兄、そして妹12人、両親は不在。
 総勢13人の家族が住む家に1人のエトランゼがやってきたのは、桜の花が咲き始める3月の末のこと。
 
「では、みんな……」
「いただきまーす(*12)」「……いただきます」
 最初は信じられなかった妹が12人という状況だが、ごく普通の感性を持つ眞美は4月になってもその状況を信じることができていなかった。
「……12人?……何か年齢も計算合わないし…でも、顔は同じだし(笑)」
「……お口に合わなかったですの?」
「え?う、ううん、おいしい、すごくおいしい!」
「よかったですのー」
 お代わりでも何でも持ってこーい……ってな感じで朝食をスピーディに口に運ぶ眞美をみて、白雪は心の底から安心したように胸をなで下ろす。
 そんな白雪に愛想笑いを返しながら、眞美は円卓の騎士を思わせる円形のテーブルをずらっと囲む妹達12人の壮観さにため息をついた。
 ふと、眞美の向かいに座る鞠絵と目があった。
 やはり愛想笑いを返すしかない。
 何というか、しばらくは居心地の悪い思いをしなければいけないのだろうな……と思っていたのに、次の日には実にナチュラルに受け入れられている自分がいて、違う意味で居心地が悪かった。
「コフッ、コフッ……」
 鞠絵が少しせき込んだ次の瞬間、鞠絵の身体は渉によって抱きかかえられている。
「……こんせんとれーしょん?」
 意味は分からないが、無意識にそんな言葉を呟いてしまう眞美。
 渉の指示を受けて残りの妹達がてきぱきと行動を開始するのを見ていると、眞美は自分一人が阻害されているような思いを抱き、それは仕方のないことなのだとも思う。
「眞美ちゃん……」
「は、はいっ!」
 慌てて立ち上がった。
「ごめん、千影と一緒に鞠絵の様子をみててもらえるかな?俺、今日はどうしても抜けられない用事があって……」
「あ、それは何でもします……」
 自分は居候……その意識だけは常にあった。
 そうやって恐縮されると、眞美は反対に困ってしまう。
「じゃ、千影…何かあったらすぐに携帯に連絡を…」
「やだな、兄くん……携帯なんか無くても、念を飛ばせばいいじゃないか」
「い、いや……念はやめてくれるかな?確実に受け取れる自信がないし…」
「つれないね、兄くんは……でも、兄くんがそういうなら」
 そう呟いてちらりと眞美を見る千影。
 眞美がこの家に来て1週間が過ぎたが、今ひとつ性格がつかめない1人である。
 
 安らかな寝息を立てて眠っている鞠絵……時々寝息が聞こえなくなるのでその度にどきどきしながら眞美は手のひらを口元に近づける。
「くす…」
 千影に笑われた。
「あ、何か心配になっちゃって……」
「小さい頃の鞠絵はおてんばで、でも寂しがり屋で……いつも兄くんの後を追いかけるようにして走り回っていたんだ…想像できるかい?」
 あまり日に当たらないせいか、色白を通り越して透き通るような肌をした少女。
 眞美は小さく首を振った。
「いつもいつも兄くんを独占しようとするから……可憐や咲耶がやきもちをやいてよくケンカしてたことを思い出すよ」
「……千景さんは?」
 千影の顔に陰がはしった。
「……子供だったからね。まさかあんな事になるとは」
「な、何をやったんですか?」
「眞美ちゃんは……黒魔術を信じるかい?」
「し、信じません。信じたくないです!」
「……軽い冗談さ。そんなことをすれば兄くんが悲しむからね…」
 この人は決して敵に回すまい、そう決心した眞美に向かって千影は薄く微笑んだ。
「賢明だよ、それは」
「……」
 黙り込んだ眞美を気にする風もなく、千影は音もなく立ち上がると、鞠絵の首筋に軽く右手をあてた。
「……私は自分の部屋に戻ることにするよ」
「あ、アタシみてますから……」
「……心配はないはずだけど、もし何かあったら念を飛ばしてくれれば…」
「飛ばせません!」
「そうかい?じゃあ、壁を2回叩いてくれるかな?」
「あ、どちらの壁を?」
 右と左を交互に見たが、千影は静かに首を振った。
「床でも天井でもどこでもいいよ……」
 そして千影は部屋を出ていったが、あまり深くは考えないことにした。
「それにしても……」
 あらためて部屋の中を見渡すと、凄い本の数だった。
 というか、小さな本屋さんなら対抗できそうなぐらいの種類と数。
「……まさか、全部読んだわけじゃないよね」
「読んでますけど?」
 慌ててベッドに向き直った。
「ついててくださったんですね、眞美さん」
「あ、アタシだけじゃなくて…」
「千景ちゃんでしょ……お礼を言われるのが照れくさくて、いつも私が目覚める頃になると姿を消しますから」
「は、はぁ……」
 家族なのだろう…眞美はそう思った。
 そう言えば、こうして鞠絵と話す機会は初めてだったような気がした。もちろん、この家の人間については知らないことだらけと言ってもいい。
 何というか……妹が12人ということに目を奪われすぎていたような気がする。
「……でも12人」
 とにかく、何でもいいから自分を納得させる言い訳を考えなければと思う。
 下宿と考えてみたらどうか?
 管理人はもちろん渉さんで、他の12人はそれぞれ……
「あ、あの眞美さん?さっきから何をぶつぶつと?」
「え、声に出してた?」
「何やら意味不明の言葉だったので理解はできなかったですけど……」
「あ、いい、理解しなくて。……納得するための自己欺瞞に過ぎないから」
 鞠絵はただ控えめに微笑んだ。
 その笑顔に、かつておてんばだったという面影は残っていない。
「眞美さんは…ここの生活に少しは慣れましたか?」
「慣れるって言うか、それ以前に何もかも納得いかないって言うか……」
「……そう言えば、眞美さんはどうしてこの家に?」
「……」
「……」
 眞美と鞠絵は、まるで恋人同士のように見つめ合った。
「……渉さんから何も聞いてないの?」
「今日から一緒に暮らすから仲良くね、とは聞きましたが?」
 眞美は壁に額をゴンゴンとうちつけ、ぶつぶつと呟き始めた。
「……変だ、やっぱりこの人達どこか変だ」
 音もたてずにドアが開いて千影が顔を出した。
「私を呼んだかい?」
「あら、千景ちゃん。今日はありがとう…」
「……大したことじゃないさ」
 頬のあたりを少し赤らめた千影は、壁によりかかった眞美を見てため息をついた。
「少し驚いてしまったよ……でも、何もなくて安心した」
 そしてドアは再び閉じられた。
 
