青い空、白い雲・・・そして島原湾の穏やかな内海。
5121小隊の何人かが波打ち際で歓声を上げている。砂浜の奥に目を転じれば、これまた大騒ぎしながら食事の用意をしている少年少女の姿がある。
サングラスの奥に穏やかな瞳を隠し、坂上久臣はぽつりと呟いた。
「・・・そうですね、これが本来のあるべき姿なのかもしれません。」
・・・そして久臣をはじめとした先人達が何とかして取り戻そうと努力し続けた光景でもある。
久臣自身からしてこのような時の中に身をおくのは初めての経験でもあった。それは、長らく戦乱の世が続いている証でもある。
ざっざっ・・・。
背後に近づく足音を耳にしたにも関わらず、久臣はただ静かに寄せては返す波を見つめていた。
足音の主は久臣に肩を並べるようにして立ち、独り言のような口調で話しかけてくる。
「・・・こういうのは、気に入らないですか?」
「気に入らないとはどういう意味ですか・・・善行君。」
善行は自分の眼鏡の位置を調節すると、久臣と同じく海の方角に目を向けた。
「深い意味は無いんですがね・・・勝ってる時ぐらいはこんな息抜きも許されるんじゃないですかね。」
息抜き・・・その表現が自然に出てくるところに善行達の世代の悲しみが凝縮されている。久臣はそう感じた。
「・・・君たちの世代にとって、幻獣との戦闘は既に日常なんですね・・・。」
「あなたが思うほど、子供達というのは精神的に脆弱な存在ではありませんよ。まあ、私は少しとうのたった学生ですがね。」
そう呟いて、善行はためらいがちに微笑んだ。
「・・・私が君たちぐらいの年齢の時は、自分たちに続く世代のためにもいち早く戦争を終結させようと願っていましたよ。」
久臣は自分の失言に気がついて、慌てて言葉を付け足した。
「いや、君たちがそう思ってないとか言う事じゃなくてですね・・・」
「わかってますよ。我々第6世代は価値観が多様化した世代ですからね。・・・だからこそ、こんな馬鹿げた学徒動員を冷静に受け止められるんでしょうけど。」
がんがんがん・・・。
「みんなー、ご飯だよー!」
しゃもじで飯ごうを連打しながら、ののみがありったけの大声を出してみんなに呼びかけている。
「・・・だ、そうです。」
まだ何か言いたげだった善行だったが、ののみ達食事班の方へと肩をすくめながら歩いていく。久臣はしばらくその後ろ姿を眺めていた。
「キャンプって言ったら、やっぱりたき火だよ、たき火!」
「フフフ・・・滝川君。あなた格好も古典的ですが、発想も古典的ですね。」
「あら、たき火するなら先生ウオッカ持ってこなくちゃ・・・。」
「・・・芳野先生、こんな時ぐらい酒はやめたらどうですか?ただでさ、毎日浴びるように飲んでるんだから・・・。」
既に水平線に夕日が沈みかけている。
たき火に関しては滝川が言い出すまでもなく、そのつもりで数人が薪を集めに出ているようだった。
「くそっ、火がなかなかつかんたい!」
「ああ、たき火にはこつがあるんですよ。まず、空気の通り道をこうやって・・・」
久臣が中村に手を貸してやると、くすぶっていただけの火が小さな炎をあげ始める。
「へえ・・・さすが坂上先生。年の功ですね。」
「・・・私は、まだまだ若いつもりなんですけどね。」
小隊員全員が囲むには充分な大きさとは言えない。それでも、たき火を囲んでめいめいが好きなことを話したりしだす雰囲気はやはりそれなりの趣がある。
たき火から少し離れたところでは、来須がギターを弾いていたりする。その演奏に合わせて岩田が踊り狂う光景はまさに悪夢に近いものがあった。
大分酔いがまわってきたのか、本田が饒舌になり始めた。
「ガハハハハ・・・、お前ら知らないだろうけど坂上先生はトリプルスコア達成してるんだぜ!」
「え?」
「すごーい、それじゃあエースパイロットじゃないですか!」
久臣は静かに首を振った。
「そんな大したことじゃありませんよ。運良く生き残ってるうちに積み重ねた・・・それだけです。」
「ふむ、謙遜しなくても良いぞ。生き残るということは並の技量ではできないことだからな。」
ふと、何かを思いだしたように森が顔を上げた。
「坂上先生の現役って・・・もちろん士魂号なんかありませんよね。」
「ええ、幻獣との戦闘は市街戦ですから、せいぜいが武装ヘリと戦車ぐらいのもでした。」
「・・・それでトリプルスコアを達成したんですか?」
