「……何か言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうですか」
「いや、何というか…」
バレンタイン公演を無事に終え、まあ一応はおつかれさんを言ってやらねば……その程度の関わりを持ったはずだったし。
まともな演劇はもちろん、学生演劇にしても実際に見るのは初めてで……もう、余計な言葉とか全部すっ飛ばして面白かった。
そりゃあ……夏樹さんを通じて、ちょっとばかし台本に関わったから、点数甘くなってるかも知れないけど。
それでも、『演劇?興味ないね』とか『演劇ってなんかつまんなさそー』なんて言葉を、今日からは吐くことはないだろう。
『お疲れ』
『さすが夏樹さんが主役に抜擢するだけのことはある』
『初めての舞台とは思えなかったぞ』
ちびっこに向かって、さてどんな言葉をかけてやろうかと色々考えていたはずなのに……どの言葉でも、賞賛を込めて心の底から伝えてやる自信があったのに。
何故か、ちびっこの頭にぽんと手をおいて。
「舞台では大きく見えたのにな…」
などと言ってしまったのは何故だろう。
世界を目指せるであろう高速タックルで転ばされ、冬の澄み切った空を見上げて尚斗は深く深く反省していた。
「お疲れ、良かったぞ……まあ、演劇の素人に誉められてもアレかもしれんが、正直な気持ちだ」
2秒ほどの沈黙。
「……言えるじゃん」
寝っ転がったまま……春は名なのみの風の寒さや、というより地面が寒い。
「むう…」
上体を起こして、あぐらを組む。
「……尻が寒い」
しかたなく立ち上がる。
何となくあたりを見渡し……もちろん、ちびっこの姿は影も形もなくて。
「……っかしーよな?」
頭の中で、もう一度再現しながら。
「ちびっこが、こっちに駆け寄ってくるだろ……見てくれましたか、とか言いながら」
重圧からの解放、きちんとやり遂げた達成感などがいりまじったのか、ちびっこの表情はびっくりするほど良い笑顔で。
「……ああ、あれがいけなかったのかもな」
考えてみれば、いきなりタックルで吹っ飛ばされてからと言うもの……顔をつきあわせればお互いに角を出し、そうじゃない時は、ひどく沈んだ表情を見せて。
ああ、こいつってこんな表情も出来るんだ……とか思った瞬間、なんか身構えてしまったような気がする。
「……なるほど、原因は見えたな」
原因さえ分かってしまえば、対処方法はいくらでもある。
失敗してもいいけど、同じ失敗を繰り返さないことが大事とも言うし。
「イメトレ、イメトレ…」
目を閉じ、さっきのちびっこの笑顔を思い浮かべて……。
「……あれ?」
今初めて気がついた……そんな表情を浮かべて、尚斗が呟いた。
「あいつって、身長はともかく、めちゃくちゃ可愛くねえか?」
女子との出会いが少ない男子校とかいう問題ではなく、尚斗の心のランキングの上位から順に思い返し……その上で、『会話をしたことかがある』などの親密度チェックを通してみると。
「え、なに…俺って、ちびっこが可愛いから緊張したわけか?」
つまり、さっきのアレは、まるっきりガキっぽい照れ隠しの一種…。
「……って、アホか俺は」
なんとなくその場でじたばたし、なるほどこれが地団駄を踏むというやつか……などと納得してから大きな大きなため息をつき、空を見上げた。
「気付くのおせーよ、俺」
今日は2月14日。
明日からは、プレハブ校舎で野郎による野郎だけの日々が繰り返されるってのに。
そうだよな、元々は女子校の生徒とお近づきになるチャンス……とか浮かれてたはずなのに、いつの間にか夏樹さんやちびっこの事が放っておけなくなって、いっぱいいっぱい関わって……気がついたら、1ヶ月過ぎちまった。
「……で、これがオチか」
ため息をつきながら、泥と埃に汚れたズボンをぱんぱんと叩く。
「アレだな……運命の女神には、前髪しかないってやつか」
通り過ぎてから気付いても手遅れよって話で。
「……長く見えたけどな」
ちっちゃな頭の両サイドを飾る赤いリボンを思い浮かべながら……尚斗は、もう一度ため息をついた。
「いやいやいや…まだ、今日は終わってないし」
通り過ぎた運命の女神の前に回り込めばいいだけのこと。
「ああっ、何でですかっ……あんなのいつものことなんだから、軽く流せば良かったはずなのにっ」
両手でぽかぽかと頭を叩き。
「第一、冷静に考えれば『舞台では大きく見えた…』は誉め言葉じゃないですか」
存在感のある役者は決まって大きく見える……有名な格言だ。
