「原さんは、何故俺に聞こうとしない?」
 中村の肩にもたれ、自分のものではない体温を心地よくを感じていた素子は、名残惜しげにちょっと身じろぎして中村の顔を見つめた。
「聞くって・・・何を?」
「『ミスター』の正体ばい・・・」
 あなたが何を言ってるのかさっぱりわからない・・・そんな表情をつくるのに素子はやや手間取った。
「『みすたー』・・・?」
「隠さんでもいい・・・遠坂も、岩田もそして滝川もみんな原さんの仕業と言うことはわかってる。」
 真剣な中村の瞳を見て、素子は小さくため息を吐いた。
「そう・・・知ってたんだ。」
「前々から薄々な・・・」
「ふふっ・・・」
 素子が口だけを動かして小さく微笑んだのを見て、中村は怪訝そうな表情を見せた。
「何がおかしい?」
「・・・それでも、私の側にいてくれたのね。」
 中村は黙って顔を背けた。その頬の辺りがほんのりと赤くなっている。
 そんな中村の様子を眺めながら、素子は淡々とした口調で話しだした。
「そんなあなただから・・・聞いても無駄だもの。あなたは決して他人を裏切らない・・・」
 と、素子はそこで自嘲的な微笑みを浮かべて床の上に視線を落とす。
「・・・と、これは私の願望かしら。それに、もしあなたが『ミスター』について話したりしたら・・・私は、ずっとあなたの裏切りにおびえて暮らすことになるもの。怖くて聞けないわ。」
 何か言いたげに素子の方を向いた中村に向かって、素子はそっと微笑んだ。
「人ってね・・・あなたが思ってるよりもずっと残酷で・・・・醜い存在よ。」
 中村はテーブルの上の冷めた紅茶を飲んで顔をしかめた。
「同感だよ・・・ん?」
 そう呟く中村の上体があやしく揺れた。
 その倒れそうになった上体を支えてやりながら素子は中村の耳元に囁いた。
「ゆっくりお休みなさい。目が覚める頃には・・・全て終わっているから。」
「・・・」
 中村の身体を静かに横たえ、上に毛布を掛けてやる。
 いくら熊本との春とはいえ、夜はまだ冷え込む。とは言っても、肉襦袢を着用した中村なら大丈夫とは思うのだが。
「さて、・・・行きましょうか・・・」
 
 深夜の生徒会連合本部。
 素子は臆することなく歩を進めていたが・・・通路の先に中村を二回りほど大きくした影を認めて足を止めた。
 その影は、素子が足を止めたのを見てこちらに向かって歩いてきた。その姿が判明できる距離まで近づくと、影は止まった。
 灯火管制による夜の闇の中でもサングラスをかけ、そのことを気にした風も見せない男。
「坂上先生・・・」
「やはり、原さんでしたか・・・」
 坂上は寂しそうにほんの少しだけ微笑んだ。
「坂上先生が、何故ここに?」
「あれだけの殺気を振りまいときながら、何故はないでしょう。これでも私は準竜師直属の人間ですよ。」
「誰も近づいてこないと思ったんですが・・・」
「そう言うことでしたか・・・」
 坂上は納得したように頷き、そして素子の顔を見て笑った。
「関係ない人は傷つけたくないと言うことですか・・・あなたは少し優しくなったようですね。」
「そうでしょうか?」
「ええ、多分。人の変化というのはいつも他人の目によって発見されるものです・・・ただ・・・」
「ただ・・・何ですか?」
「その分強くもなりました。」
 坂上はそっとサングラスを外して胸ポケットにしまい込んだ。
 露わになった右目の傷が、素子のかつての苦い記憶を刺激する。素子が傷つけたわけではない。・・・単に右目の傷という共通点だけのこと。
「何の真似です?」
「軍隊というのはあなたが思うよりも不自由でしてね。ここを通すわけにはいかないんですよ。」
「準竜師が非合法の靴下愛好家と知っても退くつもりは・・・?」
「軍に必要なのは能力です。人格というものは時として邪魔になるだけでね。」
 ぴん、と空気が凍り付く。
 坂上が左手に銃を握った瞬間、目の前から素子の姿が消え失せる。が、それを待っていたかのように坂上は右手に持った銃を自分の左脇腹にあて、真後ろに向かって全弾撃ち尽くした。
 どしゅうっ!
 右腰のあたりに焼け付くような痛みが走る。自分で傷つけた左の脇腹とは違った鈍くて重い痛みに、坂上は膝をついて顔を歪めた。
「やはり・・・傷1つつけられませんか。」
「準竜師に殉じて死ぬつもりですか。」
「準竜師は今日はここに帰ってきませんよ。」
 素子は一瞬自分の耳を疑った。が、雰囲気からして坂上の言葉に嘘はなさそうである。それに、銃声が聞こえたはずなのに、あまりに静かすぎる。
「だったら何故そこまでして・・・」
 坂上は素子のささやきに力無く首を振る。
「クローンとしての私の身体はもうがたが来てましてね・・・その前に、『強さ』を知りたかったのかもしれません。」
「強いだけでは・・・世界は救えないわ。」
「中村君に質問したことがあります・・・『ここに、何をしに来た?』と。
「彼はなんて?」
 坂上は白い歯を見せて笑った。が、その唇は小さく震えている。
「・・・靴下を・・・集めに・・・と。」
 そう呟いて、坂上はどっと床の上に倒れた。
 素子は坂上の顔にサングラスをかけて立ち上がる。そしてそのまま通路の奥へと歩いていった。
 その場に残された坂上の口元は不思議と満足そうな笑みを浮かべていた。
 
