「みさきちゃん。今朝一緒に歩いていた人だあれ?水くさいんだから・・・。」
 高校生になってはや1月。
 クラスもクラブも同じで一番の友達だと思っているみさきが、自分も知らない格好いい人と歩いている姿を目撃して少々裏切られた思い。ずいぶん親しそうに話していたから自分の知らない中学の時からのつき合いかもしれないなと思いつつ、みさきに先を越されたことに弥生の心は焦りを感じていた。
 みさきはきょとんとしたまま弥生の方をみつめている。背景にはてなマークがちりばめられているほどの見事なとぼけ振りに、弥生がみさきの肩を揺さぶった。
「もう、私ちゃんと見たんだから・・。大人っぽかったから先輩なの?」
 今朝?・・先輩?・・・はて?
 みさきの眉間にしわが寄る。1人心当たりが無くもないが、『格好良い』という言葉が非常なネックになっているような気がする。
 まさかね、という風にみさきが肩をすくめる先には何かを期待するような弥生の顔がある。おそるおそる、その『格好良い』人の外見的特徴を弥生に尋ねてみる。
 みさきはそれでも信じることができずに、弥生の手を引っ張って兄のいる二年教室へと歩いていった。
「もしかして・・・あれ?」
 みさきが指さす人物を目にして弥生の目が輝いた。
「そう、あの人。・・・で、どういう関係なの?」
 みさきはとりあえず弥生のおでこに手をあてて熱があるかどうかを確かめた。弥生はみさきの行動の意味がわからずにきょとんとしている。
「・・・・・。」
 弥生の目の前にみさきが指を二本立てて左右へ揺らしながら尋ねる。
「弥生、これ何本に見える?」
「二本。・・・・みさきちゃん、何の真似?」
 みさきの首を振りながらこめかみのあたりを押さえる仕草は、できの悪い生徒に対する教授のように見えた。
 それが弥生には馬鹿にされているように思えたのだろう、(実際馬鹿にしていたのだが)弥生がみさきに対してかみつきそうな勢いで喋り始める。
「さっさと白状しなさいよお!」
「・・・あの人は小さい頃からの知り合いでね。」
 ふんふん、それで?弥生は小さな手をぎゅっと握ってみさきの顔をのぞき込んでいる。他人の色恋沙汰に興味津々な年頃であるためか、一言も聞き漏らすまいとして表情は真剣そのものである。
 弥生の表情を見てさすがにみさきも馬鹿らしくなり、からかうのも止めようと思い名前を告げた。
「・・・ちなみに名前は早川大輔っていうんだけど・・?」
「へえー、早川先輩かあ・・。」
 んっ?という感じに弥生が首をひねった。早川という名字に聞き覚えがあったのだろう。しかし、ありふれた名字だから気のせいだねとばかりにみさきの方に向き直った。
「それで?」
 みさきが手で顔を覆い、ぼそりと呟いた。
「・・・だめだ、こりゃ。」
 
「なんだ、みさきちゃんのお兄さんなんだ・・。」
 心なしか顔を上気させながらそう呟く弥生の様子にみさきは嫌な予感を覚えた。
 自分たちの教室に戻るやいなや、弥生はみさきに向かって手を合わせた。
「みさきちゃん、紹介して!」
 みさきは疲れた表情で肩越しに視線を泳がせる。予想通りの展開に自分でも腰砕けになってしまったのだろう。それでもみさきは気を取り直して椅子に座り、口を開いた。
「弥生いー、もうちょっと落ち着いて辺りを見回したらもっとましなのがいるって・・。焦りすぎるとババ掴むことになるよ・・。」
 大輔が聞いたらかなり微妙な表情を見せるに違いないみさきの発言に対し、弥生は首を振った。
「そんなこと無いよ、見ててね・・。」
 手慣れた手つきでタロットカードを繰り出す弥生を見て、みさきはうんざりした表情を見せた。やがて、弥生が一枚のカードを抜き出してそれに目をやった。
「・・・弥生?」
 弥生は自分でそのカードに見入っているようだ。弥生は小躍りするようにそのカードをみさきに見せびらかす。
「見て見て、運命の人だって。」
「あっそ、・・・じゃあもう一回やって見せてよ。」
 素っ気ないみさきの言葉に弥生は口をとがらせた。
「同じ事を何回も占うのって本当はよくないんだよ・・。」
 などといいつつ楽しそうにカードを開いていく。
 ぴらっ。
 さっきと同じ結果を示すカードに弥生は狂喜し、みさきはため息をついた。
 