「・・・いや、戦車兵としては・・・まあ、いろいろありましてね。」
久臣はその場を取り繕うようにして新しい薪を追加する。赤い炎の揺らめく様が久臣のある記憶を刺激し始めていた。
「・・・そう、いろいろあったんですよ。」
「坂上!小隊長がお呼びだ!」
隊長室に足を踏み入れた久臣は、そこに自分と同じぐらいの年と思われる少年の姿を見いだした。
「坂上、こやつもお前と同じく学校を飛び出してまで軍隊に志願してきた大馬鹿だ。しばらくお前が面倒見てやれ。」
「はい!」
「後藤勇です。よろしくお願いします。」
「坂上久臣です。ああ、僕も入隊したばかりで位は同じだから気にしなくていいですよ。」
「・・・あの頃は今ほど戦闘の規模・頻度ともに激しくはなかったので、軍の規律というのもそれほど厳しくもありませんでね・・・・まあ、配属先の運が良かったとも言えますが。」
久臣は芳野の勧めるままにウオッカをあおり、たき火をみつめながらぽつぽつと話し始めた。
「・・・坂上先生は志願兵だったんですか?」
久臣の向かい側に座る速水は、意外そうに尋ねてきた。
「ええ、戦争というものを他人任せにすることが耐えられなかったんですよ。」
「ガハハ・・・戦争きち(ぴー)だ。」
「本田先生!」
「いや、実際その通りですよ。どんな理由を付けたにせよ、戦争というのは罪深いものということに変わりはありませんから。」
突然、薪が大きな音を立てて爆ぜた。
飛び散った火の粉があたりに舞い上がるが見た目ほどの危険はない。
「・・・同じ罪なら生き残って精算すべき道を探すべきですよね。」
武装ヘリに幻獣の注意を集めたところを、戦車によるアウトレンジからの砲撃。おおざっぱに言うと、そんな戦闘がここ数年繰り返されていた。
ただしこの戦法が有効なのは、戦車数がある一定以上あり、障害物の少ない開けた区域の戦闘に限られていた。
つまるところ市街戦では小回りの利く幻獣達に有利な展開になっている。
もちろんこの頃は、後に開発されるウォードレスや士魂号の装備は存在していない。戦車数の少ない部隊では、軍用ジープに機銃を取り付けて出撃していたが、やはり戦功ははかばかしくなかったと聞いている。
兵器開発において、機動性と防御力というのは永遠の命題である。
防御力を上げようとすると、どうしても機動力を犠牲にせざるを得ない。逆もまたしかり。
第二次世界大戦における日本の戦闘機は、防御力を全て機体の軽快性に任せると言うコンセプトで作られていた。
つまり被弾すれば一発で落ちるが、それをかわす軽快性にすべてをつぎ込んだのである。拿捕された日本の戦闘機を見た外国の技術者は、機体そのものの新技術には感嘆したが、パイロットの命を無視した防御力には一言『狂ってる・・・』と呟いたそうだ。
しかし、歴史は繰り返される。
「・・・正気ですかね?」
「俺もたちの悪い冗談だと思いたいんだがな・・・」
久臣は軍本部から送られてきた計画書を見てため息をついた。
武装バイクによる機動部隊計画。
市街地において軍用ジープよりも小回りが利き、集団戦への適応を見せてきた幻獣部隊の攪乱を・・・云々。
攻撃力は前方に備え付けられた20ミリ機銃のみ。最初っから防御力は完全に無視した作り・・・良心的に解釈すれば、元々バイクの装甲をどう強化してもどうにもならないということかもしれない。
直撃はおろか、攻撃がそばをかすめるだけでも致命傷となりかねない。
「・・・で、この小隊からも志願者を募れ、とのことだ。」
「志願者ですか・・・ものは言い様ですね。」
久臣の言葉は皮肉にしても少し酸味がきつすぎたが、小隊長は何もとがめ立てするようなことはなかった。おそらく、久臣と同じような事を考えていたに違いない。
「・・・おそらく、ほとんどが無駄死にだな。」
「20人を小隊として5小隊を結成・・・各線戦へ投入・・・それまでに軍の本部が思い直すことはありませんかね?」
「ないな。本部ってのは失敗するまで・・・いや、失敗しても自分の間違いに気がつかないもんだからな。」
久臣は小隊長の顔を意外そうに見つめた。
「・・・私もいっぱしの皮肉屋のつもりでしたが・・・」
「何、これは皮肉じゃなくて事実だからな。」
この年、久臣は21歳になっていた。戦車兵としては、ただ生き延びてきただけの数年と言ってもいいだろう。
