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「……ずるい男よね」
「何がですか?」
 小隊隊長室にて、机を挟んで向かい素子と善行。
「要するに私に刺されない絶対の自信があったわけでしょ」
「……あなたは絶対に不意打ちを仕掛けないという自信がありましたから」
「……」
「ただ殺すだけなら隠れて銃を使う方が全然簡単です……それを」
 善行は一旦言葉を切り、眼鏡の位置を指先で確認する。
「あなたはナイフという直接的な手段にしか訴えない……」
「……何が言いたいの?」
「多分……あなたは潔癖すぎるんだと思います。いえ、優しいと置き換える方がいいですかね」
「……そういうことを言われたのは初めてだわ。恐い女とか、ヒステリーなどと言われたことはあるけど」
 素子の声が微かにかすれる。
 初めて出会った頃の善行は、誰よりも優しかった。何故士官候補生へと身を転じたのか素子が首を傾げたほどに。
 素子の脳裏に、ぽややんとした笑みを浮かべた少年の顔が浮かぶ。
「ああ……だからなのね」
「……?」
 善行への復讐が無かったと言えば嘘になるが、自分は確実にあの少年の優しさに惹かれた。
 文字通り、命がけで自分を愛してくれた……純粋な優しさ。
「……あなたの、そういう表情を見るのは初めてです」
 善行の言葉が素子を現実へと引き戻す。
「あれから、何年経ったと思ってるの……誰だって変わるわよ」
 嘘だった。
 熊本で、この小隊に来るまで自分は本質的な意味で変わっていなかった。善行を刺した後、いろんな相手と恋らしき駆け引きを繰り返し……それでいて心の底ではずっと何かを探していた。
「……人は純粋さに憧れる」
「……っ」
「だから、芝村一族は憎まれる……動機、手段、結果の全てに純粋さを求めるあなたは特にそうでしょう?」
「……汚れたわよ、とっくに」
 吐き捨てるように呟き、素子は自分の手をじっと見つめた。
 かつて、裏切り者(素子主観)に罪を下してきた手……目の前に座るのは、それを唯一逃れえた存在。
「……笑わせないでください」
 善行の穏やかすぎる声が隊長室に響き渡る。
「陰謀と血の色の宮殿をあなたは知らないでしょう……私は、曲がりなりにもそこで勝利者だったんですよ」
 千翼長……などという肩書きが無意味に思えるほどの権力者。
 数々の陰謀をその知性で阻止し、直接的な暴力からは傷一つなく逃げおおせた。
「汚れるというのは、もっとドロドロとした現実の中にあるんですよ」
 そう言って善行は眩しそうに素子を見つめた。
「だったら、何で熊本に来たのよ!」
 熊本に行く事を知る前日、善行は殉教者のような穏やかな笑みを浮かべて素子を見つめた。あの笑みを見たからこそ、素子もまた熊本へと赴く決心をしたのだ。
「……1ヶ月後にお話ししますよ」
「それは無理ね、だって私は原素子だもの」
 その瞬間、凍り付いた空気を白い光が切り裂いた……
 
「……もっと速く」
 服の繊維を微かに切り裂いた感触が手に残る。
 瞬間移動が能力である限り、速さだけがそれを凌駕できるはずだった。
「でも……本当にそれで良いの?」
 鈍く光るナイフの刃は何も答えない……
 
 
               原さんのファイナルマーチ第3話完
 
 
 ああっ、そろそろ高任の禁断症状が。(笑)
 と言うか、これまで1話に1人は刺してましたからねこのシリーズ。
 確かに、何も考えずに刺しまくる話の方が書く方も楽しいんですけどね……読み手もそっちの方が楽しいかも知れませんが。
 知人曰く、ギャグは考えるモノじゃなくて感じるものだとか……

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