「みさきちゃん、今日は何か元気がないね?」
 どきりとしながらも、みさきは何気ない風を装って答える。
「弥生の気のせいじゃない?」
 むー?とか言いながら弥生が首をひねっている。納得しかねるような弥生の表情が突然赤くなる。
「ねえみさきちゃん。お兄さん紹介してよ・・。」
 また今度ね、と体よくかわされ続けているお願いを弥生は再び口にした。
「あー、弥生?・・・・やっぱり、お兄ちゃんは止めといた方がいいんじゃないかな?」
「大丈夫、運命の人なんだもん!」
 弥生のためを思ってのみさきの発言に臆することもなく弥生は断言する。あまり、ごまかし続けていると転校のことがばれてしまうかもしれないとみさきは考えた。
 ・・転校か、昨日急に言われたからびっくりしちゃったなあ・・。
 みさきは複雑な思いで弥生の顔を見る。弥生の悲しむ顔は見たくない。
「まあ、年の功ともいうしね・・。」
「え?みさきちゃん何か言った?」
 みさきは無責任にも兄に下駄をあずけようと決心した。
 
「みさき、ちょっとそこに座れ。」
「座ってるよ・・?」
 一家団欒の夕食の場ではなく、兄妹2人が顔を合わせた台所で大輔とみさきのコメディーめいたやりとりが始まった。
「何考えてんだよ!おれたち転校するってのに・・。」
「仕方ないでしょ、断り切れなかったんだから・・。あんまり突っ込まれると転校のことばれちゃうし・・。」
 母の作ってくれた夕食を口に運びながらの会話だけに深刻さがあまりない。
「いいじゃない、弥生可愛いでしょ?何が不服なのよ?」
「可愛いから余計に・・じゃなくて、そういう問題じゃないだろ!」
「しばらくすればあの娘の目も覚めるわよ・・それまで何とか適当にやっててよ。」
 ほっぺたにご飯粒を付けたまま話すみさきの言葉に大輔はかちんとくる。
「なんだよ、目が覚めるってのは・・?」
「どんな不細工でも100メートルも離れたら二枚目芸能人と見た目は一緒になるでしょ?まあ、不細工とまでは言わないけど距離を縮めてあげたら熱も冷めると思って。」
 それを聞き大輔がみさきの大切に残して置いたおかずを横取りするにあたって、いつもながらの兄妹ゲンカが始まった。・・・基本的には仲のいい兄弟なのである。
 
 ちょこまかちょこまか。
 うろちょろうろちょろ。
「みさき・・。」
 こめかみの辺りをもみほぐしながら話す大輔の声は、ため息と間違われてもおかしくないようなか細い声であった。
「何?お兄ちゃん。」
「弥生ちゃんはあれで隠れてるつもりなのか?」
「・・・多分本人は大真面目だよ。」
 大輔は大きなため息をつくと、今初めて気が付いたというようにこちらをのぞいている弥生がいる方に顔を向けた。
「あれ?弥生ちゃんじゃないか、どうしたの?」(棒読み)
「あら、弥生?用があるならこっちに来なさいよ。」(棒読み)
 弥生は顔を真っ赤にしながら何かを呟くようにして向こうへとかけていく。その光景をぼんやりと眺める大輔とみさき。
「みさき、俺に紹介する意味ってあったのか?」
「さあ・・・?」
 自分の教室に戻ると、みさきは真っ直ぐに弥生の方へと近づいていった。
 びしっ。
「痛い、何するのみさきちゃん?」
 頭頂部の辺りを両手で押さえた弥生が涙目になってみさきの方を振り返る。みさきは黙ったままもう一撃加える。
「弥生・・・なんで逃げるのよ?逃げちゃダメじゃない・・。」
「でも・・逃げないと・・。」
 某シンジ君あたりが聞けば喜びそうな台詞だが、あいにくみさきは喜ばない。
「大体弥生は・・・」
 みさきは途中で言葉を止めた。自分が言おうとしていることが弥生にとってどういう結果をもたらすかに思い至ったためであるが、弥生は不思議そうにみさきの方をみつめているだけである。
「・・・・ま、弥生の問題だから・・。」
 みさきはそう呟いて弥生に背を向けた。
 
