、と」
 背後から殴りかかってきた拳を、尚斗は身体を開くことで受け流して自分の盾とする。次の瞬間には身体を沈め、地面についた手を軸にして水面蹴り。
「うおっ」
 バランスを崩して尻餅をついたやつにはかまわず、尚斗は宮坂に向かって容赦なく頭をつかんで飛び膝を入れた……当たりはしたが、さすがは宮坂、膝に残った感触から威力の半分以上が殺されているのが尚斗にわかった。
 そう、このぐらいのことは、男子校において日常茶飯事なのだが……。
「やべっ、係員が来た。逃げるぞ」
「おうっ」
 さっきまでのやりとりはどこへやら、尚斗を先頭に、少年5人はその場から散開するように逃げ去っていく。(笑)
 
「……何をやってますか?」
「いや、ちょいと係員を相手に鬼ごっこと、かくれんぼを」
 相も変わらず、バスタオルを羽織ったまま結花はため息をついて。
「……何をやったんですか?」
「んー、男同士で軽いコミュニケーションを」
 そう答えつつ、尚斗は油断なく周囲に視線を送り続ける。
 完全に諦めたのか、それとも自分以外の誰かを追っているのかはわからないが……当面に危機は去ったようだと、尚斗は安堵のため息を吐いた。
 そして、あらためてちびっこに視線を……。
「……何故、照れている?」
「あ、いえ…ちょっと…よろしくない想像を」
「違うっての…宮坂達がな、さっき俺とお前らが一緒にいたのを見てたみたいでな…5対5でちょうど数も合ってるから、紹介しろって…まあ、それでちょっともめたんだっつーの」
 結花は、ちょっとうかがうような目つきで尚斗を見上げ。
「……もめたって事は、有崎さん、断ったって事ですよね?」
「俺がそばに行ったら、またちびっこがからかわれるじゃねーかよ」
「……別に、もう手遅れだからいいですよ」
「まあ、それ以外にも色々問題はある」
「……?」
「宮坂も含めて、あの連中が何をやらかすかについて、俺は保証しきれん……とすると、ちびっこの友人だかクラスメイトだかに迷惑かけたら、今度は俺がお前に顔向けできねえってことになるから、ダメだ」
「……顔向け…」
「……どうした?」
「い、いえ…べ、別に」
 尚斗の視線から逃れるように、結花が顔を背ける。
「……俺、今なんか変なこと言ったか?」
 結花は、ちらりと尚斗に視線を向け、また逸らし……羽織っているバスタオルをきゅっと握りしめて、呟くように言った。
「……なんか、有崎さんが優しいです」
「あー、それは、なあ…」
 尚斗は困ったように頭をかき。
 言葉のキャッチボールどころか、最初は言葉のビーンボールの投げ合いだったからなあ……と、尚斗はしみじみとした感じであの季節の記憶を思い起こす。
「なんつーか、俺とちびっこって、出会いが最悪だったろ?」
「それは……まあ、否定はしませんけど」
「そんでまあ、俺が演劇部に色々顔を突っ込んで……まあ、ちびっこのこと見てたらよ、あれ、こいつ、すごいぞ……と」
「……」
「まあ、出会いがアレだったから多少引きずったというか……今日は久しぶりだったからな、ふつーに対応できるってだけ。つーか、別に優しいんじゃなくて、それまでの対応とは違うって事だろ」
「そ、そうですかね…」
 尚斗は、こほん、と空咳をして。
「野郎相手なら、言葉も悪いし、喧嘩もするけどよ、女の子相手に無茶するほど腐ってるつもりはないぞ」
「……」
 ぷい。
「……その反応、ちょっとわからんのだが」
 顔を背けたまま、結花が言う。
「別に、何でもないです」
