向かいの席に座る麻里絵に、紗智は確認するような気持ちで問いかけた。
「それで、今日は何の話?」
「あ、うん…その…」
恥ずかしそうに……麻里絵は、一旦テーブルに視線を落として、そのまま顔を上げずに呟いた。
「私…その、尚斗君と…つきあうことになった…かな?」
「疑問形なの?」
「あ、いや…つきあって…ます」
「へえ、ようやく」
「よ、ようやく…って」
「まあ、最初の一年は、みちろーへの喪中って事で納得してもいいわよ」
「み、みちろーくんは死んでません」
「死なせたから、尚斗とつきあえる……違うの?」
「……」
「……」
「……もうちょっと、言葉は選んで欲しい…かな」
「そーね。でもそれだと、麻里絵の場合話が進まないから」
そう言って紗智は……ようやくに、笑みを浮かべた。
「おめでと、麻里絵。よかったじゃん」
「あ……うん、ありがと…」
麻里絵は、恥ずかしそうに、またうつむいた。
「ただまあ、少なくとも2年は無駄な期間よね?」
「そ、そんなこと…ないもん」
「……何の意外性もない、決まり切った結末に向けて、ひたすらにひきのばしをはかる、人気漫画を見てるようだったわ」
「べ、別に…焦らしたわけじゃ…私なりに、頑張った…もん」
「二十歳越えて、『もん』はどうかと思うわ」
「う、うう…」
麻里絵と別れて、紗智はゲーセンというか、アミューズメントフロアにいた。
親子連れはもちろん、大人の存在そのものが珍しくなくなって久しいから、そこに紗智がいることについては何も不思議はない。
ただ、スーツ姿の女性の存在は、珍しかった。
外回りの男性サラリーマンが、息抜きがてら立ち寄ることはあっても、女性のそれはやはり珍しいというか、男性に比べて外回りの女性が少ないこともあるのだろう。
ちなみに、紗智も、麻里絵も、大学生だ。
就職協定などという言葉があったのは昔のことで、今は大学の3年から、学業もそこそこにいろいろと活動する人間も少なくない。
「おお、すっげえ」
「格好良い…」
紗智は、昔からこういった場所の常連だったが、わりと人に見られることの多い体感ゲームを好んでプレイする。
情報、経験、資金力……そして、能力。
一応、すべてそろった紗智が、こうして人目を引くのは当然であるといえたが……。
『……何よ?』
『え、えっと…その、紗智は…尚斗君のこと好きだったの…かな?』
『はあぁ?何を言い出すのかと思ったら…』
『で、でも…やっぱり…』
『みちろーは、麻里絵に惚れてたの。アタシ、自分に勝ち目があると思ったら、ひいたりはしないもの』
『……』
『くっだらないこと言ってないで、ほら、この後待ち合わせなんでしょ……お祝いに、ここはおごるから』
「……いけね」
微かなミス。
最後までプレイするのがマナーという考えもあるが、既にベストスコアが望めないプレイに固執する事に意味が見つけられなかった紗智は、プレイを中断して、順番待ちの人間にその場を譲った。
紗智が次に選んだのはガンアクション。
1人で2人プレイ。
やり慣れたゲームで、次に、どのタイミングで敵が現れるのか、すべて把握している……そうなると、もう、ゲームを楽しむと言うよりは作業に近い。
楽しんでいるのは、ギャラリーだけ……もちろん、普段の紗智なら、必要以上に銃撃をたたき込む、隠しアイテムの場所を明らかにする、などのサービスプレイを演じるのだが、生憎と、今日はそんな気分になれなかった。
淡々と敵を屠り、ステージをクリアしていく。
いわゆる、職人プレイに徹している。
「あれ、『タツジン』じゃん?」
「ん?」
紗智が、横を向いた……もちろん、銃撃は止まらない。
「誰かと思えば『ハイジン』じゃん」
「こっちの台詞…どうしたの、こんな場所で?」
「ん、ちょっと就活……っていうか、ここって、アンタのホーム?」
「準ホームってとこ」
「へえ、そうだったんだ…」
ゲーマー仲間、というか、ゲームだけの友人の1人との会話が始まる。
背後のギャラリーが慌てているが、紗智も、その友人も平然としたもので、時折確認のためにちらちらと画面に目をやって、的確な銃撃をタイミング良く撃ち込んでいく姿は、まさに神業だ。
「バックプレイ、やんないの?」
「んー、あれはちょっと挫折した…6ステージのラスボスがね、どーにもならないから」
紗智はちょっと笑い。
「アンタのクロスプレイの方が派手でしょ」
「いや、あれって、あんまり理解してくれないのよね、苦労の割に」
ステージクリアの画面で、紗智は右手に持った銃を差し出した。
「たまには、ふつーの2人プレイってやってみる?」
「そういや、やらないわね…」
と、友人がそれを受け取り。
ギャラリーは、異次元を味わうことになった。
「じゃあねー、『タツジン』」
「またね、『ハイジン』」
紗智の『タツジン』はともかくとして、『ハイジン』を名乗る友人のセンスは多少疑問に思うだろうが、『廃人』と誤解させるための『俳人』が真実であり、その名に恥じず、ゲーム以外の趣味は、俳句に、短歌という……ある意味変人でもある。
店を出た紗智は……まさに風に吹かれる木の葉のように、目的もなくさまよい出す。
本来の目的……会社の説明会は、既に終わっている。
どんよりと曇った空を見上げて、紗智はふっと溜め息をついた。
「……『タツジン』への道のりは遠いなあ…」
紗智が、その手のゲームサイトで『タツジン』を名乗り始めたのは、3年ほど前のことだ。
ギャグか、ある意味挑発行為とも受け取られかねないネームだが、ゲームの大会やオンラインによるハイスコア競争などで、紗智の『タツジン』は、好意的に認められつつあった。
麻里絵や、尚斗は、紗智がそう名乗っていることなど知らない。
『紗智は…尚斗君のこと好きだったの…かな?』
紗智の口元に、皮肉な笑みが浮かんだ。
だから、時間をかけたとでも言いたいのか。
「ただ…アンタが愚図なだけでしょ、麻里絵…」
ぽつりと、呟く。
面と向かっては、言えない。
ゲームには、裏技と呼ばれる技がある。
制作者が意図した物とそうでないもの……後者はバグと呼ばれるが、いわゆるバグによる裏技を使うのは、ゲーマーとして問題がある。
少なくとも、紗智はそう思っている……他人と何かを競い合うゲームなら、それはなおさらだ。
昔に比べて、いわゆるゲームの新作の割合は減少した。
シリーズ物、リメイク、リニューアル……0から1を作り出すのではなく、1を1.1に、もしくは0.9に(笑)して提供する方が、リスクが小さくなるからだ。
そういう意味では、アーケードにおいて、ゲーマーが、長く楽しむことのできるゲームはほぼ存在しないといってもいい。
別に楽しんでいるわけではないが、紗智がそのゲームのプレイを始めて……もうすぐ、10年になる。
ルールは至ってシンプルだ。
それだけに、難しい。
紗智は、再び口元に皮肉な笑みを浮かべて呟いた。
「…『トモダチ』だものね…」
そして、『タツジン』は……また、歩き始めた。
完
紗智って、バッドエンドが似合いますよね。(高任的には、最高の誉め言葉)
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