すうーっと大きく息を吸い込んで、右手の平を口元にあてて左手に持ったメガホンを大きく振り回しながら腹の底から声を絞り出す。
「エル・オー・ブイ・イー・エム・オー・ティー・オー・ケー・オー!せ−のっ!」
 そこで一旦言葉を切ると、もう一度空気を補充して今度は両手を口元にあてて魂の叫びを発しかけた瞬間のことであった。
「うざい!」
 冷たい言葉とともに、戦士の自分から見ても十分に切れのいい原キックが俺の鳩尾を直撃した。
 鍛え抜かれた腹筋を貫通するような威力に、思わずさっきの夕食をリバースしそうになったが何とかこらえる。
「くうっ、何の飾りもない前蹴り一発とはまた通な技で・・・」
「・・・あのね、若宮君。ファンクラブだかなんだか知らないけど往来の真ん中で恥ずかしいまねしないでくれるかしら。」
 なんと、我がクラブの活動が原さんに不快な気分を与えていたとは・・・。
「・・・しかしですな、これを否定されると他にすることがないのですが?」
 原さんの表情が曇ってしまった。どうしたものだろうか?
「だいたいファンクラブって何なのよ?構成員は若宮君一人でしょ。」
「くうっ、速水の裏切りさえなければこんな事態には・・・。」
 苦渋に満ちた声は何らかの感銘を与えたのかもしれない。原さんはにこっと笑うとつかつかと自分のそばにやってきてそっと腕を組んだ。
「結局のところこんな風になりたいわけでしょ?」
 情感的な流し目に俺はくらくらとめまいにもにた感覚にとらわれたがなんとかそれを振り払い、そっと原さんの体を押しやった。
「お言葉ですが、ファンクラブというのはあくまで見守る活動であります!」
 きっぱりと宣言した瞬間には原さんの姿は目の前から消えていた。
 
 スカウトは走り回るのが仕事である。
「なあ、来須。」
「・・・・。」
「原さんはすばらしいと思わんか?」
「・・・・ふん。」
「今ならこの素子はっぴにメガホンまで付いてくるんだが?」
「・・・・」
 来須はつきあいきれんという様に走るスピードを上げた。
 その後を追おうとした自分はいつの間にか7時をまわっているのに気がついて足を止めた。
 仕事の時間は終わった、これから俺は原ファンクラブ会長の若宮康光17歳である。
 原さんの姿発見。
 すうー。
 げしっ。
「だからね、若宮君・・・」
「ま、前蹴上げは・・・前蹴上げだけは鍛えようが・・・」
 体から何かがでていくような、それでいて何かが無理矢理進入してくるような耐え難い苦痛に脂汗を流しながら俺は腰のあたりをもじもじさせた。
 その仕草を見て初めて原さんも自分のつま先が何かをこすっていったことに気がついたのだろう。顔を赤らめて困ったような表情を見せていた。
 
「ちょっと間合いが深すぎたみたいね。」
「いえ、実践としては間違っていません。」
 整備員の詰所で腰を下ろしたまま原さんと俺は会話を交わしていた。
「でもね・・・正直そんな風に見守られたって全然うれしくとも何ともないのよ。」
「・・・そうでありますか?」
 原さんは不意に悪戯っぽく微笑むと、俺の顔をのぞき込んできた。
「昨日の続きになるけど・・・本当にそういう気持ちはないの?」
「・・・善行司令から私のことについて何か聞いてはいないのですか?」
 原さんの瞳に一瞬影が走った。が、すぐにいつもの表情を取り戻すと首を振った。
「・・・別に。」
「・・・俺は年齢固定タイプのクローンです。」
 ・・・生きている限りずっと17歳を繰り返す。
「で、それが何か?」
「何って・・・?」
 原さんは大きくのびをしながら淡々と語り続ける。その口調には全くためらいや作為という物を感じさせない。
「私たちの世代でね、遺伝子操作を受けてない人なんてほとんどいないわよ。もっと前向きに考えなさいよ。17歳なんでしょ?」
「・・・・はい。」
 そうして原さんは音もなくしなやかな動作で立ち上がると、にっこりと笑ったまま俺の方を見て微笑んだ。
「でもね、若宮君って私のタイプじゃないから。大それた望みは持たないように。」
 
「らあぶりぃ、もとこぉおっ!」
「・・・こりないわね、若宮君も。」
「・・・この身長差でネリチャギとは恐れ入りました・・。」
 そんな二人のやりとりを遠目で眺めながらぽつりと精華が呟いた。
「あの二人、なんか楽しそうですね。」
「・・・そうかなあ?」
「原先輩にああいう笑い方させられる人ってあまりいませんよ。」
 若宮康光17歳。
 鉄の胃袋を持つこの男の明日はどっちだ。
 
                   完
 
 
 ま、いいか。(笑)
 しかし、若宮って弁当捨てなくていいからいいよね。彼ぐらいですよ、危険な食べ物もらって喜ぶ人間って。
 内容については特に語ることもないです。そのまんまですし。

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