 いや、明らかに不機嫌っぽいんだが……と、首を傾げる尚斗の肩を、ちょんちょんと、誰かの指がつついた。
「はい?」
「どもー、お困りですか?」
 顔を背けていた結花が、ぎくっと身体を強張らせる気配があった。
 声の主は、今日一番最初に尚斗に声をかけてきた少女である。
「……せっかくこんなとこまでやってきて、俺とちびっこの後をつけ回すのは、ものすごく不毛だと思うよ」
「いえいえ、これはこれでなかなかに」
 と、少女が微笑む。
「有崎さん、からかわれる前に、どこかよそに行きましょう」
「まあ、待てって…」
 既に背中を向けかけていた結花だったが、尚斗の言葉に逆らおうとはしなかった。
 それを確かめてから、尚斗はあらためて少女に向き直り。
「……ちびっこが、ここまで追い込まれているのは、君達のせいだよね?」
「ノンノン」
 少女は指を振って。
「ちびっこじゃなくて、結花ちゃんです」
「余計なこと言うなですっ!」
「……?」
 少女は、ニヤリと笑い。
「有崎先輩はわかってないみたいだから、余計なことを言うとやぶ蛇になるかもぉ」
「ん、ぐっ…」
 口をつぐむ結花に、尚斗は再び首を傾げた。
 そんな結花の様子に、少女はへっへっともみ手をはじめ。
「結果オーライというか、ちゃんと育てておきましたから、収穫はお願いしますね、有崎先輩」
「収穫?」
「こ、このっ!」
「いいの、バスタオル投げちゃって?」
「うあああっ」
 少女に向かって投げつけようとしていたバスタオルを、結花が慌てて羽織る……尚斗が視線を向けたのはその後だ。
「……」
「み、見るなですっ!」
「え、お前…その下水着なの?」
「ち、違います。水着なんかじゃないです、絶対に違いますからっ」
「……だったら別に」
「へ、減るんですっ、有崎さんに見られたら」
「……身長が?」
 げし。
「じゃあ、体重?」
「……」
「いや、考えるなよ……冗談だっつーの。そもそも、体重減らす必要あるのかよ、お前」
「ほ、本能に訴えてくる言葉なんです、それは」
「……そういうもんかね」
「……ホント、仲が良いですよね、2人とも」
 ため息と共に呟いた少女の言葉に、またまた結花が鋭く反応する。
「どこがですかっ」
「どこがって……全部?」
「お、おぞましいこと言わないでください」
「はいはい、あんまり騒ぐと、余計にからかわれるぞ…」
 尚斗は結花の頭を押さえつつ、少女に視線を向けた。
「えーと…」
「藤沢です、藤沢圭子」
「じゃあ、藤沢さん……そういうのって、後で自分に返ってくるから、程々にしておいた方がいいぜ」
 げし、げし、げし。
「……一応、お前をかばってるつもりなんだが、何故、蹴られなきゃならんのかね?」
「人のことを散々、ちびっこちびっこと子供扱いしてからかってる有崎さんが、そういうこと言いますかっ!?」
「……むう」
「あはは、確かに返ってきてますねぇ…」
「だろう?だから、程々にね」
「何を無視して話を進めてますかっ」
「まあ、いちいちそう突っかかるなって……お前に落ち度がないのはちゃんとわかってるっつーの」
「だから、子供扱いするなって言ってるんですっ」
「んー、こう言っちゃ悪いが、それはお前自身のコンプレックスが影響してると思うぞ……まあ、他人の評価と自分の評価が違ってくるのは当たり前ってぐらい、お前ならよくわかってるとは思うが」
「……」
 尚斗の言葉を受けて、結花が黙り込む。
 そして少女……藤沢圭子は、ちょっとうつむいて。
「……仕方ない、かぁ」
 そう、呟いたのだった。
 
