深夜3時という時間のせいか、辺りの景色はすっかり闇の中にとけ込んでいる。
 通い慣れた通学路を歩きながら、いつから自分は闇を恐れなくなったのか、そう自問しかけて素子は首を振った。
 その答えは分かり切っている。
 人は闇の中に未知なるものと理解しがたいものを投影し、その影におびえ・・・そして恐怖する。
 素子の指先が無意識にポケットの中の何かを探り、闇の中でなお鈍い光を放つそれを取りだしてくるりと回転させる。
 その動作を手慣れたものに感じて素子は自嘲の笑みをもらす。
 初めてナイフを振るったあの時、自分は心の中に闇を住まわせた。
 素子はそう思っていた。
 しっとりと手になじんだナイフを握りしめたまま、素子は空を見上げた。
 厚い雲に覆われ、月は見えない・・・無論、黒い月も。
 刃は闇を切り裂くだけで、決して闇を追い払うものではないことが素子には身に染みてわかっていた。
 素子は強い風を求めていた・・・それは心の中の闇をはらうほどの強い風。
 ざわっ!
 周囲の木々がざわめき始めた。だが、風が吹いたわけではない。
 素子は軽く重心を落として辺りの気配を探る。
 いる!
 空気が動いた瞬間、素子は背後から襲いかかってきた存在の攻撃を易々とかわしてさらにその背後へと回りこむ。
 鈍い感触。
「ぐっ・・・」
「こんな物騒な時代に、夜道を1人で歩ける女の子がまともなわけないでしょう?」
 そう耳元で囁くと、素子は手首をひねる。ただ刺すだけでは、致命傷にはなりにくい。無論、このような存在に憐れみをかける必要も認めない。
 おそらくは幻獣共生派からの暗殺者・・・その男は無言でその場に崩れ落ちた。
 少し返り血を浴びてしまったようだった。
「・・・学校のシャワー室に戻るしかないわね。」
 いつの間にか、雲の隙間から月が顔を覗かせていた。
 
 素子はシャワー室のドアの前で立ち止まった。
 どうやら使用中のようであるが、時刻は既に4時になろうとしている。こんな遅い時間まで『仕事』をしていたとは感心なことね、と素子は軽い気持ちで中をのぞき込んだ。
 男がそれをして運が悪ければ大騒ぎだが、素子の場合はそうはならない。
「・・・!?」
 見たこともない少年(?)がシャワーを浴びていた。
 一見ほっそりとしているが、鍛え上げられた野生の獣のようなしなやかな体つき。背中を向けているため顔は良く確認できないが、髪そのものは短い。
 隣は女子校だし・・・
 素子は首をひねりながらも、そのままずっとのぞき込んでいた。その姿を誰かに目撃されたら間違いなく発言力が−800と言うところだろう。(笑)
 だが、その少年がシャワーを止めてこちらを振り返ったので慌ててその場を離れた。ちらっと確認した感じだと、かなりの美形である。
 そして、少し離れた場所からドアをじっと見つめる。
 あまりうるさいことを言いたくないが、施設の無断使用となると副委員長としての立場から見て見ぬ振りも出来ない。
 待つこと5分。
 ドアから姿を現した人物を見て、素子は目をかっと見開いた。
「中村君っ?」
 油断なく辺りを見回しながら、右手に靴下を持って大きなおなかを揺すりながらのそのそと歩いていく姿は中村以外の何者でもない。素子は口を開いたままぼんやりとその後ろ姿を見送る。
 あの少年はどこに・・・?
 素子は慌ててシャワー室に駆け寄って中をのぞき込んだ。
 もちろん、誰もいない。
 だとすると答えは1つしかない。
 彼は中村光弘であり、中村光弘は彼なのだ。
 
 そして次の日。
 ずしゅっ!
 いつもと違った手応えだった。
 何かの繊維質を切り裂くようなたわいのない手応え。
 素子は視線を上げて中村の顔を見ながら呟いた。
「なるほど、肉襦袢だったのね・・・」
「ほ、他の確かめ方はないのかっ!無茶苦茶危険すぎるぞ、それわっ!」
 中村は、そう叫んでから何かに気がついたように口をつぐむ。
「生粋の熊本生まれ・・・というわけでもなさそうね。」
 素子は慣れた手つきでナイフをしまうと、にっこりと微笑んだ。
「ふふっ、なかなかミステリアスな話が聞けそうね。静かなところに行きましょうか?・・・中村君。」
 
「なるほど・・・」
 素子は重々しく頷いてから呟いた。
「つまり、中村光弘という存在そのものがダミーなのね。」
「名前は言えんが、ある人に便宜をはかってもらった。」
 中村(?)は素子の視線を避けるようにぽつりと呟く。他人に素顔をじろじろと見つめられることに慣れていない仕草のように素子は感じた。
「それで、あなたが後生大事そうに持っていた靴下についての説明を聞こうかしら?」
「靴下は俺の趣味だ。」
「中身に興味はないの?」
「そりゃ、ないことはなかが。」
「ふーん。」
 にっこりと微笑んで、素子は中村の耳を引っ張った。
「だったら問題ないわね。元々靴下を集めてるのも誰かさんの命令だからなんでしょ?」
「なんで・・・?」
「なんでって・・・くすくす、可愛いわねあなた。」
 呆気にとられたような中村の顔を見て、素子は少女のように小さく笑う。
「な、何をたくらんどる?」
 これだけ純な対応をみせる中村が珍しくて素子は笑っただけなのだが、中村にはそれがわからないのか、ただ顔を赤くするだけである。
「私、あなたのこと気に入ったわ。その素顔も含めてだけど。」
「な、何の事ね?」
 靴下と向かい合って生きてきた中村には、自分の趣味を知ってなおこのような反応を見せた女性を知らない。しかも、すこぶるつきの美人でもあるからして困惑しない方がおかしい。
 ただ、それでも男として譲れないものがある。
 中村が固い決意を瞳に秘めて顔を上げた瞬間、素子はにっこりと微笑んだままこういった。
「ふふふ、靴下だけとかに弱いんでしょう。さあ・・・白状なさい・・・ゆっくりたっぷり、とろとろと白状させてやるわ。」
「え、あ、うわっ!」
 中村の決意はあっさりと崩壊する。(笑)
 もちろん、その後に素子は瞳を冷たく光らせて言葉を付け加えた。
「だけど・・・個人的に私以外の靴下に手を出しちゃだめよ。」
 そこで素子はにっこりと笑ってウインクしてみせた。
「ちなみに、上司命令だから。わかった、中村君?」
 そして、2人は恋人同士になった。
 
 
              原さんセカンドマーチ第一話・完
 
 
 ほんとーにごく一部の熱い支持があったのと、前作で構成を失敗していたリベンジもしたかったので原さんのセカンドマーチです。(笑)
 実際に私プレイしたときも、中村で原さんとおつき合い(笑)したのが最初です。もちろん、刺されたのも。
 やはり原さんと言えばあの台詞、『靴下だけ・・・とろとろに・・・』ですよね。そして靴下と言えば奴しかいません。
 さあ、原さんは中村の厚いガード(肉襦袢)を突き破る事が出来るのか?
 やはり男はまだ見ぬ靴下に心を奪われてしまうのか?
 絢爛舞踏はおろか、竜まで屠った原さんは前作からどう成長したのか?
 あの女が帰ってきた!
 原さんセカンドマーチ開演です!

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