首筋にひやりとした感覚を覚えて、速水は素早く右前方へと転がった。
 回転する視界の中で、鈍い光を放っているナイフを持った原さんがつんのめった様にさっきまで自分の立っていた場所を通り過ぎるのを確認して、速水は身構えながら立ち上がる。
「・・・さすが、というべきかしらね。絢爛舞踏さん。」
「原さん・・・もう、終わりにしよう。こんな哀しい運命は繰り返すべきじゃなかったんだ。」
 原さんの立つ位置はちょうど影になっていて、その表情を伺い知ることはできず、ただらんらんと輝く赤い双眸だけが確認できるにすぎなかった。
「・・・フフフ、きれい事を。」
 原さんの唇から紡がれたとは思えない低いかすれ声。それは直接速水の頭の中へと語りかけてくるような不思議な声だった。
「・・・まだ、わからぬか?」
 あきれたような呟きとともに、原さん・・・いや、何とも形容し難いくすんだ灰色のオーラに包まれた姿へと変貌を遂げつつあるそれは・・・
 
 『一方その頃』
 小隊職員室。
「な、なにい!こんな所に幻獣だと?」
「ついに現れたか。」
 慌てたような本田とは対照的に冷静な坂上の呟きがどこか場違いであった。
「すぐに女子校の生徒を避難させてください。詳しくは後で説明します。」
 その言葉に反応したのは芳野で、本田はまだどこか信じられないような表情で呆然としていた。
「・・お、俺の教え子が幻獣だったなんて・・・」
 しかし、すぐに自分のやるべきことを思い出したのか、職員室から走って出ていく。
 放送の非常警報を聞きながら、坂上は一人呟いた。
「・・・頼みますよ、速水君。」
 
「速水君!手加減できる相手じゃない!全力で行くんだ!」
「逃げるのはだめですか?」
 速水の悲痛な叫びもそのはず、整備主任の原さんによってすべての士魂号は使用不能の状態にされていて、速水の武装はデフォルトのウォードレスのみであった。
「せめてもの慰めですが、私が『ガンパレード・マーチ』を歌ってあげます。」
 (注・3ターン後に能力が跳ね上がりますが、『即座に撤退が不可能』になります)
 誠に心温まる坂上の援護に速水はがっくりとうなだれた。が、それも一瞬のことで次に顔を上げたときには戦士の表情で超硬度カトラスを振りかざして竜に突撃を開始した。
「竜の攻撃方法はいったい何なんだ?」
 小刻みな方向転換を繰り返しながら近づく速水を、竜は悠然と見下ろしている。案外動きが鈍いのかもしれない。
「殺(と)ったあっ!」
 竜の足下に潜り込み、カトラスを薙ぎ払おうとした瞬間、速水は異様な風切り音を耳にして慌ててその場から右に飛ぶ。
 ぶん。
「ナイフ!?」
 竜に手があるのかどうかは疑問だが、両手に持ったナイフ(竜サイズ)を交互にひたすら突いてくるその姿に速水は戦慄した。
「さすが原さんだ!と、すると・・・」
 速水は慌ててバックステップで竜との間合いを広げる。
 これまた竜に足があるのかどうか疑問だが、竜巻を発生させそうな『素子キック』が先ほどまで速水の立っていた地点を薙ぎ払う。
 数え切れないほどの時間を原さんのために割いてきた速水にはすぐにわかった。
 今、竜は己の体の能力をもてあましている。威力はともかく、原さんの攻撃ほどのキレがない。
「・・・ならば、短期決戦しかないな。」
 覚悟を決めたように呟く速水の顔はどこか寂しげに見えた。
 
