「……正月から大雪かよ」
 窓を開け、尚斗は淡々と呟いた。
 ふ、と視線を下に向けると……今年で5歳になるはずの甥っ子が、大げさでも何でもなく、庭を転げ回っていたりする。
 雪の上にダイブしたまましばらく動かず……おいおい、大丈夫かと心配になる頃、むくりと起きあがっていきなりゲラゲラと笑い出す。
 そして、また走り出して……今度は転んだのかどうかわからない感じにスライディングだ。
「……元気なもんだな」
 今度は、しみじみとした呟きになった。
 別に、馬鹿にしているわけではない。
 自分のあの頃は、もっと馬鹿だったよなあ。おそらく、自分ならもっと馬鹿なことを恥ずかしげも無くやったに違いねえ……などと、尚斗なりに客観的にとらえているのだ。
「とりあえず、雪だるまとかまくらだな……つーか、道の真ん中に作って通行止めとかやりそうだよな。後は、あちこちに水まいて、スケートリンク〜(ててれてってれ〜♪)などと、周囲の人間のスリップ事故を招きまくったに違いないぜ…うん、やるな、俺なら確実にやる」
 などと、頷きながら尚斗がニヤリと笑う。
 まあ、精神的に成長していないのではなく、雪が珍しいからこそのテンションだと思いたい。
「……つーか」
 尚斗の視線が、右へ、左へ。
「この大雪を見て、表に飛び出してはしゃぎ回ってるのが、昴(甥っ子の名前)だけってのはちと、問題ありだろ」
 うん、そうだよな……一緒に遊ぶ相手がいないなら、俺が遊んでやらなくちゃな、うん……などと、ようやくに自分に対する言い訳を見つけだして、尚斗は階段を下りていった。
 
「……すげーな、有崎」
 心の底から感心したように、宮坂。
「この年で、がきんちょと一緒に、本気で雪遊びできるやつは、そうそういねえぜ」
「へへっ、尚斗おじさんはすげえんだぜ」
 と、何か勘違いしたように昴。
 まだまだ、皮肉を皮肉と受け取ることができない子供なのだ。
「で、おじさん誰?」
「おじさんではなく、おにーさんだ」
 昴が、宮坂に向かって手を突きだした。
「おじさん、ギブアンドテイクって知ってる?」
「……有崎よぉ、お前の甥っ子、可愛げ無いなあ」
「そおかあ?俺の子供の頃より、よっぽどマシだと思うが」
「へへっ。母ちゃんが言ってた。尚斗おじさんは、札付きだったって」
「……そうか」
「子供ってのは無邪気だよなあ」
 と、所詮は他人事……の体で、宮坂が笑った。
「それで…この大雪の中、何の用だよ宮坂」
「ああ、そのことなんだが…」
 と、宮坂は微かに目を伏せ。
「同窓会やろうぜ」
「……一昨日、やったじゃねえか」
 花も咲かない男子校……この街を離れた人間も少なくないし、学生時代にあまり良い思い出があったようには思えないのだが、そこそこの出席率だった。
「いや、この大雪を見てちょっと…な」
 そう、前置きしてから宮坂はすうっと息を吸い込んだ。
「たった一ヶ月とはいえ、同じ教室で同じ授業を受けた…それはまぎれもなく同窓生っ!違うか、違わないだろう有崎ぃっ!」
「そんな力まなくても、やりたきゃやれよ。気が向きゃ、誰か参加してくれるさ」
「ふっ…」
 宮坂は、口元だけで笑って。
「参加してくれるわけねーだろっ!」
「……俺も大概だと思うが、お前はお前で相変わらずだよなあ…」
 しみじみ。
「……と、言うわけで有崎。お前が集めろ」
「無茶言うな」
「無茶…だと?」
 宮坂が、高校時代を思わせる自然な動きで尚斗の首に腕を回した。
「んんー?知ってるぞぉ。お前、あの後も女子校の生徒と連絡とってるよなぁ?」
「麻里絵は、元々俺の幼なじみだっつーの」
「他にも」
「紗智は……今ちょっとアレだが、変わらず麻里絵のダチだからな」
「……他にも」
「……御子ちゃんは、毎年というか…その、律儀というかこまめに年賀状とか…メールとか送ってくれるから、俺も、返事してるだけ…つーか、直接会ったのはもう、何年前のことになるやら」
 ぱんぱん。
 宮坂の手が、尚斗の背中を叩き始めた。
「……何だよ?」
「いや、まだまだほこりが出そうだからさ」
「そりゃ、出んこともないが……その…基本、年賀状とか、メールだけのやりとりだぞ?やっぱ、働き出すとどうしてもな」
「充分じゃねえかっ!」
「……充分なのか?」
「ふ、ふふっ…有崎よう」
 ぐいぐいと、尚斗の首を締め付けながら。
「あの時、俺も含めて、男子校の連中はなぁ、女子生徒のアドレスやら連絡先を死ぬほど抱えて、希望を胸一杯に抱きしめて男子校に戻ったんだよぉ」
「ほ、ほほう…」
 それで、どうなった……と、口に出さないだけの優しさを、尚斗は持ち合わせていた。
「……」
「つーか…」
「なんでだっ?なんで、有崎は着拒とか、連絡先変更とかされずに、今の今まで交誼が途絶えずにすんでるんだチクショウっ!」
 
「……と、いうわけでな……大の大人にマジ泣きされて、断るに断れなくなった」
『あはは…』
 電話の向こうの乾いた笑いは、麻里絵。
「まあ、同窓会というか……何人か集まってって感じの……になるかなあ」
『でも、そっか……もう、あれから10年経つんだね』
「まあ、そうだな…」
『そっか、そっか……10年前の大雪がなきゃ、尚斗くんは今も、大事な幼なじみの私のことも忘れて、平然と過ごしてたわけだね』
「まだ言うか」
『言うよぉ〜いくらでも、いつまでも言うよぉ〜』
「……今、麻里絵がどんな表情してるのか、目に見えるようだ」
『うふふ。もう、怖いモノ無しだし、私』
「……やけになるなよ」
『全然。もう、お母さんも、私の好きなように生きなさいって言ってくれてるもん』
「……まあ、深くはツッこまんぞ…」
『それで…尚斗くん』
「ん?」
『何人ぐらい、集まるの?』
「どうだろうなあ…」
『楽しみだなあ…尚斗くんと、今も連絡とってる女の子、何人いるんだろう?』
「……」
『尚斗くんに連絡されて、集まってくる娘は、何人いるんだろうね?』
「いや、メールのやりとりぐらいで……何年も会ったこと無いのが、ほとんどだぞ?」
『……』
「お前も知ってるだろうけど、紗智なんか、絶交宣言されてるんだからな?」
『あれ以来、音信不通?』
「……今年も一応、新年の挨拶メールは送ったが、返事すらこねえよ」
『あはは……下手にメールを送るから、安心されちゃってるんだ、きっと』
「は?」
『ううん。こっちの話』
「と、いうわけで…」
『お断り』
「……麻里絵さん?」
『尚斗くんが、1人で連絡して、知り合いを集めてね……まあ、紗智だけは、私が連れて行くから…その、紗智だけには連絡いれちゃダメだからね』
「いや、連絡いれないと怒るだろ、あいつ?」
『絶交されてるんでしょ?』
「そういう問題じゃねーだろ」
 はあ、と、麻里絵のため息。
『とにかく、紗智には連絡いれちゃダメ』
「……なんか、考えがあるんだよな?」
『あるよぉ〜すっごくあるよぉ〜』
「……すげえ不安だが、頼んだ」
『うん、任されました』
 
「紗智、元気?」
『普通……っていうか、どうしたの?』
「いや、すごい雪でしょ?なんか、思い出しちゃって」
『そう?あの時の方が、もっと降ったと思うけど』
「……」
『……何よ?』
 『あの時』だけで、すんなりと会話がつながるんだもんね……と、心の中で麻里絵。
「紗智のとこ、まだ連絡無いの?」
『連絡…って?』
「あれ……」
『ちょっと、麻里絵?』
「変だな……たぶん、私の次に連絡すると思ってたんだけど」
『え、ちょっと…だから、何の話なの?連絡って何よ?』
「ごめん、ちょっと確認してみるね…」
 ぷつっ。
 電話を切り、麻里絵は時計に目をやった。
「さってと…どのぐらい焦らそうっかなぁ」
 そう呟く麻里絵は、やたら楽しそうだった。
 
 さて、その一方で。
 
『……あのね、有崎』
「なんだ?」
『以前、言ったと思うんだけど……お正月はとっても忙しいの』
「あぁ、うん…そうだったよな…すまん、無神経だった」
 尚斗は素直に謝った。
『まあ、それはともかく……メールじゃないのは久しぶりなんじゃない?』
「だな」
 と、尚斗は一旦言葉を切り。
「そういや、最近ライブやってねえの?それとも、俺が知らないだけか?」
『やるなら、有崎には必ず連絡するわよ』
「飛び入り参加は、勘弁してくれよ」
『あはは、あの時は面白かったわねえ……スーツ姿の有崎を舞台に引っ張り上げて』
「……今だから言えるけど、あの後、職場にチクリの電話がはいってなあ…」
『チクリ?』
「まあ、告げ口ってこった……公務員が、あのようないかがわしい場所で…なんてな」
『何それ?』
「どの世界にも、つまんねーやつはいる。それだけの話」
 などと、昔話に花を咲かせて数分。
「……と、いけねえ。お前、忙しいんだったよな」
『別に。待たせるわよ』
「おいおい…」
『有崎は、友人で、恩人で、バンド仲間だもの』
「はは、サンキュー。だったら、俺にも気をつかわせてくれよ」
『……御子は?ちゃんと連絡してる?』
「ん、御子ちゃんはこれから」
『……』
「……どうした?」
『ま、いいわ……私、これから席に戻るから、しばらくしてから御子に連絡して』
「わかった」
 
