「わっ♪たっ♪しっ♪はっ♪」
 歌のリズムに合わせて、麻里絵の足がステップを踏む。
「蠍座の女〜♪」
 で、くるりと半回転させて、尚斗を見た。
「この歌のせいで、蠍座の女の子は迷惑を被ってるような気がする」
「気のせいだ」
「……わっ♪たっ♪しっ♪はっ♪」
「そのぐらいで勘弁してください、麻里絵さん」
「……」
 じとー。
 肩越しに振り返る格好で、粘着質な視線を尚斗に向け続ける麻里絵。
「随分と待ったよ」
「さっき説明したとおりだ」
「……」
「ちゃんと事前に、『遅れる』と連絡もいれた。そして今、謝った」
「……」
「俺としては最善の処置を施したつもりだが、次善策があったというなら、教えてくれ」
「……困ってる人を無視して、私との待ち合わせ場所に向かう、とか」
「おぉい…」
「……冗談でもなんでもなくて、そういう気持ちが7割ぐらいはあるよ」
「……」
 麻里絵の足が、またステップを踏み始める。
「……わっ♪たっ♪しっ♪はっ♪」
「まともに聞いたこと無いけど、そういう意味合いじゃないだろ、その歌」
「……尚斗君とつきあい始めたことで、あらためて醜い自分を発見できて、ちょっと憂鬱」
 と、言葉を挟んでから。
「蠍座の女〜♪」
 今度は、振り返らなかった。
「私、結構独占欲強くてびっくり」
「おう、彼氏冥利に尽きるな」
「尚斗君が、自分以外の人間にかまうのを、見たり、知ったりするのが嫌」
「……」
「ちょっと鈍いとこあるけど、誰にでも優しくて、困っている人を見捨てられない誰かさんのことがが好きなのに、困ってる可愛い女の子を助けてあげようとしてる誰かさんを目撃したりすると、頭がわぁーってなって、胸の辺りで真っ黒な気持ちがものすっごく暴れたりしちゃう」
「……めんどくせーな、お前」
「だから、みちろーくんも逃げちゃったのかも」
「つーか、あれから半年過ぎても、そういうこと言えるお前はちょっと尊敬する」
「皮肉?」
「いや、情が深いってやつ?」
「……」
「たとえば俺が、どこかの山奥で人知れず死んじまったとして……友人や家族がみんな諦めたとしても、麻里絵だけは最後まで俺が生きてることを信じて待ってくれるような気がする」
「そ、それは…誉め言葉なのかなあ?」
「どうだろ」
 と、尚斗は指先で頬のあたりをひっかいた。
「長所ってのは、裏返せば短所だし、短所も裏返せば長所だろ……俺にもよくわからん」
「……」
「まあ、俺はすぐに忘れちまう方だからな……ずっと忘れずにいられるってのが、羨ましいのかもな」
 麻里絵は振り返り。
「『お前の、みちろーへの想いごと、奪ってやる。悪者は俺で、お前は悪くない』……だったっけ?」
「……俺、そんな恥ずかしいこと言ったっけ?」
 と、尚斗のそれが照れ隠しであることがわかっているから。
「うふふふ。忘れないよぉ。私、一生忘れない」
「そうか、麻里絵が覚えておいてくれるなら、俺は速やかに忘れることにしよう」
「えぇーっ?」
 麻里絵が不満そうに口をとがらせた。
「なんでもかんでも忘れる俺には、お似合いってことじゃねえの?」
「……ちなみに、『だめだよ…2人で悪者になるんだから』って、私が返したんだけどね」
「忘れた」
「……わっ♪たっ♪しっ♪はっ♪…蠍座の女〜♪」
「会話のつながりが見えん」
「うん、つまり尚斗君は最初から間違ってるの」
「は?」
「……うん、つまり私は、蠍座の女の子なんだけどね?」
 と、麻里絵は小さく頷いてからゆっくりと振り返った。
「ねえ、尚斗君。今日って何月の何日だったかなあ?」
「は?今日は、11月の…」
 尚斗に最後まで言わせず、麻里絵はかぶせるように言った。
「そう、そして私は、蠍座の女の子」
「……」
「……」
 永遠を感じさせる2人の見つめ合い……に、ヒビを入れたのは尚斗だった。
「……え、と、いつの間にやら、麻里絵さんは18歳になられた?」
「うふふふ…」
 麻里絵は不気味に笑うと、尚斗に向かって一歩を踏み出した。
「これは、許さないよ。許せないなぁ…私が蠍座の女の子でなくても、許せない…」
 麻里絵が、一歩、また一歩と、尚斗に近づいていく。
「よし、落ち着け、麻里絵。お前は今、魂が暗黒面に捕らわれつつある」
 じりっ、じりっと、尚斗が後じさる。
「うふふふ…一緒に堕ちようね、尚斗君」
 麻里絵は両手を大きく広げて……。
 
