「みんなともっと会話をしたらどうかな?いろんな人が君のことを悪く言っているよ。」
「言いたい奴には言わせておけ。」
 心配気な速水に向かって来須がそう答えると、速水は一瞬きょとんとし、そして口元を押さえて笑った。
「どうかしたのか?」
 思いもよらない速水の反応に、来須はつい聞き返した。てっきり悲しげにうつむかれるものだと思っていただけに、興味がわいたのである。
「あ、ごめんね。うん、なんか舞と同じ事を言うんだなと思って。」
「……」
「そうだね、舞は歳をとると来須みたいになるような気がするよ。」
 1人納得したようにうんうんと頷く速水。
「うん、来須と舞ってお似合いかもね。」
 ズドドドドド…
 猛々しい足音と共に一陣の風が舞う。
「滝川ボンバーッ!」
 滝川の右腕が無防備な速水の首にたたき込まれた。
 不気味な音をたてて後頭部を床にたたきつけられた速水はピクリとも動かない。そんな速水の身体を抱き起こし、ガクガクと揺さぶりながら滝川は怒気も露わに速水を責め立てた。
「世界征服女と来須先輩をひっつけようなんて、なんと恐ろしいことを言うんだ同志速水スキー!なんとか言ってみろォッ!」
 (注、無理です。)
「くそおッ!俺とは口もきけないって言うのか?」
 と、はらはらと男泣きをかます滝川の後頭部で鈍い音。
「速水君になんてことしやがるッ!」
 言うまでもなく田代の仕業である。
 滝川の身体を吹っ飛ばし、速水を背負って走り去る田代。その姿を呆然と見送った来須はこれ以上訳の分からない展開はごめんとばかりに、そっと物陰に姿を潜めた。
「やーん、来須先輩の声がしたのにいなーい。」
 トテテテテ、と古いギミックを思わせる足音を残して新井木が走り抜けていくのを確認すると、来須は物陰から姿を現した。
「………。」
 新井木が走り去った方角を見て、深く帽子をかぶり直す。
「そこまで邪険に扱うことはあるまい。」
「俺に、そんな資格はない。」
 腕組みをして自分を見つめる舞に向かって、来須はゆっくりと首を振った。
「お前も芝村なら………理由はわかるだろう。」
「知らぬ。芝村一族が全ての謎を共有している訳ではない。」
 舞は空を見上げながら呟いた。
「私は…自分がこの部隊に配属された意味さえ知ってはおらぬ。」
 のけ者にされた子供のような表情を一瞬だけ浮かべた舞を見て、心持ち来須の口元がほころんだ…ように見えた。
「な、何がおかしい?」
 空を見ていたはずなのに、舞は自分のこととなると異常に敏感だった。
「気にするな、芝村なんだろう。」
 何の感情も浮かばない来須の口調に、舞はどんどんと落ち着きを失っていく。来須はそんな舞の様子をじっと見つめ、随分人間らしくなったものだと思った。
「そ、そなたは何か誤解をしているな?そうだ、そうに違いない。」
「……確か、誤解されるのも芝村の責務とか言っていたのは嘘か?」
「黙れ、芝村は自分が侮辱されることを許さぬ。」
「………」
「何か言ったらどうだ?」
 自分で黙れと言っておきながら忙しいことだと、来須は帽子の位置を調節して舞に背を向けた。
 背後で舞が何か喋っているが、来須は気にしない。まともに相手をしても、お互いが疲れるだけということはわかりきっている。
 この世界の未来のために剣を取り、そして満たされぬ新たな悲しみを生み出さないために誰とも深く関わらない。
 それが、来須の選択だった。
 
