「卒業旅行に行こうと思うの」
 ずばっと切り出された弥生の言葉を、世羽子と温子は黙殺で応じた。
「ちょっ、ちょっと…2人とも」
 温子は、はあ、とため息をつき。
「弥生ちゃん、それって、私達というか、世羽子ちゃんを無理やりここまで連れてきたことになんか関係ある?」
 世羽子が、その続きを引き取って。
「ポケットから顔をのぞかせている、福引抽選券とも関係があるなら、早めに教えてもらいたいものね」
 2人、と弥生がいる場所……それを考えたら、無関係であるはずがないのだが、温子はもちろん、世羽子も敢えて、そういう物言いをしたのだろう。
 そして、その意味に弥生も気づいたはずだが。
「一等、アメリカ大陸横断の旅、3名様ご招待」
 やや芝居がかった感じで読み上げると、弥生は目をつぶった。
「音楽に限った話じゃないけど、成功に必要なのは、1に実力、2に人脈、そして、運だと思うの」
「運の意味が違うと思う…」
 控えめな温子の抗議をスルーして。
「私達、この3つは備えていると思うの」
「……自信家ね」
 ぽつりと、世羽子。
「と、すると……大成功するための要素を見据える必要があると思うのよ……言ってみれば、スターになれるかどうか」
「暴れん坊のベース、食いしん坊のドラムス……お笑いの要素は、てんこ盛りだけど」
「うまいこと言うわね、温子」
「それって、私がいらなくないっ!?」
 世羽子が、ややきつい目を弥生に向け。
「本気でのけ者にされたくなければ、簡潔に、要点を述べなさい」
「……理由が二つあるの」
「何を聞いても、怒ったり、馬鹿にしたりはしないわ…弥生が本当にそう思っているのなら」
 と、続きを促した世羽子に温子がチラッと視線を向け、『かなわないなあ、世羽子ちゃんには…』という感じの苦笑を浮かべた。
「私、音楽のことをもっと知りたい」
「と、いうと…?」
 弥生は、温子に視線を向け。
「私の家…九条家は、華道の一流派としてはっきりしてるだけで250年の歴史があるけれど、その歴史そのものが伝統ではないと思うし、大事なのはそこじゃないと思うの」
 うかがうように、弥生が世羽子を見た。
「続けて」
「江戸、明治、大正……昭和というより、戦前、戦後で区切ったほうがいいのかな。時代を越えて変わらないものはちゃんとある。でも、その時代時代で、変わっていくもの、むしろ、変わらなきゃいけないものは絶対あると思うの」
「…そうね」
「伝統は、変わらないことじゃなく、変わっていくこと。その上で、何かを守ること……私はそう思ってるの」
 世羽子から、温子へ……そして、世羽子へと視線を戻して。
「時代に慣れすぎれば泡のように消える。自分を守り過ぎれば、押しつぶされる……今、音楽の世界で、どういう風が吹いているのか。この国では感じ取れない何かを、肌で感じてみたいの」
「なるほど…」
 と、温子はうなずいた。
 まだなにものでもない少女が、大きな口をきく……と、笑いはしない。
 威圧感というか、存在感に関して言えば、弥生は世羽子には及ばない……だが、弥生は、確かに世羽子にはない何かを持っている。
「つまり弥生は…今だけでなく、未来にも、その声を響かせたい…」
「あ、そうなるのかな…」
 と、少し弥生は恥じらい。
「うん、そうかも…」
 そこでようやく、世羽子はちょっと笑った。
「わがままね、弥生は」
「うう…」
「そして、傲慢」
「そんな、言わないでよう…」
「結構。そのぐらいでなければ、あなたや温子と組む甲斐がない」
「うわ、私の意思が無視されたような気がする」
 世羽子は、温子に視線を向け。
「逃げるなら今のうちよ、温子」
 温子が笑い。
「こんな面白そうなこと、逃げるわけがないじゃない」
「……決まりね」
 なんとなく頭の中に『桃園の誓い』という言葉が浮かんだのだが、あれとは違って、自分がのけ者にされているとしか思えず、弥生が呟く。
「え、えっと…なんか、ものすごく重い約束がなされている気配なんだけど…」
「それで、弥生。もうひとつの理由って?」
「え?」
 弥生がちょっと口ごもる。
「……」
「……」
 世羽子、温子の視線にさらされ、弥生はちょっと困ったように。
「えっと、こっちはそんなたいした理由じゃなくて…」
「いいから」
「そうだよ、弥生ちゃん」
「……あ、あのさ…修学旅行のこと、覚えてる?」
「……?」
「修学旅行って、アメリカに行った、あれでしょ?」
「そうなんだけど…」
 弥生はちょっとうつむき。
「なんか、よく覚えてないの……思い出そうとしても、なんかもやもやってして、『楽しかったよ、それでいいじゃない』みたいな感じになって」
「楽しかった記憶ってのは、そういうもんだよ弥生ちゃん……ねえ、世羽子ちゃん」
「……」
「……世羽子ちゃん?」
 二度目の呼びかけに、世羽子はちょっと顔を上げ。
「何故かしら……ひたすら、大暴れしたような気がするんだけど」
「うん、まあ、思い出ってのは、人それぞれだから…」
 などと言いながら、何故か温子は修学旅行のことを思うと、悲しい気分に襲われた。
 修学旅行……アメリカ……自由時間……できたばかりの、超大型ショッピングモール……えーと、うぃ、うぃら…なんだっけ?
「あ、あの…温子?」
「アメリカ、良くない」
 きっぱり。
「いきなり、何?」
 温子は、なんだか知らないが、時代の風なんか感じてる場合じゃなくなるような気が激しくしたので。
「わかんない、わかんないけど、なんか、アメリカって不吉な感じがする」
「ちょっ、ちょっと何言ってるの?」
 そして、世羽子がぽつりと。
「理由はわからないけれど…」
「よ、世羽子はなに?」
「ギャングの抗争に巻き込まれたり、殺し屋と死闘を繰り広げて、いつの間にかランキング1位に上りつめる羽目になるような気がするわ」
「な、何をわけわかんないことを…」
 突如、温子が顔を手で覆ってしゃがみこむ。
「よ、世羽子ちゃんが、竹やりで竜を撃ち落す光景が浮かんでくるよぉ〜」
「だから、なんなの、それはっ?」
 からんっ、からんからんっ!
 背後で、高らかに鐘の音が鳴り響いた。
『おめでとうございます。1等、アメリカ大陸横断の旅、ご当選です』
 周囲が、どよめきに満たされていく。
「……」
「……」
「……弥生、一等って、何本あるの?」
「一本」
「そう…」
「あ、群がり来る暗殺集団と死闘を繰り広げる世羽子ちゃんのイメージが消えたよ」
 と、温子が顔を上げた。
「ふ、2人がもたもたしてるから〜っ」
「未成年の学生が海外旅行ってのは、身の丈にあってないんだよ、きっと」
 などと、温子がとりなすように言う横で。
「と、いうか…私が当てるのは、すでに決まってるのね」
「だって、当てるでしょ?」
 何言ってるの…という表情で弥生。
「たぶん」
「んー」
 温子がちょっと背伸びして。
「そうだね、私達は未成年なんだし、弥生ちゃんの目的はともかく、卒業旅行としては、国内旅行が妥当なところじゃないかな…ほら、2等は、ちょうどそれっぽいし」
「ん、確か2等は…」
 と、弥生が目を凝らし。
「埼玉県、羽〇蛇村…」
「ちょっと待って」
「なに、世羽子?」
「そこダメ。絶対ダメ」
「え?」
「私も含めて、生き残れないような気がするから」
「……?」
 首をかしげる弥生の背後で、温子がうつろな表情をして『赤い…サイレン…』などと呟いていたりする。(笑)
 
