戦闘後の死傷者の収容作業というのは来須と若宮にとって憂鬱な時間であった。
 ウォードレスを着用したままで、ある時は瓦礫の山の中を、ある時は汚泥と化した地面に膝までつかりながら戦場をねり歩かねばならない。
 来須にとって憂鬱なのはそんな些細な(?)苦労ではなく、原型をとどめない死体のパーツや、医学的に言えばかろうじて生きているといった重傷人を発見した時である。
 もちろんその様なときも表情に出したりはしない。目深にかぶった帽子の奥に隠した青い瞳を微かに細めるだけである。
「・・・Bの63地点で死体の一部を発見した。」
『・・・了解。』
「俺はもう一度この辺りを探す。」
『できれば目印を頼む。』
「・・・わかった。」
 来須は元は人の一部だった塊に軽く頭を下げ、再び付近の捜索を始めた。
 
 シャワーの水流が来須の身体の汚れを洗い落としていく。
 水滴をはじく若い身体は、決して筋骨隆々というわけではない。余分な肉を削ぎ落とした上にうっすらと脂肪の膜を備え付けた、軍人と言うよりは格闘技者に近い体つきをしている。そのため、服を着ると一見ほっそりとして見えるが、寸は詰まっており体重的には筋骨隆々の若宮とそう変わらない。
 来須が個室から出てみると、若宮がビキニパンツ一丁で汗がひくのを待っていた。左手に持った何かを団扇代わりにしてぱたぱたと扇ぎながら、来須に向かって白い歯を見せる。
「おう、来須。お疲れさん。」
「・・・ああ。」
 にこりともしない来須を見て、若宮は眉をひそめた。
「我々の部隊の被害は無し・・・お前に笑えとは言わんが。」
「人類側に被害が出れば、その戦闘は負けに等しい。」
 相も変わらず無表情のまま、タオルで身体を拭い続ける来須。若宮は一つため息をつき、話題がないので思い切って提案してみた。
「飯でも食うか!」
「・・・味のれんは閉まってる時間だが?」
 来須は汗がひくのも待たずに、服に袖を通していく。若宮もまた来須に合わせるように慌てて制服を身につけ始めた。
「心配するな、俺の弁当は3人前だ。」
「断る。俺はお前ほど胃腸が丈夫じゃない。」
 この陽気では、朝作った弁当が深夜まで無事かどうかかなり疑わしい。そう思って来須は辞退したのだが、断られた若宮にとってはそれがあまりに冷たい物言いに聞こえたのだろう。
「むう・・・友達甲斐のない奴だ。」
「すまん、疲れている。」
 そう言い残したのは来須のせめてもの気遣いであった。さすがに若宮もそれ以上は何も言わない。
「そうか・・・じゃあまた明日だ。」
「ああ。」
 口ではあのようなことを言っていたが、若宮もかなり疲れていたのだろう。少し足取りが重いように来須には見えた。
 ふと空を見上げてみた。
 空は厚い雲に覆われ、星明かりさえ望めぬ暗闇を余儀なくされている。そんな暗闇の中を、来須は平然と足を進めていくが、それを疑問に思うような人間はその場にいなかった。
 
 戦場において動けなくなった時が自分の最後ということを心の底から理解しているため、とにかくスカウトは暇さえあれば走っている。だから若宮と来須が肩を並べて走っている姿など珍しくも何ともない。
 来須も若宮もスカウトとして一流の部類に入る評価を受けている。少々走ったぐらいでは息一つ乱さない。だから、わざと話しかけながら走ったりすることで自分に負荷をかけていく。大概はつまらない話であるが、今日は少し違った。
「来須、余計な事かもしれないが・・・最近のお前は戦場で突出しすぎていないか?」
「ああ。」
 同じスカウトだが、それぞれ得意な分野は異なる二人である。白兵戦を得意とする若宮に対して、来須は銃撃を得意としている。
 士魂号よりも前線に出て走り回る来須の姿に危惧を覚えているのだろう、幻獣に肉薄した戦いを展開する若宮がそう言うのだから、来須のポジションは端から見てかなり異常なのである。
「我々スカウトに安全という二文字は無いが、最近のお前は死に急いでいる様な印象を受けるぞ。」
「・・・心配か?」
「俺はお前のことを信頼している。この部隊に配属されて俺は良き上官と同僚を得たと思っているんだ。その幸運を逃したくはない。」
 どこか弁解めいた若宮の言い方に、来須にしては珍しく口元をほころばせた。
「俺は今自分自身を研いでいる。」
「研ぐ?」
 鍛えるの間違いでは?と言うように若宮の口が開きかけたが、来須は静かに首を振った。
「これから先、想像を絶するような厳しい戦闘があるはずだ・・・その戦闘のために余分なものを削ぎ落としている。」
 わざと自分の身を死地に追い込んでいるとでも言いたげな来須の横顔を見て、若宮は眉をひそめた。
「そんな考えではいつか死ぬぞ。」
「戦闘というのは延々とロシアンルーレットを繰り返すようなものだ。戦い続ける以上はいつか死ぬ。」
 表情一つ変えずにそう言い放つと、さすがに若宮は鼻白んだ。が、そんな若宮の様子を知ってか知らずか、言葉を付け足した。
「死ぬつもりはない。」
「・・・そうか。」
「だが、死ぬべき時には死ぬ。・・・もちろんその時が来ないことを願っているが。」
「その時は俺も止めはせん・・・いや、多分止めることが出来ない状態になっているかもしれんがな。」
 来須と若宮は走る速度を上げる。それと同時に昼休みの終了を告げるチャイムの音が軽やかに鳴り響いた。
 