『まあ…それは、素敵な考えだと思います』
「あ、でも、忙しいんだよね」
『何とかします』
「……いや、無理は…って、何とかなるの?」
『何とかします』
 電話越しだが、頑なな気配がした。
「えっと…」
『尚斗さん』
「はい?」
『最後にお会いしたのは……4年前の、卒業式の時でしたよね』
「あぁ、うん…そうなるかな」
 曖昧な返事をしながら、尚斗は無意味に指を折ってみたり。
「そっか……もう、4年もたつのかぁ……そうだそうだ、あの時、結花もいたよなあ」
『…はい』
「うわあ…あいつとも、4年ぶりって事になるのか…会えたらだけど」
『……入谷さんと、会ってないのですか?』
「んー、メールのやりとりはしてるんだけどね。あいつ、就職で街から離れたのもあるけど、仕事とかすげー忙しそう」
『そう…なんですか』
「あれ?御子ちゃんは、結花と連絡とったりしてないの?」
『あ、いえ…ほとんど…』
「そっか…」
『あ、あのっ、尚斗さん』
 御子らしからぬ、うわずった声で。
『私を見たら、たぶん、尚斗さんはびっくりします』
「え、ええ、と…それは…?」
『楽しみです…』
 言ってる意味がよくわからなかったが、尚斗も会うのが楽しみだった。
 
『……ひょっとして、会いに来いって言ってますか?』
「ああ、うん…そういうことになるなあ」
 そりゃまあ、こいつ、この街の住人じゃねえもんなあ…と。
「いや、すまん…お前の都合も考えずにいきなりこんな連絡いれられても困るよな」
『……あ、いや…その…会いたいですか?』
「そりゃあな」
 尚斗は即答した。
「まあ、メールや電話ではちょくちょくやり取りしてるけどよ。お前が就職してから4年だろ?そりゃ、会えるなら会いたいって思うだろ、ふつー」
『……だったら、自分から会いにこいってんですよ…』
「んー、そのあたりはなー、仕事は生活を破壊するというか…おまえだってそうだろ?」
『まあ、それはそうなんですけどね…』
「とにかく…そういうこった。何人集まるかわからねえけど、来られるような来てくれよ」
『そうですね…確約はできませんが、前向きに検討します』
 
『うん、行く』
「……誘っておいてなんですが、大丈夫なんですか?」
『うん。私もね、雪を見て、あの時のことをちょうど考えてたの……こっちに帰ってきてたし……』
「あ、こっち帰ってきてたんですか?」
『ええ…』
「……?」
『一日遅れてたら、雪のせいで帰ってこられなかったかもね……』
「へえ、それは、雪に感謝しちゃいますね」
『あ、そう思ってくれるんだ?』
「そりゃそうですよ」
『ふーん……誰かさんに怒られちゃうかな』
「え?」
 尚斗には、よくわからなかった。
 
『ただいま、電波の届かないところか…』
「むう、通じねえ…」
 尚斗はため息をつき……仕方ないので、メールに託すことにした。
「つーか、今、この街どころか、日本にいるかどうかも、怪しいんだけどな」
 
「さて…」
 尚斗は、窓を開けて空を見上げた。
 また、雪がちらつき始めている。
「雪は、天からの手紙らしいが……」
 静かに手を合わせて。
「とりあえず、念は送っておくか」
 10年前……バレンタインの前日に空へと帰っていった少女。
 あの後、それとなく周囲に探りを入れてみたのだが、彼女のことを覚えているのは尚斗だけだった。
 会いたいと願うこと……それが、悪いことだと尚斗には思えなかった。
 
 
「にゃー」
 などと、忠猫にゃんぱちに向かって手を挙げる幼なじみに向かって。
「さすがにそれはイタいぞ、元人妻」
「それもそうかぁ」
 などと軽くスルーしつつ、麻里絵は尚斗の腕をとった。
「うん、こっちが収まりいいよね」
「……お前、例の件から男性恐怖症とか言ってなかったか?」
「うん、尚斗くんだけは平気」
 と、尚斗の腕を抱きしめるようにして、その肩に自分の頭を預ける姿はまさしく恋人のよう。
「……」
「……なに?」
「ちょっと、ひどいこと聞いてもいいか?」
「診断書のコピー、持ってこようか?」
 尚斗は少し考え、ちょっとした落とし穴を仕掛けた言葉を選んだ。
「どっちの?」
 それに対して麻里絵は、さらりと答える。
「どっちも」
「……」
「心と身体の…ってことだよね?」
 再びさらりとすごいことを言われ、尚斗の思考は凍結した。
「あはは」
 麻里絵は、尚斗の状態を見抜いたのか明るく笑って。
「お義母さんもお義父さんもね、床に額を擦りつけるようにして私に謝ってくれたよ」
 それはつまり……誰がどう見ても、麻里絵が被害者だったということか。
 たぶん、麻里絵はうそを言ってない。
 うそは言ってないのだろうが……と、尚斗は代わりに大きく息を吐いて。
「……うまいよな、麻里絵は」
「なんか、微妙に日本語がおかしい気もするけど、みちろーくんほどじゃないよぉ〜」
 にこにこと笑いながら麻里絵。
 それが、図太さから来ているのか、それともカムフラージュのためなのか、尚斗はちょっとわかりかねた。
「怖い女になったよなあ…」
「えぇー、これは昔からだよぉ」
 麻里絵は、また笑って。
「でも、尚斗くんの前だと、素でいられる」
「……」
「必要ないもんね」
「んー」
 がしがしと頭をかく尚斗へ。
「……ほら、よーく見るとね、まだ少し鼻が歪んでるの」
 などと、自分の鼻を指さしてみせる麻里絵。
「…殴り方を知らないやつだったんだな」
「とか言って…」
 麻里絵は、尚斗の手首をとって。
「私のために怒ってくれてるもんね、尚斗くんは」
「怒るだろ、ふつー」
「あはは…」
 
 横合いから不意に。
「有崎」
 戸惑ったのは一瞬で、顔を見るまでもなく声の主が尚斗にはわかった。
「……お前、忙しいんじゃなかったのか?」
「忙しいわよ」
「……忙しいのか?」
「いやあ、抜け出すチャンスをくれて、ありがとうね」
 にこり、と弥生。
「……」
「何があっても、有崎のせいだから」
「……マジかよ」
 尚斗はしばらく弥生を見つめ……顔を手で覆った。
「チクショウ……相変わらず美人だよなあ。文句も言えねえ」
「……美人だから許してもらえるってのは、ちょっとヤダ」
 そう呟くように言うと、弥生は、くるりと身を翻すように尚斗の隣に。
「それで、私が一番乗り?」
「わ、いろんな意味でスルーされてる」
 と、これは反対側から麻里絵。
 弥生はちょっと首を傾げて。
「椎名さんは、結婚したんだよね?」
「去年の秋に、離婚したよ?」
「うわ、一周遅れだ、私」
「……その表現は新しいな」
 立ち直ったのか、覚悟を決めたのか……尚斗は弥生に視線を向けた。
「ところで、御子ちゃんは?」
「……すごく、忙しいの」
「……」
「早い者勝ち」
「お、お前ってやつは…」
 はあああっと、ため息をつく尚斗……に、弥生はちょっと笑って。
「なになに?御子に、会いたかった?」
「そりゃ、まあ……つーか、御子ちゃんとは4年ぶりになるんだぜ」
「でも、こまめに連絡は取り合ってるよね?」
「なんとか、メールを返せてるってとこだな」
「尚斗くん、薄情者だもんねえ…」
 しみじみと、麻里絵……それを敢えて無視して。
「仕事でへとへとになって家に帰ってる途中にな、ふと『星が綺麗ですね』なんて御子ちゃんのメールが届くと、すげー癒される」
「……一歩間違うと、すごくうざそう」
 麻里絵がしれっと呟いたが、尚斗はさらにスルーした。
「えーと…」
 弥生が、ちょっと目をそらし。
「ところで有崎」
「ん?」
「あそこの、上品そうな美人が有崎のことじっと見つめてるんだけど、知り合い?」
「はい?」
 弥生の視線を追って、尚斗がそちらを見る……と、なるほど、上品そうな美人が。
「……っ」
 恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「ん?」
「ねえ、知り合い?知り合い?ねえねえ、このこの」
 弥生が楽しそうに肘でごんごんと脇腹をつつき、麻里絵は無言で足を踏みつける。
「……え、あれ…?」
 あの恥ずかしがる仕草が導いたイメージを、心のどこかで否定する自分がいる。
 それでも尚斗は……呟いた。
「御子ちゃん……か?」
「え?」「うわ、気付いた」
 麻里絵はいぶかしげに、そして弥生は期待が外れたように。
 