 
「もう、結局私達の目の前で、2等もなくなちゃったし…」
「…幸運以外の何ものでもないと思うけど」
 と、温子。
「そもそも、世羽子ちゃんが当てようと思わない限り、当たらないわけだから、私達が何を言ってもダメだよ、弥生ちゃん」
「……3等が、長崎県〇見島」
 世羽子がポツリと呟いて。
「なにやら、悪意しか感じないわね」
 などと、ちょうどのそのころ。
 
 からんっ。からんからんからん。
『おめでとうございます。3等、長崎県…』
「おおっ、やったぜ」
 と、得意満面で、宮坂が尚斗と青山に振り返る。
「へえ、やるじゃん」
「……なんだよ、そのリアクション」
「有崎は、見慣れているからな」
 
 彼ら3…主に2人が、夜〇島において、屍人を相手に戦ったかどうか、定かではない。
 
 
 
 
 すんません。(笑)
 『S〇REN』、なつかしー……などと笑ってくれたら、というだけのネタです。
 いや、発売が確か2003年で、『チョコキス』が2002年……卒業旅行だから、ぴったり符合するじゃん。
 などと、去年のあれを書いた後に思ったり、思わなかったり。
 ちなみに、長崎県〇見島のあれ…に関しては、高任は良く知りません。ネタに使っただけです。
 
 そういや、『絶体絶命都市』シリーズは、発売中止以後…それきりになるんですかね?

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