「また壬生屋の嬢ちゃんが1人で突っ込んだぞ!」
 半ば悲鳴じみた瀬戸口の叫びを耳にした瞬間、速水の乗る士魂号は大きく跳躍した。
 敵の射線を建物で防ぎつつ、放物線の頂点で壬生屋の位置を確認する。着地と同時に左手にジャイアントアサルトを持ち替え、再度跳躍するために深くかがみ込む。
 士魂号の脚力に耐えかねて、コンクリートの表面に薄く亀裂が走る。が、それを確認したときには既に士魂号は大きく前方に向かって高く跳び上がっていた。
 放物線の頂点という目線のぶれにくい一瞬を利用して、今まさに壬生屋の乗る士魂号に一撃をくらわせんとしていた幻獣二体の頭部を吹き飛ばす。
 その繰り返しで、壬生屋の元にたどり着いたときには都合6体の幻獣を撃破していた。
 新手の敵の登場に一瞬ひるんだかに見えた幻獣だったが、落ち着きを取り戻すやいなや包み込むようにして二機の士魂号に殺到する。
 だが、その一瞬が勝敗を・・・この戦闘における勝敗をも分けることになった。
 狂気じみたミサイルの乱射が生み出したのは、土煙とかつて幻獣であった塊のみ。
 静けさを取り戻しつつあった戦場で、あたりを油断無く見回す士魂号3番機。その背後に立つ士魂号1番機のパイロットである少女は厳しい顔つきでその姿を見つめていた。
 
「2番の起重機上げて!新井木は輸血の準備を!」
 整備主任である原の厳しい声が飛び、整備兵達が忙しく走りまわってはいるものの、どことなく安堵した空気が漂っていた。
「・・・あれだけの激戦の中をどうやって無傷で帰ってくるんですか?」
 3番機の整備士である森が、士魂号の調整をしながら背中越しに声をかけた。
「えっそんなこと無いよ・・・所々ダメージ受けてるし・・。」
 そう返した速水もまた調整の手をゆるめることがない。
「・・・と、チェック終了です。問題ありません。」
「ありがとう、いつもごめんね・・・。」
「なっ、何馬鹿なこと言ってるんですか・・・私は任務をこなしてるだけです!」
 ハンガー内の騒音に負けないぐらいの大声で森は叫んだ。気のせいか頬のあたりが少し赤くなっている。
「でも・・・この機体ってデータ以上の働きをしてるから不思議ですよね・・。」
 何気ない精華の呟きに速水は表情を曇らせた。
「速水、2番機の損傷がひどい。私はそちらにまわる故、後は任せるぞ。」
 コクピットから飛び降りてきた舞がそう言い残して、髪を跳ね上げながら走っていく。返事をする暇さえ与えない。
 と、舞が走っていったその2番機の方が何やら騒がしい。
「ん、何だろ?」
 と視線を向けた速水に対して、森が声をかけてきた。
「ここは私一人で大丈夫ですから・・・速水さんもあっちへ・・」
「うん、じゃあお願いするね。」
 実にあっさりと背中を向けた速水に対して、森の恨めしげな視線が注がれていたことに気がついたものは誰もいなかった。
「だからあっ、どうして毎回毎回1人で突っ込んでいくんだよ!」
「・・私はそれ以外の戦い方を知りませんから。」
 騒がしさの原因はどうやら滝川と壬生屋の口論らしかった。
「ちょっ、ちょっとどうしたの二人とも?」
 速水が二人の間にわってはいると、滝川はお前も何か言ってやれとばかりに速水の方を向く。
「壬生屋を援護するために一番苦労してるのはお前じゃないか・・。」
「別に援護を頼んだ覚えはありません!」
「何だよその言いぐさは!速水達がいなきゃお前なんか何度も死んでるんだぞ!」
 速水がその場に現れたせいでお互いがむきになってしまい、ちょっとやそっとでは収まりそうもなかった。
 今にもつかみ合いの喧嘩を始めそうな二人の側でおろおろと立ちつくす速水の身体を押しのけ、舞は右手にぶら下げたバケツの中身を問答無用とばかりにぶちまけた。
「うるさい!整備の邪魔になるからよそでやれ。」
 そう吐き捨てて、再び2番機の調整を始める舞の姿にとりあえずその場は収まったように見えた。
 