「お、お久しぶりです…尚斗さん」
 そう言って、にこりと微笑んだ顔は随分と大人びて見えたが、やはりかつての御子の面影が残る。
「久しぶりって言うか…うわ…えー…」
 頭から爪先へ。
 そんな尚斗を見て、御子は、にこりと笑い。
「びっくりしましたか?」
「あ、うん…びっくりした…なるほど、この前言ってたのは、このことだったんだね…」
 最後にあったのは4年前で……あの時は、145センチに届かなかったはずで。
 それが今は……推定160センチ。
 そんな、尚斗の心境を見抜いたのか、御子が微笑む。
「伸ばしました」
「ああ、伸ばしちゃったんだ…」
 そう、肯定してから…。
「いや、伸ばそうと思って伸びるもんじゃ…」
「でも、伸ばしたんです」
 尚斗の言葉にかぶせるように御子。
「ああ、うん…まあ…遅い成長期ってやつなのかな…」
 麻里絵がため息をついた。
「……なんだよ?」
「尚斗くんは、あいかわらずデリカシーがないね」
「は?」
 尚斗は、しばらく考えて。
「あ…おおきくなったね、御子ちゃん」
 がし。どか。
 弥生は肘、麻里絵は膝で。
「そうじゃなくて…」「違うでしょ…」
 と、2人は否定したのだが……御子は尚斗の言葉に対して幸せそうに微笑んだのだった。
 
 雪の歩道を颯爽と。
 足下を気にしながらどこかへっぴり腰で歩いていた人間の視線を引きつけ、そのうち何人かを転倒させながら……彼女は、現れた。
「お久しぶり、有崎君」
「ああ、夏樹さん」
 そう応じながら、尚斗はどこか眩しげに夏樹を見つめた。
「え、なに…?」
「いや、いい顔してるなぁ…と」
 つい口をついて出たという感じの尚斗の言葉に、戸惑いと恥じらいをブレンドさせ、夏樹は微笑んだ。
「そ、そうかな…?」
「会社を辞めたって結花から聞いて、ちょっと心配してたんですけどね」
 今にも尚斗の爪先を踏みつけようとしていた麻里絵の足がスッと引っ込んだ。(笑)
 もちろん、尚斗はそれに気付いていない。
 そして、夏樹はしばらく尚斗の顔を見つめ……微笑んだ。
「やっぱり、聞いてたんだ…」
「まあ…」
 尚斗は頭をかき。
「顔見て、安心しましたよ」
「ふふ…私が演劇部だったこと、忘れてない?」
「忘れてませんよ」
「……」
「忘れてないから、そうやって笑えるんでしょう?」
「うん、大変は大変だけど…ね」
 夏樹の、その微笑みの表情は変わらないのに、ふっと何かが変化したように尚斗には感じられた。
「結花ちゃんから聞いたのは、それだけ…かな?」
 尚斗も、微笑みで返した。
「さあ、どうでしょうか」
「……まあ、いいところのお嬢さんだから、私」
「自分で言えるようになったなら、大したもんですよ」
「使えるモノは、何でも使わなきゃね」
「そっスね」
 夏樹は、ちょっと窺うように。
「……汚れちゃったとか、思ってない?」
「生きてて、何にもない方がおかしいんじゃないですかね?」
 夏樹は、しばらく尚斗の目を見つめて……口元だけで笑った。
「相変わらずなんだ、有崎君」
「そりゃ、まあ…相変わらずと言われたら、相変わらずなんですけどね」
「……誰かさんがだらしないんじゃなくて、たぶん、有崎君の才能なのかも知れないね、それは」
「は?」
 首を傾げる尚斗から目をそらし……というか、夏樹は弥生と麻里絵に視線を向けて。
「なんだか今日は、別の汚れ方をしたい気分かな」
「……どうしよう九条さん。挑発されてるけど」
「まあ、肝心の有崎がわかってないから放っておけばいいんじゃない?」
「……何の話だ?」
「何の話と言われても…」
 弥生がちらりと夏樹を……そして、麻里絵に目を向けた。
 それを受けて麻里絵は尚斗を見つめ。
「尚にーちゃんがね、結構な数の人間の人生を狂わせてるってお話」
「は?」
 ぽかんと口を開け、尚斗は……麻里絵を、まじまじと見つめた。
「俺……なんか、やらかしてる?」
「その逆かなあ…」
 麻里絵の呟きに、御子がこくこくと頷いた。
「……ところで」
 夏樹は、ちらりと御子に目をやり。
「この女性(ひと)は…?」
「あ、私は…」
 他人に任せず、御子自らが説明を開始したのだが。
「……」
 夏樹はちょっと視線を左右に投げ、尚斗に言った。
「えっと、ドッキリってやつなのかな、これは?」
「いや、ドッキリでもなんでもないです…」
 などと、尚斗が夏樹を納得させようとするとなりで、麻里絵が寂しげに呟いた。
「『夏樹様』は死んだってことかな…」
「……むしろ、一発で見抜いた有崎の方がすごいと思う」
 弥生のそれは、麻里絵にというより、むしろ独り言の感があった。
 
「……なによ、あれ」
 にゃんぱち像のある広場を見通せる物陰。
 彼女は、かりっと爪を噛み……確認のために、携帯を開いた。
 尚斗からの着信、メールの類はやはりない。
 いや、新年の挨拶メールはあった。
 さかのぼって、クリスマスメールとか、去年の秋、台風がこの地域を直撃した際の心配メールとか、誕生日にくれたお祝いメールとか……絶交宣言してからもなお、そうした連絡というか、働きかけを欠かしたことはなかったのに。
「……どういうことよ、これ」
 そう呟き、あらためて……にゃんぱち像に目をやった。
 麻里絵がいる、弥生がいる、夏樹がいる……もう1人はさておいて。
「あの時の…10年前の、あの冬の…メンツよね、やっぱり」
 なら、何故自分に連絡を回さない?
「……」
 紗智が、最後に尚斗と会ったのは、麻里絵の結婚が正式に決まった直後だった。
 あの時、紗智はまず尚斗を責めた。
 責めた責めた、とにかく責めた。
 アルコールの力も借りて、言葉でなじり、最後には殴って蹴った。(笑)
 そもそも麻里絵の結婚は、麻里絵本人の意思が反映されたモノではなく、相手側の意向と、麻里絵の母親の打算が大きく働いた見合い結婚だった。
 家柄がなんだ。
 資産がなんだ。
 好きあった相手と結ばれる……それが、あるべき結婚の形というものだ。
 麻里絵がそれを承知するはずがない、という甘い憶測をしていたのは事実。
 それが、見合いから結納までがあっという間。
 『正面から断ることができない相手だったからね…仕方ないよ』
 少し寂しげな微笑み(紗智視点)を浮かべながらそう言った麻里絵の言葉が、深く深く紗智の心に突き刺さり……その痛みと苦しみを、すべて尚斗にぶつけた。
 アルコールが抜けてからあらためて尚斗に会い、再び殴り倒してから、重々しく絶交宣言。
 それからというもの、電話には出ず、メールにも返事をしなかった。
 去年の秋、麻里絵からの離婚報告に、紗智は心の中で『そらみたことかっ!』と声を上げ……もちろん、麻里絵には同情的に接しつつ、怒りは全て尚斗の方に。
 つまり、まとめるとこうだ。
『尚斗がだらしないから、麻里絵がこんな目にあった』
 そして、麻里絵は紗智の親友だった。
 麻里絵は、紗智の話(絶交宣言云々)を聞いて呆れたようにため息をついたが、ただ1つだけ、ツッコミをいれた。
 着信拒否にはしないんだね……と。
 
「……それにしても、宮坂がこねえのは変だな」
 首をひねりつつ尚斗が呟くのを聞いて。
「あ、私が連絡して、嘘の日時を伝えておいたからたぶん来ないよ」
 さらりと麻里絵。
「……」
「だって、宮坂君、邪魔になるから」
「……」
 麻里絵は、尚斗の視線にぴくっと身体を震わせ……寂しそうに呟いた。
「私、尚にーちゃん以外の男の人、怖いもん」
 あの馬鹿が、嘘の日時を連絡したぐらいで騙されるわけないだろ……という言葉をのみこんで、尚斗は仕方なく夏樹に視線を向けた。
「夏樹さん、こいついい演技しますけど、夏樹さんの劇団にどうです?」
「う、うーん?」
 曖昧に微笑むあたり、夏樹は夏樹で『何故か』麻里絵の事情をそれなりに知っているようで。
「…っていうか、有崎」
「ん?」
「何人呼んだの?」
 弥生の質問に、尚斗は指を折りながら。
「そりゃ、お前らと……後は、結花と、冴子先輩と…」
 びっくりしたように、夏樹が声をあげた。
「え、『冴子先輩』って、私の同級生の香月さんのこと?」
「え、あ、はい…」
 やや戸惑いつつ尚斗は頷いた。
「あ、あの、有崎君?香月さんって、今、その……日本じゃあまり話題にあがらないけど、東洋のトップモデルっていうか、その…わかってる…かな?」
「あはは、メールで『最近は気が向いた仕事しか受けないから、マネージャーが泣いてる』とか言ってました」
「あ、そう…わかってるんだ…」
「まあ、色々忙しい人ですからね。来られるようなら、とメールしただけだから、来るかどうかは……」
「……来るんじゃないかなあ」
 ぼそりと、麻里絵。
「仕事中なら無理だろ。あの人、基本的に海外の仕事しか受けないみたいだし」
「たぶん、この国が嫌いなんだろうね」
 さりげない麻里絵の呟き、それがわかるような気がして、尚斗は頷いた。
「あぁ…かもなあ」
「有崎、そろそろ時間だから、先に店に向かわない?」
 と、弥生。
 相変わらず、お洒落とかそういう話題には全く食いつかないだけに、冴子の話題そのものが手持ちぶさたなのかも知れなかった。
「あ、うん、そうだな……じゃあ、まだ来てない連中にメールを…」
 カコカコカコ…。
「わ、尚にーちゃん、メール打つの早い」
「すごいです…」
 麻里絵のそれはほぼヨイショであろうが、御子のそれは素で感心しているようだ。
「結花と、冴子先輩と、紗智……」
「あ」
「送信、と」
「……」
「……どうした、麻里絵?」
「ううん、別に」
 麻里絵は、ただ首を振った。
 
