柔らかな春の日差しの下で自分がしばらくうたた寝をしていたことに気がついて、春香は慌てて時間を確認した。
 ごっ。
 春香が校門前のバス停に向かって走り始めた後には、靴の形のへこみが地面に残されていた。
 ・・・だめっ、間に合わないわ。ううん、そんなことない、春香ファイトッ!・・・
 ヒールは第一歩の時点で既に衝撃によってはじけ飛んでいたため、今は運動靴とそう変わりはない。スカートは自らの手で簡易的にスリットをこしらえており足の運びに支障はない。
 女子校の廊下を駆け抜けながら、自分が昔毎日のようにこうして駆けまわっていたことをふと思い出した。
 『風紀委の鬼芳野』・・・それは既に当時の仲間と、芳野と激しい攻防を繰り広げたライバル達との間だけの伝説となっている。
 あの頃の春香のトレードマークだったポニーテールは今やショートボブになり、何よりも今は優しい瞳だけを残した女教師だけが・・・もとい、超人的な運動能力とともに残されている。
 バス停の前で所在なげにきょろきょろしていた少年の前髪が風になびくとともに、芳野が何事もなかったように現れた。
「・・・初めまして。私、吉野春香といってあなたの副担任になります。」
 暖かな熊本とはいえ桜の季節にはまだ少し早い3月の始めのことである。
 
 勲章授与式の最中、準竜師の視線が会場のある地点で僅かにその動きを止めた。
「・・・あれは?」
「・・・何か?」
 そんな準竜師の様子に速水がほんの少し首を傾げると、準竜師は腹の底からおかしそうに笑い出した。
「ふっ・・・この部隊は本当に面白い。」
「は?」
「・・・願わくば、全員がその能力を発揮して欲しいものだがな・・・。」
 独り言のような準竜師の呟きの意味をはかりかねて、速水の瞳がとまどったように動き出すが、準竜師は既に速水に背を向けるようにして歩き出していた。
「おい・・・確か本田といったな。」
 突然声をかけられて、節子は居住まいを正した。
「はっ、光栄です。」
 準竜師の続きを促すような視線に、節子は傍らに立つ芳野を肘でつついて挨拶を促した。といっても芳野の場合軍属ではないので、いわば準竜師とは対等の立場といえる。あくまで建前上は・・・であるが。
「初めまして・・・芳野春香ともうします。」
「ふっ、初めまして・・・か。」
 含みのある準竜師の言葉に、節子がつい口を挟んだ。
「閣下は、芳野とお知り合いですか?」
「古い知り合いだ。」
 そう言い残して立ち去った準竜師の背中を見つめる春香の瞳に、暗い炎が緩やかに燃え上がりつつあった。
 
「ふ、鬼芳野か。・・・その名の通り『世を忍んで』牙を抜いたか?それとも・・・。」
 準竜師がブラインド越しに見る窓の外は既に真っ暗であったが、その瞳には生き生きと何かが映っているように見えた。
 一方芳野は、自分のまわりに一升瓶をダース単位で転がしておきながら一向に酔えない自分に気がついていた。目の前の本田は既にはんぺんのように酔いつぶれてぴくりとも動かない。
「・・・『連合の白いばけもの』」
 春香の持ったグラスが粉々に砕け散る。
「・・・忘れたはずなのにね。血が騒いでるわ・・・。」
 慌てて替わりのコップを持ってきた居酒屋の従業員は女性のものとは思えない低いささやきを耳にして体を硬直させていた。
 
 新しく設置されたシャワー室での優雅なひとときを終え、自らの着替えを手にした春香は素早く服を身にまとうといきなり走り出した。
「中村君。」
 大きな腹を揺すりながら歩いていた中村が振り向くと同時に、その頬をかすめるようにしてパンプスが背後の壁に突き刺さった。
「出しなさい。」
「な、なんのことね?」
 その瞬間、中村の右耳を切り裂いてパンプスが壁に突き刺さる。しかし、中村も剛の者で表情一つ変えようとはしなかった。
「・・・同じ製品ば用意したつもりやったけどね。」
「女性のこだわりを馬鹿にしないことね。」
 中村はため息をつくと、観念したように春香の靴下を差し出した。
「・・・それともう一つ。誰に頼まれたの?」
「依頼人の名前は言えないぐらい百も承知ですよね。」
「あら、やっぱり熊本出身じゃなかったのね。」
 春香はにっこりと笑いながら、手のひらを大きく広げ中村の目の前へと近づける。そして関節の鳴る嫌な音が響いた。
 きっちり5分後。
 顎の関節をはめ直された中村は額に脂汗をにじませていた。
「・・・うめき声一つあげなかったのは誉めてあげる。それとも、私の腕が鈍ったのかしら?」
「・・・割に合わない依頼やったね。」
「よく言うわ、わざと見つかるように指示されたくせに。」
 春香は氷のような微笑みを浮かべると、中村の体から離れた。油断なく自分を見守る中村に宣言する。
「帰って『あの人』に伝えなさい。私は本日付けで現役復帰すると。」
 