「・・・手伝うよ。」
「・・・あの二人はどうしてる?」
 視線を一瞬速水に向けたが、舞は再びコンソールパネルにそれを落とす。そんな舞の隣に滑り込むようにして速水がその作業の補佐を始めながら呟いた。
「うん・・・二人とも今シャワーを浴びてるよ。でもあれだけの人工血液を浴びたから2・3日は匂いがおちないと思うけど・・。」
「ふん、所詮血の匂いなど一生かかっても拭いきれないほど浴びておるだろうに。・・・どうした速水?」
 じっと自分の手を眺める速水の姿に気がついて、舞はようやく手を止めた。
「・・・そうだね、もう数え切れないほどの幻獣をこの手で殺してきたからね。」
 どこか遠くを眺めるようにしてそう呟く速水から顔を背けると、舞はゆっくりと目を閉じた。
「・・・やはり、お主は芝村にはなりきれぬようだな。」
「・・・僕は何もかも中途半端な人間だから。壬生屋のように幻獣が憎い訳じゃないし、幻獣共生派のようにもなれない・・・なのに・・」
「殺しの技術だけが上手くなる・・・か?」
 途中で言いよどんだ速水の後を受けるようにして舞が呟くと、それを聞いて速水の表情が一層沈んだものになる。
「確かに芝村である私の目から見ても、最近の戦闘におけるそなたの技量は異常だ。最近の壬生屋がおかしいのもその事が原因であろう・・。」
 とそこまで喋ったところで舞は慌てて言葉を継ぎ足した。
「し、しかしだな・・・そなたの働きのせいで少なくとも大勢の人間が助かっている。だから気にすることなど・・・つ、つまりだな・・ええいっ、何がおかしい!」
「ありがとう。」
「礼を言うならもっと神妙そうに言え。だから何故そこで笑う?」
 舞は顔を赤くしながらコンソールパネルのキーを叩き始めた。いつもより乱暴なその扱いにパネルが悲鳴をあげているが気にも留めていないようだ。
「・・・でもね、僕が強いのはこの士魂号に乗ったときだけだよ。」
「・・・士魂号自体の能力差は無いはずだが?」
 おかしな事を言う、という風に舞が速水を見る。が、速水は小さく笑ってそれには応えようとしなかった。
 自分がこの場にいては舞の作業がはかどらないだけだと察して、速水は腰を上げて3番機の方に戻ろうとする。
「壬生屋に気をつけろ・・。」
「えっ?」
 背中に投げかけられた言葉の意味を理解しかねて、怪訝そうに舞の方を振り向いた。
「・・どういう意味?」
「壬生屋の一族は、本来この世界のバランスを揺るがす力と戦い続ける一族であった。ある事件がもとでその力のほとんどを失ったと言われているが・・・案外奥の深い一族なのかもしれんのでな・・。」
「・・・それは、僕が壬生屋の敵になると言うこと?」
 半ば冗談めかして速水は呟いたのだが、舞は何も答えず静かに笑っただけだった。
「・・・それは多分あり得ないよ。」
「・・・そうだな。」
 