 授業中だというのに、ひたすら己の身体に負荷をかけて訓練していた来須。休憩しようとして額の汗を拭ったときに、滝川と速水、そして萌がグラウンドの片隅でかたまり、何かごそごそと作業をしているのに気がついた。
「………」
 知らず知らずのうちに怪訝そうな表情をしていたのだろう、速水は来須の顔を見ると目を伏せながら近づいて呟いた。
「猫がね…死んでたんだ、全身傷だらけで…。」
「………そうか。」
「滝川はね、見せかけだけの僕と違って本当に優しいんだ。この猫はきっと戦って死んだ、だからこいつは俺達の仲間だって……」
 きーんこーんかーんこーん………
「速水、昼飯に行こうぜ。石津はどうする?」
「………私、お弁当…」
 じゃあ、仕方がないなと呟きながら後ろを振り返り、滝川は初めて来須の存在に気がついたようだった。
 何やら照れくさそうに、言い訳がましくやけに大きな独り言を呟き出す。
「しかし、速水や石津も物好きだよな…猫の墓をわざわざつくろうだなんて。」
 石津と速水は何ともいえない表情をして滝川の方を見た。
 しかし、滝川はその視線を無視して歩き出す。
「さーて、味のれんで昼飯、昼飯。」
 速水は肩をすくめ、一瞬だけ来須に視線を向けると、滝川の後を追いかけた。
 そしてその場には萌と来須だけが残される。
「ここか?」
 萌を見ながら、一カ所だけ土の色が違う地面を指さす。
 こくん、と頷く萌を見て、来須は静かに胸の前で十字を切った。
「日本では土に還ると言うらしいな……。」
「でも、あなたには……今は還るべき故郷が…ないのね…」
「ああ。」
 背の高い来須から、うつむいた萌の表情は窺えない。
 来須は、自分の言う『故郷』という意味がきちんと萌に伝わっているとは思わなかった。また、きちんと説明するつもりもない。
 来須は軽く右手をあげ、萌に背を向けてその場を。立ち去った。その後ろ姿が見なくなると、萌は良く晴れた空を見上げて眩しそうに目を細めた。
 
「来須、話がある。つき合え。」
「……ああ。」
 芝村の一族が無駄話をするわけもない。
 来須は小さく頷いて、舞の隣を歩きだした。
「来須、お前のデータが存在しないのは何故だ?」
「無駄だからだ。」
 どうやら自分の質問の仕方がまずかったと思ったのだろう、舞はゆっくりと言葉を選んで聞き直した。
「お前は、何故この世界に存在できる?」
 自分で口に出しておきながら、おかしな質問だと思った。
 来須はそこにいるのだから。
 ただ、来須がここにいるというデータが存在しないだけである。
「…否定したいのか?」
「私は納得したいだけだ。」
 強い意志を秘めた瞳が来須を射る。
 その瞳を見て、来須は近いうちにこの世界が救われるであろうと確信する。
 それは、おそらく遅々とした歩みの末に達成されるものであるはずだと。
「……この世界に存在しないものをデータ化出来るはずもない。」
「それが答えか…?」
 舞の質問の意図がつかめず、来須はただ黙ってあらぬ方向を見つめた。
「この世界のものではないから、みなと関わろうとせぬのか?」
「……そうだ。」
 舞は苦虫を2、3匹まとめて噛みつぶしたような表情になり、視線を地面に落として呟いた。
「残酷な男だな、そなたは……」
「……」
「ただ嫌われているだけの私と違って、そなたは皆の好意まで受け流すのか?味方、いやそなたの敵の憎悪ですら受け止めてやらぬとは……」
「……お前にはわからない。」
 話を打ち切るように、来須は深く帽子をかぶり直して背を向ける。が、何かを思いだしたように、肩越しに舞を振り向いた。
「何故、俺に関わろうとする?」
「正直なところ私にも分からぬ。ただ、気になるのだ。」
 困惑した表情で来須を見る舞。
「……強いて理由を探せば、そなたがこの戦いの趨勢を左右する鍵を握っているような気がする。多分それが私の気持ちを最も反映したものだと思う。」
 堅苦しい舞の言葉に思わず口元を揺るめかけた来須は、慌ててそれを引き締めて再び背を向けた。
 今度はそのまま振り返らずに歩き去る。
 背中に舞の視線を感じながら……
 
