「時刻14:30。5121小隊撤収します。」
 少々覇気に欠けた善行の合図と共に、士魂号を積んだ車両が動き出す。
 車両の荷台で声もなくただうつむく者、硬い表情でじっと戦場の方角を見つめ続ける者、そして声を殺して泣きじゃくる者。
 未来と後悔は常に生者と共にあり、死者には何も残らない。
 そのことを理解していながら、節子の胸には苦いものがこみ上げる。無論、それを顔に出すほど初心ではなかったが。
 この日、節子の教え子が1人、記憶の中の住人となった。
 
 節子は口元まで持ち上げたコップを傾けることなく、そっとテーブルの上に戻した。
「芳野先生…そのぐらいにしておいたらどうです…?」
「いくら飲んでも酔えませんよ、こんな夜は…」
 春香は節子に見せつけるように、コップの中身を一息で空けた。
「…だから止めるんですけど…」
「わかってるなら止めないでください。」
 酔っていないという言葉に嘘はないらしく、しっかりとした手つきで自らのコップに酒を注ぐ春香。
 しかし、彼女の話し相手は既に彼女自身になっているらしく、聞き取りにくい小さな声でぶつぶつと何かを話している。おそらく節子が席を外しても、それに気がつくのはずっと後だろう。
 節子は、黙って自分のグラスを傾けた。
 かつて机を並べた自分の同級生も、わかっているだけで8割以上が鬼籍に入っている。むしろ今の教え子達が、これまで戦死者を出さずにすんでいたことが信じられないことなのだ。
 ふと視線を感じて、節子は春香の方を見た。
「(やばっ……)」
 ちょっと目を離した隙に、春香は泥酔モードに入っていた。これだから、酔いが顔に出ない人間は性質が悪い。
「本田しぇんしぇー、人はろうして死ぬんでしゅかねえー?」
「よ、芳野先生…お酒はそれぐらいにしておいた方がいいですよ。」
 なおも規則正しくアルコールを摂取し続ける春香を刺激しないように、節子は精一杯の愛想笑いを浮かべて言った。が、これは逆効果だったらしい。
「なぁーにがおかしいんでしゅかっ?」
 節子はこの後春香が眠り込むまでに、心の中で『助けてくれ』と62回呟いた。
 
 眠る春香を教官室に置き去りにして、節子はプレハブ校舎の屋上に立ち空を見上げた。
 分厚い雲に覆われ、真っ暗な空だ。
「人は何故死ぬんですか……か。」
 今は亡き友人の顔が節子の脳裏に甦る。
 節子が学生だった時分には珍しい…いや、節子の記憶からすると身近な範囲で彼女以外に学生として軍に志願した人間はいなかった。それもそのはず、わざわざ志願しなくてもいずれ軍に身を投じることは節子を含む誰もが知っていたのだから。
 死地に赴くという悲壮感もない、むしろ晴れ晴れとした表情の彼女との最後の会話。
「今すぐ志願する必要がどこにあるんだ?」
「ねえ、節ちゃん。人ってどうして死ぬんだと思う?」
「なんだよ、お国のために死ねとでも言いたいのか?」
 彼女は立ち上がってバックを背負い、そして笑った。
「違うよ、人は生きてるから死ぬの。」
 栗色の髪をなびかせ、彼女はそのまま節子の前から姿を消した……永遠に。
 ただし、節子が調べた範囲で彼女が戦闘に参加したという記録は残っていない。軍に残る彼女の記録は、短くただ一行のみ。
 ……××××小隊配属後、死亡。
 その小隊は、今自分が関わっている5121小隊と同じ、実験的な隊だったらしい。軍の記録をさかのぼってみると、2、3年に1つはこうした小隊が作られていることがわかった。その全ては壊滅したり、解散したりして現存する隊はない。
 ただ、ここ最近の実験小隊にはきまってある人物が関わっている。
「どうしたんですか、こんなところで……?」
 闇の中から声と共にぬうっと姿を現した坂上の姿に、節子はぎょっとした。慌てて気を取り直し、何気ない風を装って言葉を交わす。
「坂上先生、驚かさないでくださいよ。」
「いやあ、すみません。そんなつもりはなかったのですが。」
 困ったように頭をかく坂上を、節子はじっと見つめた。
「……私の顔に何か?」
「いえ、別に…。」
 サングラスの向こうに隠された坂上の瞳は、その意志を悟らせない。
「優秀な軍人は貴重です…そうは思いませんか?」
 坂上が唐突に口に開いたことに、少し驚く。
「……確かに速水は、後一月もすれば史上最高のパイロットとして名を残せたと思います。」
「確かに彼は優秀でした…でも、軍人として優秀とは言い難かったですね。」
 節子の中で、闇の密度が濃くなる気配があった。
「優秀なパイロット=優秀な軍人ではない、と?」
「私が思うに、上官の思惑通りに動くのがいい軍人です。速水君はここで死んではいけなかった…」
 言葉だけとれば、速水の死を屈折的に悼んでいるともとれる。
 だが、節子の心からある種の疑惑が消えない。
 そんな節子にはお構いなく、坂上は足下に視線を落とすと、指先でサングラスをちょいと持ち上げた。
「でもまあ、自分を貫いて死ぬことが出来た速水君は幸せだったかもしれません。」
「自分を貫いて死ぬ…ですか?」
 節子のとまどいに気がついたのか、坂上が慌てて言葉を付け足した。
「戦果よりも犬の命を尊重し、自分の命よりも仲間の命を尊重して……実に速水君らしい生き方だったと思いますよ。でも、そのせいで死ぬことになったんですが。」
「……人は生きてるから死ぬそうです。」
 無表情だった坂上の顔に、ある種の感銘の色が滲む。
「なるほど……だとするとただ消えていく人間のなんと多いことか…。」
「死ねば同じです……違いますか?」
 坂上は小さく首を振った。
「いいえ、違いませんよ。ただ、死んだ人間に理由を求めないと、生き残った人間の心が救われませんから。」
 そして再び空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「朝の来ない夜…そんな気分です。」
 