「これでいくつ目の勲章だったかな?」
 速水に勲章を授けながら準竜師がにやりと笑みを浮かべる。それを受けて不敵な笑みを浮かべて敬礼する速水。
「倒した幻獣の数ほどではありません。」
「ふん・・軍の儀礼というやつだ、我慢しろ。」
「はっ。」
 準竜師は速水の肩を叩きながら、くだけた口調で笑い出した。
「まあそう固くなるな・・。今や階級は同じなのだからな・・・。」
「はあ・・?」
 どんな態度をとって良いかわからずに曖昧な笑みを浮かべた速水に対して、準竜師の暑苦しい顔がぐっと接近する。
「最近、身の回りでおかしな事はないか?」
 さっきとはうって変わった真剣な口調に、速水は心からの皮肉で切り返した。
「それは準竜師殿が一番良くご存じなのではありませんか?」
「ふふ・・そうとがるな。実はな、最近お前と我が従姉妹殿のまわりの監視が次々と行方不明になっていてな・・・何か心当たりはないか?」
 それを聞いて速水の片眉が僅かに持ち上がった。
「鬱陶しいと思ったことはありますが、まだ殺したことはありません。」
 そんな速水の返答に、認識できないほどの間をおいて準竜師が氷を思わせるような笑みを浮かべる。
「なるほど・・・正直なのは良いことだ。」
「お褒めにあずかり光栄です。」
「まあ、せいぜい注意しておいてくれ。今お前の身に何かあったら大問題だからな・・。」
「そのかわり、私が役目を終えたら即座にお払い箱ですか?」
 精一杯の余裕の笑みを浮かべながら速水がそう呟く。その気になればこのぐらいの腹芸ができるぐらいの経験を積んではいた。
「まさか、・・・そこまで冷酷なことはせんよ・・・少なくとも俺はな。」
「・・・なるほど、肝に銘じておきます・・・しかし準竜師の従姉妹殿も少し人を疑うことを知る方が良いと思いますが。」
「まあ、何事もゆっくりとな。焦るとろくな事がないからな・・。」
 口ではそんな会話をかわしながら、速水は機械的な手順で授与された勲章を誇らしげに掲げた。拍手の包まれる会場で言いようもなく居心地の悪さを感じながら・・・。
 策謀の士、準竜師ですらも知らない秘密を背負った少年は、ただ苦痛の日々の中で終わりだけを求めていた。
 
「ねえ、芝村。」
「黙れ、親友なら親友らしく舞と呼ぶがいい。」
 気性のきつさと言うよりは、意志の強さを感じさせる目元をいつもより心持ちつり上げながら舞が腕組みをする。
「・・・なんだ?」
「君はさ・・・もう少し自分が芝村であるということを自覚した方がいいよ。」
 舞の表情が困惑したように曇った。
「・・何を馬鹿なことを言っている。私は芝村であることに常に誇りを持っている。」
 胸を張る舞の姿を見て速水はため息をつきながら肩を落とす。
「・・・そういう事じゃなくてさ・・・・」
 そう呟きながら速水は大きく跳躍した。
 その一瞬後には舞の首元に鈍く輝くナイフが押しあてられている。
「こういう危険性とかを考えてるかい?」
 普段の速水からは考えられないぐらい低い声が舞の耳元に囁かれる。が、舞は驚いた風も見せず、平然と速水の視線を真正面から受け止めていた。
「そなたが私を殺すというのならばそれなりの理由があろう。」
 静かな声であった。
「だが、勘違いするな。芝村にとって親友であると言うことは自分の命すら預けるということを意味する。」
 燃えるような瞳がじっと速水を見つめていた。
 まるで揺らぐことを見せない舞の様子に、速水は軽くため息をついて注意深くナイフを手元におさめた。
「・・・ごめん。」
 舞は何でもないと言うように首を振ると笑った。
「私は今の仕打ちに大層傷ついたぞ。今日の昼食代はそなたに出して貰うことにする。」
「・・・わかった、味のれんでいいよね。」
 速水と舞の二人は女子生徒で混雑する筈の時間帯の廊下を、何の妨害もなく歩いていく。そこで初めて舞は少し首を傾げて速水の方に視線を向けた。
「・・・何があった?」
「ここ数日で僕たちを監視する人間のほとんどが行方不明になっている。さっきも何の視線も感じられなかった。」
 速水は舞の方には視線を向けずに歩きながら説明する。
「つまり・・・。」
「今、僕らのまわりは無防備だって事。」
「ふん・・・なるほどな。だが速水、狙われているのはどっちなんだ?」
 舞の問いかけに、速水は一瞬だけその雰囲気に似つかわしくない自嘲的な微笑みを浮かべ、呟いた。
「狙われている・・・とは限らないよ。」
「・・・・」
「これからおこる出来事の目撃者を世界が望んではいないだけかもしれないし・・・。」
 速水の独り言のような呟きを耳にして、舞は自分の目の前に立つ少年をあらためて見つめていた。
 
