「それにしても…」
 尚斗の隣を歩いていた結花がしみじみと呟いた。
「プレハブとはいえ、できるもんなんですね一ヶ月で」
「……まったくだ」
 どこか憤慨したような尚斗の呟きに、結花はちょっとうかがうような視線を尚斗に向けた。
「……残念、ですか?」
「当たり前だっつーの……ちびっこは男子校の環境を知らないから」
 女子校のように冷暖房が完備されてないのはともかく、すきま風は吹き込んでくるわ廊下を歩けばうぐいすばりだわ、窓ガラスは所々テープで補強してあるだけだわ……エトセトラエトセトラ。
 尚斗の愚痴を聞き流しつつ、結花はちょっと俯きながら呟いた。
「それだけですか?」
「それだけ…とは?」
 結花はちょっと頬を染め、ぼそぼそと呟く。
「……ここと違って、女の子がいないから…とか」
「……ちびっこ」
「な、なんですか?」
 ちょっと露骨だったかと狼狽する結花の額に手を当てて、尚斗は首を傾げた。
「……熱はないよな」
「は?」
「あのな、男子校ってのは普通女子生徒がいないから男子校っていうんだぞ」
「そういうこと言ってるんじゃありませんっ!」
 げしっと、結花の足が尚斗の脛を蹴り上げる。
「……い、いきなり何を…」
「びーだ」
 あっかんべーをして、結花はプイッと顔を背けながら言った。
「とっとと男子校に戻って、むさ苦しい男どもに囲まれてればいいですっ」
「……お前、最近ワケわかんないことで怒るよな」
「あーら、それは有崎さんの感性が鈍いせいだからと思いますわ、おほほほ…」
「ふふ…」
 そんな2人を見て、口元を隠して微笑む綺羅。
「入谷さん……男子校に戻れば、妙な気を遣わずにすむと安心するのは大間違いですよ」
「……?」
「男子校には男子校の、女子校には女子校の恋愛のかたちというモノが…」
 そう呟いてイヤな微笑みを浮かべた綺羅を、結花がちょっと押しのけた。
「すみません、私はそういう趣味はないので…」
「あら残念……では、ごきげんよう」
 ちょっと頭を下げ、綺羅はその場から立ち去っていく。
「……藤本先生、何だって?」
「な、何でもありませんっ!」
「ま、いいけど……公演の準備は大丈夫なのか?」
「ここまできたら、まな板の上の鯉ですから…」
「じたばたしてもはじまらない…か」
 ふ、と尚斗の視線が廊下の先に向いた。
「……ちびっこ」
「なんですか?」
「あの行列は何だ?」
「何だ…と言われても」
 結花は尚斗を誘うように、ちょっと早足で歩き始めた。
「お、おおおおぉぉっ!?」
 廊下の端から端まで、綺麗にラッピングされたチョコを抱えてそわそわしながら並んでいる少女達の行列をみて、尚斗は奇声を上げた。
「……見ての通りですけど」
「な、夏樹さん……か」
 尚斗は掠れた声で呟き、行列を眺めながら後ろの方へと歩いていく。
「中等部の子も混じって……すごいな」
「……よその学校の子もいますよ」
「そ、そうか…」
 列の一番後ろに並んでいる少女が、何か看板のようなモノを持っている。
「うわ……最後尾看板まで」
「……違いますよ」
「え、違うの…?」
 首をひねりつつ、尚斗はその看板を覗き込む。
『ここは、最後尾ではありません』
「……」
「あ、入谷さん」
「どうですか、調子は?」
「ええ、去年と違って今年はみんな要領をのみ込んだみたいね」
 和やかに微笑み合う2人。
「あ、えっと…つまり、この子は列を整理してるワケか?」
「夏樹様親衛隊は総勢30名ですから」
 誇らしげに胸を張る結花。
「……親衛隊隊長が、何のほほんとしてやがる」
「私のシフトは、演劇部の公演が終わった後のサイン会ですから」
 尚斗は壁に額を押しつけ、ぶつぶつと呟いた。
「すごいとは聞いてたが、ここまでとは…」
「下手をすると、全校生徒の数よりチョコの数が多くなりますから…」
「にこやかに話すなっ!」
 尚斗は、こう、やりきれない思いを沸々と滾らせて叫んだ。
「そりゃ、こういうのが悪いとは言わないが、今年は男子校の連中もいるんだし……その、なんだ…小さな恋のメロディーが2つや3つ生まれたっていいんじゃないのかっ!?」
「……こっちにも選ぶ権利が」
「それはそーだが、見ろっ!」
 行列を羨ましそうに眺めるだけの男子生徒だったり、華やかな雰囲気の中でどす黒く沈んだ雰囲気を醸し出す連中だったり。
「アレを見て、かわいそーだからチョコを恵んでやろうぐらいの慈愛の精神を発揮したりしないのか?」
「恵む……て、そんなのが欲しいんですか」
 ちょっとムッとした表情で、結花が呟く。
「女子にはわからないかも知れないが……男子の場合はな、一個ももらえないと人間扱いされない雰囲気があってな…」
「……チョコをもらえれば誰でもいいんですか」
 結花の口調がギスギスしたモノへと変化していくのだが、尚斗は気付かない。
「キャアッ、やった!」
 黄色い悲鳴と、『いいなあ…』というざわめきに、尚斗はそちらに視線を向けた。
「あれは?」
「……全員にお返しするのは物理的に不可能ですから」
 不機嫌な口調のまま、結花はぶっきらぼうに答えた。
「その場の抽選で、お返し券が当選したんだと思いますよ…」
「ああ、そっか……大変だな、夏樹さんも」
 ふ、と尚斗の表情が優しくなったのを見て結花は複雑な気分で頷いた。
「……そう思ってくれる人はあんまりいませんけどね」
「そうか?」
「あげる人は自分だけじゃない……それは気楽さと同時に、想いに不純物が混じっていくような気がしませんか?」
「……」
「私が言うのもアレですけど……今日夏樹様が受け取るチョコで、ほとんどはお祭り騒ぎ……真剣なモノはあんまりないと思いますよ」
「……なるほどな」
 尚斗がちょっと頷く。
「だ、だからですねっ」
 結花の声がちょっと裏返った。
「ど、どした?」
「んっ、んっんっ…」
 結花はちょっと咳払いし、周囲を見渡してから尚斗を物陰へと引っ張り込んだ。
「な、なんだ?」
 顔を赤くして、それでも尚斗の目をじっと見つめたまま、結花はポケットから取りだしたそれをそっと差し出した。
「も、もらってください…」
「あ、え…と」
「お、お祭り騒ぎじゃないんですからねっ!受け取ったらオッケーと判断しますよっ!」
「いただきます…」
「い、いいんですねっ、おっけーなんですねっ!?」
「わかってるから、そのショルダーチャージの構えはやめい」
 とびっきりの笑顔を見せて尚斗の胸に飛び込んでいく結花……それは、とびっきりのタックルで。(笑)
 
 
                     完
 
 
 に、偽チョコが間に合わないようぅ…(笑)
 というか、久しぶりに本チョコの話です……一緒やんっというツッコミは不許可。

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