 人間は生きているから死ぬ……だとすれば彼女はちゃんと死ねたのであろうか?
「おはようございます、本田先生。」
 にっこりと微笑みながら元気良く歩いていく春香を見て、本田は毎度の事ながら化け物だと思った。
 春香の1/30程しか飲んでいない節子でさえ少し酒が残ってるというのに、春香と来たら元気パンパンである。でもまあ、人間離れした人材がそろっているこの部隊では今更の感もある。
 そして節子が思うには、その貴重な人材の陰に隠れて、失われてもどうと言うこともないと考えられている扱いづらい問題児が集められた。
 節子は、すっかり馴染んでしまった自分の服装を見て笑みを漏らす。
「仕方ねえよなあ…俺には能力がなかったから。」
 他に得難い人材数人と、十把一絡げの…どちらかと言えば軍からいなくなって欲しい人間による混成部隊。
「あいつは……多分化け物として招集されたんだろうなあ…」
 節子が無意識に呟いた『あいつ』が、速水なのかそれともかつての友人をさすものなのか、節子自身にも答えられそうになかった。
 
「本田先生…少しお話が。」
「なんでしょう?」
 節子は坂上の求めるまま、ソファーへと腰を下ろした。
「森さんが死んだそうです。」
「……は?」
 思わず節子は聞き返した。
 軍人にとって死は日常であるが、それはあくまで戦場においての日常である。
「一昨日の夜ですが、車に跳ねられて運ばれた病院先で死亡したそうです。」
「おとついの夜……初耳ですが?」
「そりゃそうでしょう、私だって今聞いたところです。」
 歴戦の軍人らしく、坂上の態度は平然としたものである。まるで、先日速水が戦死したとき見せた態度が幻であるかのように……
 節子もだてに軍人として生きてきたわけではない。疑問をそのまま口に出すことはしないで、やんわりと坂上にカマをかけてみる。
「しかし、けしからん話ですね。病院に運んだ時点で身元は割れたはずなのに、今の今まで教師になんの連絡もよこさないとは。」
「……学徒兵とは言え軍人ですからね、いろんな配慮があったんでしょう。」
 軍人としての配慮なら、上官である善行や原に連絡がいったはずだが……との疑問をのみ込んで、節子は曖昧に頷いた。
 それはこれから始まるHRで確かめることが出来る。
「憂鬱なHRになりそうですね。」
「まったく、教師というのも楽ではありません。」
 節子は坂上と肩を並べるようにして教室へと向かった。
 そして、教え子を前にして、節子はさすがに言いよどむ。
「あー…実は、だな。」
「本田先生、私から連絡しましょう。……みなさん、実は一昨日、森さんが車に跳ねられて死亡しました。」
 ざわっ。
 教室中がざわめく中、節子は善行の顔だけを見つめていた。
 あの冷静沈着な男が驚いている。
 善行という男は、自分の感情を押さえ込むことに関しては一流だと節子は見ている。だが、自分を隠すために演技は出来ない男でもあるとも見ていた。
 善行という男が想像以上のくわせものでないとしたら……答えは1つしかない。
 森は、軍によって殺されたのだ。
 そして、間違いなく坂上はそれに関係している。
 節子は、自分が常に忍ばせているマシンガンの存在を強く感じた。
「葬式やその他は内々にすませたそうなので、みなさんが出席する必要はありませんとのことです。」
