もう時計の針は0時をまわっている。
 定められた仕事の時間はとうに過ぎて、本来なら明日のために充分体を休めなければならない時刻。
 といっても、戦況がぬきさしならない状態で士魂号の状態も思わしくない状況なら話は別だけど・・・
 九州全体としてはともかく、今熊本においては人類側が圧倒的な優勢にある。そしてパイロットの腕がいいのか、それとも整備する人との間に確固たる絆があるのかはわからないけど、士魂号はここ何回かの戦闘でこれと言った被害も受けずに素晴らしい状態を保っている。
 ・・・なのに・・・?
「・・・原主任、何をなさっているのですか?」
 よほど集中していたのだろう、背後から私に声をかけられて原先輩は身体をこわばらせながらこっちを振り向いた。『アイス・ドール』と一部で噂されているその表情が珍しくこわばっている・・・が、それも一瞬。次の瞬間にはいつもの冷たく冴えた表情をこちらに向けていた。
「・・・・見てわからない?士魂号の整備だけど・・・。」
「・・・お言葉ですが、私の担当する士魂号3号機は見ての通り素晴らしい状態にあります・・・何かご不満でも?」
 原先輩は薄く口元をゆがめると、手に持っていた工具を工具箱へと落としこんで私の方に身体ごと振り返った。
「・・・森さん・・整備にはね、完全はないわ・・・私達、整備班は常に能力の向上に努めなければならないの・・・わかるでしょ?」
「・・・はいはい。」
「・・・何か文句でもあるの?」
「整備主任としての仕事をほっぽりだしてまで手伝ってくださるのはありがたいんですが・・・それなら、二号機の整備にまわっていただけませんか?こんなこと言うのはあれですが、新井木さんが仕事をしないので整備が遅れてるんです。」
「・・・じゃあ、森さんがそちらにまわってちょうだい。今ちょうど調子の出始めたところなのよ・・。」
 目一杯の皮肉を効かせたつもりだったけど、まさか逆手に取られるとは・・。
「いえ、三号機はいつも整備している私達に任せてください。私の腕では慣れない士魂号の整備を効率よくこなすことができませんので・・・。」
 何かを射抜くような原先輩の視線が真っ直ぐに私に向けられた。
「・・・これは命令よ。」
「はい。いいえ、拒否します。職務に忠実であることを放棄させられる命令など納得がいきません。しかも、今は学兵としての時間外ですから。」
「もーりぃー、えらくなったわねえ・・」
 原先輩の氷点下にまで下がった声が響き渡ると、まわりの気温までぐんと下がったかのような錯覚に陥り、私は思わず身震いした。
 身にまとわりついてくるような恐怖心を振り払うようにして私は大きな声を出した。
「だってだって・・原先輩は速水君にいいところ見せようとして整備してるだけじゃないですか!」
「何言ってるの・・・男はこういったさりげない行動にくらっと来るのよ。」
 意外なことを、といった表情でそう呟く原先輩の態度に私のこめかみのあたりが鈍くうずいた。
「どこがさりげないんですか!そんなことされたら三号機の整備班のメンツが丸つぶれじゃないですか!お願いですからやめてください!」
「森!・・・私はねあんた達のメンツより自分の色恋沙汰の方が大事なの。さあ、忙しくなるわあ・・・くすっ。」
 ぷちっ。
「わかりました・・。」
「あら、やっとわかってくれたの?助かるわ。」
「じゃあ、うちは3号機パイロットの仕事してきます・・・朝までみっちりと!」
 そう言い残して立ち去ろうとした私の二の腕のあたりを原先輩がぎゅっと掴んだ。
「森・・・あなたいつのまに戦車技能なんか・・?」
「・・・速水君に教えて貰ったんです・・・優しく教えてくれましたよ。」
 そう言ってその腕を振り払うようにして歩きかけてふと振り返り一言。
「原先輩、気をつけてくださいね。徹夜はお肌の美容の大敵らしいですから・・・うちは元々あまり手をかけない方ですし、原先輩より若いですから・・・。」
「くっ・・・ふ、ふん。不慣れなパイロットの仕事なんかしても大して成果はあがらないわよ?」
「・・・先輩は前に言ってましたよね・・・不慣れな仕事を自分のために懸命にこなす姿にくらっと来るとか来ないとか・・・。」
「森!私に戦車技能を今すぐ教えなさいっ!」
「あらっ、整備の調子が出てきたところじゃなかったんですかあ?」
 ・・・・数時間後。
「あーっ、もう朝?」
 二人のどちらからともなく漏れ出た言葉。
 『夜を護るもの』
 ・・・ブータの長いひげが風に揺れている。
 何故だろう、何故かは知らないけれど朝日に照らされた自分たちの姿を見ると無性に泣きたくなった。
 低いうなり声のような音を立て続ける高分子モーターの回転音を子守歌にして、私とはら先輩は静かにそのまま眠りについた。
 
 
 
 基本的に会話の掛け合いだけの話・・いや、話と呼ぶのがおこがましいような一場面。
 多分、こういうシナリオに上手な声優さんと動画がつけばそれなりの形になるんでしょうが文章としては・・・?
 もちろん書いている本人としては目の前で水面下の攻防を繰り広げる二人の姿が思い浮かぶんですが・・・さてはて?
 本当は森さんの方言とかどかどか書いてみたかったんですが・・・方言がわからない。このキャラの方言はどこ?ヒントは『うち』『濁音の省略』・・・本当に九州か?
 今度吉井さんに聞いてみよう・・・でもあの人大分だっけ?

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