何処までも続くような青い空を眺めながら、素子は風を感じていた。
「・・・やっと終わったのね。」
 中村を悪の道に引きずり込もうとしていた(笑)集団は全て駆除した。1人見つけたら他に29人の仲間がいると言われる靴下愛好家だけに油断は出来ないが、少なくともこの部隊にはいなくなったであろう。
「いえ、終わってません。」
 陰々滅々としたか弱い声に、素子はぎくりとしながら後ろを振り返る。
「何が終わってないというの?」
 トレードマークのバンダナを外した森の顔は妙に青ざめていた。わかりやすく説明すると、気絶してからやっと身体が回復したといった状態である。
「中村君は・・・先輩を裏切りました。」
 素子の目が細くなる。
 それまで気持ちよく晴れわたっていた青空が真っ黒な雲に覆われると、森は寒そうに自分の身体を抱きながら震え出す。
 素子の視線が森を頭の先から足のつま先まで・・・足のつま先・・・つま先?
「森・・・あなた靴下はどうしたの?」
「実は、・・・」
 ・・・・・・
「なぁくわぁむぅらあぁっ!」
 階段を駆け下りる手間すら厭わしく、素子はプレハブ校舎の屋上から身を躍らせた。もちろん、そのぐらいの跳躍が出来る素子にとっては何という高さでもない。
 土煙を巻き上げながら疾走するその姿は士魂号もかくやと思わせる程勇ましい。だが、追われる立場の人間からはどう見えたのだろうか?
 どうでしょう、中村さん?
「・・・・・・。」
 ・・・逃げることに必死で見えない様である。
「ちぃっ、逃げきれんたい!」
 懐から靴下を取りだして、口と鼻に押しあてる。
 爆発。
 が、その瞬間に素子は空に向かって跳んでいた。
「話せばわかるっ!」
「問答無用っ!」
 ざしゅうっ!
 分厚く重ねられた肉襦袢を切り裂いたナイフの切っ先が、何かにぶつかってその勢いを殺された。
 はじかれたように地上に降り立つ2人。
「・・・よりによって森の靴下に手を出すなんて・・・私に飽きたのね!」
「知らん!誤解ばい!」
「じゃあ、何故逃げたの!」
「原さんがあんな風に追いかけてきたら誰でも逃げるばいっ!これを見んしゃい!」
 そう叫んで肉襦袢を中村は肉襦袢を装甲除装で一気に吹き飛ばした。
 中村の唐突な行動に顔を赤らめる素子。
 が、肉襦袢の下から現れたのは数え切れないほどの素子の靴下である。先ほど素子のナイフをくい止めたのもそれらの靴下だったのであろう。
 ますます顔を赤らめる素子。
 そんな2人の様子を校舎の影から眺めていた人物はにやりと微笑んだ。
「フフフ・・・、まあこれは余興ですけどね。でも、やっと条件がそろいましたよ。ククク・・・、イーッヒッヒッヒ、ヒャアハハハハッ!」
 危ない笑い声だけを残してその人物は姿を消した。
 
「『ミスター』、これが最後の靴下です。」
「・・・岩田、お前は何をたくらんでいる?」
 岩田は薄く笑った。
 そして自分の目の前に座っている人物に向かって軽く首を振る。
「別に・・・面白ければそれでいいんですよ私は。」
「面白いと言う理由だけで、『ミスターB』を犠牲にしたのか?」
「フフン、彼自身は納得して死んでくれましたよ。」
 岩田の瞳が闇の中で冷たく光る。
「ならばそれについては聞くまい。」
「それが賢明です、ミスター。」
「だが、1つ聞かせて貰う。」
「なんなりと・・・。」
「お前は最後の靴下と言ったが・・・『原さんの靴下』はどうした?」
 岩田は小さく肩を震わせた。
「岩田?」
「フフフ・・・、そのぐらい自分で集めたらどうですか?私は今度こそ本当に高みの見物を決め込ませてもらうつもりです。」
「なんだと?」
「それでは・・・」
 そう言い残して岩田の姿がかき消える。
 その場に一人残された人物は、闇を見つめて呟いた。
「テレポートか・・・儂の天敵だな。」
 
「森さーん、ちょっとこっちにいらっしゃーい。」
 素子にそう呼びかけられて森はダッシュで逃げた。素子とのつきあいが長いだけに、猫なで声の素子に危険を感じたのに違いなかった。
 が、もちろん逃げ切れるわけもない。
「で、中村君があなたの靴下をどうしたって?」
「だって、本当に中村君だったんです!『俺の名前は中村だ、地獄にいっても忘れるな!』って言い残したんですから。」
「ちょっと待って・・・言い残したって?」
「だって、覆面してましたから。」
「そう、覆面してたんだ。」
 にっこりと微笑んだ素子の顔を見て、森の自律神経が一時的に失調し、汗が止まらなくなる。
「ええ、覆面してたんです・・・そういえば中村君にしてはちょっと背が高かったかなー・・・なんて、おかしいですよね、あははは・・・。」
「そうね、本当におかしいわね、うふふ・・・」
「あははは・・・」
「うふふふふ・・・」
 どしゅうっ!
「さすが先輩・・・容赦ないですね。」
「忘れたの?私達は軍人なのよ。」
 ゆっくりと崩れ落ちる森の身体を、素子はそのまま冷たく眺めていた。
「死して・・・屍拾う者無し・・・ですか。」
「森。それちょっと違う。」
 
 
           原さんセカンドマーチ第9話・完
 
 
 当初私の頭の中では、森さんは『ミスター』の正体を探ろうとして、黒い車にはねられて死ぬ予定でした。血まみれになった森さんの身体を抱きしめて、『森、待ってなさい。もうしばらくしたら地獄を賑やかにしてあげるから。』と呟く原さんを考えていたのですが・・・
 それをやると、このお話自体がギャグとして社会復帰出来なくなることが決定しそうだったのでやめました。ああっ、わざわざ第4話ではった伏線が台無しに!(泣)
「先輩みたいになりたかった・・・」などというお約束が名残惜しげに頭の中を駆けめぐっていたのですが、そっちのバージョンはまた次の機会と言うことで。(あるのか?)
 まあ、今回で本当にミスターの正体はばればれです。(笑)

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