「それで、『よく頑張ったな…』という意味合いで頭に手を置いた…」
そうそう、そうに決まってます……と、何度も何度も頷き、結局自分をごまかしきることが出来ずに、結花はため息をついた。
それでも、あれは誉めてくれたのだ。
夏樹様をのぞけば……ひょっとすると演劇部の誰よりも自分のつらさを理解して、くじけそうになる心を支えてくれて、夏樹様との間にできかけた溝を埋め、最終的には、夏樹様も、自分も救ってくれた。
「……ま、本人にその自覚があるかどうか怪しいですけど」
台詞とは裏腹に、結花が柔らかく微笑む。
何の見通しもなく、どちらかと言えば行き当たりばったりで、スマートさのかけらもなく……ただ、なんとかしてやりたいという気持ちだけで、どんどん関わってきて。
「一見格好悪くても……あの人はそこがいいんです」
自分の言葉でありながら、それに同意するように結花はうんうんと頷く。
「……って、こんなことしてる場合じゃないですっ」
そう、今日は2月14日。
演劇部的には大忙しの日だが、男子校の生徒は今日でお別れ。
1ヶ月でできあがるモノなのかしら……と首を傾げたくもなるが、今日を最後に男子生徒は男子校に舞い戻り、明日からは女子による女子だらけの日々が繰り返されることになるわけで。
「……あれから、あの人と会うことは二度とありませんでした……なんて事にならないためにっ」
結花が制服のポケットから小さな箱を取り出して。
一見義理チョコ……だが、ラッピングは結花自らの手でやり、中身は公演の準備もあったしで手作りではないが、1ヶ月分のお小遣いを全部はりこんだ〇ディバの…。
「……なんか、何のありがたみもなく、一口で食べちゃうような気もしますけど」
拒絶されたらどうしよう……という弱気が、おそらくはこうして結花を現実に引き戻すのか。
「これさえ渡せば、少なくとも3月14日にもう一度接触できます……最悪、こっちから男子校に押し掛けてもオッケーですし」
男子校の校門で待ちかまえてお返しを要求する姿を想像して、ちょっと首をひねった結花だったが、初舞台、初主役の大役を見事こなした自分に、何を恐れることがあろうか。
「さて、行きますよっ」
それを制服のポケットに押し込み、結花は尚斗の姿を求めて歩き始めた。
「ちわっス」
「あ、尚斗君」
演劇部のドアを開けると、意外というか、そこには夏樹だけがいて。
「………」
「どうかしたの?」
「いや、公演が終わった後なのに……誰もいないんですか?」
「大道具類はもう全部片づけちゃったから」
夏樹はちょっと微笑んで。
「部員の、仲の良いグループが集まってカラオケに行ったり、喫茶店で甘いものを食べたりして、それぞれが打ち上げをしてるから」
「……なるほど、大所帯ですもんね」
「うん…」
小さく頷いた夏樹の微笑みが、表情はそのままで……深くなった。
「昔は……3学年で、8人だったのにね…」
「……夏樹さんは、ちゃんとバトンを渡しましたよ」
「そうなのかな……」
「……?」
「私はただ、結花ちゃんに押しつけてしまっただけのような気がするの…」
そういう夏樹の目には、何かを懐かしむような気配が見え隠れしていて。
それを意識しているかどうかはともかく、今日の公演を終えたことでもう夏樹はOBの視線になっていた。
「……この後、仮に結花ちゃんを前面に押し出した劇を続けるなら、それは結局何も変わっていないって事だから」
「夏樹さん、ちびっこを甘く見すぎです」
「……そう言ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと複雑」
「?」
「結花ちゃんに対する尚斗君の評価が高いのは嬉しいけど…」
窓から差し込んだ夕日によって、夏樹の微笑みがますます深くなったように感じた。
「私が、完全に結花ちゃんに劣るって事だもの」
「……そういう意味に、なるんですか?」
納得がいかないような尚斗に向かって何も答えず、夏樹はちょっと視線を窓に向けた。
「さっきはああ言ったけど、演劇部に対してはもう心残りはないの……ただ」
「ただ…?」
「先輩として、結花ちゃんには何もしてあげられなかったなって……それが心残り」
「まあ、夏樹さんがそう思ってるだけで……多分、ちびっこは夏樹さんからいろんなモノをもらったと思ってるはずですよ」
「そうかしら…?」
夏樹がちらりと尚斗を見る。
「だって、夏樹さん言ったじゃないですか…『私は結花ちゃんにたくさん貰ったから…』って。多分ちびっこはそれ言われても首傾げると思います」
「……うん」