「はい、じょにーさん」
 ぽん、と放られたチョコパンを、軽やかにキャッチして。
「……どうやら、不首尾だったようで」
 宮坂の言葉に、少女はちょっと笑って。
「作戦ミス……と、言えないのがちょっと悔しいです」
「と、いうと…?」
「水着の私に、目もくれませんから…あの人」
 と、少女は……この日のために新調した水着を見つめ、ダイエットに励んだ日々を思い返した。
 世間一般的にも、偏差値は高いだろう……という自己評価が、それほど間違っていると思えなかったのだが、現実は少しばかり残酷だった。
「まあ、はずれをつかまずにすんだと思えば」
「……怒りますよ」
「ご自由に」
 宮坂は、ちょっとばかりニヒルに見えなくもない笑みを浮かべて。
「世間的な評価で言えば、男子校の生徒は7割以上が、はずれに属するんだけどな」
「……」
「あいつは『いいやつ』だけど、『いいやつ』ってだけで、飯が食えるような世の中でもないし」
「そういうのは、結婚するときだけでいいです」
 つん、と少女はそっぽを向き……ふっと、思いついたように。
「あ、でも、入谷さんなら、相手も含めて養っちゃいそう」
 じょにーこと宮坂は、何も言わなかった。
 
「んじゃ、俺はそろそろ…」
「な、何ですかおもむろに」
「いや、おもむろもなにも……なぁ?」
 尚斗は頭をかき、しつこいようだが、バスタオルを羽織ったままの結花に目をやって。
「お前、俺がそばにいたら、わざわざこんなとこまでやってきたってのに、ずっと水着にも着替えずにそのままだろ?馬鹿みたいじゃん」
「……」
「と、いうわけで…」
 尚斗が背を向けかけた瞬間。
「待つです」
「あ?」
「そ、そんなこといって……あ、有崎さんはアレですよね。わ、わざわざこんなとこまでやってきたのは、女の人の水着姿とかじろじろと眺めるためですよね」
「そりゃ、まあ…否定はしないが」
「だ、だから、私のそばにいると都合が悪いんですよね?じ、自分がそういうのを見たいから、私のそばから離れるのであって、それは決して私のためとかじゃなく、自分のためであって…」
「……」
「ふふーん、図星ですか。図星ですよね?」
「いや、別にお前のそばにいても、その目的にさほど支障はないんだが…?」
「……」
「……」
 結花の顔が真っ赤に染まり。
「ぬ、ぬ、ぬぬぬぬ……脱げって言ってますかっ!?」
「はぁっ!?」
「こ、こんなバスタオル羽織ってないで、水着に着替えろって言ってますかっ、言ってますよね、それ」
「……えーと?」
「そ、そーですねっ、あ、有崎さんが、ぜひと頼むのなら、着替えてこなくもないですっ。ぜ、ぜひにと、頼むのならですけどっ」
「いや、別にお前が嫌がること、無理にさせようとは思わんが…」
 げし、げし、げし。
「ま、待て、待て…鍛えてもないやつが裸足でつま先キックは…」
 ぺき。
「……」
「痛ぁーい」
「ああ、ああ、だから言ったのに……小指か?とにかく、しゃがめ、ほら…」
「こ、子供扱いするなですっ」
 いや、まるっきり子供ですよあなた……という感じの、暖かい視線が周囲から向けられているのだが、生憎2人はそれどころではない。
 周囲に優しい空気を振りまきながら、結局尚斗は大事をとることにし、係員に案内されて結花を救護室というか、医務室っぽいところへと連れて行ったのだった。
 
 がたんごとん…。
 電車の中で……尚斗は溜め息をついた。
「……も、文句があったら、はっきり言うです」
「あ、いや…すまん」
「わ、私のことなんか放っておけば良かったんです…子供じゃないですからね、ちゃんと1人で帰れますから」
 この半日というか、数時間で、だいぶんちびっこの取り扱い方が身に付いた尚斗は、マニュアルに従って言った。
「いや、俺がお前を送りたかったんっだつーの」
 結花は、微かに頬のあたりを染めて。
「……そ、そーですか…だったら、仕方ないですね。ちゃんと…送ってください」
「うむ」
 そしてしばらく、2人は電車の振動に身を任せていたのだが。
「だ、だったらなんで、溜め息をついたですか」
「んー、ちびっこの連れの4人な、お前が帰るって話になっても、誰1人ついて帰ろうとはしなかっただろ……なんか、そういうもんかな…と」
「……あれは…たぶん、親切のつもりなんです」
「親切というか、からかっているとしか思えんのだが…」
「まあ、たぶんに混ざってますね、それも」
「……また、からかわれるネタを提供しちまったな……悪かったよ」
「……別に」
 ぽつりと、そしてさらに小さく。
「……慣れましたから」
 そしてまた、会話がとぎれて。
 