 出会えば話ぐらいはするものの、ただいたずらにあこがれだけを募らせていたある日。 さわやかな初夏の陽差しに誘われるようにして、とみさきと共に噴水広場へと足を運んだ弥生の目にとまった光景。弥生は隣に立つみさきの肩をがくがく揺さぶりながら必死な声で取り乱す。
「み・みさきちゃん、早川先輩の隣にいる人誰?」
 みさきはまずいところを、とばかりに顔に手を当てながら呟いた。
「・・・桂木先輩だよ、知らないの?」
「そんなの知ってるってば。なんで一緒にお弁当食べてるの?わ、何かお揃いのお弁当だよ、手作りなのかな?わっわっ・・。」
 ・・・普通お弁当は手作りだと思う。(笑)
「みさきちゃん!ほら早く!」
 回り込むようにして木の陰へと隠れる2人。みさきも口では文句を言いながら表情はノリノリである。
 親しげに会話しながら昼食を取っている大輔と綾音。初夏の陽差しを浴びた綾音の額にはうっすらと汗が浮かび、やや上気したような頬がなんとも桜色を呈して同姓の目から見ても綺麗であった。大輔の口元をじっとみつめる様は妹のみさきをして『お兄ちゃんもやるもんね・・』と呟かせるに充分である。
「この白身魚のフライは揚げたてはおいしかったけど・・・どうかな?」
「うん、おいしいよ。」
 それを聞いてきゃっ、とばかりに手を打つ綾音の仕草が何とも愛らしい。
 そこまで見物していたみさきは弥生の様子に気が付いて、しょんぼりとした弥生の手を引っ張るようにしてその場を離れた。
 弥生が教室に戻ってトランプを取り出すのを見て、みさきはため息をついた。
「・・・良かった。あの2人恋人じゃないって・・。」
「弥生・・・あんた政治家でも目指したら?」
 弥生の手がぴたりと止まっておそるおそるみさきのほうに振り返る。
「じゃあ、早川先輩と桂木先輩がつき合ってるなんて聞いたことがある?」
「知らないわよお兄ちゃんの事なんて・・。」
 面倒くさそうにみさきがそっぽを向きながら答えると、弥生は何やら頷きながらぶつぶつと呟き始めた。
「桂木先輩のあの様子からして・・・きっと片思いね。昨日見た占いにもライバルが出現?ってかいてあったし・・。」
 みさきの姿は既に教室から消えていた。つき合ってられないというところだろう。
 
「お兄ちゃんもなかなかやるじゃない。見たわよ今日の昼休み。」
 大輔はノックもせずに部屋の中に入ってきた弥生の方を振り返る。どうやら、何のことかわからないらしい。
「桂木先輩よ。お弁当作ってきてくれるなんて・・ひょっとしてつき合ってるとか?」
 ふ・ふーんと鼻をならしながらにやついた笑いを浮かべるみさきの言葉に、大輔はやっと合点がいったのか慌てて首を振った。
「ん?ああ、あれは違うんだよ。なんでも友達と交代でお弁当を作りあってたんだけど、その友達が休んじゃったんだって。それで、もったいないからって桂木さんが・・。」
 大輔の説明にみさきはあんぐりと口を開けた。
 ・・・まさか、その説明を鵜呑みにしてるわけじゃないでしょうね?
「お・お兄ちゃん。なんで桂木先輩が声をかけたかわかってる?」
「さあ、ちょうど目に付いたからじゃないの?」
 みさきが実の兄に向ける表情にはあまりに露骨なさげすみの感情が浮かんでいた。
・・・弥生、この男思ったより強敵だよ・・。
 その頃、弥生はある決意を胸に早めに眠りにつこうとしていた。
 