 深夜の小隊職員室に、坂上、岩田、来須という一見なんのつながりもない3人が集まっていた。
 サングラスでは隠しきれない鋭い眼光を2人に向け、坂上は小声で呟く。
「……せめて知っていることだけでも教えてくれませんか?」
「ククク、私の知識に頼るほど青が窮地に立たされているとも思えませんがね。」
「あなたが本当に裏切ったなどと信じている者はいませんよ。」
 つき合ってられないと言わんばかりに勢いよく立ち上がった来須は、
「謀略では世界を停滞させることしかできん。作り物のヒーローではこの世界は本当の意味では救えないだろう。」
 と言い捨て、そのまま入り口へと向かった。
 その後ろ姿を黙って見送ると、岩田は楽しそうに呟いた。
「まるで、『仮にとはいえ、この世界が救われたことがある』かのような意味深な物言いですねえ。」
 そして坂上を一瞥し、岩田も立ち上がった。
「私もこれで失礼しますよ……」
 その場に1人残された坂上は、両肘をついて黙り込んだ。
 長い長い間、そうして黙っていたが、やがて憮然とした表情でぽつりと呟く。
「世界を停滞ですか……まるでこのループが我々のせいとでもいいたそうな……」
 
「今日の戦闘は一日中続きます。」
 善行が士魂号パイロットを前にして、熊本城決戦のプランを語っていた。
「いいですか、もちろん損害は受けるでしょうが、何よりも連続稼働時間を忘れないでください。機体はそれぞれ、何台か予備を用意してありますが、あなた達に予備はありません。」
 硬い表情で頷くパイロットに、善行はさらに言葉をつけたす。
「これは命令であり、お願いです。あなた達は死んではいけません!」
 少なくとも援軍が来るまでは…という言葉を善行にのみ込ませたのは、司令としてか、それとも善行忠敬という一個人としての感情なのかは分からなかった。
 舞はその善行の様子を遠い昔のように思い出しながら、疲れた身体にさらにむちを振るう。
 小隊から戦死者を出すことなくこの戦いを終えた歓びで、みんながわきかえっており、舞の行動に気がつく者はいないかと思われた。
「舞……何をしてるの?」
「見ての通りだ…」
「戦いは終わったんじゃないの?」
「……我の戦いはまだ終わらん。」
 舞の手刀が速水の鳩尾へとめり込む。
 ゆっくりと崩れ落ちる速水の身体を抱きとめ、舞は目を伏せて呟く。
「速水…善意なる存在、速水厚志よ……我ら芝村にとって世界は敵たる存在と敵でない存在の2つしかなかった……多分そなたは、私にとって最初で最後の味方となろう。」
 舞は速水の身体をゆっくりと横たえ、軽く頭を下げた。
「今日の戦い以上に絶望的な戦闘だ……そなたを死なせるのは誰よりも私が許さん。もし生きて帰ったら私はそなたの言うことを何でも聞こう、約束する。」
 自分の墓碑銘を刻むような口調で、舞はそれだけを言い残すと、瞳に強い意志を滲ませて顔をあげる。
「出陣るぞ。」
 闇の中から坂上が現れ、頭を下げた。
「御武運を祈ります……」
「すまぬ。」
 本来は滝川の乗る士魂号単座に乗り込もうとして、舞はふとあたりを見回した。
「誰かをお捜しで…?」
 誰もいなかったことに、安心したような表情を見せて、舞は呟いた。
「……いや、ただ気になっただけだ。」
 
 芝村となってから、目指すモノがあった。
 そのためにたどり着かなければいけない場所がある。
 もはや足踏みは出来ない。
 舞は深く息を吸い込んで、闇の中に身を投じた。
 可能性は低くとも、辿りつかなければ意味がない……
「この戦いを1人で制し、我が生き残れば……」
 舞の乗る士魂号が大きく前方に跳躍した。着地と同時に大太刀を突き出して幻獣を両断する。
「勝ちだ!」
 悲鳴を上げる士魂号の性能を引きずり回し、延々と残敵を葬っていく。
 まず時間の感覚が、舞から消えていった。次に、消えたのは周りの景色。
 それでも、目に見える敵を葬り続けていくと、次に音が消えた。
 連続稼働時間の限界を超えた士魂号を捨て、ウォードレスで機外に転がり出た時、舞は微笑んだ。
 もちろん、本人にその自覚はない。
 カトラスを振りかざし、ただ真正面から斬りつけて走り抜ける。
 そして最後に、視界が白く染まり、黒く濁っていった……
 
