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「何よ、こんな朝っぱらから呼び出して……寝不足はお肌の大敵なんだから」
「……あなたには、これから2番機パイロットとして働いてもらいます」
 寝不足で麻痺した素子の脳味噌が言葉の意味を理解するのに約2秒。
「なんで、私が?」
「2番機パイロットである滝川君を病院送りにしたのは誰ですか?」
「歪んだ世の中よね……美人薄命とはよく言ったものだわ」
「自分が被害者であるような顔をしないで下さい……大体、ナイフ片手に幻獣を相手にして大暴れしたあなたなら問題ないでしょう」
「あ、あれは……せっかくのデートの途中なのに非常招集がかかったりしたから、つい夢中で…」
「つい夢中で、私以外の敵味方およそ300体をナイフ一本で殲滅させますか…」
 善行の脳裏にあの日の素子の姿が甦る。
 この日のデートのために買ったというスカートの裾を翻し、舞踏を舞うように戦場を駆け抜けた凛々しい少女。
 整備学校の女子生徒の間で流れている噂、そう、踊るように幻獣を狩る存在は多分あの日の少女の伝説が広まったのであろう。
『……さあ、邪魔者はいなくなったからデートの続きを』
 などと微笑んでいた少女が自分にナイフを向けるとは……
「……皮肉な話ですね」
「何が?」
「いや、こっちの話です……あ、もういいですから教室に戻ってください」
 
『幻獣、左から来ま……』
 オペレーターよりも速く、素子の駆る士魂号が幻獣の背後に回りこむ。
 もちろん攻撃は……素子によるカスタムメイド、士魂号装備用のナイフによる刺し。
『幻獣、右か……』
 刺す。
『幻獣…』
 刺す。
 戦場の味方は、素子の姿をただ呆然と眺めるのみ。
 それはそうだろう。
 オペレータよりも反応が早いのだから、各種センサーによる情報をオペレーターから受け取っている兵士がどうにかする余地など無い。
「ああっ、もう鬱陶しい!」
『に、2番機パイロット士魂号より脱出……え?しかも、ウォードレスを装甲解除で…』
 そして、かつての伝説が繰り広げられる。
 ナイフを片手に、踊るように戦場を駆け抜ける1人の女性。
「どうした、ののみ……?」
「タカちゃん、幻獣が脅えてるの……でも、それはきっと良いことなのよ。負の感情から生まれた幻獣は、負の感情を取り戻すことで人に戻れるの……」
『幻獣、非実体化!消滅していきます…』
「……嵐のような女性ですね、本当に」
 そう呟く善行を振り返り、瀬戸口は回線をオフにしてから口を開いた。
「司令の心に対してですか?」
 善行は瀬戸口の視線を避けるようにして、ずれても以内眼鏡の位置を指先で調節する。
「……瀬戸口君、私語を慎みたまえ」
「ヤー」
 
 
              原さんファイナルマーチ第6話完
 
 
 やはり幻獣じゃなくて人を……(笑)

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