夏樹は小さく頷くと、あらためて尚斗に向き直って言った。
「色々と、ありがとう…有崎君」
『尚斗君』という呼び名が『有崎君』に変わったことに気付かず、尚斗はとんでもないという感じに首を振った。
「別に、俺は何もしてないですよ…というか、何も出来ませんでした。ただ、夏樹さんやちびっこ、演劇部のみんなが頑張っただけで…」
「……そうじゃないって、自分で言ってるのに…」
笑いをこらえるように、夏樹が口元に手を当てる。
「それで…有崎君は、結花ちゃんを捜してるの?」
「あ、わかりますか?」
照れもせず、肯定できた自分に尚斗はちょっと驚きつつ。
「うん…わかっちゃった…」
夏樹は、ただ静かに微笑みながらそう答え。
「行き違いになっても困るし、校門前に来るようにメールで呼び出しておいてあげる」
「そッスか、助かります」
「うん、じゃあね…有崎君」
夏樹は軽く手を振って尚斗を見送ると、結花にメールを送り……そして、ため息をついた。
「……初めてだったのに」
それをポケットから取り出し、テーブルの上に置くと……夕日にてらされて影が長く伸びた。
じっと見つめ、ぽつりと呟く。
「もう、尚斗君って呼べないね、きっと」
「よ、よう」
「わ、わざわざ夏樹様のお手を患わせるような真似までして、何の用ですか」
用があるのは自分の方なのに……などと、心の中で叫びつつ。
「いや、さっきは悪かったな……なんか、ちびっこの顔見たら緊張しちまって」
「緊張…ですか?」
「あ、いや…」
まずい、やっぱり緊張してる俺……などと焦りつつ、尚斗は言葉を探す。
「えっと、舞台の上のちびっこが別人みたいに見えてな…うん、すごかった」
「そ、そうですか…」
「まあ、色々あったが、お疲れさん」
このタイミングなら問題ないよな……と、結花の頭に手をのせ…
「てい」
払い落とされた。
「あ、ああのですねっ。確かにこんななりですけど、有崎さんと1つしか違わないんですから」
「そ、そうか。すまん…別にバカにしてるわけじゃないんだが、こう、絶妙の位置にお前の頭が…」
「ち、ちっちゃくて悪かったですね」
「んなこと言ってないだろ」
「言ってるじゃないですか」
「言ってねえよ…大体身長が低かろうが、成績はトップだわ、演劇部では一年で中心になってガンガン運営してるわ、運動も出来そうだし、それで可愛いなんて、どこの完璧超人だお前は」
「か、か、かかかか…可愛くて悪かったですねっ!?」
「誉め言葉だろうがよ、どう考えてもっ!?」
「可愛いじゃなくて、綺麗って言われたいんですっ」
「可愛いもんは仕方ねえだろっ」
顔を真っ赤にしながら言い合う2人。
どこのバカップルですか……と、見れば呆れるに違いない見物人がいなかったのが救いと言えば救いだが。
そして挙げ句の果てに。
「てやっ」
「うおぉっ」
などと、結花の高速タックルが炸裂したりする始末。
「おーほほほ、可愛い女の子に転ばされて、それでも男ですか」
「んだと、こら、手加減してりゃいい気になりやがって…」
「てやっ」
「おうっ」
尚斗が立ち上がった瞬間を狙い澄まして、再度のタックル……は、少々勢いが良すぎて、倒れた尚斗の上を結花が転がってしまい。
それが、ぽとりと落ちた。
「ん」
「あっ」
ポケットを押さえて、尚斗が何かを言うより先に結花が叫ぶ。
「義理ですっ!義理ですからねっ!」
「え、あ、俺に…?」
「だから、義理だって言ってるでしょっ!」
「あ、う、サンキュ…」
義理と言われても、自然と頬がゆるむのは当たり前で。
「ちょっ、ちょっと何笑ってるんですか?勘違いしないでくださいね、義理なんですからっ」
「お、おう…」
でもにやにや。
そして結花は顔を真っ赤にして『義理』を連発し。
そんな2人の側の校門のうえにカラスがとまり、大きく一声鳴いた…。
ふむ、偽チョコじゃなくて、久しぶりに原作テイストをこういうタッチで……ついでに、夏樹さんもからめると、いつもの話になってしまうわけで。(笑)つーか、去年の12月に原作をプレイしてて、内容はともかく『あれ?このキャラって、こんな声だったか?』などと首をひねりまくり。高任の中で、何かが失われつつあるような。(笑)
まあ、最初は紗智の話を書いていたんですが、こういうのであまり暗い話はアレかなあと……で、偽チョコがあれなので、意図的に明るい感じに仕上げてみました。
何はともあれ……ひーふーみー…6周年。
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