「弥生・・それはそんなに強火で焼いたら・・」
 心配そうな母親の声に弥生は耳を塞いだ。
「もう、お母さんはあっちに行ってて!」
 そう言った側から炊きたてのご飯をろくに手を濡らさずに握りろうとして悲鳴をあげながら床に取り落とす。その一方で卵焼きが焦げる匂いが台所に充満していく。
「弥生、あなた味見もしないで・・」
「そんな時間ないのっ!」
 嵐の過ぎ去った後の様相を呈する台所を見て母はため息をついた。その隣で父親がおかずの残りを口にして顔をしかめている。
「これは・・・愛情ではカバーしきれんだろう・・。」
 重々しく頷きながら母親が遠い目をして呟いた。
「このせいで失恋しなきゃいいけど・・。」
 
 せいいとまごころ。
 漢字で書くと誠意と真心である。
 以前もどこかで述べたような気がするが誠意と真心だけではなんとも乗り越えられない壁がある。
 つまるところ今の大輔に必要なものは努力と根性と勇気なのかもしれない。
 やはり、2日連続で昼食代が浮いた。などという心根が良くなかったのかもしれない。 まず大輔はプチトマトをつまんだ。あくまで自らを奮い立たせるためのオードブルである。そして、勇気!
 じゃりいぃ。
 砂をかむような思いとはよく言うが、まさに砂をかむような食感の鮭の切り身。
 余談ではあるが完全に炭化した食べ物を無理に食べたりすると胃痙攣をおこして入院したりすることがあるので真似をしてはいけません。
 一口毎におとずれる新鮮な驚きの数々。
 ・・・こんな驚きいらない。
 笑顔でかけていく弥生の後ろ姿を眺めながら大輔は空を見上げた。
 ・・・みさき、俺は弥生ちゃんを悲しませなかったぞ。
 みさきとの約束を守りきった充実感と違うもので胸一杯の大輔であった。
 その夜。
「お母さんあのね、私の作ったお弁当全部食べてくれたよ。」
 台所で洗い物をしている母の手がぴたりと止まった。背中を向けたままなので何とも言えないが、その顔にそんな馬鹿な、と書かれている方にはらたいらに全部。(意味不明)「ちゃんと、おいしいって言ってくれたよ。お母さんたら心配性なんだから。」
 などというやりとりが交わされていたそうな。
 
「最近先輩元気ないですね・・。みさきちゃんもそうですけど。」
 自分の顔をのぞき込む少女に大輔は視線を向けた。時折鋭いところをつく弥生の顔をしばらく眺めてから、その緊張をほぐすようにして口元に笑みを浮かべた。
「母さんがダイエットを始めてね・・。そのとばっちりを受けてるんだよ・・。」
 などと冗談で紛らわすつもりだったのだが、弥生の背筋がぴんと伸びるのを見て大輔は嫌な予感に包まれる。
「じゃあ、2人ともおなか空いてるんですか?」
「いや・・そう言うわけじゃないんだけど・・。」
 その後駅に着くまで、大輔の誠意あふれる説得が続いたのは言うまでもない。
「・・・でも、また先輩にお弁当作ってきてもいいですか?」
 未練気に大輔を上目遣いでちらちらと盗み見しながら弥生が呟くのを聞いて大輔はゆっくりと首を横に振った。弥生の顔が悲しみの表情を浮かべるのより早く大輔がにっこりと笑った。
「弥生ちゃんの可愛い指が傷だらけになるのは嫌だからね・・。」
「し・失礼します。」
 顔を真っ赤にして駅の改札へとかけていく弥生の後ろ姿を見送りながら大輔はため息をついた。
 一応は大輔の本心でもあるのだが・・。
 
