旧市街にやってきた素子は、ゆっくりと辺りを見回した。
 この場所で竜を倒したのが遠い昔だったような気がした。
「時間に正確なのはいいことだ・・・それは軍隊と商売の基本だからな。」
「・・・中村君は?」
 素子は闇の中に問いかける。
 闇からぬっと現れた顔を見て、素子は口元を押さえた。そして肩を小さく震わせて笑い始める。
「売値と買値が全く同じ・・・一体どうやって利益を上げてるのかと思ったら・・・」
「・・・そういうことだ。」
 裏マーケットの親父がにやりと笑う。
「滝川君お断り・・・あれは靴下関係だったのかしら?」
「どうかな・・・」
 ふと、素子はあることに気がついて問いかけてみた。
「そういえばお店はいいの?」
「眼鏡をかけたお嬢ちゃんに番をしてもらっとるよ。」
「そう、いい話ね。」
「ああ、いい話だ。」
 風がぴたりと止まる。
「もう一度聞くけど・・・中村君は?」
「そこに転がっとるよ・・・怪我はさせとらん。」
「じゃあ、始めましょうか?」
「もう、始まっとるよ。」
 そう言うが早いか、親父は滑るように素子の懐に潜り込んでいた。右手に持った靴下が素子の顔面を襲う。
 だが素子はそれをかわそうともせず、反対にカウンターで右のハイキックを親父の顔面にたたき込んだ。
 無様に転がる親父。
 だが、少し様子がおかしい。ふと素子が自分の右足を見ると、履いていたはずの靴下が綺麗に抜き取られていた。
 親父はその靴下に鼻を押しあててがくがくと首を揺すっている。
「・・・っ!」
 ばしゅうっ!
 親父は恍惚の表情を浮かべたまま地面の上に横たわった。
 少し嫌だったが、親父の手から靴下を取り返した。そのまま親父の手に持たせておくのがもっと嫌だったからだが。
 自分の靴下は中村以外の人間には許したくない。
 素子は靴下をぶら下げたまま中村の姿を探した。と、それらしき人影を見かけて駆け寄った。
「中村君!」
 と、素子が中村の身体に触れた瞬間・・・
 闇夜を切り裂くようなまばゆい光が天から降り注いだ。集約された光の束が中村の身体を包み込む。
「何?何なの?」
「イーッヒッヒッヒィ!ククク・・・思った通りです!」
 耳障りな高らかな哄笑が辺りに響き渡った。
「その声は、岩田君?」
「おかしいと思ったんですよ・・・戦うことでしか、絢爛舞踏を獲ることでしか世界を救う方法がないなんて。それ以外の・・・戦わない手段がきっとあると思っていました。」
 岩田は腰をがくがくと揺すりながらけたたましく笑い続けている。
「あなた・・・一体?」
 岩田は笑うのをやめて素子の方を振り向いた。
「あなたがいたから試せたことです。もしものことがあっても、竜殺し、絢爛舞踏殺しのあなたならばきっと負けるはずがありませんからねえぇっ!」
 両手を広げて天を仰ぐ岩田。なおも大声で語り続けている。
「素晴らしい、世界の真実はどこに落ち着く先を見据えているのでしょう!我々はやっと新たな局面を迎えることが出来るのです!」
 素子が岩田の方に向かって走り出そうとした瞬間、岩田の姿はかき消える。そして声だけが素子の耳に届いてきた。
「あなたの相手は私じゃありませんよ。ほら、後ろをご覧なさい。」
 素子は後ろを振り返る。
 白。
 白い闇。
 黒い闇を浸食していく白い闇。
 未だ膨張を続けているその白の中に、ゆっくりと崩れていく姿があった。それは元々は中村の形をしていたもの。
「い、岩田あぁっ!あなたって人はあぁっ!」
 素子の絶叫に対して、岩田の声だけが返ってくる。
「この戦いが終わった後なら好きにしてください。世界を救うためなら私の命の1つや2つ安いものです・・・。もちろん、あなたの勝利を信じていますよ。」
 中村の姿が崩れきると、それは回りの白い闇を取り込んで巨大な姿へと変貌を遂げていく。それはかつて素子自身が変貌し、相対することになった最強の幻獣である竜の外形である。
 ただ、それは暗く激しい熱を内包した以前の竜とは違い、全く熱というものを感じさせない白い竜。
 そんな緊迫した深夜の旧市街には、岩田の哄笑だけが風に乗って響いていた。
 
 
            原さんセカンドマーチ第11話・完
 
 
 まあ、残り二回で物語が加速するのは仕方がないと思ってくださいね。一応前回と違っていきあたりばったりじゃないし。(笑)
 しかし、頭の中にあった話を実際に文章化してみると・・・やべえ、イワッチはまりすぎ。(喜)いや、(喜)じゃまずいのか・・・キャラとしての原さんが食われちゃうから。
 なんか、『もう手遅れなんじゃよー』などという幻聴が後ろの方から聞こえてきます。でも、多分気のせいです。
 さあ、原さん最後の大暴れ。
 えーと・・・中村はどうなるんだろう?(笑)
 くどいようですが、作者は温かく見守ります。

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