「あにぃ、競争しようか?」
「かまわないが…無理するなよ。」
「大丈夫だって……」
 と言い終えるより先に、衛は兄を残してスタートする。
「あっ、ずるいぞ衛。」
「ぼやぼやしてるあにぃが悪いんだよ。」
 人の間をぬうようにして見事な滑りを見せる2人の会話は、声をのぞけば兄弟として間違われそうだ。
 衛の後を追いかけていた兄の速度が急に高まる。
「衛!」
「え、何?…うわっ!」
 兄に抱きかかえられるようにして、目の前で転んだ人間の脇を滑り抜けていく。
「危なかった……」
「人も多いしな。競争はやめとこう。」
 ぽんぽんと衛の頭を叩く大きな手。
「しかし、衛もスケートが上手くなったな。」
「スケートだけじゃないよ…。」
「そうだな、衛は体を動かすのが好きだから。」
「そりゃあ……」
 衛はその先を言いよどんで目を伏せた。
 幼い頃の想い出。
 一緒に走り回る弟が欲しいと母にせがむ幼い兄の姿。
「ねえ、あにぃ。」
「ん?」
「ボクとあにぃって兄弟みたいに見えるかな?」
「うーん、衛はボーイッシュだけど可愛いからな。そんなことはないんじゃないか?」
 複雑な感情が衛を襲う。
「あにぃは…弟が欲しいなんて思ったことない?」
「小さい頃はそういう時期もあったよ。でも今はそんなこと考えたこともないな。衛みたいな可愛い妹にも恵まれたし。」
 額をツンとつかれて衛はとまどう。
「衛は弟が欲しいのか?」
「ううん、そんなことない。あにぃがいればそれで充分だよ。」
 ぽんと衛の頭が軽く叩かれる。
 照れたように兄を見上げる衛。
 ふたりは再び氷上の上をゆっくりと滑り出した。
 
 
                    おしまい

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