「……そういえば、男子生徒がグラウンドで騒いでたのって何だったの?」
「ん、ああ、春の選抜甲子園大会に、ウチの学校が選ばれたらしい」
「へえ…」
 と、麻理絵はちょっと頷き……。
「えええっ!?」
 と、驚愕の表情で尚斗の方を振り返った。
「こ、甲子園って甲子園よね、あの」
「いや、他に甲子園という言葉が全く思いつかないぞ俺は…かなり無理してアメフトとか、ボウリング場とか…」
「で、でも甲子園なんだよね…最近は野球人気が低下して、プロ野球の試合中継されない事も多くなってきたのに、全試合中継、関西だと某国営放送に加えて、民放でも中継する…」
「落ち着け麻理絵…」
「お、落ち着いてなんていられないよ…甲子園出場って事は、私達もメガホン持って、応援に行くんだよね…うわわ…」
「……あー、麻理絵君」
「え?」
「そりゃ、応援は大歓迎だろうが……今俺ら男子校の生徒って、ここを間借りしてるだけって忘れてないか?」
「あら、見くびってもらっては困りますわ、尚斗君」
「あ、藤本先生…」
「袖すりあうも多生の縁と申しますでしょう」
「そです…?」
「『多少』の縁ってことは…たいした関係でもない?」
 と、尚斗と麻理絵、二人して首をかしげる姿に、綺羅はちょっとため息をついた。
「2人とも、もう少し国語の勉強をなさった方がよろしいようね…」
「甲子園って言えば、チアガールだよなっ!ほかにも女子生徒のパ〇チラ盗撮とか…」
 どごむっ!
「あら、尚斗君ナイスパンチ」
「いえ、それほどでも」
「み、宮坂君、泡吹いて痙攣してるよっ!?」
 と、心配そうな麻理絵の言葉を無視して、綺羅が尚斗に笑いかけた。
「この学校からも、応援を出しますわ」
「はあ、俺は野球部でもなんでもないのであれですが、ありがとうございます」
「男子校なのに、女子生徒の応援団……レポーターに必ず聞かれますわね。そのたびに、校舎が壊れた男子校に愛の手をさしのべた我が校の博愛の精神が全国放送で喧伝され、宣伝効果抜群ですわ」
「……心にしみる、本音をありがとうございます」
 
「つーか、あんた達の学校、県大会で優勝したのはいいけど、地区大会で一回戦負けだったじゃない」
 と、これは紗智。
「俺も良くわからんけど、なんか21世紀枠とかで選ばれたらしい」
「21世紀枠……ああ、記念大会とかなんか?」
「いや、そうじゃなくて…なんつーか…」
 と、尚斗が困ったように頭をかく。
「中学生の有力選手を集めた私立強豪校ばかりが活躍する現状に対して……といえば、言葉は良いけど、野球人気の低下に懸念した関係者が、全国各地で盛り上がってもらうには、やはりその地域に根ざした学校が出場することが必要と考えて……まあ、日本人が好きそうなストーリーを描くことの出来る学校を、任意に選べるようにしたってところね」
「って、香月先輩」
 と、紗智はびっくりして振り返り。
「心にずしりと響く、腹黒い説明ありがとうございます…」
 と、尚斗は頭を下げた。
「もちろん、それなりの実力は必要なのよ…県の秋季大会で最低ベスト4とかね。埼玉や東京などの、参加校が多い地域は最低ベスト8…なんていう風に基準が違うけど」
「へえ…」
「それで、九州地区や四国地区などの各地区から、一校ずつ推薦校を申請するの……その9校の中から、選ばれた学校が、21世紀枠って事ね」
「なるほど……」
 と、紗智は一応頷いたのだが。
「でも、その原理で言うと…あんた達の学校、良く選ばれたわよね」
「まあ……評判悪いしなあ」
 とても、高校生らしさを売りにする甲子園という舞台に登場する役者としては、場違いな高校というか。
「あら、2人とも大事なこと忘れてない?」
 と、冴子はウインクした。
「大事なこと…というと?」
「大雪で校舎崩壊……練習のグラウンドも、校舎建設で半分ほどしか使用できず……そんな状態で、選手達は精一杯、力の限り甲子園で戦う」
「……」
「……」
「ま、さ、に、日本人好みのストーリーよねえ」
 納得はしたくないが否定もできず、紗智と尚斗は無言のまま。
「ただでさえ、最近のテレビ局のスポーツ報道は、ただただドラマティックさを求めた安っぽいストーリー作りにあくせくしてるような惨状だし、こういうわかりやすい学校は是非とも登場させたいと願ったんじゃないかしら?」
「いや、テレビ放送は某国営放送(関西除く)ですし」
「でも、スポンサーはどこかの、大新聞社様よね…そもそも各地域の候補校のデータ作りに協力しているのは新聞社の地方記者なのよ。スポンサーの意向が働けば、全国高〇連だって、それに沿うように動く事も含めて、データそのものが新聞社などの都合の良いように作られているのは否めないわ。そもそも、全国〇野連の組織は、そういった出場候補校の詳細データを単独で作ることが出来るほど人間はいないしね」
「すんません、そのぐらいで…」
 