 がたんごとん、がたんごとん…。
『まもなく、〇×〜、〇×〜、降り口は……』
 
「……有崎さん、次の次でしたっけ?」
「ん、送るって言っただろ?」
「……」
「あ、そっか…そりゃ、家の場所とか知られたくはないよな……んーと、まあ、それでも近くまでは送るぞ…」
「……」
「俺ん家から、チャリって手段もあるが……えーと、お前の家、遠いのか?」
「……」
「……ちびっこ?」
 結花は、ちょっと尚斗の顔を見つめ……そして笑った。
「……やっぱり、面倒見がいいって言うより、お節介ですよね、有崎さん」
「そおかぁ?」
「……××です」
「へ?」
「××ですよ、私の最寄り駅」
「へえ、結構遠い……っていうか、乗り換えがあるじゃないかよ」
 結花は、少し挑発するような笑みを浮かべて。
「いいですよ、1人で帰っても」
「送るっての」
「そうですか…よろしくお願いします」
 ぺこり。
 素直に頭を下げるその姿が、尚斗の目には反対に異様に映った。
「……」
「……なんですか?」
「あ、いや…」
 思ったことをそのまま口にしたら怒るんだろうな、とは思ったのだが。
「なんか、たくらんでる?」
「……失礼ですね」
「あ、すまん」
「でもまあ……」
 結花はちょっと言葉を切り、ちらりと尚斗に視線をやって。
「ま、いいです…」
 
 がたんごとん…。
 
「……今日のこと言い出したのは、藤沢さんだったんですよ」
「あ?」
 結花は、窓の外の景色に目をやったまま、言葉を続けた。
「そっちは、宮坂さんですか?」
「え、あ、いや…俺でも、宮坂でもないぞ」
「なるほど」
 結花は小さく頷いた。
「そのあたりは、さすがに抜け目無いですね、あの人」
「……すまん、なにやら話が見えないんだが」
「……でしょうね」
 結花は溜め息をつき。
「別に、私が積極的に望んだわけではないですが……明日、藤沢さんにはこーひーみるくをおごる事にします」
「んー?」
 首を傾げる尚斗に、結花はようやく目を向けて。
「なわばりって大切ですから」
「まあ、よくわからんが……人付き合いは、大事だよな」
「……こーひーみるく1個のなわばりですか。我ながら安いですね、ホント」
 
『次は、××〜、××〜、お降りの方は…』
 
「おっと…」
 立ち上がった尚斗に、結花はすっと手を出した。
「……」
「ひいてくださいよ、さっきまでやってたことじゃないですか」
「ん、あ、ああ…」
 尚斗は、結花の手を引いて立ち上がらせた。
「有崎さんってくじ運悪いんじゃないですか?」
「は?」
「私、『はずれ』ですよ、たぶん」
「……?」
 首を傾げつつも、尚斗は結花の身体を支えて、開いたドアから駅のホームへと降り立った。
 
 
 
 
 あいつがぜひと頼むのなら、遊んでやらないこともない〜♪
 などと、『かぼちゃワ〇ン』のエンディングの曲は名曲だよなあ……などと、懐かしんでいたりする高任がいたりする、今日この頃。(笑)
 
 これだけ読むと、ちょい物足りないというか、説明不足の話でしょう。
 まあ、他の話を読んでりゃ、これで十分か……と思ったから、こうしてみたわけですけど。

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