「……そうですか、お父様が」
「どうも、天涯孤独ってことらしくて……藁にもすがるつもりでやってきたんだけど、まさかこうあっさりと受け入れられるとは…」
 頬のあたりを人差し指でひっかきながら、眞美は淡々と話した。
「ごめんなさい……つらいことを思い出させてしまって。兄上様がお話にならないって事はそれなりの理由があるはずだとわかっていたのに」
 困ったように俯いてしまった鞠絵に対して、眞美は慌てて手を振った。
「あ、いいのいいの……まあ、早いか遅いかってだけで人はいつか死んじゃうから」
 肩肘を張り、喪主としてたった1人で全てを片づけてきた。
 遺産も何も無しに、さてこれからどうしようと思ったときに届いた一通の手紙。同封されていた父の手紙を読んで泣いたのは遠い過去だったような気がする。
 話題を変えようと思い、眞美はこの家について聞いてみた。
「この家って面白いよね……なんかぐるっと円い形に部屋が並んでて」
「お父様とお母様がお仕事でこの国を出るときにあわせて完成したんですよ…」
「なんか十角館みたいだよね…」
「あ、推理小説好きなんですか?」
「……っていうか、ミステリー以外読まないけど」
「四葉ちゃんと気が合いそうですね……」
「予想通りというか何というか…」
 とそんなことを話していると、鞠絵が再び咳きこんだ。
「鞠絵さん!」
「あ、大丈夫です……心配は…」
 呼吸音があまり大丈夫そうじゃなかったので、眞美は慌てて壁を二回叩いた。
「呼んだかい?」
 あまりの速さを突っ込む余裕もなかったが、鞠絵を指さすと事情を察したらしい。
「大丈夫かい、鞠絵?」
「ちょっと……大丈夫…」
 そう呟く鞠絵の顔は少しずつ色が変わっていく…
「大丈夫じゃない!チアノーゼ、チアノーゼが出てる!」
「詳しいね、眞美ちゃん……」
「千影さん、そんな落ち着いている場合じゃ…」
 千影は小さく微笑むと、鞠絵の身体をぎゅっと抱きしめて耳元で何かを囁きだした。
「胸部を圧迫したら駄目だってばあっ!」
 しかし、小さく微笑んだ鞠絵の呼吸が落ち着くと共に顔色も正常に戻っていく。
「……どういうこと?」
 安らかな寝息をたて始めた鞠絵を指さし、眞美は千影を振り返った。
「寂しがりやなのさ鞠絵は……身体を弱くしてから、この時期になると時々こういう症状を起こす」
「……」
「……つまらない昔話を話そうか?」
 千影はそう言って、遠い目をして語り始めた。
 