「……意外とお金持ちだったね、尚斗君」
「まあ、夏休みに結構バイトいれたからな…」
 軽くなった財布とは裏腹に、尚斗の心はちょっとばかり重かった。
 ため息をつき、空を見上げる。
 子供の頃とは別の意味で、年を取れば取るほど、空の高さが心にしみる。
「……えい」
 小さくかけ声をかけて、麻里絵は尚斗の腕に自分の腕を絡めた。
「……なんだよ?」
「慣れたね?」
「まあな」
 なんでもない風を装って、尚斗は言葉を足した。
「つーか、胸当たってるぞ」
「当ててます」
 と、何故か誇らしげに麻里絵が言う。
「……当ててるのか?」
「そうだよぉ」
「俺のなけなしの理性が防衛戦を突破される前に、やめとけ」
「今日は色々買ってもらったし」
「……日本語は正しく使おうぜ」
「優しくて頼りになる彼氏が、誕生日プレゼントを色々買ってくれました」
「余計におかしくなってるっつーの」
 麻里絵はちょっと笑って。
「すれ違いと誤解が、人生の潤滑油になるんだって」
「まぁ、あながち間違っちゃいないかもな…」
「……」
「……どうした?」
 麻里絵は、ぐいぐいと尚斗の腕に胸を押しつけながら言った。
「やせ我慢、してる?」
「ハードボイルドは、男の子のロマンだからなぁ」
「女の子のロマンは、考えてくれないの?」
「男の子に聞かれてもなぁ」
「まあ、庭付きの白い家に住んで、犬を飼うってのは、ちょっと違うと思うけど…」
「あの歌、そもそも男が作ったんじゃねーの?」
「でも、犬は飼いたい…」
「犬か…」
 と、尚斗はため息をつき。
「犬を飼う……というだけで、ものすげー甲斐性が必要な世の中だよな」
「マンションでも飼えるよ」
「……マンション買うのにいくらかかるのかわかってんのか?実際、建て売り住宅とそんなにかわらねえぞ?」
「分譲型だと、月々の維持費まで掛かったり…」
 麻里絵はちらっと尚斗を見上げ。
「尚斗君、お金持ちになったりする予定ある?」
「宝くじに当たる以外の可能性はなさそうだ」
 ぐいぐいぐい。
「……そろそろ、理性の防衛戦が突破されたりしない?」
「とりあえず、高校を卒業するまでは、プラトニック路線で」
「……」
「と、いうか…紗智の口車に乗るのはやめろ」
「うわ、ばれてる」
 麻里絵は、上目遣いに尚斗の表情をうかがった。
「わかってたなら、腕、ふりほどいても良かったんじゃない?」
「……お前ってさぁ、つないでた手をふりほどくと、すげー泣いたじゃねえかよ」
「こ、子供の頃の話だよぉ…」
「実はひそかにトラウマだ、あれ」
「……あぁ、だから来るモノは拒まないんだ…」
 などと、納得したように麻里絵が頷く。
「来ねえよ。麻里絵1人で、運を使い果たしたと思ってるんだっつーの」
「うわ、買いかぶられてる…」
「俺の方がな」
 麻里絵は……ちょっとだけ尚斗の腕を強く抱きしめて。
「……そんなこと、無いよ」
「断言しよう。麻里絵、お前は物好きだ……というか、幼なじみ補正のかけすぎだ」
「……まあ、それならそれでいいけど」
 
 ぐい。
「あ、あれ?」
「こっちだ、こっち。そっちは反対の方角」
「……そうだっけ?」
 と、照れ笑いを浮かべながら、麻里絵は尚斗と腕を組み直した。
「……うん」
「どうした?」
「尚斗君が、私の道しるべ」
「お前は、ただの方向音痴だ」
「そうだね。たぶん、治らないよ、一生」
「……俺に一生、道案内させるつもりか?」
「うん」
「……ちょっとは考えろよ」
「……今日は帰りたくないな」
「オチはなんだ?」
「……尚斗君にはデリカシーもムードもない」
「だから、オチを言えっての」
 麻里絵は、大きくため息をついた。
「テストの成績がひどかったの…今日、出かける直前にばれちゃった」
「ひどい…つっても、あの女子校で、だろ?」
「……」
「ちなみに、俺はかなり良かったが……麻里絵より悪いのは確実だ」
「『学校ではトップクラス』という言葉は、魔法だよね」
「まあな…」
「……同じ大学を目指してくれてると思っていいのかな?」
 尚斗はちょっと麻里絵を見つめ。
「『わざと』悪い成績にしたとか言ったら、でこぴんな」
「……えっと、優しくしてね」
 
 びしっ。
 
「……すごく痛いよう」
「俺の心の方が痛いぞ」
 尚斗は冗談でもなんでもなく、沈痛の面もちで言った。
「好きな女の成長を妨げるようなつきあい方だけはしたくないと思っていたのに…」
「……なんか、格好良いこと言ってる」
「格好良かろうが、悪かろうが、思ってんだよ、マジで」
「別に、私は学校の成績アップを望んでいるわけじゃないんだけど…」
「……だからな」
「子供の頃の私より、今の私の方がずっと尚斗君のことを好きだよ」
「…っ、て、てめっ…」
 麻里絵の浮かべる微笑みは、子供でも、少女でもなく、勝利を確信した女のそれだ。
「そっか、尚斗君は、もっともっと、私に好きになってもらいたいんだね」
「……」
「成長、成長…成長するって楽しいね、尚斗君♪」
 目の前には麻里絵の微笑みがあり、尚斗は麻里絵に惚れている。
 勝てるはずがない。
 そして尚斗は盛大にため息をついた。
 
 
おしまい。
 
 
 ……原作の麻里絵は、つきあい始めるまでが(以下略)。
 なんというか、一旦つきあい始めると……ほのぼのと日々を過ごしてしまうような気がするのです。(笑)
 
 『偽』を書く以前から、『麻里絵は蠍座だよな、うん』などと、何故か高任の中でイメージが固まってしまっていたのは何故だろう。(笑) 

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