素子は下唇を噛みしめて竜を見上げた。
これが竜であるならば、自分はかつて速水にやらせたことをやらなければいけない。ただ、目の前の白い竜からは全く異質のものを素子は感じていた。
「・・・中村君。」
小さく呟いてみる。
「中村君!」
大きく叫ぶ。
それに対しての返事は容赦のない攻撃であった。
紙一重でかわしたはずだが、素子の頬に赤い血筋が浮かび上がる。素子は大きく息を吸い込んでのどが張り裂けんばかりの大声をはり上げる。
「中村君!」
そしてそれをあざ笑うかのような岩田の哄笑。
「イィですねえ、実にイィッ!その態度、イエスッ、イエスです!」
姿こそ見えないが、恍惚とした表情で腰を振る岩田の姿が目に見えるようだった。
「フフフ・・・忠告しておきますが、甘い夢など見ない方がいいですよ。めでたしめでたし・・・で終わるには、あなたは殺しすぎましたからね。誰かを傷つけた分だけ、自分も傷を負う。それが世界の選択というやつです。」
素子は血がにじむほど下唇を噛みしめる。
自分の前に横たわる全ての状況が気に入らなかった。
いつも自分の恋がうまくいかないこと、岩田の声がこんなに耳障りなこと、世界の運命とやらがいつもいつも自分の邪魔をすること。
「・・・気に入らないのよ。」
そして素子は空を見上げた。
青い月を覆い隠す黒い月。
「ふざけるんじゃないわよ・・・私は原素子よ!」
素子は右手に持ったナイフを大きく振りかぶった。
普段鈍い光を放っているそれは、素子の手から乗り移るように青いオーラをまとい始めている。
運命という名の神に喧嘩を売る決意を固めて、素子は天に向かってナイフを投じた。
次の瞬間、岩田は信じられない光景を目にすることになった。
黒い月がずれたのである。
それは位置がずれただけに留まらず、ゆっくりとしかし確実にその姿が不安定なものへと変化していく。
「な、なんですと?」
岩田はそれが消えてなくなるのを呆然と眺めていた。
「あ、あのナイフが物質形成機を破壊したとでも?そんな馬鹿な・・・」
じゃりっ。
剣呑な雰囲気を感じて、岩田は後ろを振り返った。そして微笑む。
「・・・恐ろしい人ですね、あなたという人は。まさか、システムそのものを破壊してしまうとは・・・。」
「言い残すことはそれだけ?」
「そのつもりだったんですけどね・・・ほら、中村君は無事のようですよ。」
素子が思わず後ろを振り向いた隙に、今度こそ本当に岩田は姿を消した。それと時を同じくして、強烈な風が辺り一面を襲う。
素子ですら、まともに立っていられないほどの強い風である。
その風をまともに受けて、竜を形成していた白い闇が回りの闇の中に溶け込んでいくように崩れていく。
黒と白が混じり合った灰色のそれは強い風に乗って散らばっていく。
素子はその光景をじっと眺めていた。理由はわからないが、何故か目が離せなかったのである。
そして全ての白が消え失せると、これまた吹き初めと同じように唐突に風がやむ。
そして、中村が降ってきた。(笑)
ぼよーん。
「中村君!」
そう叫びながら駆け寄った素子だったが、幸いにも中村はたっぷりした皮下脂肪がクッションになって、怪我一つない様である。
「え?」
中村はむくりと起きあがると、変な顔をして自分の腹をつかんだ。
ぎっしりとつまったおにく。(笑)
「な、なんねっ?なんでこぎゃんコツになってしもうたと?」
それにつられて、素子もまた中村の腰の辺りをちょっとだけナイフで突き刺す。
とすっ。
「うわっち。」
「え?これって自前?」
「無茶しなっせ・・・。」
2人は黙り込んで地面を見つめた。
どのぐらいそうしていただろうか、ふと素子が顔を上げて中村を見る。
「ちゃんと痩せないと・・・別れるからね。」
「そぎゃんコツ言われても・・・」
「ぎゃんぎゃん言ってないで痩せるの!いい、今から走るわよ。」
いつの間にか夜は明けて、朝日が闇を切り裂き始めていた。
「おやおや・・・2人一緒に登校ですか?」
ずれてもいない眼鏡の位置を調節しながら、善行が素子と中村に声をかけてくる。
「原先輩、おはようございます」
思わず素子は声のした方を振り向いた。
「・・・何か?」
どぎまぎした表情を見せている森の顔を穴が空くほど眺め、素子は自分の右手を見つめた。
「あれ?・・・ちゃんと刺したわよね?」
「は?」
「いや、なんでもない。」
そう呟いて素子は微笑んだ。
以前と同じく、きっとまた始まるだけなのだ。
「森、岩田君が何処にいるか知らない?」
「岩田君って誰ですか?」
森はきょとんとした表情で素子の顔を見つめていた。
・・・・OVERS system is over.
Now new OVERS system covered.
・・・・・・・・・・・OK.
the world that is On the Verge of Eradicatable Ruin Sacrifice ・・・
世界は自らを変えるために何を犠牲にしたのか・・・?
まだその答えは見えない。
そして閉ざされたはずの3周目への扉が開く・・・
原さんセカンドマーチ最終話・完
これを読んで騙されるのは吉井さんぐらいのもの(笑)でしょうけど、頭文字とかは全て大嘘です。
SはソックスのSなんじゃよーというのも大嘘です。なんか本当はものごっつい格式語の並んだ頭文字らしいです。
最初の構想は『そして誰もいなくなった・・・』系統のオチでした。最後に新井木が『きーん』とか叫びながら校庭を走り去るとか。(笑)それが、岩田を主人公にした外伝の話と合体してこんなことに。
このいかにも続きがありそうなラストからわかるように、夏コミに受かったらサードマーチが始まります。
今度のパートナーは善行です。
よりを戻した2人の関係はとってもデンジャラス。(笑)
後は、仕事人の書き直しとセカンドマーチの別オチバージョンを何本か合わせて希望者にはフロッピーで配ろうかなあなんて考えてます。いや、考えてるだけですが。(笑)
『受かるわけがないんじゃよー』とかいう幻聴が後ろから聞こえてきますが、多分気のせいでしょう。確かに2年に一度という周期からすると、今度は来年のはずだし。
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