「今度の誕生日には何が欲しい?」
 息子に向かってプレゼントは何がいいか尋ねる父親。
 こんな家庭、日本全国に1割もありゃしねえよ!などという荒んだ意見はともかくいい光景である。
「何でもいいの?」
「ああ、父さんに任せておけ。」
 力強く胸を叩く父親と、嬉しそうに両手をあげる息子……ますますもっていい光景である。
「じゃあ、妹が欲しい。」
 父親は微かに眉をひそめ、隣の部屋で母親に抱かれて眠っている娘と、それに付きそう3人の幼い娘達に視線を向けた。
「妹ならもう可憐に咲耶に千影に鞠絵に……」
「もっと欲しい。」
 父親の説明を遮るようにして、力一杯断言する息子。その意志の強さを現すように、瞳がキラキラと輝いている。
 父親は、隣の部屋の妻をやたらと気にしながら、声を潜めて息子の耳に囁く。
「詳しくは言えないが、お前には既にもう1人妹がいてな……」
 どうも、このあたりからいい光景ではなくなっていくのだが、崩壊の危機を抱えているとはいえ幸せそうな家庭風景には変わりない。
「……どこにいるの?」
 無邪気な仕草できょろきょろと部屋の中を見渡す息子の肩を、父親はがっしりと掴んだ。
「実はその妹は魔法の女の子でな、お前がその秘密を誰かに喋ってしまうと会えなくなってしまう。……特に母さんに話すのはまずい。」
 こくりと素直に頷く息子を見て、父親は満足げに笑った。
「……いつ会えるの?」
「そうだなあ、ほとぼりが冷めた頃…じゃなくて、お前が妹みんなを立派に守れるようになったらだな。」
「じゃあ、今は会えないんだ……」
 父親は息子の頭を撫でてやり、励ますように呟いた。
「強く、優しくなるんだぞ。お前はみんなのお兄さんなんだから、誰にも悲しい思いをさせてはいけない。」
 とてててて……
 隣の部屋から、娘達がゆっくりと近づいてくる。
「おにーちゃ、遊んで…」
 と、1人が右手を掴む。
「むー…」
 もう1人が左手を掴む。
 残る1人は無言で服の裾を掴んだ。
 3人が3人とも掴んだものを放そうとしない。そんな光景を見て父親は微笑んでもう一度繰り返した。
「で、プレゼントは何が欲しい?」
「妹がいい。」
「……そうか。」
 父親はやけに嬉しそうな表情でため息をつき、ぶつぶつと呟きだした。
「息子に頼まれちゃあ仕方ないよね。これは浮気なんかじゃなくて、れっきとした家庭愛に基づく行動の一貫としてあいつも認めてくれるだろうが、それを告げずに行動するのが真の父親の姿というものだよなあ……」
 しきりに何かを納得する様に頷く父親の死角からそっと近寄った母親は、胸に抱いていた娘を息子に預けた。
「渉、ちょっと見ててね……」
 息子は、妹たちの情操教育に良くないことが起こりそうなことを肌で感じ取り、妹たち4人を連れて隣の部屋へと移動する。
 そして小さく頭を下げてからドアを静かに閉めた。
 やがて、あまりよろしくない光景を想像させる騒音が響いてきたが、妹たちはそれぞれが、兄の両腕両脚を枕にして安らかな寝息を立てていた。
 妹たちの頭を変わりばんこに撫でてやりながら、さっきの父親の言葉を深く胸に刻んだまま息子は妹たちを見守っていた……。
 