 始業時間のきっちり一時間前。
 いつもなら誰のいないはずの教室の中に人影を認めて、未央は首を傾げた。
「ねえねえ、ヨーコさん。ほかのお話しはないの?」
「ありまスよ・・。あれ?おはようございマーす、未央さん。」
 教室の入り口に経っていた未央の姿に気がついてヨーコが声をかけてきた。
「わ、みおちゃんだあ。」
「お早うございます・・・今日は早いんですね?」
 微かに衣擦れの音をさせながら未央は二人に近づき、椅子に腰掛けた。
「今日はいい天気でシたから・・お洗濯一杯しました。」
「えへへ・・・ののみはねえ、昨日眠くてつい教室でねちゃったの。ないしょだよ。」
 屈託無く笑うののみの笑顔を見ていると、最近の訳の分からないいらいらとした思いがすうっと消えていくようで未央は微笑んだ。
「まあ・・・風邪などひきませんでしたか?」
「うん・・じゃなくて、はい。ののみは元気だよ。」
「それはよかったですね。」
 ふと、ののみが何かを思いだしたようにヨーコの服の袖を引っ張った。
「ヨーコさん、さっきのお話は?」
「はい、じゃあ・・・」
 ヨーコはちらりと未央の顔を見る。それに対して未央がかまわないと言うように軽く頷くとヨーコは安心したように語りだした。
「・・・始まりの詩」
 
 この世界とともに彼女達は生まれた。
 何もない世界で彼女らはずっと二人きりだったからずっと考えていた。
 一体自分たちは何をするためにこの世界に生まれ落ちたのだろうと。
 やがて数え切れないほどの時が過ぎ、この世界にはいのちが生まれた。
 うまれたばかりのいのちはゆっくりと、しかし確実にその営みはこの世界へと広がっていった。
 2人のうち1人はその様子を見て美しいと思った。
 伝えたい、分かち合いたい、覚えておきたいと強く願った。
 もう1人はこの営みを守りたいと思った。
 強くなりたい、この世界をあらゆるものから守りたいと強く願った。
 二人がそう強く願ったとき、風が吹き出した。
 そして彼女たちが自分の体の中に胎動を感じた時、自分たちが何のために生まれたのかを理解した。
 この世界を守る者、この世界の記憶を伝える者。
 そして彼女たちは別れた。
 お互いの使命を果たすために。
 1人は強い力をとともにこの場に留まった。
 そして、もう1人は全ての記憶とともに風下へと旅だった。
 
「ねえねえ、それから二人はどうなったの?」
「この話はここで一旦おしまいでス。」
「そうなの?・・・あれ、みおちゃんどうしたの?お顔がまっさおだよ。」   
「大変でス!」
 気にしないで、大したこと無い・・・そう呟いたつもりの未央の唇は力無く微かに動いただけで、それを境に未央の意識は深い闇の中へと落ち込んでいった。
 
 同時刻、グラウンド。
「どうした来須?」
 突然足を止めた来須の様子にただならないものを感じて、若宮もまた足を止めて振り返った。朝っぱらから走り続けていたというのに息1つ切らしていない。
「・・・いや、風がでてきたようだ。」
「風?」
 怪訝そうに聞き返す若宮には応えず、来須は帽子を深くかぶり直して再び走り始めた。
 ・・・澱んだ空気を押し流す激しい風には間違いないが。
 走りながら来須は空を見上げ、そして自分の手に視線を落とした。
「・・・だが、まだ力が足りない様だ。」
 
 さらに同時刻の屋上。
「にゃおっ!」
「・・・わかってるわ・・・。」
 雲1つ無い好天の下でさえ影を失わずに、萌はそう呟きながら猫の頭を優しく撫でた。
「終焉になのか・・・それとも、始まりに向かってかはわからないけど・・」
 少女に頭を撫でられるまま、猫はある一点を見つめていた。
 そして風もないのにひげが揺れている。
「・・・本来の輝きでは無いけど・・光が動き出した・・・」
 ここで一旦萌は言葉を切って、自分の胸のあたりを苦しそうにぎゅっと握りしめた。
「そして・・・速水君・・・貴方はどうするの?」
 