「・・・すげえ・・・。」
 目の前の光景に滝川が呟いた。
「あれが・・・絢爛舞踏。」
 狩谷がその光景を一瞬たりとも見逃すまいというように、眼鏡の位置を指で調節する。
 竜の攻撃をすべて紙一重でかわし、そのすべてにカウンターをたたき込む。だが、空気をも切り裂くその威力に無傷というわけにはいかないのか、速水のウォードレスは所々引き裂かれたような傷がついている。
「・・・綺麗デす。」
「・・・否定はしません、でも哀しい戦い。」
 ヨーコの呟きに対して、未央は厳しい表情を一瞬たりとも戦場からそらすことなく応じる。
「・・・そろそろ決着ですな。」
「うむ・・・だが、本当にこれで運命が変わるのか?」
 若宮と舞がそう呟いた瞬間、竜の巨体が一瞬その動きを止めた。
 まるで映画のワンシーンのように、二度、三度と大きく体を震わせてゆっくりと倒れていく。
 微かな振動とともに、倒壊する旧市街の廃ビルのなかに速水は立っていた。
「よしっ、よくやった速水!早くとどめを刺すんだ。」
 本田の声を聞いて、速水は右手のカトラスをゆっくりと持ち上げ・・・・投げ捨てた。
「速水?」
「・・・・僕にはできません。」
 本田のマイクをひったくって坂上が叫んだ。
「速水君、それは原さんじゃない!早くとどめを!」
 速水は首を振りうつむいた。
「いえ、僕にはわかります・・・あれは、まだ原さんです・・・・だから・・・」
 その瞬間、速水の体が地を離れて浮き上がる。
 速水は自分の胸元から生えたようなナイフの刃先を見て微笑んだ。
「・・・ごめんね・・・でもこれだけは信じて欲しい。僕は原さんを裏切ろうと思ったことなんて・・・一度も・・・・」
 泡の混じった血が口からあふれ出る。
「い、いやああああああっ!」
 耳を押さえても防ぎきれない悲痛な叫び声が竜の内部から響いた。
 幻視能力を持った者には、竜を取り巻く灰色のオーラが黒と白に分離していく様を見たであろう。そして、黒いオーラは傷ついた竜の姿へ、また白いオーラは同じように傷ついた原さんの姿へと変貌を遂げる様も。
 その光景を目の当たりにして未央は呟く。
「幻獣は人の心のあしきゆめ・・・そをうち破るは無垢なる魂か強き魂・・・」
「・・・しかし無垢なる魂は人ならず、それ故われらは高みを目指す・・・」
 未央の言葉を受け継ぐようにして舞が呟く。
 原さんが速水の体をそっと抱き寄せると、速水は力無く微笑んだ。
「・・・原さん、あの竜もまた君自身なんだ。否定しちゃいけない、でも負けてもいけない。」
「・・・まかせて。私が本気を出せば勝てない相手なんかいないもの。」
 素子はポケットから取り出したシャ−プペンシルを右手に持って、背後に迫る竜を振り返った。
「よくも速水君をこんな目に・・・」
 (注・責任の半分は原さんである。)
 素子が竜の攻撃をかいくぐってその背後に回り込んだ瞬間、速水が微笑んだ。
「終わったな・・・。」
 竜の断末魔が旧市街に響き渡った。
 
「ねえ、速水君。」
「どうしたの?」
 速水の横たわるベッドの脇の椅子に腰を下ろし、リンゴの皮をせっせとむいていた素子は果物ナイフをちらつかせて速水に尋ねた。
「本当にただの一度も私を裏切ろうと思ったことはなかったの?」
「うん、本当だよ。」
 屈託なく笑う速水の顔をしばらく眺めていた素子は不意にため息をついて窓の外に視線を向けた。
「・・・信じてあげる。じゃ、これももう必要ないわね。」
 そう呟いて、素子は自分のポケットから取り出したナイフをゴミ箱の中に投げ込んだ。
 
 
               必殺仕事人(最終話)完
 
 
 ・・・我ながらびっくりするぐらいきれいにまとまってしまった。(笑)残り二つまで行き当たりばったりに書いていたとは思えない。一応ゲームのネタばれにならないようにしましたがクリアしてから読んだ方が楽しいかもしれません。
 なんでやねんっ!とかつっこめるし。(笑)
 いろいろ考えたんですが、ラストにはラストなりのお話(これまでの流れを受けた)が求められるのではないかと思い書き始めましたが、ふと気がつきました。
 このシリーズの主役は原さんなのです。(笑)
 危なく勢いのまま突っ走るところでした。
 本人としては結構雰囲気的に気に入ってます。きちんとつながりもできたし。(そう思ってるのが自分だけというおそれもあるけど)
 で、次からは原さんの後輩である、森精華の『闇狩人』シリーズが始まったりする予定はないので安心してください。
 ・・・『闇狩人』ってわかりますか?(笑) 

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