「おにーたま、雛子ちょっと恐い。」
「兄や……前が見えない…」
「そうだな、こんな人混みだと亞里亞も雛子も危ないか……」
 渉は軽く腰をかがめると、雛子と亞里亞の二人を肩の上へと担ぎ上げた。人垣の向こうが見えるようになって喜ぶ雛子と亞里亞を担いだまま、他の妹達が待っていると思われる方角へと歩いていく。
「あにぃ、こっちだよ!」
 元気のいい衛の声が聞こえてきた方に視線を向ける。
 大ぶりの木の枝に腰掛け、渉に向かって手を振っている衛の姿に軽く舌打ちする。落ちたりはしないだろうが、危ないことに変わりはない。
 渉が両肩の2人に気を付けながらやや歩調を早めたその時である。
「きゃっ!」
 人混みから抜け出てきたばかりの少女とぶつかってしまった。
 倒れそうになる少女を支えようにも両手が塞がっているため、仕方なく右足の甲を使って女の子の背中を支えてやった。
「あ、ご、ごめん。」
「いや、さすがにこの体勢は厳しいから早く……」
 自分を支えてくれている青年の有様に気が付いたのか、少女は慌てて自分の体勢を立て直して頭を下げた。
「ありがとう。おかげで……」
 顔を上げた少女の言葉が停止する。
「どうかしたの?」
 少女の表情があまりにも驚きに満ちていたので、それを見るこちらも少し狼狽する。だが、少女は我に戻ったのか慌てて手と顔をぶるぶると振った。
「ご、ごめん、アタシの勘違い。」
 少女は顔を隠すようにそそくさと人混みの中へ消えていった。その後ろ姿をじっと見送る渉の耳に、雛子と亞里亞が同時に話し掛けてきた。
「おにーたま?」「兄や?」
「あ、ご、ごめんよ。」
 渉はもう一度だけ少女の消えた方角を振り向き、軽く首を振ってから不思議そうにこっちを見ている衛に向かって歩き始めた。
「遅いよ、あにぃ!」
「あ、衛!」
 渉が止める間もなく腰掛けていた枝から地面へと飛び降りた衛は何事もなく着地を決めて、まんざらでもなさそうににこっと笑った。
「あにぃは心配性だな……」
「雛子も降りる……」
 渉の両肩に座っていた雛子もひょいっと飛び降りたが、着地でよろけそうになったところを支えられて笑った。
「クシシシ…おにいたま、ありがと。」
「亞里亞は…このまま……」
 渉はバランスを上手く取りながら3人を連れて家へとむかう。その後ろ姿を静かに追いかける存在に気づきもしないままで……
 
「ただいま……」
「お帰り、お兄ちゃん。お父さんから手紙が来てるよ、ほら!」
 玄関まで出迎えにきた可憐が嬉しそうに手紙をひらひらさせた。今度の手紙の投函先からして、今はどうやらドイツにいるらしい。
 渉が中学生にあがったと同時に、「昔なら元服だな……」と呟いて、家族のための雌伏の時代は過ぎたと宣言して母親共々仕事で世界を駆けめぐっている両親に周囲はかなりの批判を向けたが、渉はその批判を押さえ込むぐらいに妹たちの面倒を見ていた。
 少なくとも充分な生活費を捻出している両親に渉を含めた家族は不満を持っていない。
「あれ、俺宛の手紙なんだ。」
「うん、何か大事な話なのかも……」
「じゃあ、ちょっと部屋に戻るよ……夕飯は先に食べてて。」
 可憐はくすっと笑い、小さく手を振った。
「お兄ちゃんがいないのに、そんなこと出来るわけないよ。」
「じゃあ、すぐに行くから……」
 渉は慌てて自室に戻ると、ペーパーナイフで手紙の封を切った。中身は便箋一枚に写真が一葉。
「んん…?」
 おそらくは10歳ぐらいだろう、女の子が1人写っている。活発そうな雰囲気というよりはワイルドに近い。
 そして手紙には……
『知人の娘だ……よろしく頼む。……父より』
「はあ?」
 思わず間抜けな声をあげてしまった渉。それと同時に渉の部屋のドアが荒々しく開かれて妹たちが乱入してきた。
「何があったのお兄様?」「アニキ?」「兄君様?」
 自分宛の手紙を妹たちに見せても良い物かどうかしばらく迷った末、渉はともかく意味を知ることが先決だと思った。
「……えーと、四葉?」
「チェキ!」
 渉の指名を受けて、虫眼鏡のオプション付きで嬉しそうな四葉が他の妹たちを押しのけて現れた。
「何ですか、兄チャマ?」
「この手紙……なんだろう?」
 途方に暮れたように写真と便箋を四葉に手渡す。それを受け取ってひっくり返したり虫眼鏡で拡大していた四葉がいきなり涙を流し始める。
「な、何?」
「酷いです、兄チャマに婚約者がいたなんて四葉知りませんでした。まだまだチェキが甘かったです……」
「えええーっ?(*11)」
 