「来たぁっ」
 尚斗からのメール。
「そ、そうよね。尚斗が、私のこと忘れるわけがないじゃん」
 いったい誰に向けての言い訳なのか、紗智が頷きながら呟く。
「そ、そろそろ…無視するのも可哀想だし、返事ぐらいは出してもいいかな」
 周囲から人が離れていくのだが、紗智はそれどころではないようだ。
「あ、でも…なんか『待ちかまえてた』みたいに誤解されるのもしゃくだし……っていうか、大体尚斗はさあ、もっと私に感謝しなきゃいけないはずなのよ」
 この場に麻里絵がいたならば、紗智の呟きにどう反応したであろうか?
 と、いうか……いったい、紗智は尚斗に感謝されるべき、何をしてきたというのだろうか?
 実を言うと、尚斗の職場において、紗智は尚斗の恋人であると認識されている。
 始まりは単純なことだ。
 尚斗の職場にはお局様がいた。
 尚斗がストライクゾーンだったのか、それともただ単に焦っていたのかはわからないが、狙われた。
 長く実務を担当してきたお局様は、職場で有形無形の力を持っている。
 インターン上がりの医者が、ベテラン看護師に頭が上がらないのと同じだ。
 麻里絵、尚斗、紗智の3人で飲んでいたとき、尚斗がぽろっとその事を口にした。
 半分は冗談めかして、だが、『困っている』と。
 
 『私に任せて』
 
 当然紗智だ。
 あくまでも、尚斗は麻里絵とくっつくべきというか、友情と義侠心、そしてお節介が、それを口にした紗智の意識の全てである。
 尚斗も、それをわかっていた。
 麻里絵は、礼儀正しく紗智の意識の奥……そこに触れずにスルーした。
 紗智の行動は早かった。
 さりげなく尚斗の職場を訪れ、『忘れ物を届けに来た』と、お弁当をちらつかせる。
 そして情報収集。
 出しゃばりすぎず、そして若いのにできた娘さんだと尚斗の職場で冷やかし程度の噂になるように……ちょくちょくと顔を見せ、伝言を頼んだり、その他色々でお局様にプレッシャーをかけまくる。
 まあ、尚斗の知らない部分での暗闘もあったのだが、紗智はそれほど時間もかけずに完全に勝利したわけだ。
 尚斗は尚斗で、紗智の誕生日にプレゼントを送ったり(それ以前からだが)するので、何も知らない人間が尚斗と紗智のやりとりを見れば、なるほどそういう関係かと誤解するのはむしろ当然であろう。
 職場における尚斗の評判は悪くない。
 仕事の手間を厭わず、誰かが困っていれば手を貸す……まあ、それはそれで一部の人間には反感を買うのだが、上司、同僚から信頼される好青年なのである。
 真面目で働き者、顔は十人並み……情熱的な恋の相手としてはさておき、20代、30代の女性にとって、尚斗の存在は悪くない。
 いや、むしろ結婚まで視野に入れれば……。
 勤めが長くなれば、仕事がらみで人間関係も広がっていくのだが、女性からの尚斗へのアプローチは、そのお局様の件以来、皆無である。
 役所にはありがちな、見合いの話も訪れない。
 紗智の存在が、広く伝わっている証であろう。
 もちろん、尚斗は紗智に感謝しているし……そもそも、中学・高校時代を通じての経験で、自分が女性にとって魅力的な存在であるなどと自惚れることはない。
 つまり、職場における状態というか、女性の自分に対する態度を尚斗が不審に感じることは無かったのであるが……客観的に見れば、明らかに紗智の存在は、尚斗から新たな出会いを奪い続けている。(笑)
 もちろん、それについても麻里絵は華麗にスルーし続けた。
 紗智は紗智で、尚斗は麻里絵とくっつくべき存在なのだから、何の問題もない…と。
 尚斗の恋人を演じながら、そこに何の疑問も抱かないあたり、紗智の病は根深い。
 もちろん、麻里絵はそれもスルーだ。(笑)
 吹き抜ける風の冷たさを感じることもなく、紗智はきっちり3分(笑)経ってから、その必要もないのに、面倒くさそうにメールを打ち始めたのだった…。
 
「……麻里絵」
「なに?」
「紗智に、話が通じてなかったみたいなんだが?」
 尚斗は、自分の携帯を麻里絵の頬にグリグリと押しつけながら言った。
 それを払いのけるでもなく、麻里絵は微笑みながら応えた。
「あ、うん。でも、ちゃんと返事が戻ってきたよね」
「……」
「それと、こうしてみんなで集まることは、ちゃんと紗智に知らせたよ」
「あぁ……そっか、色々考えてくれてたんだな。ありがとう」
「どういたしまして」
 この2人、麻里絵が上手のように見えるが、本当の意味で上手のなのは尚斗の方かも知れない。
 
「やほー、麻里絵」
「わあ、早かった(笑)ね、紗智」
「あ、うん……偶然近くにいたから」
「そうなんだ(笑)」
 と、お約束な会話を交わしつつ、紗智が合流……何故か、夏樹の視線がよそよそしい。
 紗智は、尚斗には声をかけずに、弥生に声をかけ、御子の変貌に驚き、そして夏樹に向き合った。
「あ、橘先輩も。お久しぶりです」
「ええ、お久しぶり。一ノ瀬さん」
 ここでようやく、紗智も夏樹から自分に向けられるよそよそしさを感じた。
 もちろん、それを口にすることはない。
「それで麻里絵、どの店に向かってるの?」
「尚斗君に聞けば?」
「……」
「ほら、公園に向かう道から一本はずれた所に新しく…」
 尚斗が説明を始めたのだが、紗智は敢えて無視した。
 その横顔に、無理をしているのが透けて見えたから、尚斗もまた敢えて大仰に頭を下げる事にした。
「紗智、この通りだ。機嫌を直してくれないか?」
 10年の月日というより、社会人となってからの5年、そして10年(中断あり)のつきあいになる紗智の存在が、尚斗をしてそうさせたわけだが。
「……そう。ま、そこまで言うなら…」
 そっぽを向いたまま、紗智はそう呟いた。
 
「……うわ、こんなとこにこんな店ができたんですか」
 少女は…。
「誰が少女ですかっ!」
 シックなスーツを身にまとった妙齢の美女は…。
「世辞が過ぎると、鼻につきます」
 ……。
 入谷結花は、1つため息をつくと、店の中に入って。
「あ、ここは未成年…」
 みなまで言わせず、結花は身分証明書を失礼な店員の顔に突きつけた。
「し、失礼しました…」
 店員は頭を下げる。
「有崎の名で予約している座席があると思うんですが…」
「ああ、そのお客様ならついさっき…」
 店員はちょっと口ごもり、あらためて結花に目をやった。
 実年齢はさておき……結花は10年経っても美少女の外見を有していた。
 夏樹、弥生、紗智、麻里絵、御子……の5人の美女を引き連れてやってきた尚斗が一体何者なのか、店員ならずとも気に掛かるところだろう。
「……」
「あ、失礼しました。こちらです」
 店員に導かれ、結花は歩き出した。
 
「お」
 真っ先に立ち上がったのは尚斗だった。
「久しぶりだな、結花」
 嬉しそうに声をかけ、座席へと誘う……その仕草が、4年前と違って、少し手慣れたように感じるのは気のせいか。
「まったく、集まるなら集まるで、もうちょっと事前に連絡して欲しいですね」
「悪い悪い。まあ、突然思いついたんだ」
「ま、有崎さんらしいですね」
「結花ちゃん」
「夏樹様」
 ごく自然に、結花の声が弾む。
「お久しぶりです」
「そうでもないでしょ」
 他者の割り込めない、2人の世界を構築し、夏樹と結花の2人はしばし語り合った。
 それがすんでようやく、結花は座席……気を利かせた夏樹が用意した、尚斗の隣……に着いた。
「結花とは4年ぶりか。相変わらずだな」
「二十歳超えて、相変わらずも何も…」
 結花は、尚斗に注がれたビールを一口…。
「お久しぶりです、入谷さん」
「……」
「あ、あの…」
 反応を見せない結花に、御子は困ったように首を傾げた。
「びっくりするだろ?御子ちゃんだ」
「……」
「……結花?」
 ごくり、と結花が口に含んだビールを飲み込んだ。
 だんっ。
「なんでですかっ!」
「……?」
 結花が立ち上がった。
「立つです」
 首を傾げながらも、御子も立ち上がる。
 結花は、御子の顔を呆然と見上げ……足下に目をやった。
「シークレット…」
「そんなこと考えてませんっ!」
 麻里絵をぎっとにらみつけ、結花は御子の手を取って……。
「あ、あの…入谷さん?」
「お、おい、結花…」
「尚にーちゃん、しばらく、そっとしてあげたら?」
 訳知り顔で、麻里絵がぽつりと呟いた。
 尚斗はなんとなく弥生に目をやったのだが、弥生もまた同じように頷いた。
 よくわからないが、尚斗はしばらくそっとしておくことにした。
 