「ののみね、みおちゃんはすごく長生きしてるような気がするの・・・。」
 ののみが今にも泣きそうな表情で速水に向かって喋り続けていた。
「だからね、みおちゃんはちょっと疲れちゃっただけなの・・・だからしばらくおねむの時間なの。」
 速水は大丈夫だよという風にののみの頭を優しく撫でてやった。
「ふ、ふえ・・・」
 優しくされると泣き出してしまいそうになるのか、ののみは速水の手から慌てて逃げる。 1人取り残された速水は、未だ眠り続ける未央に向かって静かに語りかけ始めた。だが、その声はどこか人間味のないうつろな木霊の様な響きであった。
「僕が戦うのは幻獣が憎いからじゃない、僕の両親が士魂号の制御部分にのせられてるからなんだ。もはや生きているとは言い難いけれど、それでも傷つけられたくなかった。」
 幻獣共生派だった自分の両親。
「・・・そして芝村一族を憎いとも思えない。彼らには彼らの理想があるから。」
 長い沈黙を経て、速水は小さなため息をついた。
 速水の身体を青白い光が包んでいく。
「その時が来れば君に伝えてくれと頼まれたんだ。『君のことを決して恨んではいない。』だって。・・・それともう一つ。」
 速水の口から呪文の詠唱のような呟きがこぼれだした。
 記憶を継ぐ芝村一族に対して、力を継ぐ壬生屋一族。
 芝村が記憶を語り継いだのに対して、壬生屋の力は一種の特異能力であった。それはある言葉とともに託される力。
 壬生屋一族はその言葉を一子相伝とすることで力の純度を守っていた。
 あの時までは・・・。
 速水の身体を取り巻いていた青い光が未央のまわりを取り囲んでいく。それは本来の居場所に戻った喜びを表現するかのような大きなうねりを見せ、やがてその光は見えなくなった。
「・・・・さようなら。」
 ののみがその部屋に戻ってきたときには既に速水の姿はなく、未央の右目から涙がこぼれていただけだった。
 
 星の光が頼りなくてらすだけの屋上で、萌はゆっくりと指先で宙に文字を描き出した。
 そこには何もないはずなのに、何かの気配が漂いだす。
「・・・もう・・行くの?」
「元々借り物の命だったから・・・。」
 萌の問いかけに応えるように空気が振動すると、それはまるで人の言葉のように聞こえた。
「・・・見届けなくて・・・良いの?」
「・・いい。既にこの世界は希望の種が芽吹き始めてるから。」
「じゃあ待っててね・・・私も近いうちに貴方の目指す場所に行くことになるから・・」
「え・・・?」
「・・・私・・少しだけど・・人の未来がわかるの。みんな私のことを・・・のけ者にしたけど・・・あなたは私を救ってくれたから。」
 萌はにっこりと微笑んだ。
 それは闇の中で輝くような、明るい無邪気な笑顔であった。
「その時、みんながどうなったのか教えてあげる。」
「わかった・・・楽しみにしてるよ。」
 気配が消えると同時に小さな、本当に小さな流れ星が天空を横切った。それと同時に萌は自分の頬を暖かい何かが静かに滑り落ちていくのを感じた。
「さようなら・・・速水君。」
 壬生屋の血の復活のためだけにこの世界に現れた少年。少年の真の使命を理解する者はこの世界において5人と1匹のみであった。
 
「・・・目覚めたな。」
「これ以上の助けは借りぬ。壬生屋には壬生屋の、芝村には芝村の誇りがある。そなたも自分の世界に戻られるがよい。」
 男は静かに立ち上がり、肩をすくめて囁いた。
「これで借りは返した。」
 そのまま立ち去ろうとする男の背中に、ためらいがちな、それでいて冷たい言葉がとんだ。
「・・・元々貸したと思ってなどいない。」
「こちらにはこちらの世界の一族の誇りがあるからな。」
 ふと、男は何かを思いだしたように立ち止まった。
「そういえば舞はどうしている?」
「・・・気になるか?」
 男は口元に軽く笑みを浮かべた。
「多分、あいつはこの世界の外を目指すことになるだろうからな。」
「世界がそれを求めるならおのずとそうなるであろう・・・」
 