そんな自分が隊長室に呼ばれることの意味が分からないほど、愚鈍でもない。
「で、私はいつまでにここに赴けばよろしいので?」
久臣はため息を吐きながら、武装だけはものものしいバイクを眺めていた。
「やれやれ・・・零戦と違ってエンジンがまともなことだけが救いですね。」
2000馬力以上のエンジンを積んだ外国の戦闘機に対して定格出力1300・・・実際は1000馬力がやっとのエンジンで戦わざるを得なかった先達の苦労は回避できたものの、久臣はこれからの戦闘を思うと暗い気分になる。
「・・・怖いのか?」
侮蔑するような口調ではない。久臣は後ろを振り返ることなく呟いた。
「もちろん、怖いですよ。」
「死ぬのを怖がっているようには見えないが?」
久臣は無言で振り返り、男の目を見つめた。
「・・・いざ戦闘が始まるまではわかりませんが、勝つわけにも負けるわけにも戦いですからね。判断が鈍りそうなのが怖いんですよ。」
男の目に興味深そうな光が浮かんだ。
「・・・ほう。」
「この部隊が戦果をあげれば、軍の本部はこの機動部隊を増やそうとするでしょう。」
久臣の言葉を遮るようにして男が口を挟んだ。だが、その内容は久臣の思うところと完全に一致している。
「ならば勝つわけにはいかないな。・・・かといって無駄死には趣味じゃない。」
「・・・そう言うことです。」
男は口元を小さく歪めて頷いた。
「まともな頭をもつ奴から死んでいく。軍隊ってのは救いがないな。」
「お互い、せいぜい生き残って出世するしかありませんね。」
男はふと何か思いだしたように久臣を見つめた。
「・・・そういえば名前を聞いてなかったな。」
「坂上久臣です。」
「そうか、覚えておこう。」
そう呟いて男が立ち去ってから、久臣は男の名前を聞き忘れたことに気がついた。
「弾薬の補給だ!」
補給車の前で待ちかまえていた整備兵にそう叫んでから、久臣は周りを見渡した。そろそろ機動部隊の全員が補給に戻ってきても良いはずだが、久臣の他は一台も見あたらない。
久臣自身、3名の最期を目撃しているのである程度あきらめに似た思いがある。ただ、そのうちの1人は味方の戦車の砲撃の余波での死亡である。
「補給終わりました!」
久臣は再びバイクにまたがり戦場へと戻っていく。
味方が攻撃できないようなビルの影に向かって突進していく。幻獣の姿を求めて速度を落とすよりも無茶苦茶に走り続けて幻獣との遭遇を待つ方が安全でもあり、効率もいい。
側方・後方からの攻撃、一撃即離脱を繰り返すうちに久臣は大分こつをつかみ始めていた。こつをつかむまでに死んでしまった仲間には運がなかったとしかいいようがない。
ここぞと言うときには全弾撃ち尽くしてすぐさま補給に戻る。
こうして戦闘が終結するまでに久臣は7度補給に戻り、幻獣を6匹倒した。
そして、久臣の所属する第二機動部隊は久臣を残して全滅していた。それは他の部隊も似たようなものだったらしく、100名からなる機動部隊は一回の戦闘でその数を18人まで減らし、その被害数とほぼ同じだけの戦果をあげていた。
「・・・生きていたか?」
「まあ、なんとか。」
18人の生存者のうち9名までが第一機動部隊に所属していた。彼らは三人一組となり、囮役と攻撃役を分担することで生存率を上げたと言うことらしい。ただ、久臣にとっては余計なことをと言う思いがある。
「・・・もう少し死んでくれていたら、と言う顔つきだな。」
「死ぬ必要はありませんよ。戦闘不能になってくれれば良かったんです。」
「それは無理な相談だな・・・この部隊にとって戦闘不能は即死亡だ。」
久臣はたばこを一本取り出して、火をつけずに口にくわえた。
「この部隊はどうあがいても一時しのぎにしかなりません。この後あたら優秀な軍人を大量に死なせるよりは、今死ぬことでこの部隊を廃止させる方が・・・」
久臣はここで一旦言葉を切り、夜空を見上げた。
「戦闘を繰り返すたびに、自分がどんどん人間から遠ざかっていくような気がしますよ。特に幻獣を殺した日はね。」
「・・・戦うことが人間性をそぎ落としていく過程なら、幻獣は人間性が投影されたものかもしれないな。」
男は夜空の向こうを眺めるかのように遠い目をして呟いた。
軍は機動部隊の規模を拡大することはせず、かといって廃止することもなかった。生き残った18人を小隊にし、唯一の機動部隊として各戦線を転々とする遊撃部隊のような扱いを受けることになった。