「九条さん、その、し、身長は…」
「のばしました」
「のばしましたって…」
 伸ばそうと思って伸びるものなのかと……そんな結花の口をつぐませる表情を、御子が浮かべた。
「……覚えていますか、入谷さん」
「な、何を…ですか?」
「大学の卒業式です…」
「ああ、それは…もちろん」
 曖昧に頷く結花。
「私、本当はあの時、決めてたんです。尚斗さんに…私の想いを伝えようって」
「……そうですか」
「……驚かないんですね?」
「あの以前から九条さんの気持ちはわかってましたし、あの日、何か思い詰めていた表情は、記憶に残ってますから」
「ですよね…」
 そう言って、御子が笑う。
 大きくなっていても、それはやはり結花の知っている御子の微笑みだった。
「卒業式が終わって、尚斗さんがいて……さあ、というときに、入谷さんと2人並んで、頭を撫でられました」
「ええ」
 結花が頷いた。
「あの時…ダメだ、と思いました」
「……」
 御子の暗い表情の意味が結花にはよくわかった。
 あの日、あの時、尚斗に想いをうち明けようと思っていたのは、御子だけではなかったからだ。
 自分のことを大事に思ってくれている。
 でもそれは、間違っても愛とか恋とかいう感情からではなく……。
 尚斗に頭を撫でられながら、結花は、自分の外見を激しく呪った。
 でも、身長が伸びないのはもう仕方がない。
 外見まで全部ひっくるめて、自分。
 中身で、尚斗を振り向かせる……そう心に決めて4年が過ぎ、さて、今の自分はどうだろうか。
「……それじゃあ、九条さんは、今日?」
「いえ」
 御子が首を振る。
「今日は、みなさんとの集まりですから。場の雰囲気を壊すようなまねはしたくありません」
「そうですか…」
 
「それで、入谷さんは今何の仕事をしてるの?」
 イメージとは裏腹に、あまり酒の強くない紗智は、コップ3杯のビールで既に目元を赤く染めている。
「秘書ですけど」
「秘書。へー」
「まあ、仕事はできるつもりなんですけどね……社長や重役はみな年輩で、会う人もそうですから」
 結花は、くっとビールを飲み干し。
「オモチャって言うか、孫扱いですよ……年寄り連中には、随分と受けが良いみたいです、私」
 どいつもこいつも、異様に優しい目で自分を見るのだ、と……自分でビールを注ぎながら、結花が愚痴った。
「あはははっ」
「おい、ここは笑うとこじゃねーぞ、紗智」
「えー、だって適材適所って言うか…」
「ま、いいんですけどね…」
 と、結花は諦めたように呟いたのだが。
「じゃあ、一ノ瀬さんが有崎君の恋人のフリをするのも適材適所なのかな?」
 夏樹である。
 ついでに言うと、それを知らなかったらしい結花と御子が、紗智を見つめていた。
「え、えっと…」
 酔いのせいか、紗智は戸惑うのみ。
 そして。
「有崎ぃ?」
 弥生が、ニコニコと微笑みながら尚斗を見つめた。
 さっき、『場の雰囲気を壊すようなまねはしたくありません』と口にしたはずの御子が、姉のそれをたしなめるでもなく、自らも説明を求めるように、尚斗を見つめる。
 そして、麻里絵は華麗にスルーだ。(笑)
 
「……寂しいなぁ。そういう相談なら、真っ先に私の所に来て欲しかったなぁ…」
 ぶつぶつと、しかし聞こえよがしに弥生。
「九条さんが相手だと、たぶん大騒ぎになると思う…」
 苦笑しながら麻里絵が言うと、弥生は首を傾げた。
「なんで?」
「九条先輩…ご自分の立場、理解してます?」
「家は関係ないでしょ……とは、もう言えないか」
 そう言って、弥生は目を閉じた。
 尚斗は、さりげなく御子の袖を引き。
「相変わらずなの?」
「……です」
 肯定しつつも、御子の表情から『むしろ悪化してます』という声なき声が読みとれてしまう。
「むう…」
「……有崎ぃ、婿入りしない?」
「そういう冗談が冗談じゃない年齢だぞ、俺ら」
 はふう、と弥生がため息をつく。
「……まあねぇ」
 そして御子も、微かに息を吐いて呟いた。
「繰りかえすほど言葉が軽くなりますと、言ったのに…」
「どうした、みんな静まりかえって?」
「いえ、別に…」
 と、結花はそっぽを向き。
「あ、いや、何か新しく注文しようかな、と」
 などと、紗智はわざとらしくメニューを開き。
「私、ほっけ焼き」
 麻里絵はしれっと主張したのだが。
「あ、有崎君?」
「なんすか、夏樹さん?」
「い、いま、今、今のって、その…」
「流してください、橘先輩」
「え、でも…」
 弥生は、ニコニコと微笑んで。
「昔っから、何度も何度も何度も繰りかえしてきた、『冗談』ですから」
「あ、う…そ、そう…なんだ…」
「さすがに、そろそろ別の『冗談』考えようっかなぁ…」
「つーか、俺と違って弥生なら、選び放題だろうに」
「……」「……」「……」「……」
 夏樹、結花、御子、弥生の、4人の無言の視線。
「え…?」
「尚にーちゃん、そういう言い方は失礼だよ」
 さりげなく、麻里絵が助け船を出した。
「え、あ、そうか。そうだよな…」
 尚斗は申し訳なさそうに頭を下げ。
「今の言い方じゃ、弥生が遊び歩いているみたいだもんな。俺の勝手な思いこみだけど、弥生は思いこんだら一直線の、一途なタイプだと思うし」
「そうねぇ、両親を相手に散々やりあうぐらい一途よ、私ってば」
「……ってことは」
 お前、好きな相手がいるってことじゃないか。
 その台詞をいち早く察知した麻里絵が、つるりと手から滑らせた空のコップを慌てて受け止めようとして、肘を尚斗の脇腹にたたき込んだ。
「……っ」
「あ、ごめん、尚にーちゃん。私ったら、コップを落としそうになって、慌てちゃって…」
 麻里絵がそういうのに、尚斗は脇腹を抱えながら言った。
「そ、そうか…麻里絵は怪我しなかったか?コップは?破片とか触るなよ」
「うん、大丈夫。コップも割れてないから。心配してくれてありがとう」
 この状況で麻里絵のことを心配できるなんて、優しいなあ……と、ほんわかした気持ちになった4人とは別に、夏樹はただ1人麻里絵を見つめて。
「……恐ろしい娘」
 と、呟いた。
 
「……お」
「どうしたの?」
「冴子先輩、駅まで来てるって」
 麻里絵が、微妙な表情で言った。
「あぁ、そうなんだ…」
「場所が良くわからないから迎えに来てくれってってさ。俺ちょっと、行ってくるよ」
 と、立ち上がった尚斗の手を、麻里絵がぎゅっとつかんだ。
「……麻里絵?」
「あ、えっと…私も行くよ。ほら、冴子先輩に会うの、久しぶりだし」
「それもそっか」
 尚斗は頷き、他の5人に断ってから店を出た。
 そして、残された5人の1人……御子が表も裏もなく、それが本当に楽しみだという感じで呟いた。
「香月先輩とお会いするのは久しぶりです…」
「あ、そういや御子は、香月先輩とちょっとつきあいがあったんだっけ」
「はい、良くしていただきました」
「ふーん……生憎私は、話したこともないのよねえ。モデルの仕事してるって話は聞いた事があるけど」
「日本ではそうでもないですけど、海外では有名ですよ」
「へえ」
「そうなのですか?」
「……姉妹そろって、ファッションとか興味ないんですね」
 と、結花が少し呆れたように言った。
 そして、夏樹がぽつりと。
「……有崎君に呼ばれたから、来たのよね?」
「麻里絵とは、写真部の先輩後輩の関係ですよ」
「親しいの?今でも?」
 夏樹の問いかけに、紗智はちょっと困ったように目を背け。
「いやあ……尚斗に呼ばれたから、ですよねー?」
「椎名さんが、わざわざついていったのがすごく気になったんだけど……どういうこと?」
 
「冴子先輩」
「はぁい〜♪」
 振り向いた冴子の視線が、尚斗から、その隣の麻里絵に。
「……ちっ」
 冴子は背後を振り返り、さりげなくたたずんでいた男達に向かって手を振った。
『……、……、……』
『……、……』
 二言、三言と言葉を交わすと、2人の男は冴子に向かって目礼し、その場を去っていった。
「……お久しぶりね、尚斗君、麻里絵」
「なんです、今の人達?」
「んー、ボディガードのような…」
「え、仕事がらみですか?」
「そんなところ」
 と、微笑む冴子にわざわざ聞かせるように、麻里絵が呟いた。
「何の仕事をさせるつもりだったんだか…」
 冴子が、さらに麻里絵に微笑みかけ。
「さあねぇ」
「それより、みんな待ってますよ」
「あはぁ、待ってるかしら?」
 どこかからかうような表情で冴子。
「夏樹さんとか、同級生でしょ?」
「んー、橘さんとはほとんど交流無かったわね」
「……」
「強いて言うなら、御子ちゃんかしら」
「あ、はい…」
 困ったように頷いた尚斗の額をちょんと指先でつついて、冴子は笑った。
「そんな顔しないの。キミに会えるのが、何より嬉しいんだから」
「また、そういうことを」
「また?」
 冴子が首を傾げた。
「あ、すんません。さっき、似たような冗談を言われて…」
「へえ」
 