 いけしゃあしゃあと語る坂上からサングラスを取り上げてみたかった。サングラスの下にどんな表情を隠しているのか、それが知りたかった。
 誰もこの事故の不自然さに気がつかないのだろうか、それよりも森がこそこそと何を調べていたのか誰も知らないのか?
 節子ははたと思い当たる。
 森と一番仲が良かったのはあの速水だったと…。
 節子は窓の外に視線をやり、空を見上げた。
「速水…森を殺したのはお前かもしれないな……」
 幸い、節子の剣呑な呟きを耳にした者はいなかった。
 
 何気なく、挨拶を交わすように坂上の身体にマシンガンの銃口を突きつけた。
 深夜の小隊職員室に人気はない。
「……なんの真似ですか?」
「××××小隊、覚えてますか?」
「忘れもしませんよ…で、それが何か?」
「……その反応で確信が持てました。あいつは何故殺されたんです?」
 坂上の表情がほんの少しだけほころんだ。
「友人の弔いのつもりですか……流行りませんよ。」
「時と共に変わるものはあります。でも、変えてはいけないものだってあるはずです。」
「類友ですか…あなたも、理由を自分の中に求めるタイプの人間らしい。」
 空気が張りつめていく。
 坂上の身体に突きつけられた銃口と、節子の身体に突きつけられた銃口。互いにその瞬間をはかっているように見えた。
「私にとっての理由は本田先生にとっての理由とはなり得ない……違いますか?」
「そんな昔の理由はどうでもいいんです。」
 その答えが意外だったのか、ほんの一瞬だけ坂上の気がそがれた。節子はその一瞬を見逃さない。
 自分がまき散らした血の海の中で、坂上は虚ろな視線を節子に向けた。
「何故…?」
「教師として、生徒の生死を汚されたくなかった……。」
 森の死は速水の望むところではなかっただろう。
 自分自身の生を生き死んでいった教え子の生き方に対する…憧れと言ってもいい。それを踏みにじられた怒り。節子に引き金を引かせたのはそれであった。
 節子はマシンガンをフルオートからセミオートへと切り替えて呟く。
「愛国者なら口を閉じて死ぬものです……。」
 職員室の中に、乾いた音が響く。
 それは古き友人への節子なりの弔鐘の始まりを告げる合図でもあった。
 
 
                    完
 
 
 エンディングの一枚絵(坂上と銃を突きつけ合っている)が気になったあげく書いたお話です。
 しかし、この本田先生も謎たっぷりのキャラクターです。少なくとも坂上サイドの人間じゃないことだけははっきりしてますが。
 部隊の構成メンバーについてやけに詳しいのに、竜の存在その他については呆れるぐらいに無知です。とすると、何か別の理由があってこの部隊内で調査をしている存在なのでは……と妄想を膨らませたあげくこんな洒落にならないお話に。(笑)
 でも、こういう話が好き。(笑)
 これで3人の先生のうち2人は渋く決めたわけですが……萌ファンにとって許されざる芳野先生をどう仕上げればよいものやら?
 第一、芳野先生って使い捨てカイロ状態だし。
 むう、田代と絡めてレディースのお話でもでっち上げてみましょうか?(笑)

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