 こんこん。
「開いてるよ・・。」
 幾分神妙な顔つきで部屋の中に入ってきたみさきを見て、大輔は向かっていた机から椅子を回転させた。
「どうした、弥生ちゃんのことか?」
「うん・・このままでいいのかな、って・・。」
 みさきは勢いよくベッドへと腰をおろしながら呟いた。実際に転校する日まで後一週間足らずとなり、いろいろ考えるところがあったのだろう。難しい顔をしている。
「お兄ちゃんは転校のこと黙ってて平気なの?」
「・・・そうだなあ、何人かにはなじられるかもしれないな・・。」
 大輔は俯いてしまったみさきに気が付いて慌てて言葉を付け足した。
「みさき、俺が黙っていたのは俺自身の判断だ。だから、お前が気にすることは無いんだぞ・・。」
 みさきはそれには応えず、膝を抱えるようにして小さく座り込む。
「・・・お兄ちゃんから伝えてくれない?」
「・・・本当にそれでいいのか?」
 微かな沈黙を破る大輔のキツイ口調に、みさきは背中を丸めた。
「・・うん、それじゃダメだよね・・。」
 大輔が満足そうに軽く頷いたのを見てみさきが初めて笑みを見せた。弛緩した空気の中でみさきの笑みが悪戯っぽく変化する。
「ところでお兄ちゃん。正直弥生のことどう思ってるの?」
「・・弥生ちゃんの手作りのお弁当を笑顔で食べられるぐらい大事に思ってるよ。」
 そこで一旦大輔は言葉を切ると、机の上の紙包みに手を伸ばした。
「ちなみに手作りクッキーだが・・・食べるか?」
「絶対いらない!」
 弥生の親友にしては容赦のない発言である。
 
 目の前のみさきの姿が前ぶれもなく揺れて見えた。無意識のうちに紡ぎ出される言葉はまるで他人のように頼りない。
「・・・嘘だよね?」
 言葉というものは他人とのコミニケーションをはかる道具である。しかし、その言葉を口にする本人が信じていない言葉ほどむなしく響く。
 無論、弥生のその言葉はみさきの心にも重く響いた。
「なんでっ・・・・」
 みさきの表情が弥生の言葉を封じた。
 弥生にとっては親友のみさきが遠くへ離れるだけであるが、みさきにとっては弥生をはじめ、住み慣れた街、学校、全ての友達・・・それら全部を手放すことになるのだから、悲しくないわけがないのだ。
「手紙・・出すね。」
 絞り出すように弥生が呟く。離れてしまえば終わりというわけではないのだから・・。
 目尻の涙を拭いながら弥生とみさきが笑いあう。しかし、会話の途中で何かに気が付いたように弥生の指先が静止した。
「・・・みさきちゃん、じゃあ先輩も一緒に・・」
 顔色を変えて駆け出していく親友の後ろ姿を見送りながらみさきが空を見上げた。
「弥生ったら・・・ちょっとお兄ちゃんにやきもち焼いちゃうな・・。」
 
