香織の上体がふっと揺らいだ瞬間、鋭い風切り音が周囲に響いた。無呼吸連打のはずなのに小刻みな位置移動が繰り返される。おそらくパンチの反動と細かなシフトウエイトの組み合わせによるものだろうが、頭で理解するのと実際に実行するのとでは大きな違いがある。
「シッ!」
噛みしめた唇の間から吐き出された空気とともに、香織はパンチを止めてこっちを振り返った。
「・・・参考になったかい?」
「うん、ありがとう。」
香織は差し出されたタオルを一瞥するとそれを手を振って断った。
「よせよ、このぐらいで汗なんかかかねえよ。」
口調こそぶっきらぼうだが、その表情にはかすかな照れが見て取れた。
「でも、こんなの役にたつのか?」
「厳しい戦いになればなるほど、攻撃の回数と移動の回数が重要になってくるんだ。それに・・・・予備弾薬もあまりないからね。」
どこか遠くを見ながら呟く少年の様子を見て、香織は頬のあたりを指先でひっかきながらぽつりと呟いた。
「・・・あのよ、死んで英雄になんてなるなよ。英雄ってやつは生きてこその・・・だとおもうぜ。」
「わかってる。・・・わかってるけど、戦うための剣を与えられた者はそれなりの義務があると思うんだ。」
とそこまでしゃべった少年の腹の辺りを香織は軽く突き上げた。
「・・・難しい話はわかんねえよ。お、お、・・・私って馬鹿だから。」
少年と絶対に視線は合わせまいというような香織の横顔を見て、少年はぽつりと呟いた。
「・・・私?」
その瞬間、鼻先をかすめる閃光のような左ジャブから右ストレート・・・通称幻の右といわれる電光石火のコンビネーションが炸裂した。
「いいか、俺の許可なく死んだりしたらただじゃおかねえからな!」
地面の上に大の字になって横たわる少年にそう言い残して香織は立ち去った。
時は熊本城決戦の前夜、降るような満天の星が空に輝いていた。
城壁の影から現れた黒い影めがけて反射的に引き金を引く、がその手応えのなさを嘆くよりも早く左手に持った大太刀で幻獣の頭部をなぎ払う。
が、その太刀までもが根本から折れて刃先が地面へと突きたった。
「・・・すまんな速水。私はどうやらおぬしを負け戦へと誘ったようだな。」
遠巻きに眺めていた幻獣が、こちらの様子を見てじりじりと近寄ってくる。まだまだ20や30は下らない数の幻獣が残っているようだった。
「・・・士魂号の稼働時間は後どのぐらい残ってる?」
「後、5分がいいところだろう。」
「・・・芝村、これからちょっと揺れるよ。」
いきなり士魂号の機体が走り出す。それを単なる逃走と勘違いした幻獣達がめいめいにその後を追った。それぞれの速度に差があるため、士魂号が後ろを振り向いたときには幻獣達は細長い列となっていた。
その瞬間、士魂号の機体がかすかに揺らぐ・・・。
ノーガードで突っ込んできた士魂号の姿に慌てたのか、幻獣達の先頭を走るミノタウルスは不用意な攻撃をかいくぐられてカウンターパンチ一発で地に沈んだ。
一度に多数の攻撃にさらされることはないものの、文字通り一瞬たりとも気の抜けない攻防に速水の思考能力はそぎ取られ、本能のみによって戦うファイティングマシーンと化していた。
幻獣を一体倒すごとに士魂号の装甲ははぎ取られ、筋肉筒は破れ、白い血液は流れ続けたが、士魂号はかけ続けた。
そのからだが動くうちは、戦うことを放棄することが罪悪であるかのように・・・。
事情を知った援軍が戦場に到着したとき、士魂号はすでにその全機能を停止し砕けた拳から血を流し続けていた。
洗濯物が飛んでしまいそうなほどの強い風の中、プレハブ校舎の屋上で速水と香織の二人がぼんやりと空を見上げていた。
速水は松葉杖をついたままで、香織は何気なく速水をかばうようにして・・・。
「田代のおかげで生き残れたよ・・・。」
「感謝してるなら心配かけるなよ、ったく。」
速水はくすっと笑いながら呟いた。
「でも、君のあんな顔が見られるなんて思ってもいなかったよ。」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら少年の体を士魂号から引きずり出したのは香織だった。その光景をぼんやりと覚えている。
突然香織の右拳が速水の目の前に突き出された。
「忘れろ。」
「いや。」
顔を真っ赤にしたまま香織の肩がぶるぶると震え出す。
「だったら勝負しろ!」
「え?」
「俺が勝ったら、私とつきあえ。おまえが勝ったらつきあってやる!いくぞ!」
どこか楽しげな笑みを浮かべたまま、香織の右拳がうなりを上げた。
完
なんとなく『ロッキー3』のエンディングがまず念頭にありました。(笑)
やはり幻獣相手にクロスカウンターとか発電所の中で猛特訓するとか、年に一度のビックウェーブに向かって特訓するとか(笑)いろいろやってみたかったんですが、また誰にもわからないというオチになりそうだったのでやめました。
個人的にはこのキャラ異常にポイント高いんですが、一体昔に何があったんだろうと思うとちょっとかわいそうになります。(笑)
やっぱり、『ふえーん』ですか?(笑)理由と結果はどうあれ、あなたの負けです。という言い回しが大好きです。
ただ、このキャラの設定を深読みすると多分しゃれにならないキャラなんだろうなあ。そこらはまた外伝で書くつもりですけど。
ここまでくると公式設定はかなり無視してます。
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