 来須が無表情に見下ろしている先には、無数の赤い瞳が輝いている。
「フン。」
「・・・熊本中の幻獣が集合してきたようだな。ありもしないお宝目指してご苦労様と言うところか。」
 来須は自分の帽子を取って、無言のまま若宮に投げ渡した。
「これは?」
「持っていろ。きっとお前の役に立つはずだ。」
 若宮は大きく目を見開いて来須の顔を見つめる。
「しかし、お前は?」
「必要ない。俺には俺の武器がある。」
 強い風が吹き出した。風は雲を呼び、そして雲は闇を呼ぶ。
「以前お前が言っていた『厳しい戦い』とはこのことか?」
 若宮は幾分厳しい表情をして空を見上げた。雨が降るとスカウトの機動力が奪われる。そのことを心配しているよう顔つきである。
「身体を動かすときは頭を使うな・・・そうだったはずだな?」
 静かに来須が呟いた。
「ああ、我々兵士に頭は必要ない。戻ろう、空が雲に覆われたら幻獣が攻撃を始めてくるはずだ。」
 
「うおおおっ!」
 一匹一匹に時間をかけているわけにはいかない。若宮は超硬度カトラスを大きく振り上げて目の前の幻獣の頭部を力一杯切り下ろした。普段ならどうと言うこともないが、今夜の戦闘はいつもとは規模が違う。若宮の大きな動きを待ちかまえていたように、幻獣が背後に忍び寄る。
「一カ所にとどまるな!」
 キヒャアアッ!
 その幻獣の頭部が四散して、若宮は初めて自分の迂闊さに気がついた。この戦いでは幻獣にいちいちとどめをさしていく必要はない。
 若宮は来須の方を振り向くと同時に、建物の影から来須を狙っていた幻獣に手榴弾を投げつけた。
「お互いにな。」
 休まず戦場を駆け抜け、目に付く幻獣を攻撃してはまた駆け抜ける。士魂号と違って、スカウトは自分の体力が続くかぎり動き回ることが出来るのだ。
 次に何をするかなどは考えない。考える前にまず身体が動く、そしてそれを可能にするのはこれまでの経験と本能のみ。
 目の前に現れたミノすけの身体にカトラスを突き入れるが、そのぐらいではくたばらない。逆に大きく暴れ始め、手の中からカトラスをもぎ取られる形になった。
 夢中で走り回っていたせいか、運悪く三方が壁に囲まれ脱出路は前しかない。だが若宮は不敵な笑みを漏らした。
「一対一なら逃げる必要などない。」
 ぐっと右拳を固めてミノすけの懐に潜り込む。火事場の馬鹿力か、ミノすけの身体が一瞬浮き上がるような強烈な打撃を食らわせる。だが、その威力に一番驚いていたのは若宮自身であった。ぽかんとしたような表情で自分の右拳を眺めている。
 その瞬間、若宮は何者かに体当たりを受けて吹っ飛んだ。その空間をミノすけの凶悪な攻撃が通り過ぎていく。
「来須!」
 来須は起きあがると同時に、ミノすけに向かってマシンガンの引き金を引く。さっきの一撃は断末魔の悪あがきだったようで、ミノすけはそれであっけなく地面に沈んだ。
「すまんな、助かった。」
「・・・気にするな。」
 若宮から目を逸らすように呟く来須の右腕がだらりと垂れ下がっていた。
「来須・・・」
「戦いが終わってから聞く。」
「味のれんで好きなものを奢ろう。」
 来須はほんの少しだけ口元をゆるませた。
「・・・楽しみだ。」
 そして二人は何事もなかったように再び戦場の人となり、援軍が来るまで走り続けた。
 
「5121小隊の諸君らは引き続きここで警戒に当たってくれたまえ。」
 熊本城に押し寄せた幻獣の本隊が壊滅したため、戦いの大勢は決していた。それ以前にさすがの若宮、来須両名も疲労の極に達している。特に来須などは脱臼した右肩を無理矢理はめ込んだ状態である。
「勝ったな。」
「・・・熊本ではな。」
「来須?」
 若宮は首を傾げながら来須の方を見た。警戒中とはいえ、実質は休んでいろということに等しい命令を受けたはずなのに、ウォードレスの武装の予備弾薬などをあるだけ詰め込んでいる。表情には焦りの色が見えた。
「お前、何を?」
「あの二人を死なせるわけにはいかん。」
 その瞬間、来須の右腕が青く輝きだしたのをかすれゆく視界の中で若宮は確認した。
 