「可憐、鞠絵の様子は?」
「今はお薬を飲んで眠ってるから大丈夫だと思う……」
 夕飯所の騒ぎではなくなった騒動に何とか収拾がついたのは夜の10時過ぎだった。衝撃で倒れた鞠絵と、眠そうにしていた雛子・亞里亞の3人を除いた9人が居間に集まっていた。
「兄様……結局なんですのこの手紙?」
「なーんか、説明がなさ過ぎるよね……」
 白雪と鈴凛が眠そうに呟いている。
 渉はあることに気が付いたが、口には出さずに黙っておいた。
 家族宛の手紙は、いつも父さんと母さんの手による便箋が入っている事が多い。それに、わざわざ『父より』なんて記す人ではない。筆跡を見ればみんな分かるのだ。
「兄くん……どうやらお客様のようだよ。」
 1人壁際に佇んでいた千影が、そう呟く。
「え?」
 この場に居合わせた全員が耳を澄ましたのを確認して、千影はタロットカードを白魚のような指先で繰り始めた。そしてカードを一枚引き抜いた瞬間、玄関の方からチャイムの音が鳴り響く。
「ほら、ね…」
 引き抜いたカードで口元を隠し、千影は眼を細めて笑った……
 
「君はさっきの…」
 玄関に立っていた少女は、夕方に渉とぶつかった少女であった。
「さっきはごめんなさい。この手紙を探してたから。」
 少女はどこかぎこちなく呟きながら、埃にまみれた手紙の束を渉に差し出した。
「え、これは?」
 何やら廊下の向こうで取り乱す誰かを数人がかりで押さえつけているような物音がしたが、少女は全く気にならないらしい。小さく俯いて、ぽつりと呟いた。
「父の……手紙です、読んでください。」
 渉はとにかく少女を家の中にあげ、その汚れた手紙の封を切った。そして緊張した表情の少女の前でそれに目を通した。
「なるほど……」
 渉は長い手紙を読み終えて大きくため息をついた。そして、例の写真を取りだして少女に見せる。
「これ、君の昔の写真なんだ?」
「あ……おじさんにちゃんと届いてたんですね、父が心配してたんです、良かった。」
 少女はほんの少し安堵したような表情を見せた。
「……あの、聞きにくいんだけど君のご両親は…?」
 少女は何も答えず、そっと目を伏せた。
「そう、ごめん……」
 渉は1つ頷き、ドアの向こうで聞き耳を立てているだろう妹たちに声をかける。
「みんな…ちょっと来て。」
 ドアの向こうでぎくりとしたような気配があり、やがて20秒ほどおいてぱたぱたと足音が聞こえ扉が開かれた。
 渉は妹達の芸の細かさに苦笑したが、少女はいきなり現れた9人の少女達が何者なのか見当が付いていないらしく、腰が引けている。
「あ、誤解しないで…信じられないとは思うけどみんな僕の妹たちだから。」
「い、妹?」
 少女は、渉の顔と妹達の顔を交互に何度も振り返る。
 無理もないと思いながら、渉がさらにもう3人の妹が居ることを告げると少女の頬のあたりが引きつった。
 その視線は妹達の数を数えているようで、どことなく虚ろである。
「あ、あの…お兄様?」
 会話が上手く聞き取れなかったのか、咲耶が視線で『その少女は誰?』と訴えかけてきている。
「この子、眞美って言うんだけど父さんの親友の娘さん。これから一緒に暮らすことになるから……」
「えええーっ!(*9)」
 妹達の近所迷惑な悲鳴が響き渡った瞬間から、この物語は始まる……
 
                         続く(笑)
 
 
 なんつーか、あのアニメの最終回を見てどんな話を書けばいいのか見当が付かないというかなんというか……(笑)
 しかし、こんな風に書いたら最低でも12話書かなきゃいけないじゃねえか、コンチキショー!などと自分を追いつめて楽しむ年齢でもないのだが、なんとかしましょう。
 そう、いつかは何とかなる筈です……続きを書くにしろ書かないにしろ。(笑)
 ちなみに、キャラクターはともかく、家庭環境などの設定に関してはゲームやアニメを完全に無視してます。
 
 追伸 これでいいんですか、全国のお兄ちゃん?……および、ラオウさん・Kさん・D君。(笑)
 そのかわり資料よこせよ。 

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