 未央が教室に入ると同時に、ののみが胸の中に飛び込んできた。
「みおちゃん!あのね、ののみね、ののみね、未央ちゃんまでどこかに行っちゃうんじゃないかって心配してたの。」
 未央は小さく息を吐くように呟いた。
「そう・・・みんな行ってしまったのね。」
「・・・行くってどこに?みおちゃんは何か知ってるの?」
 来須にヨーコ、それに速水・・・くわえて言えば猫までその姿を消してしまった。
「彼らはね・・・いろんな世界に未来の種をまき続ける人なの・・・。彼らには思い出せる故郷はあっても帰るべき故郷がないの・・。」
 未央は一旦言葉を切って目を閉じた。
 力とともに遠い記憶を未央は受け継いだ。
 壬生屋一族の長い歴史の中でこれまで経験したことの無い強大な力を発揮した少年がいた。
 それはこの世界を守るのにはあまりに強大すぎたため、少年は考える。
 自分の力は何のために与えられたのかと。
 そんなある日、少年は1人の男と出会った。
 その男は体中傷だらけで、ぼろぼろになって倒れていた。
 少年とその許嫁である少女の看病によって男は元気を取り戻し、やがてぽつりぽつりと語りだす。
 外の世界のこと。
 そしてその地を襲う災厄のこと。
 それを聞き、少年は強力な自分の力とこの男に出会ったこと全ての意味を理解した。
 しかし、許嫁である少女は力無き故、また少年への愛情故に少年の心を理解することができなかった。
 そして少年が旅立とうとする前夜、壬生屋の力は長い眠りについた。
 速水というメッセンジャーが現れるまで・・・。
 
「・・・石津さんは実際戦場にでるのは初めてよね?」
「・・・ええ。」
 士魂号に乗り込みながら未央と萌は短く言葉をかわす。
 今朝方、欠員を埋めるように急な辞令がおりるのと同時の出撃であった。
「・・・怖くない?」
「・・・いいえ、怖いのはあの人に会えなくなること・・。」
「・・・ごめんなさい。」
「謝ることはないわ・・・私にとってあの人に会えない事より悲しいことはないもの。」
 突然回線の中に明るい声が飛び込んでくる。
「はーい、みなさんのお耳の恋人瀬戸口君です。」
「ののみだよ・・・あの、みんな頑張ってね。」
 士魂号が始動すると同時に、その右腕が青白い光に包まれていく。 
「壬生屋・・・そなたを守る速水はいないぞ。心しておけ。」
「し、芝村・・・複座式って何か面倒なんだな。」
 高まったテンションをぶち壊すような滝川の情けない声にパイロットは全員苦笑する。だが、それと同時に余計な肩の力を抜く効果もあったようだ。
「ふむ・・・滝川。お主もたまにはやくにたつ。」
「なんだよ、それ?」
「みなさん、おしゃべりはそのぐらいにしてください・・・出撃しますよ。」
 そして今日も3機の士魂号が戦場を駆け抜ける。
 ある者はこの世界を守るために、ある者は愛しい人の後を追うために・・・。 
 芽吹きだした希望の種をよそに、闇はまだ沈黙を保ち続けていた。
 
 
 
 
 始めに断っておきますが世界設定を所々完全に無視してます。(笑)ついでに言ってしまえば私の独りよがりで、考える材料こそちりばめてはいますがきっちりと書き込んだ部分はほとんどありません。
 『ゲート』の感覚がぴんとこないのでぼかさざるを得なかったんですが、とにかく雰囲気だけは・・・という感じに書いてみました。
 ・・・電波と紙一重ですね。(笑)
 これを読んでいろいろと考えられる人は、多分私と似た波長を持っているのでしょう。(笑)
 一応自分の中では世界構成とかはあらかた出来上がってるんですけどね。気が向いたらこの設定の中でまた書くかもしれません。
 ただ、『世界に未来の種をまく人』の中で速水だけは特殊な扱いをしてます。
 『放浪する者』としてこれらの世界のバランサーの1人・・・っていきなりこんなこと書いても本当に電波以外の何者でもないな。(笑)やめときます。
 ところでこの文章を我慢できた人は気がつくかもしれませんが、私は萌ファンです。(笑)

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