「・・・いにしえの力は既になく、武の技のみを今日に伝えるだけとなっても・・・」
 未央はそこで一旦言葉を切り、速水の方を振り返った。
 理解してもらおうという口調ではなかった。それでも伝えたいことがあったのだろう。
「それでも、誇りは誇りです。一族の敵であり、兄の敵である幻獣に対して壬生屋に伝わる技以外でどうして攻撃できましょうか?」
 戦闘が始まるやいなや、両手の太刀を振りかざして突撃する。
 端から見れば自殺行為かもしれないが、それ以外の戦い方を選択したとき壬生屋という一族の誇りが死ぬことになる。
「・・・壬生屋。」
「・・・真っ先に突撃して、真っ先に死ぬ。私にはそれしか芸がありませんから。」
 自然とうつむきかげんになる顔をきっと上げて、速水の目をまっすぐに見つめた瞬間、二人の間に乱入してきた人物がいた。
「フフフ・・・、先ほどあなたは『芸』と言われましたね。あなたには『芸』のなんたるかがわかっていません!」
 間違いなく場違いな乱入であり、しかも話が違う次元へと旅立っている。
「死んでしまったらアンコールに応えられないじゃないですか!それで、『芸』などとは片腹痛いですね。」
 どちらかというと、この場における岩田の存在自体が痛すぎるのであるが、速水と未央の二人は完全に毒気を抜かれており、それを意思表示できる状態ではない。
 そんな彼ら二人にできることはただ一つ。
 踊り狂いながら熱弁をふるう岩田を刺激しないようにして、静かにこの場を立ち去ることだけであった。
 
「・・・じゃあ、壬生屋には他にしたいこととかないの?」
「そんなことはありません!」
 未央の返事はやけに断言的である。
「私とて婦女子の片割れ・・・このまま死ぬのはあまりにも心残りが多すぎます。」
 未央は頬のあたりを染めてちらちらと速水の顔色を窺うように盗み見るのであるが、ぽややんな雰囲気にガードされて届かない。
 くじけそうになる心を奮い立たせて、素子から教えてもらった秘奥義を繰り出すために呼吸を整える。
「・・・?」
 いきなり大きく深呼吸を始めた未央に、速水はほんの少しだけ怪訝な表情を見せるが話しかけてはこない。
「あら?」
「え?」
 唐突な声に反応して未央の指さす方向に顔を向けた瞬間、速水の側頭部に綺麗な回し蹴りが炸裂した。
 
 気を失ってぐったりとした速水を人目に付かないように会議室に運び込んだ未央は、瞳をきらきらと輝かせ素子に声をかけた。
「原さん、これからどうすればいいんですか?」
 気のせいか、素子の顔色が悪い。
 顔は口ほどにものをいう時があるが、素子の顔には『本気と冗談の区別も付かないのか?』と太いマジックで書き殴られている。
 そりゃたしかに『いざというときは実力行使!』などとけしかけたものの、まさかこういう実力行使に出るとは思いもよらなかったのだろう。
 やがて一種の虚脱状態から脱した素子は、この事態をどう繕おうかと考えていた。
「原さん、どうかしたんですか?」
 心配そうな未央に向かって、素子は無言で未央の背後を指さした。
「私の後ろになにか?」
 未央が素子から目をきった瞬間、素子の右足がうなりをあげた。
 が、必殺の素子キックは未央の黒髪を数本宙に舞わせただけに終わる。もちろん未央が体さばきで文字通り間一髪かわしたのだ。
「ちいいっ!」
 一撃で終わらそうと思っていた分だけ力が入ったのか、重心が少し流れたところを未央が間合いを詰めて素子の右手首をつかんだ。
 そのまま流れるように背後に回り込み、素子の軸足を刈って後頭部からそのままたたきつけた。
 未央にとっては長年の修練で覚え込まされた技を身体が復唱したにすぎないのだが、素子の方はきっちり気を失っている。
「・・・えーと?」
 未央は気を失ったままの速水と素子を交互に眺めながら考えた。
 それからしばらくは突然ラジオ体操を始めたり、顔を真っ赤にしたりと大忙しだったのだが、やがて決心が付いたのか呼吸を整えて横たわった速水の側に跪いた。
 速水の頭を優しく抱え込んで、唇まで後5センチ。
 お約束通り、速水が目を覚ました。
 しばらく見つめ合う二人。
 ・・・そして、頭上から何の脈絡もなく金ダライがおちてきた。
 
 抱き合ったまま気絶している二人と素子を見つけたのは運の悪いことに滝川と新井木だった。
 速水をめぐって、未央と素子が決闘したというのが大方の意見であるが、当事者である3人が口をつぐんでいるので真実はわからない。というか、未央すらも真実をつかんでいないのだから当然である。
「嫁入り前の娘がこんな噂を立てられては・・・責任取ってくださいね。」
 にっこりと微笑む未央だが、瞳だけが真剣そのもので笑っていない。
 色恋沙汰には疎いはずの未央も、女の直感というか本能とも言うべき鋭さで獲物をがんじがらめにしていく術を知っているようだった。
 自分の勝利を確信するように未央は教室の窓から晴れた空を見上げた。
 熊本の空は初夏の訪れを告げている。
 
 
 
 女の子って怖いよね。(笑)いや、色恋沙汰に関しては女の子に限らないけど。
 これまでの人生の中で、ほぼ思い通りに涙を流せることのできる人間を二人知ってます。その1人の説明によると、目から空気を出すと涙腺が刺激されるみたいです。それを繰り返していると自由に泣ける様になるらしいです・・・って何の話をしてるんだ私は。
 巫女さんネタでも書こうかと思ったのですがやめました。
 

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