ぴんぽーん…。
「はい…?」
 寝ぼけ眼をこすりながら、がちゃりと扉を開けた瞬間、騒音条例に接触事故を起こしそうな大音響がこだました。
「おにいたまー!」
 小さな身体に持てるだけの大荷物を背負い、無邪気に笑うその頭に赤いリボンが揺れている。
「やあ、雛子。どうしたんだい、今日は?」
「あのね、今日からおにいたまと一緒に暮らすのー。」
「そうなんだ…。」
 にこにこにこ。
 にこにこにこ。
 雛子の笑顔に負けないように、兄もまた笑い返す。
 だが、やがてその発言に意味に気がついたらしい。
「な、なんですと?」
 驚きからか、つい乱暴な仕草で雛子の肩を揺する。
「おにいたまは…雛子のこと嫌いなの?」
 子供特有の、速すぎる論理展開だった。
「そ、そんなことあるわけないじゃないか。」
「だったら雛子とおにいたまは両思いだから平気なのー。」
 兄の手にぶら下がるようにして、キャッキャッとはしゃぐ雛子。
「すまない雛子、おにいたまにもわかるように説明して欲しいんだけど?」
「んみゅ?」
 おにいたまはわけの分からないことを言っている?という表情で雛子が首を傾げていた。
 
「はい…まあ、そう言うわけなので今日はこっちに泊めようと思います。」
 自分の腕をぎゅっと握りしめたまま眠っている雛子を起こさぬよう、兄は小さな声で雛子の家に連絡を入れ終えた。
 プツッ。
 電話を切り、泣き疲れて眠った雛子をの顔を見つめて兄はため息をつく。
 最近忙しかったからな、という思いのままそっと雛子の髪を撫でた。
 今は一緒に暮らせないことなど、雛子自身、百も承知なのだ。
 そんなわがままを言うまで寂しい思いをさせてしまったことに罪悪感を感じ、兄は小さく謝罪の言葉を口にする。
「ん…ん…」
 もぞもぞと雛子の身体が寝返りを打つ。
 そしてベッドに押しつけた方の瞳から、一滴涙をこぼした。
 
 
                       おしまい

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