「・・つまり、全員死ねと言うことですかね。」
「なに、人員が10人以下になったら解散するだろうよ。その人数では小隊として成り立たないからな。」
元々の小隊から放り出された人間の集まりだけに、戻る場所は既に無いのかもしれないと久臣は思った。
しかしあの無秩序な戦闘を生き抜いた人間だけに、久臣を含めて確かな技量を持つ機動部隊はそれから素晴らしい戦果をあげ続けた。
だが、それも広い攻撃範囲を持つ新型幻獣ナーガが登場するまでの短い栄光にすぎなかった。
「・・・見たこと無い幻獣が混じってるぜ。」
「よし、偵察もかねてちょっとサイドに回り込んでみる。」
いつもと同じように、幻獣の真横から攻撃を加えようとした仲間のバイクが四散した。驚く間もなく、反対側のサイドに回り込もうとしていた仲間のバイクもそれに遅れて爆発炎上する。無論、生存の可能性が無いことは一瞬で判断できた。
前方180度の攻撃範囲を持つこの新型幻獣の前に、この日10人の仲間が餌食になった。
あれから一年あまりの戦闘を経て15人になっていた部隊はこれで5人だけとなり、事実上小隊としての機能を維持できなくなったことは明らかであった。そして久臣は、その翌日に軍本部からの通告を聞く羽目になった。
「・・・本日付けを持って、機動部隊は解散とする。これまでの諸君達の戦果を鑑みて、新たな配属先が決定するまで特別休暇を与えるものとする。」
本部からの使者はそれだけを伝えて去っていった。
「・・・素直に感謝したらどうだい?生き残れたことに。」
その夜、自分の機体を念入りに整備する久臣に対して男は話しかけてきた。
「わかってはいるんですけどね・・・心のどこかに納得できない部分があるんですよ。」
そう呟いて顔を上げると、生き残った全員がそれぞれの機体をメンテナンスをしていた。
「解散しろ・・・そう言われて『はい、そうですか』というわけにはいかんだろう。」
一番年かさの男が白い歯を見せながら微笑んだ。
「・・・終わりぐらいは俺達一人一人で決めさせてもらうさ。」
申し合わせたように敵襲の非常サイレンの音が鳴り響いた。
機動部隊の最後の出撃である。
「ほほう、おあつらえ向きの大群だな。」
「あんたの撃墜数はいくつだい?」
「78だ。」
「それじゃあ線香の数が17ほど足りないな。」
仲間の1人が久臣の肩を叩いた。
「あんたは確か、100以上撃墜してたよな。」
「ええ、あの男には負けますけどね。」
久臣の視線の先にはいつもと変わらない皮肉めいた笑いを浮かべている男がいる。結局名前を聞き忘れていることに今更ながら気がついた。
それ以前に今生き残っている仲間の名前をだれ1人として知らない。
「・・・あいつは別格さ。今度生き残ったら絢爛舞踏を取ろうって人間だからな。」
「絢爛舞踏を取ってなお人間といえますかね?」
「俺たちゃ元々捨て石で、人間扱いなんかされなかったじゃねえか。」
「・・・なるほど。」
バイクのエンジンがうなりをあげ、5人全員が同時にそれぞれ思い思いの方向へと飛び出していく。
夜の闇を切り裂くように疾走する5台のバイク。
それらは既に遠い記憶になりつつある。
「・・・10年以上も昔の話ですよ。あまり面白い話でもありませんし。」
彼らに対して語るべき話とも思えない。久臣はそう思う。
「坂上先生はどうして先生になったんですか?」
久臣はコップに残ったウオッカを一気にあおって大きく息を吐いた。
「・・・戦えなくなったんですよ。」
生徒達には『あらゆるものを武器として利用せよ』と教えてはいるが、自分はやはりあのバイク以外では戦えないし、戦いたくないと思う。
そのこだわりがあったからこそ現役を退く決心をした。ただ、それだけのことだ。
薪をつかんでたき火の中に差し込んだ。小さくなりかけていた炎が大きく燃え上がる。
久臣はただ静かにそれを見つめていた。
完
毎度のことですが、設定はぶっちぎりです。(笑)
個人的には私、こんな話が好きなんですよ。こんな話を受け入れてくれる人はあまりいないような気はしますけど。
こういうのをもう一発頼むぜ!とか言ってくれたら嬉しいんですけどね。(笑)
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