「くくっ、女ってやつはどこまでも愚かだな…」
「…君は一体誰から生まれてきたんだい?」
 偏狭的な茜の高説を聞かされるのが嫌で、速水はため息をはくように尋ねてみる。
「フン、昔ならともかく今は………」
「ねえねえ、ふたりともなにをお話してるの?」
 無垢な笑顔を振りまきながらののみが2人の間に割り込んできた。
「…あのね僕達は『赤ちゃんはどこから来るのか』という世界最大の謎について話し合っていたんだよ。」
 ののみの頭を撫で撫でしてやりながら、速水はいかにも人畜無害そうな笑顔を返してやる。
「うわあ、あのねあのね…ののみもそれが不思議だったの。」
 きらきらと瞳を輝かせながら、ののみは速水と茜の服を引っ張る。そしてののみには見えないように、速水はにやりと口元をつり上げるようにして笑うと茜の方を振り向いた。
「そうだね、僕はわからないけれど茜は天才だからきっと教えてくれるよ。」
「わーい、だいちゃんありがとおっ!」
「くっ、速水…お前…」
 茜は顔を強ばらせ速水を睨んだが、速水は例の人畜無害な表情を浮かべてそれをさらりと受け流す。
「楽しみだね。」
「うん、ののみ、楽しみなの。」
 にこにこと微笑むののみと速水。
 茜は速水の悪辣さを心の中で呪ったが、ののみの手がしっかりと服を掴んでいるので、もう逃げられない。
「(女は嫌いだが…この純粋無垢な笑顔を裏切るのは…)」
 茜は内心焦りまくりながらも、表面上は平気な顔をして、ひとつ咳払いをした。そしてののみの顔を覗き込むようにして話す。
「東原、植物のおしべとめしべを知ってるか?」
「おしべとめしべ…うん、ののみ知ってるよ。」
 茜が一瞬だけ視線をあげると、そこには必死で笑いを堪えている速水の姿がある。
「速水…」
 茜が顔を真っ赤にして大きな声を出そうとした瞬間、くいくいとののみに引っ張られる。
「ねえ、だいちゃん。おしべとめしべがどうしたの?」
「そうだよ、茜。おしべとめしべがどうするの?」
 ののみの後を受けて、速水も同じように呟く。
 怒りと恥ずかしさの感情がゲージを振り切るぐらい、茜はこめかみに血管を浮かべ、顔を真っ赤にする。
「そ、その…人間の中でおしべとめしべにあたる…」
「だいちゃん、お顔がまっかだよ…ねつでもあるの?」
「うーん、さっきまで元気だったのにどうしてだろうね?」
「速水ッ!」
 ついに茜がキレた。
「あはは、続きはどうするの、茜?」
「うるさい、将来の僕の副官のくせに僕をからかうなっ!」
 ダッシュで逃げる速水を追いかけ、茜が短すぎる半ズボンの裾から白い太腿をちらつかせて疾走する。
 その場に取り残されたののみは首を傾げ、遠ざかる2人の背中を見送った。
「おしべとめしべ…?」
 納得がいかないようにそう呟くののみの右肩を、がっしりと未央の手が握りしめる。
「ののみさん、続きは私が承りましょう。」
「わ、ほんとに?」
「お任せ下さい。」
 ドンと、自分の胸を叩いて未央は胸を張った。
「ののみさんが立派な大人になるために私の持つ知識を授けてあげます。」
 そして舞台は教室へと移る。
「いいですか、ののみさん。」
 未央はカッカッと音をたてて大きく黒板に『おしべとめしべ』と書いた。
「これは世界の真実の1つです………しかぁしっ!」
 未央はいきなり黒板の『おしべとめしべ』という文字に大きくバッテンをつけた。そして新たに『おしべとおしべ』という文字を書き加える。
「おしべと…おしべ?」
「これもまた真実なのです!」
 バンッと手のひらを黒板に叩きつけ、未央は吼えた。
「いいえ、もしかするとこれが唯一の真実!大人への狭い階段を駆け上がる銀の階段と言っても間違いは…」
 どこおぉっ!
 後頭部で鈍い音が炸裂して、未央はごろごろと床に転がった。
「はーい、たかパパの登場だよ。」
 爽やかな笑顔をののみに向け、そして未央の胸ぐらを掴み、世界を叩きつぶすような表情でにらみ付けた。
「真っ白なキャンバスに真っ黒なコールタールをぶちまけるような真似をしやがって…」
「わ、私は別に間違ったことを…」
「お前さんの妄想であの子を汚す事は許さん。」
「ののみさんが立派な腐女子になるために必要な知識…」
「そんなもんいるかあっ!」
「ふたりともけんかはめーなのよ!」
 瀬戸口はあきれるぐらい穏やかな微笑みをののみに向けて安心させる。
「違うぞお、これは壬生屋と戦闘訓練の補習をしているだけだからね。はっはっはっ、じゃあ、また後でね。」
 瀬戸口はぐったりとした未央の身体を抱きかかえ、逃げるようにして教室から出ていった。
「わ、私に何をするつもりですっ!」
「お前さんの理論からすると、『めしべとめしべ』もアリって事だろ?俺に1人2人心当たりがある。」
「いやあっ、『めしべとめしべ』はいやあっ!」
 裾をばたつかせながら暴れる未央に、瀬戸口は酷薄な言葉を投げつける。
「たまには妄想だけじゃなく、『現実』ってやつを知るんだな…」
 ドップラー効果の効いた未央の叫び声を効きながら、ののみは首を傾げた。
「…めしべとめしべ?」
 ののみは腕組みをしたまま目をつぶった。
「うーん、良くわからないの…」
 そしてののみは椅子に座りながら雨漏りのシミの目立つ天井を見つめた。
「よくわからないけど…たぶん、えらべるということは幸せなことなのよ。そして、みんなが同じ願いをもってせんたくをするとき、きっと世界はうまれかわるの…。」
 ののみはほんの少しだけ遠い目をして、床の上に視線を落とす。
 そんなののみを見つめ、ブータは静かに「にゃー」と鳴いた。
 
 
                    完
 
 
 しかし、何故『腐女子』の変換が一発で出てしまうんだ〇太郎?(笑)
 まあ、気分転換をかねてたまにはこういう愉快系のお話を書かないと誰も読まなくなるだろうし。と言うか、同人誌用に考えていたネタだったんですけどね、6ページぐらいの。…でも落ちちゃったし。
 しかし、壬生屋ファンの人が怒り出しそうな話ですな。

前のページに戻る