「あにうえさまぁっ」
 両手を広げた渉に向かって飛び込んでいく鞠絵。
 それに遅れるようにして咲耶、衛のタックルを次々に食らって倒れる渉。
「あたた……みんな、元気にしてたかい?」
 後頭部をさすりながら立ち上がる渉の身体にしがみついたまま、鞠絵達は離れようとしない。
「お兄様、どうして私達が離ればなれに暮らさないといけませんの?」
「父さんと母さんが仲直りするまで我慢して、ね、咲耶」
 内包していた諸問題が噴きだし、家庭崩壊の危機にさらされていた頃の話である。
「お兄ちゃん。お父さんとお母さん……どうしてケンカしてるの?」
「あ、それはね」
 何故か渉は嬉しそうだった。
 そんな渉の背後でふんわり巻き毛と黒いリボンが見え隠れしている。
 やがて恥ずかしそうに、それでいて礼儀正しくぺこりと頭を下げた少女を見て可憐はため息をついた。
「あの、白雪ですの……よろしく」
「……と言うわけで、母さんが」
「よろしく、白雪ちゃん。年はいくつ?」
 両親の思惑はともかく、子供達はごく自然に新しい家族を受け入れる。慣れてしまっているのだ。(笑)
「あにうえさま……もうすぐ私の誕生日」
「うーん、そうなんだよね……」
「フフ、父さん達はほっといてみんなで集まればいいじゃないか……」
「でも…」
 寂しそうな表情を浮かべた鞠絵に、千影はそっと囁いた。
「……鞠絵、いいことを教えてあげよう」
 そして鞠絵の誕生日の前日。
 父と母の元に『仲直りしなきゃ家出する』という鞠絵から手紙が届き、鞠絵を預けていた家からは、日が落ちても帰ってこないとの連絡があった。
「あなた…どこにもいないわ」
「子供の足だ…渉、心当たりはないのか?」
「よく遊ぶ場所はこれで全部……」
 鞠絵の隠れそうな場所を知らないかという理由で、渉と千影が両親の側についていた。
 4月とはいえ、夜の寒気は肌を刺す。
 ましてや鞠絵はまだ小学生である。
 近所の大人達を巻き込んでの大騒ぎの中、何故か千影だけは落ち着いていた。しかし深夜を過ぎる頃になると、千影は困ったように渉の服を引っ張った。
「兄くん……頼みがあるんだ」
 そうして千影は、ポケットから取りだしたイコンを渉の顔に近づけた。
「これを鞠絵と思って話し掛けてくれないか?」
「え?」
「鞠絵、道に迷ってしまってるかも知れないから」
 
「……どこに隠れてたかは知らないけど、見つかったとき鞠絵はブルブル震えていてね。それでも、父さんと母さんの前ではっきり言ったよ」
 千影は一旦言葉を切り、ベッドで眠る鞠絵に優しい視線を向けた。
「家族は仲良くしなきゃいけないって……」
「……いい話じゃないですかぁ。アタシ、こういう話に弱くって……」
 眞美は手の甲で目元の涙を拭った。
「……でも、それが病弱なのと何か関係が?」
「さあ、あれから身体が弱くなったのは確かだけどね……恐かったと思うよ。この時期になるとそれを無意識に思い出してしまうぐらいだから」
「え?」
「いや、何でもない……ただ、鞠絵は自分の身体が弱いことを恥じてはいないはずさ。むしろ誇りに思っているんじゃないかな?」
 千影は鞠絵の額の汗をそっとタオルで拭いてやり、そして眞美を見た。
「あ、アタシみてます」
「そうかい?じゃあ、頼むよ……」
 千影が出ていくと、眞美はあらためて鞠絵の顔を見つめた。
「家族は仲良く……か。天涯孤独のアタシは……どうしたらいいのかな?」
 鞠絵は何も答えず、ただ静かに微笑んでいた……
 
 
                   影向(ようごう)の章 完
 
 
 ちっ、本気で資料をよこしてきやがるとはな。当方に迎撃の覚悟完了だぜコンチキショー……って言うか、今まで書きためてた話を書き直すことに。なんか、情報が多いと想像の翼も膨らむっていうか、某ギャルゲーのおかげで精神がノリノリなので自分の書いた話が許せなかったというか。(爆笑)
 なんていう内輪ネタはともかくとして(内輪しか読まねえ気もしますが)……何というか、ゲームとアニメと雑誌の設定がこんなに違うとは思ってもいませんでした。
 なるほど……ゲームとアニメの亞里亞の人気はアレでしたが、雑誌ではこんな感じで人気がグレイトなわけなのか……などといろいろ楽しい部分も発見したのでそれはそれで良し。(笑)
 鞠絵がメイン、千影がサブのつもりだったのですが……はてさてどんなものやら。
 影向(ようごう)ってのは、まあ宗教用語みたいなものなのであまり深く考えない方がいいかと。(笑)元々キャラの誕生月で話を分け、4月、5月などと芸のない話を書いてたのを根本的に書き直すにあたってタイトルも変えてしまおうといらん悩みを抱えた挙げ句こうなったと言うだけの話ですんで。

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