「……なあ、あの客って何の集まりなんだ?」
「さあな」
 などと、店員に首をひねらせる集団は、これで合計8人。
 例外はさておき、やはり女性としてファッションやら、そっちの世界に興味はあるのか、はたまた社交辞令も含めて、冴子はしばらく質問責めにあい、尚斗は一応幹事としてそれが収まるまで声をかけるのを控えていた。
 おそらくは意識しての装いなのだろうが、どこにでもいそうなのに、ほんのちょっとした部分がアクセントとなり、冴子の存在を埋没させようとしない。
 会話する相手の気を逸らさず、それでいながら周囲を不快にさせるほど集中しない……まあ、見事なホストといえる振る舞いに、尚斗は感心した。
「……さて」
 一段落と同時に、冴子が尚斗を見る。
「最近、写真の方はどうですか?」
「そうね、なかなかうまくはいかないわ」
 微笑みながら、冴子が言葉を続けた。
「景色とか物ばかりにカメラを向けている自分に気付いて、ため息が出ちゃう」
 冴子の顔を見て、夏樹が胸をつかれたような表情を浮かべた。
「風景じゃなくて、人を撮りたいんですか?」
「そうじゃなくてね……モデルをやってきて、つくづくカメラって暴力だなあって実感するのよ」
「……」
「カメラを向けられると、モデルは自然に顔を作ろうとするし、カメラマンは、その素顔を引き出そうと、あの手この手を使う……もしくは、モデルを物としてしか見ない」
「なんとなくですが、わかりますよ、言ってること」
「撮りたい写真と、撮られたい写真……そのせめぎ合いは、戦争以外の何ものでもないわね」
 そう言って、冴子はふっとカメラを構えるポーズをとった。
「暴力反対です」
「とか言って…」
 冴子は、笑ってポーズを解いた。
「キミは、相変わらず顔を作らないね…」
「だって、本当のカメラじゃないじゃないですか」
「……んふふー」
「なんですか、その妙な笑い声は」
「さぁねぇ…」
 ひそひそひそ。
「なに?あっという間に、2人の世界が出来あがっちゃったんだけど?」
「わ、割り込めません…」
「っていうか、あのふたり、どういう関係なんですか?」
「あはは…まあ、見ての通り『仲の良い先輩と後輩』だよ」
「し、椎名さん。全然見ての通りじゃないと思うの」
「じゃあ、橘先輩と尚にーちゃんはどういう関係ですか?」
「え、あ…そ、それは…」
 酔いではない何かに頬を染め、夏樹はどこか戸惑ったように…。
「仲の良い、先輩後輩ですよね?」
「そ、そうね、その通りよね」
 麻里絵のそれに、慌てて同意を示した。
 そして麻里絵は、御子を指さし。
「仲の良い、先輩と後輩…だよね?」
「……はい」
「麻里絵、えげつないマネはよしなさい」
「あ、聞こえてました?」
 にこにこ。
「あぁ、そういえば結婚のお祝いをいうのを忘れてたわね」
「さ、冴子先輩」
 尚斗が慌てて冴子の言葉を遮ろうとしたのだが。
「わぁ、ありがとうございます」
 などと、麻里絵は平然とそれを受け止める。
 それを見て夏樹は、『結婚ってすごい…』と呟いた。
 
「……香月さん」
「ああ、夏樹様」
「そ、その呼び名は…」
 と、恥ずかしげに俯く夏樹に、冴子はちょっと笑って。
「聞きたいことがあるなら手短にお願い。彼との時間は1秒でも無駄にしたくないし」
「……本気、なの?」
「いけない?」
 がちゃ……ばたん。
 トイレのドアが開き、また閉じられた。
 中にいた、冴子と夏樹の2人の存在に怖じ気づいたらしい。
「……色んな人と出会う機会があると思うんだけど」
「入谷さんに言ってあげたら?」
「ゆ、結花ちゃんは……有崎君、一筋だもの」
「……麻里絵の結婚、裏で手を回したのあなたでしょ?」
「……」
「甘く見たわね、あの子を」
 そう言って、冴子は鏡に向かってちょっと髪型を整えた。
「私がモデルをやってるのは、あくまでもカメラマンになるためのステップ」
「……そうみたいね」
「まあ、最初から公言してるから、みんな知ってる事なのよねぇ」
 ちょい、ちょい、とわずかにメイクに手直し。
 そして冴子は、夏樹を見た。
「でも、今夜、写真について聞いてくれたのは彼だけだった」
「…そんなことで」
 冴子は、哀れむような表情を浮かべ。
「『そんなこと』で、橘さんも彼を好きになったんでしょうに」
「…っ」
「自分のためじゃなく、誰かのため……全部が嘘とは思わないけど、その毒にやられてないかしら、あなた」
 そう言って、冴子はトイレを出ていった。
 夏樹は、しばらくその場を動けなかった。
 
「……余計なことを」
「……怖い子に成長したわねえ」
「さっきも、尚斗くんに言われましたけど、昔からですってば…」
 トイレの外で、冴子と麻里絵のそんなやりとりがあった事を誰も知らない。(笑)
 
「……これで、全員集まったの?」
「……いや、全員ってワケじゃないけど」
「へえ、誰が来てないの?」
「来てないって言うか、そもそも連絡が取れないっつーか…」
 と、どこか歯切れの悪い言葉を並べる尚斗の様子に、その場の何人かが目配せをかわした。
「それって、誰?」
 ついさっきまで絶交宣言していたとは思えない感じで、紗智は尚斗の身体にすり寄っていく。
「いや、誰…と言われても」
 そもそもお前、あいつのこと覚えてねえよ……と心の中で尚斗。
 そんな素振りが、余計に周囲を疑心暗鬼に導いていく。
「ねえ、有崎。その人、私と同学年?」
 と、これは弥生。
 紗智の反対側から、ぴったりと身体を挟み込むようにして…。
「連絡とれないっていつからですか?」
「おい」
 自分の膝の上に乗ってきた結花に、さすがに尚斗はツッコミをいれた。
「……大きくなったことで、失ったものもあるんですね」
 と、寂しげに呟いた御子の背中を、麻里絵が優しく叩く。
「なぁに?隠し事?」
 ぽよん、と背中に胸を押しつけながら冴子が甘く囁く。
 そして、夏樹が思いついたように口にした。
「あ、もしかして藤本先生?」
 空気が凍り付く。
 もちろん、それはごく一部だ。
「わあ、懐かしいですね……藤本先生、お元気でしょうか」
 などと、御子は心から懐かしそうに口にする。
「そういえば、有崎って藤本先生と仲良かったよね」
 と、尚斗の隣で弥生が無邪気に続く。
「……お、俺よりも紗智の方が…」
「え、あたしぃっ!?いやいや、もう、全然関わりとかないからっ」
 尚斗に話をふられた紗智が、思いっきり否定する。
 見れば、麻里絵がどこか引きつった笑みを浮かべていたりする。
 どうやら、この3人だけが何かしらの事情を知っているようだと判断したのか、冴子は尚斗の背中にさらに胸を押しつけるようにしながら言った。
「麻里絵。藤本先生と、何かあったの?」
「あ、あはは…」
 あの麻里絵が、笑うしかできないとは……これはよっぽどのことだと、冴子はちょっと表情を引き締めたのだが。
「藤本先生なら、女子校を退職しましたよ」
 と、尚斗の膝の上から結花。
「あら、そうなの?」
「そして、ご自分で新しく学校を創設したとか」
「……へえ」
 学校とは、金銭的にも制度的にも、そんな簡単に創設できるものではないとわかっているだけに、冴子は曖昧に返事した。
「良く知ってるのね、結花ちゃん」
「まあ、そのぐらいの話は耳に入ってきますよ」
「へえ、さすがは秘書」
 尚斗が、どこか平板な口調でいれたツッコミに、結花が反応する。
「仕事がらみじゃなくて、同級生とか、そっちの方からです」
 こういう細かいところは、昔と変わりない。
「……それにしても、学校を退職してわざわざ自分で学校を創設するなんて…穏やかな人だと思ってたけど、胸の内には燃えるような教育への情熱を抱えていらしたのね」
 しみじみと夏樹が呟いたのへ、紗智がぽつりと。
「……男子校ですけどね」
「そうなの?」
 紗智は何も答えず、その代わりに麻里絵が引きつった笑みを浮かべながら言葉を足した。
「わ、私にはよくわからないけど、燃えるような情熱を抱えていたんでしょうね…」
 