「有崎ぃ」「有崎さん」
 妙に語尾を伸ばす発音と、ものすごく控えめな呼びかけに、尚斗は振り返り。
「おお、弥生に御子ちゃん…」
「なんか、男子校の野球部が全国大会に出場するんですってね」
「おめでとうございます…」
「いや、俺が出場するわけじゃないし…でもまあ、ありがとうな」
「あはは…ところで、甲子園って何?」
「……そういや、2人ともテレビとか見ないんだっけ」
 まあ、それはそれで新鮮というか、冴子のせいですさんだ心が安らぐというか。
 
「あ、有崎君」
「あ、夏樹さんにちびっこ…」
「聞いたわ、男子校の野球部が甲子園に出場するって…すごいわね」
「いや…」
「別にこの人が出るわけじゃないですよ、夏樹様」
「……自分でそう言おうと思ってたのに、他人に言われるとなんかむかつくな」
 そんな尚斗の呟きは無視して。
「夏樹様、自分で何かを成し遂げてもいない相手に、ほめ言葉をかけるのはかえってその人のためにならないですよ」
「そ、そうかも知れないけど…」
「全くの部外者のはずなのに…」
「だからわかってるって、そんぐらい。俺がえらいわけじゃないんだろ、はいはい」
「……」
「なんだよ?」
「てい」
「痛っ!」
 すねを蹴り上げられた。
「まったくの部外者のくせに、いろいろと演劇部のために骨を折ってくれたくれたあなたの行動の方がよっぽどすごいってほめてあげようとしただけですっ……べーっだ」
 そう言い捨てて、てててっと、その場から走り去る結花。
「ごめんね、有崎君、結花ちゃん、ちょっと素直になれない娘だから」
 と言って、夏樹は結花の後を追ってそこから去った。
 
「そういや……俺は俺で、野球部の連中に、おめでとうも何も言ってねえな」
 と、尚斗はグランドに向かう。
 地方新聞社の取材……というか、『写真を撮るので、部員全員で喜びを表現してください』などと注文をつけられ、それに従って部員達が飛び上がったり、帽子を投げ上げたり、グランドを全員でダッシュしたり……などの数パターンの写真を撮って、後は監督および、キャプテンのコメントを取るだけの取材は、それほど時間も取らないため、つつがなく終了したようで。
 野球部の、顔見知りの人間を見つけて尚斗が近寄ると。
 
『よっしゃーっ!』
『これで、大学推薦はもらったぜっ』
『俺の就職も楽勝だぜーっ!』
『テレビに映って、彼女ゲットだぜ』
 
 などと、新聞社の人間がいなくなったのを幸い、部員達はめいめいに喜びを爆発させており。
「……」
 尚斗は、知人に声をかけることなく背を向けた。
 
 そして一方。
「よかったですな、理事長。これで甲子園出場を名目に、寄付金をがっぽがっぽ集められますから」
「まったくだ、野球部様々というより、甲子園人気様々だな」
「ただの全国大会出場だと、寄付金にイヤな顔をする連中も、甲子園と聞くと、喜んで寄付を出してくれるらしいですから」
「くはっ、こたえられんな……まあ、適当に応援バスを送って、適当な収支表を作って父兄やOBに送っておけば、寄付金の残りは闇の中だからな」
「でも理事長、一応名目上…残りは野球部のために使ったと…それなりの設備投資は必要ですよ。九仞の功を一簣に欠くとも言いますし」
「わかってる、わかってる、みなまで言うな…」
 寄付金が集まらなくて、必要とする費用の不足分を援助してもらったり、自腹を切る羽目になったりして、かえって学校経営が傾く事もある……などと言うことも知らず、ほくそ笑む理事長と学校長。
 
「ねえ、尚斗君…なんか元気ないね」
「ん、そうかな…」
「甲子園でメガホン握りしめて、声がかれるまで応援しようね」
「……」
「な、なに?なになになに?」
「いや、麻理絵はいいやつだなあって」
「え、え?」
 なでなでなでなで。
「ちょっ、恥ずかしいよ…もう…」
「いいんだ、恥ずかしくても…」
「私が、恥ずかしいの…」
 と、顔を赤らめながらも、尚斗の手を甘受する麻理絵だった…。
 
 
             オチはない。
 
 
 いや、春の選抜大会出場校決定のニュースに、何となく勢いで書き上げてみましたが。
 多分、読んでイヤな気分になる方もいるでしょう……が、これが全てとまでは言いませんが、少なくともこういう側面は確実にあります。(笑)
 まあ、高野連の人間が単独で大会出場校のデータを出せないのと同じく、直接対戦のない別の地区の高校の戦力比較で出場校を決定する際、何を元に判断基準にするかというと、これは親しい新聞記者などから(以下略)。
 まあ、高校球児もそれは百も承知でやってますからあれですけど。
          

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