 かちゃ。
 ドアを開けると、部屋の中には白い制服に身を包んだ準竜師がブラインドに手をかけてその隙間から外を眺めていた。
「やはり、ここにいたのね。」
「人が信用できないとは・・・悲しいことだな。」
「他人を使って靴下を集めさせるような卑劣な人間には、それなりの対応ってものがあるもの。」
「それは、何の事かな・・・?」
 準竜師は細い目をさらに細めて笑った。
「まあいい。で、今日は何の用かな?」
「逆かしら?」
「逆とは?」
「『もう、あなたに用事がないから来た。』・・・そう言う事ね。」
 準竜師はちょっと鼻白んで、ブラインドに掛けた手をそっと下ろした。
「俺がいなくなれば誰が『プールチケット』の手配をする?」
「あなたの秘書が。」
「・・・そうとも言うな。」
 有無を言わせぬ素子の口調に、準竜師は渋々頷いた。そして、近くの椅子に腰を下ろして素子の方を振り向いた。
「俺を殺しても中村がお前を裏切らないとは限るまい。奴は、必ず他の靴下に目を奪われる。」
「その時は・・・」
 素子の瞳が冷たく光ったのを見て、準竜師は肩を揺すらせて笑った。白い歯が見える。
「奴も・・・怖い女に掴まったものだ。」
「誰かを裏切らない・・・簡単な事じゃないかしら?」
 素子が口を開くたびに少しずつ部屋の気温が下がっていく。だが、準竜師は意に介した様子もない。
「簡単、か。・・・なるほど、お前は良くわかっていないようだ。」
 素子は勝手に向かい合わせのソファーに身体を沈め、正面から準竜師の顔を見つめた。
 すると反対に準竜師は立ち上がってこう言った。
「男はな、最終的に自分が男であることを裏切ることはできんのだ。つまり、必ず他の靴下に心を・・・」
 ざしゅうっ!
「勝手なご託はもう聞き飽きたわ・・・」
「この・・・化け物め。」
「嫌いなのよ・・・あなたのような、自分だけが特別って目をした人間が特に。」
 そう呟いて、素子は小さく笑って右手にべっとりと付いた赤い血を眺めた。
「みんな・・・同じ色をした血が流れてるのに・・・。」
「運命の・・・歯車か・・・。」
 最後にそう呟いて、準竜師は厚い絨毯の上に崩れ落ちた。
 
 
            原さんセカンドマーチ第8話・完
 
 
 ついに連合の白い化け物が散りました。
 ここら辺で読み返してみたら、これまでって全然洒落になってませんよね。(笑)なんか、原さんが異常にダークというかなんというか。
 でも、原さんって元々こういう雰囲気をゲーム中から漂わせてますよね。『人って醜いから。』とか、『あの目が嫌いなのよ。』とか・・・ああっ、石を投げないでください!
 さあ、次から原さんと中村君のラブコメ劇場が展開されるのか?(どのみち刺しはしますけど)
 作者は温かく見守ることに決めました。
 

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