「有崎さん、相変わらずお仕事は忙しいんでしょうか?」
 御子の問いに、尚斗はちょっと言葉を探す。
「ん、忙しいというか、なんというか…」
「尚斗、誰にでもいい顔するから」
 どこか吐き捨てるように、紗智。
「公務員だから、そのぐらいして当然…みたいにつけあがる連中の方が多いんだからね、今の世の中」
「そりゃ俺だって無制限にはやんねえよ…仕事の領分ってのもあるしな」
「いつもいつも、細かい仕事押しつけられて…市民の要望にすぐ応える部署みたいなところまでやらされて…」
 ぶつぶつぶつ…。
 コップを傾け傾け、ぶつぶつと愚痴る紗智を見て。
「……異様に詳しいわね、一ノ瀬さん」
「あ、あはは…そうですね」
 などと、冴子と麻里絵が言葉を交わす。
「まあ、有崎さんらしいじゃないですか…」
「いいかげん俺の膝の上から降りろっての」
「いいじゃないですか別に」
「どかないと、頭、撫でまくるぞ」
「どんとこいですよ」
 と、やや酔いの回った顔で結花が尚斗を見つめた。
「よーし、撫でるぞ。子供にするように、撫でてやるからな」
「ふっふっふっ。いつでもどうぞです」
 なでなでなでなでなで…。
「ふははは。その程度ですか?」
「まだまだぁ」
 なで(以下略)。
 見事な酔っぱらいの構図だが、何故か御子が羨ましそうにそれを見つめる。
「あはは、親娘みたい」
 お気楽に笑った弥生へ、夏樹がツッコんだ。
「…く、九条さんの家じゃ、親娘でああいうことするの?」
「あ、ウチは基本的に母親が厳しく、父親が甘く…ですから」
「そうなんだ…」
「……世間一般的には、どちらもお姉さまにはかなり厳しかったと思います…」
「ああ、久しぶりに御子ちゃんの頭も撫でとくかぁ」
「……」
 御子は少しだけ躊躇ったが、素直に尚斗の前に頭を差し出した。
 なでなでなで…。
 御子の頬の赤さは、決して酔いではない。
「……見事なまでに、ぐだぐだね」
「……かき混ぜますか?」
 冴子と麻里絵の視線が、交錯する。
「ねえ、有崎君」
「はい、なんすか冴子先輩」
「最近、何か浮いた話はないのかしら?」
 結花と御子の頭を撫でながら、尚斗が陽気に答えた。
「あっはっは、ないッスねぇ。仕事ばっかっすよ」
「あらあら…」
「公務員が5時で帰宅なんて、幻想ッスね。絶対不可能です」
 いきなり紗智が、酔いから蘇生したように声を上げた。
「だからぁ、それは尚斗が仕事を押しつけられてるからだって…」
「下っ端だから、仕方ねえだろ」
「アンタは昔っから要領が悪いのよ」
「んなこと言われてもなあ」
「公務員の給料が高いって怒る人がいるけど、アレってどうなのよ?会社によって給料が違うの当然じゃない。給料がもらえなかったら、働く人なんていないわよ。それなのに、税金だから給料は安く、それで犬のように働けって、頭おかしい人が多すぎるのよ、世の中」
「うむ、ありがとう酔っぱらい」
「そーよー、もっと感謝しなさいよ、あんたは。アタシに」
「してるしてる、すげーしてる」
「だったら良し」
 納得したのか、それとも自己完結したのか、また紗智は1人でコップを傾け始めた。
 そして、尚斗は結花と御子の頭をなで続ける。(笑)
「……実際、お給料ってどうなの?」
 尚斗への遠慮と言うより、紗智を刺激しないため、おそるおそる、夏樹。
「まあ、そこそこじゃないんですかね?昔と違って、今はいろんな手当とか出せなくなったとか、ぼやいてる人がいますけど」
「……生々しい」
「つーか、貧乏暇なしって言いますけど、使う暇がなければ金はたまっていきますね。俺、実家暮らしですし」
「そうなんだ…」
 狙いすましたタイミングで、麻里絵が口を開いた。
「あはは、いつでも結婚できるね」
「相手がいねーって」
 ぴく。
 尚斗に頭を撫でられていた結花と御子の2人が身体を固くした。
 無論、弥生や夏樹は、複雑な表情で尚斗を見つめていたりする。
「相手がいたら、する?」
「そりゃ…」
 ぴくぴくぴく。
「ただ、今の俺じゃあなあ……男女平等とか言ってるけどさ、相手をきちんと幸せにできるかどうか、不安といえば不安だな」
「……昔はあんなに、自信満々だったのにね」
 しみじみと、しかし周囲のツッコミを許さない雰囲気で麻里絵が懐かしそうに言葉を続けた。
「『何も考えずに俺の後をついてくりゃいいからな。ま、たまに失敗もするかも知れないが、そこは気にすんな』って言って、私の手を握りしめて…」
「麻里絵さん、穴掘って入りたくなるんで、そういう話は勘弁な」
「子供は無邪気でいいですね」
 膝の上に乗って頭撫でられてるやつがそれを言うのか……みたいな視線が2つほど結花に向けられたが、平然とそれを受け流す。
「うん、思い出ってそういうものだから」
 にこにこと、微笑みながら麻里絵。
「みんなにも、あの頃の尚にーちゃんを見て欲しかったなあ」
「やだよ、恥ずかしいから」
「あはは、尚斗にーちゃんの恥ずかしいとこ、私だけが知ってる」
 麻里絵の挑発ボタン連打を、ただ1人冴子だけが面白そうな表情を浮かべて見物をしゃれ込んでいた。
「まあ、『恥の多い人生を送ってきました』とか述懐するタイプですよね、有崎さんは」
「そこまで言うか」
 と、頭を撫でる手を止めて尚斗は結花を見た。
「昔じゃなくて、これからを知る方が重要だと思いますけどね、私は」
「なんか、結花に弱みを握られると面倒そうだ」
「……まあ、頼み事ぐらいはするかも知れません」
「大した頼みはきけねーぞ、俺」
「……ですね」
 ため息と共に、結花は目を閉じた。
 そして冴子は…。
「彼の回避能力は、天然なのかしら?」
「さあ……ただ、あの能力って尚にーちゃんの幸せにつながるとは思えないんですけど」
 と、これはため息をつきながらの麻里絵の言葉。
 
「んー、結構飲んだ気がする」
「見てたけど、そうでもないよ」
「つーか、結花とか御子ちゃんも結構酔ってたよな。ずっと俺にもたれてたし」
「まあ…」「そ、そうです…」
 どこか気まずそうに、2人そろって目を背ける。
「アタシ、全然平気ぃ」
「いや、お前が一番ヤバイよ。そもそも、紗智は弱いだろ、酒」
「お酒じゃなくて尚斗に酔ったのよ」
「はいはい」
 麻里絵がぽつりと。
「……紗智、本気で酔ってる」
「それで、この後どうするの?」
「そっすね…あんまり遅くなると」
「へ、平気です」
 と、これは御子。
「と、いうか、今夜は帰りたくない」
 尚斗は、ちょっと弥生を見つめ。
「お前……出かけるときに、一悶着起こしたな?」
「そうとも言うわね」
 あっさりと弥生。
「……俺、付いていった方がいいか?」
「有崎が来たら、余計話がややこしくなるけど…」
「有崎さん」
 話の腰をぺきっと折るタイミングで、結花が尚斗の手を引いた。
「ん?」
「泊めてもらっていいですか?」
「え?」「…っ!」「いっ?」
「いや、私って元々こっちの出身じゃありませんし」
「あ、そっか…そういやそうだよな。無理させたんだな…」
「だから、責任取って泊めてくださいよ」
「い、入谷さんっ。部屋ならいくらでもあるから、私の家に…」
「立派な家は緊張するんです、私」
 しれっ。
「……初耳です」
「初めて言いましたから」
「アタシも、アタシも泊めてぇ」
「お前は思いっきり地元だろ」
「アタシのホームは、尚斗だから」
「この酔っぱらいが…」
 冴子は、くすくすと笑って。
「面白くなってきたわ…」
「余裕ですね」
「まあね。嫌いじゃないのよ、こういう関わり合いを見るのが」
「確かに。冴子先輩って、孤高の人って感じでしたから」
「そういう麻里絵も、余裕があるのね」
「あの程度で、尚にーちゃんがどうにかなるとも思ってませんから」
「なるほど…」
 そして、冴子はちらりと彼女を見た。
 この中でただ1人、自分の立ち位置がわからないでいる……そんな夏樹を。
 
 精算を終え、店を出た尚斗達の前に、すーっと近づいてきた真っ赤なスポーツカーが止まった。
「尚斗君」
「……店の中に乗り込んでこなかった事について感謝すべきでしょうか?」
 尚斗の言葉に、綺羅は寂しげに呟いた。
「狼狽えるそぶりもなく……立派になりましたね」
「言葉を、表情が裏切ってます」
「教育者としての心と、大人の女としての心との間の葛藤として受け止めていただければと…」
「と、いうか、こんなとこに車とめたら周囲の迷惑です」
 などと、尚斗に言われるまでもなく、こちらに駆け足でやってくるのは警察官2人。
「ああ、ちょっとちょっと…こんなとこに」
 警察官の声がとぎれた。
「まあ…」
 眉をひそめた綺羅を見て、彼らは人形のようにぎくしゃくとし始める。
 それを見て、尚斗と麻里絵と紗智が、『また始まった…』と、ため息をついた。
「通りがかりに、知り合いを見つけてしまって…」
「そ、そうですか…しかし、ここに車を止められると…」
「いけませんか?」
「あ、いや、その…少しぐらいなら…」
 綺羅がにこりと微笑み、警官2人の手を取った。
「お優しいのね」
 女王陛下からお褒めの言葉を授かって、警察官2人は直立不動。
 無邪気さと、放埒さと、愛らしさと、貪欲さと、清純さ……それらが入り混じった綺羅の微笑みを見て、夏樹はなんとなく『堕ちた妖精』という言葉を思い浮かべた。
 そして冴子は、綺羅がどのようにして新しく学校を設立したかを直感的に悟った。
「お忙しいと聞いてますが、時間は大丈夫なんですか?」
 綺羅は、独特の間をもって尚斗を見つめ、微笑んだ。
「……変わりませんね」
 そりゃ、あなたに比べたら誰だって……と、尚斗も含めた数人が、心の中で全力のツッコミをいれる。
 それを知ってから知らずか、綺羅はここでようやく尚斗以外に目を向けて。
「あなた達も、お元気そうで」
 また微笑んでから、麻里絵に目を止めた。
「椎名さん、生活の方は少し落ち着きましたか?」
「あ、ご存じだったんですか?」
「ええ、もちろん…」
 綺羅は小さく頷いた。
「あのような方は、社会的に抹殺されるべきだと思いましたので…」
「お、思いましたので…?」
 そう言って、尚斗は綺羅を見たのだが、彼女は微笑みを答えとするばかり。
 ぼそぼそと、冴子と夏樹が囁きあった。
「……橘さん」
「……今度、調べてみる」
 脇に控えていた警察官がおずおずと声をかけた。
「あ、あの…そろそろよろしいでしょうか?」
「まあ…」
「い、いえ。まだ、大丈夫です」
「ごめんなさい。私、わがままを申し上げているのですね」
「そ、そんな。滅相もない」
「もう少しだけ、甘えさせていただきますね」
「は、はい。ご存分に」
 そしてまた、綺羅が微笑む。
「……聞きしにまさりますね、この無敵ッぷりは」
「……知ってたのか、結花」
「まあ、噂レベルでしたけど……」
 そして結花が尚斗を見た。
「よく、無事でしたね」
「いや、なんか…俺には興味が無くなったっぽい」
「……」
「目に涙をためた俺の顔が大好きとか言ってたからなぁ…」
 尚斗はため息をつき。
「つーか、俺の通ってた男子校、今はあの人が…」
「尚斗君」
「は、はい」
 綺羅は、ちょっと笑って自分の唇の前に人差し指を立てて言った。
「その件は、内緒」
「りょ、りょーかいです」
 