 頬に風を感じた。
 音が自分の元に戻ってきたことを知る。そして、痛み。
 無理矢理瞼をこじ開ける。
「……っ?」
 もうすぐ夜が明ける、と舞は最初に見えた景色からそう感じた。
「生きて……いる…のか?」
 微かな爆発音。首の悲鳴を無視して、あたりを見回す。土煙。
 舞は震える指先で目をこすった。
 ゆっくりと近づいてくる人影。
 舞は叫ぶ。
「来須っ!」
 体中のあちこちで悲鳴があがるが気にしない。痛みこそ生きている証。
 起きあがろうとした舞は、自分の右足が完全に折れていることに気がついた。動けないまま来須が近づくのを見守る。
 やがて、来須は舞の前まで来て膝を折った。
 それを上体だけで抱きとめる。
「何故…」
 助けに来た?その言葉が言えない。
「…凍った大地に種を蒔き続けた奴がいる。情熱で氷が溶けると信じていた奴だ……。」
 指先に感じる来須の体温が下がっていく。
 舞は口をつぐんだ。
 理由は分からないが、この男の話を聞かなければ後悔するような気がした。
「長い時間をかけてやっと出た芽だ……俺と違って、この世界の、かけがえのない存在……。」
 来須は、優しげな微笑みを浮かべて舞を見た。
「そんな顔をするな…。」
 舞の手の中で、来須が軽くなっていく。
「認めんっ!我は認めぬぞ、そんなこと!あの日、我は誰1人死なせぬと誓ったのだ!」
 来須の指先が舞の頬を撫でる。
「認めろ……人は死ぬ。お前がそれを認めない限り……この世界は今を繰り返し続ける。誰よりも強い意志を持つお前がそれを願うから……」
「違う、我は竜を倒して世界を救う……そのために…」
「それは幻想だ……その考えに捕らわれて永遠に故郷を失った俺が言うのだから間違いない。」
 呆然と自分を見やる舞に示すように、来須は天空に浮かぶ黒い月を指さした。
「お前の敵は…あれだ。人であることを捨てるな……人は人でしか救えない……」
「来須……?」
 来須の身体が足先から薄くぼやけていく。
 少しずつ頼りなくなっていく感触が舞の心をかき乱す。
「俺が死ねば、この世界にいたという痕跡が消える。記憶も…全て。」
 舞は来須の身体をきつく抱きしめようとするが、既に手応えはない。
「呪われた生だ……その涙もいつか何故流したのか分からなくなるだろう…」
 どこか悟りを開いた高僧のように来須は目を閉じる。
 これ以上、目の前の少女の泣き顔を見ていたくない。
「……何も、残してはくれぬのか…?」
 死体はおろか、記憶までも…
 全てを失う……
 舞は短剣をとりだして己の髪を断ち切った。
「最後に……一度でいい、舞と呼んでくれないか…」
 髪の毛を来須の首のあたりに押しつけてせがむ。
 一瞬の躊躇の後、来須の唇が開き、また閉じられた瞬間、来須の姿はかき消え、地面の上に舞の髪の毛が散らばった。
 
 その日より二十数年、ついに人類は黒い月への攻撃を開始する。
「芝村、出撃の準備は出来たよ。」
 舞は、この間ずっと軍に在籍し、最前線に立ち続けた。
 そんな舞を影から支え続けたのが、速水その人である。
 舞は、ふと何かを思いだしたように速水に尋ねた。
「速水…そなたが私のことを名前で呼ばなくなったのはいつからだ?」
 長年軍にありながら、未だにぽややんな笑顔を保つ彼は首をひねった。
「確か……芝村が髪を切ったときだよ。」
「そうか……」
「もう、伸ばさないの?」
「この戦いに勝ったら考えてみよう……その時は速水、我らが出会ったあの小隊の同窓会でもやってみようか?」
 速水が微笑む。
「そうだね……みんな元気かな……どうかした、芝村?」
 急に後ろを振り返った舞を見て、速水は言った。
「いや……良くわからない。あそこを歩いている兵士が何故か気になっただけだ。」
 
 
                   完
 
 
 んんっ?何か身が入ってないなあ……個人的には好きなネタのはずなんだが。やはり、舞だけに感情的な揺れを出せないからだろうか。
 多分、祭とか壬生屋あたりのキャラにふさわしいお話だったかも。
 もしくは原さんか森さん。(笑)

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