「・・・・だ、そうで。」
「ふっ、おまえがその有様か。あの『鬼芳野』も丸くなったものだ・・・。」
 窓の外に稲妻が走り、準竜師の横顔が瞬間照らされた。
「それでも今のふぬけた風紀委よりは楽しませてくれるだろう・・・。」
「ミスター、何故あんなまねを?」
 中村が首を傾げながらそう尋ねると、準竜師はその巨体に似合わない俊敏さでその右足を一閃させた。
 少し遅れて、中村の前髪が数本床に舞い落ちた。
「まだおまえらにはわからんかもしれん。ただな、自分と同等の障害がなければ人は燃えられん生き物なのだ。」
 言葉が足りなかったとでも思ったのか、短い一言を付け足した。
「・・・少なくとも俺はな。」
 
 風紀委員本部の委員長室に入った瞬間、委員長は自分の皮膚が粟立つのを感じた。
「反応が遅い。」
 自分ののどに細い指先を食い込ませた人物がささやく言葉には何の感情も込められてはいなかった。
「・・・そのぐらいにしてあげて、芳野さん。」
 落ち着いた口調とともに部屋の電気が灯された。
「・・・正直ここまでひどいとは思っていませんでした。」
 委員長を解放して、春香は声の主に向き直る。
「お久しぶりです、更紗先輩。」
「あなたも元気そうね・・・。」
 委員長と更紗は顔見知りなのであろう、更紗から何事か説明を受けた委員長は顔を青ざめて恐ろしそうに春香の方を盗み見ている。
「・・・幻獣との戦闘でここも人材不足なのよ。」
「言い訳にはなりませんね。・・・・・で、先輩がここにいるのは偶然のはずがないですよね?」
 二人の視線が一瞬だけ絡み合う。先に視線を逸らしたのは更紗であった。
「あの人を捕まえるのは無理よ。」
 更紗の言葉に春香は思わず笑いを漏らした。
「先輩、私の委員長時代のモットーを忘れたんですか?」
「発見、即殺・・・・だったかしら?」
 ちなみに更紗が委員長時代のモットーは『発見、即破壊』であった。
「軍にとってあの人は必要な存在なのよ。」
「私の考えでは軍そのものが不必要な存在なもので。」
「・・・反逆罪になるわよ。」
「・・・そのときは、一個大隊以上の被害を覚悟してください。」
 不意に、更紗が肩の力を抜いてため息をついた。
「・・・絢爛舞踏にけんか売るほど自信家じゃないわ。」
「世界を救えなかった絢爛舞踏なんて一銭の価値もありませんよ。私はもちろん、『靴下にかまけて世界を救わなかったあの人』にも!」
 
 重廃棄物指定された靴下のコンテナ、重さ約1トンが音もなく持ち上がった。
 それを持ち上げたのは当然『連合の白い化け物』こと準竜師その人である。警備の人影すら見えない状況に半ばあきれながらも、もらえる物はもらっておこうとする律儀な性格であった。
 が、それが間違いであることにすぐに気がついてコンテナをゆっくりとおろした。
「ふ、大したものだ。風紀委大隊より自分一人が戦力として上だと認めているのならな。」
「・・・その場所に一人で乗り込んでくるほどでもないけどね。」
 春香と準竜師は同時に微笑んだ。
「場所を変えよう・・・。」
 そうして歩き出した二人を追うようにして、スーパーきたかぜ消音FCが静かに夜の空を飛んでいく。
 熊本の旧市街地の中心で二人は対峙した。
「世界を救えなかった絢爛舞踏はひっそりと消えゆく定め。」
「きれい事を・・・この場に立っていることがおまえの倦怠を表しているだろうに。」
 その頃、きたかぜにて。
「さて、いきますか。」
 更紗が取り出した武器を見て、風紀委の少女が目を見開いた。
「さ、更紗先輩!それは?」
「小型N・E・Pよ。」
 平然と答える更紗の腕を必死で押しとどめながら少女が叫ぶ。
「そ、そんなので人を狙ったら100回死んでもお釣りがきます!」
「このぐらいで死ぬような二人じゃないわ・・・。」
「これは!二人の側に幻獣反応です。」
 パイロットがレーダーを見ながら叫んだ瞬間、春香と準竜師の間にミノタウルスとゴーゴンが割り込んだ。
「邪魔するな!」
「邪魔よ!」
 二人の拳が一閃すると幻獣は跡形もなく砕けてビルの壁にその残骸をまき散らしていた。
「す、素手で幻獣を・・・」
 腰の抜けたように呟く少女の肩に手を置いて更紗はゆっくりと首を振った。
「覚えておきなさい、あれが絢爛舞踏。」
 その3秒後、まばゆい光の束が二人を襲った。
 
「先輩、二人とも気絶してるだけです。」
「・・・でしょうね。この二人が真剣に戦ったら世界が滅ぶもの。」
 ぶっ倒れたままの二人に対して更紗はため息をついた。とりあえず、春香には酒を流し込み記憶をなくさせるとして・・・もう一方の自分の上司にはどういう手を使ったらいいだろうか・・・。
 
                   完
 
 
 な、何を書きたかったんだろう?(笑)なんか普通に書くとソックスハンターの話みたいになるから・・・・とか考えたとこまでは記憶にあるのだが。
 やはりうつらうつらしながら書いた話に論理性を求めるのが間違いだろうか?設定を無視してることは百も承知なので突っ込まないでください。
 あまり深く考えないようにしよう。
 多分第6世界からの電波でも受信したんだなきっと。(笑)
 サーチアンドデストロイイイィッ!
 

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