「あ、ここのコンビニって、フランチャイズが変わったんですね…」
 どこか寂しげに、しかし懐かしそうに結花が言う。
「なーんか、契約がらみで経営者と揉めたとかなんとか…」
「私、ここで尚斗さんに、あんまんを買っていただいたことが…」
 そう言いながら、御子がちらっ、ちらっと尚斗を見る。
「ああ、覚えてる覚えてる……確かあの時、御子ちゃんが『中華まんって、どういうモノなのでしょうか…?』って言ってさあ…」
「……へえ、御子に買い食いさせたんだ、有崎」
「社会勉強だ」
「社会勉強…です」
 などと、話しながらコンビニの前を通り過ぎ……。
「うん、暗いからちょっとあれだけど……あんまり変わってないね」
「基本、住宅街ですからね、この辺り……あんまり、変わりようがないって言うか」
「住む人が、変わったりはしてるんだけどね…」
「まあ、女性が夜道を歩けるという意味では、いい国よね」
「……向こうって、やっぱり物騒なんですか?」
「リスクを避けるというか……まあ、何が起こってもおかしくないという部分はあるわね」
 紗智が、尚斗に目をやって。
「ボディーガードとしては、頼りないわよねー」
「各自、全力で逃げてくれ」
「やだ、こいつ、ホントに男…?」
「法律の名の下に、男女の権利は平等だと定められている」
「あ、あの…」
 くいくいと、尚斗の袖を御子が引っ張り。
「無茶をなさらないで、いざというときは、尚斗さんも逃げてくださいね」
 純粋無垢な、信頼の瞳。
「…えーと」
「……まあ、口で何を言おうが、身体張りますからね、この人」
 多少呆れつつも、信頼の瞳、その2。
 気が付けば、みながみな、にたような瞳で、尚斗を見つめていたりする。
「さ、さて…そろそろ学校に着くぞっと」
 などと、歩を早めたのは照れ隠しか、それとも無自覚の恐怖か。(笑)
 まあ、学校に着いたはいいが、当然警備の人間がいるわけで…。
「入ってもかまわないと、言ってくださいましたよ」
 ここでも綺羅は、無敵ッぷりを発揮したわけで…。
 
「……夜の学校って、雰囲気あるよね…」
「静まりかえってるし…」
「俺ら男子校の生徒が初めてここに来たときは、同じように思ったよ。授業中とかすげー静かで、正直居心地悪くってさあ」
 当時のことを思い出しているのか、尚斗の口調がやや乱暴になった。
「あはは、男子校のみんな。最初は借りてきた猫みたいに、おとなしかったよね」
「その時は私、熱だして寝込んでたのよねえ…」
「……ぁ」
「どうした?」
「夏樹様、ここですよ。覚えてます?」
「え…」
 夏樹はちょっと周囲を見渡し。
「あ、あぁ…そうね、ここ……ね」
 夏樹、結花、そして尚斗……3人そろって廊下に転がって。
「演劇部って…まだ、あるのかな」
「さあ、ちょっとわかりません…4年前はまだ、活動してましたけど」
「軽音部なんか、私たちの卒業と同時に無くなっちゃったし…」
「そりゃ、弥生と、世羽子さんと温子の3人だけだったしな」
「違う」
 弥生の強い否定の言葉に、尚斗はちょっと首を傾げ…。
「あ、そっか…聡美さんだったっけ?4人だよな。悪かった」
 弥生は、ぷいっとそっぽを向いて呟いた。
「私の中では、5人だったんだから…」
 そして一行は、中庭を通って…。
「……温室が」
「……」
 かつて温室があった場所……そこに立ちつくす御子に、尚斗は敢えて言葉をかけず、ただ頭を撫でてやった。
 
 何故か、懐かしい。
 昨日のことのように思い出せる。
「……たった、1ヶ月だったんだけどな」
 ならば、3年を過ごした…教師として働いていた綺羅はそれ以上になるか……彼女達が、校舎の中をめいめいにうろつくのも道理だろう。
 気が付けば、尚斗は1人……廊下にたたずんでいた。
 麻里絵と紗智から、屋上から戻ってくるまでここで待っててと釘を刺されたから動くわけにもいかない。
 屋上へと続く階段のそばで、尚斗はふと思い出した。
「そういや、ここって…」
 尚斗の視線が上へ…。
 すぅー……すちゃ。
 彼女は、壁を通り抜けて現れ、静かに着地した。
「よう」
「……お久しぶりです〜♪」
「コスプレか?」
「年齢不詳の、天野安寿です〜♪」
「……」
「お元気そうで〜」
「そりゃ、こっちの台詞だ」
「私のことは〜誰にも告げてはなりませぬぞ〜♪」
「雪女だ、そりゃ」
「……いっそ雪女なら、あなたの元へとゆけたのですが〜」
「…?」
「天使稼業もらくじゃない〜♪」
「公務員も、なかなか世間の風当たりがきっついぞ」
「世知辛い世の中です〜」
 しょぼぼん、と安寿がうなだれた。
「まあ、実際腹立つこともあるけどな。そういうときはいつも、安寿の顔を思い出すようにしてる」
「な、なんですと〜?」
 夜目にも鮮やかに、安寿の頬に朱が散った。
「いつどんな時も、みんなの幸せを願っていた安寿のことを考えたら、たいていのことは我慢できる」
「……半分だけ、しょんぼりさせてください〜」
「?」
 
「……さて〜」
「もう、行くのか?」
「お気楽に見えて、私も結構忙しい身なので〜」
「ありがとうな、わざわざ会いに来てくれて」
「……」
 安寿はちょっと笑って。
「今、幸せですか〜?」
「最近思うんだけどな、人の幸せっての…なんというか、『幸せになる』んじゃなくて、『幸せに気付く』ことだよな、たぶん」
「……」
「何かがどうなったから幸せになるんじゃなくてさ……幸せに思うかどうか、幸せに気付けるかどうか…」
 安寿は、黙って尚斗を見つめている。
「命より大事なモノはないって言い切っちゃうとさ、死んだら負けって事になるだろ?突き詰めたら、相手を殺せば勝ちって事になるよな」
「……」
「幸せってやつは、こだわりすぎることでその本質を見失っちまう……そんな気がするよ、俺は」
「そう…ですか〜」
「悪いな。10年ぶりだってのに、あんま気の利いた答えを返してやれなくてさ……」
「……覚えてて、くださったんですね〜」
「んー、まあ、たまには真面目なことを考えたくなるときもあってな…」
「……」
「……」
 がちゃ。
 屋上の扉が開く音……それが、暇を告げる合図となった。
「お元気で〜」
「安寿もな」
 最後に、とびっきりの笑顔を投げ……天使は姿を消した。
 
「尚斗。忘れ物」
「おお、わざわざサンキュ」
「じゃ、アタシ。行くから」
「ああ」
 紗智の背中を見送る尚斗へ。
「有崎君、彼女と仲直りできたのかね?」
「あぁ、まあ…そんな感じです」
 尚斗がそう答えると、上司は何故か残念そうにため息をついた。
「……なにか?」
「ああ、いや…君もそろそろ結婚とか考える時期じゃないかと…」
「すんません、お見合いとか聞くだけで、あいつ、怒っちゃうんで」
「うん…まあ、無理強いするつもりはないんだ…先方も、あまり無理押しはしないでくれと…」
「それって、元々乗り気じゃないってことじゃあ…」
「いや、先方はものすごく乗り気だと聞いている」
「会ったこともないのに?」
「いや、向こうは君のことを知ってる風だったが…?」
「……なんか、名前は聞かない方が良さそうですね」
「まあ、会うと逃げられないとだけ、アドバイスしておくよ…」
 
 
 以前と同じように見えて、少しだけ違う日常。
 正月明けから忙しいのは、いつも通りだが。
 そして今年もまた、2月14日……バレンタインの日がやってくる。
 
 
おしまい
 
 
 まあ、たまにはこういうお話もいい…ですよね? 

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