「みさきちゃんと私は離れても親友です・・でもっ・・」
 ぎゅっと握りしめられた小さな手が何とも痛々しく大輔の目に映った。
「私と先輩はどうなんですか?・・・わたしは先輩のことが好きです。先輩は・・?」
 大輔の指先が弥生の涙を拭う。しかし、拭う後から止めどもなくあふれてくる涙に大輔はある種の感動を覚えた。自分によせられたこれだけの純粋な思いに正直に答えてやらなければという気持ち。
 妹の大事な友達に結果として悲しい思いをさせるかもしれない・・。大輔は心の中でそっとみさきにわびた。
「俺も弥生ちゃんのことが好きだよ・・。最初は目の離せない妹みたいな感じだったんだけど・・。いつからかな・・そう思いだしたのは。」
 大輔の気のせいかもしれないが、指先で拭い続けている涙が熱い涙へと変化したように感じた。信じられないといった表情で自分をみつめる弥生の頭を軽く撫でてやると、弥生は目を閉じてその感覚に身を任せた。
「嬉しい・・・夢じゃないんですね・・。でも・・」
「弥生ちゃん・・・二年はやっぱり長いかな?」
 大輔の言葉の意味が分からずに、弥生はきょとんと大輔を見つめている。
「高校を卒業したらこっちに戻ってくるよ・・。」
「本当ですか・・?」
「ああ、約束するよ・・。」
 
「お兄ちゃん、本当に弥生に何も言わないつもり・・?」
「ああ、びっくりさせたいからな。」
 みさきは肩をすくめてため息をついた。一時的とはいえ一年ぶりに弥生に会えるというのに兄の素っ気ない態度はどうだろう?
「ま、いいわ。お兄ちゃん、私の分も弥生によろしく言っといてね・・。・・・柳沢先輩にもね・・。」
「ああ、・・・そういえば柳沢のやつもインターハイに出場を決めてたな。まあ、中学の新人戦の時のように返り討ちにしてやるけど・・。」
 地区全体のレベルが低かったとはいえ、一年足らずで地区代表に選ばれた大輔の努力はみさきが一番知っている。大輔がなぜ中学の時テニス部を辞めたのか当時のみさきにはわからなかったが、今では何となく見当がついている。
 上手すぎる人間は時として集団から疎外されるのだ。おそらくその影響が自分に及ばないように中学にあがる直前にテニスを辞めたのだろう・・。
「お兄ちゃん・・。」
 大荷物を抱えた大輔の瀬にみさきが声をかけた。
「女子部の面倒見なきゃいけないから応援には行けないけど・・どうせなら勝ってきなさいよ。」
「・・・そんなに甘くはないよ・・。」
 
 インターハイの補助員として青空高校の幾人かが割り当てられていて、その内の1人に弥生も入っており忙しく働いていた。照りつける陽差しの中、試合に集中するのは大変である。
 試合開始の直前になって、サーバーにボールを渡そうとした弥生の動きが止まった。
 ・・え?どうしてここに・・?
「弥生ちゃん、ボール。」
 記憶とは違った真っ黒な顔と記憶通りの懐かしい声。
「つもる話はこの試合の後でね・・。」
 大輔は弥生の手から直にボールをとってサービスラインへと歩いていく。
「どうして教えてくれなかったんですか?」
 大輔はにやりと笑いながら振り向いた。
「なかなか言い出せなくて・・。」
 
 
 

 なんか、ラストで台無しって感じですね。(笑)ただ、弥生って引っ越しをみさきから聞くからちょっと展開が違うじゃないですか。だからあの最後の台詞を無理矢理詰め込んでやろうとしたらこうなったりするんですわ・・・。ただ、インターハイでボールボーイがつくことは無いような気がするけど黙ってればわからないよね。(笑)
 しかし、シリアスではかけませんでした。それとこの話は珍しく主観がヒロインになってないお話です。どうしてもこういうキャラの傾向というものがつかめないためにこうなったのですが、いっそのことずっとコメでいく方が良かったかも・・。
 まあ、ファンの人には申し訳ないですがあまり思い入れが無いのがわかってしまう文章ではないでしょうか?
 初めてプレイしたときには、綾音のお弁当イベントの翌日に弥生のお弁当事件が起こったせいでよからぬ想像をしてしまいましたが、展開的には気に入ったのでこのお話にも採用した次第です。しかし・・・味見はして欲しいな・・。
 ところで、胃痙攣の話は精神的な作用が働いて引きつけをおこしやすいということであり、物体が直接効果を及ぼすわけじゃないです。
 ついでに私の体験談でもないよ。(笑)

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