「舞、ダメだ。士魂号が活動時間をオーバーした。」
「ええい、後少しだというのに!」
 士魂号から二人が脱出する。自爆で幻獣達がひるんだ時間を利用して一旦距離をとり、慣れぬ仕草でカトラスやマシンガンを構えた二人の肩に来須は手を置いた。
「お前らは逃げろ。慣れない戦いはするものじゃないし、こんなちっぽけな戦闘でお前達が危険を冒す必要はない。」
 そう呟いて来須は二人の武器を取り上げようとしたが二人は当然納得しない。特に舞などは目をむいて来須に口を開きかけた。
「何を馬鹿なことを言っておる。これは我々の戦い・・・」
 来須はため息を吐いた。
 気絶した二人を比較的安全な場所に運び込んだ来須は、自分の目の前に立った人物を見てまたため息をついた。
「・・・頑丈な男だ。」
「それだけが取り柄だからな。」
 白い歯を見せて笑う若宮。
「命令を無視していいのか?」
 来須にそう言われて、若宮はわざとらしく左手の多目的結晶を見る。
「生憎夜の7時をとっくに過ぎているんでな。今はプライベートな時間だ。文句の言われる筋合いじゃない。」
「屁理屈だな。」
「屁理屈も理屈だ。」
 来須は目前に迫った幻獣の群を見て呟く。
「あのぐらいなら1人で充分だ。」
「お互い五体満足ならな。」
 来須は無言でマシンガンを若宮に手渡した。そうすると若宮は一層白い歯をきらめかせて大きく笑った。
「来るぞ!」
 若宮はおや、と思った。あの控えめで無表情な男が大きく笑ったような気がしたからだが、今はそれを確かめる術がない。
「食らえっ!」
 ろくに狙いも定めずに群の先頭に向かって、マシンガンの一斉射をおこなう。来須はその一列後ろの幻獣に向かって弾をばらまいている。士魂号ならいざ知らず、歩兵の場合踏みつぶされても終わりなのだ。まずは集団の勢いを寸断するのがセオリーである。
 若宮はちらっと自分の『良き上官』の眠る方角に目を向けた。
「こういう戦いは我々にお任せください。」
 弾を撃ち尽くしたところで、若宮は右に、来須は左へと回る。バランスを崩した幻獣達は後続に踏みつぶされて戦うまでもなく絶命していく。
 その隙に二人は新しい弾薬を補充して再び撃ちまくる。この攻撃で出来る限り幻獣達の数を減らしておきたい。なんと言っても二人ともさっきの戦闘でぼろぼろなのだから。
 既にまともな命令系統が失われているのか、幻獣達の群はただ荒れ狂うばかり。だが、白兵戦においてはこれほどやっかいな集団もない。が、やがて二人の弾薬は尽きる。
 煙幕手榴弾を投げ入れたのを合図にして、若宮と来須はカトラスを手にその中に飛び込んだ。走り抜けるように幻獣達を傷つけ、しばらく様子を窺う。思った通り、周りの見えない幻獣達が数体同士討ちを始めている。
 この煙幕の効果が薄れる頃には、おそらく1人で7体から8体受け持てばいい位にまで数が減っているはずだった。が、今の二人にはそれでも少々厳しいのは間違いない。
 煙が消えると同時に二人は幻獣に突っ込んでいく。とにかく走るしかない、立ち止まることはいつでも出来るのだから・・・。
 
 東の空が明るくなってきていた。
 この男にしては珍しい小さな声で、若宮はぼそぼそと隣に座る来須に向かって話しかけた。
「来須・・・空が黄色く見えるんだが・・・俺は大丈夫なんだろうか?」
「心配するな・・・俺にもそう見える。」
 かつて感じたことがない極度の疲労が二人を襲っていたが、こういうときは反対に目がさえて眠れないものである。無論、幻獣が出現する危険はない。
「来須・・・右肩は大丈夫か?」
「かなり痛いな・・・だが、友が傷つくことを考えたら耐えられないほどではない。」
「・・・」
「そこで照れるな。どう対応していいかわからなくなる。」
 若宮は出来ることなら隣の来須の顔を振り返ってみたかったが、残念なことにそんな余力はない。おそらくは来須も似たような状態であろう。
「立てるか?」
「無理だ・・・が、そろそろあの二人が目を覚ますはずだ。」
 若宮は地面に身体を横たえ、嘘のように晴れ上がった空を見上げた。そんな若宮の耳に来須の呟きが聞こえてくる。
「誰かに背中をあずけたのは久しぶりだ。・・・お前といると安心できる。」
 若宮はそれには応えずに黙って目をつぶった。
 
 
                   完
 
 
 え、挽歌の意味理解してますかって?ああっ、やっぱり友情ですよね!(笑)どの部分で方針を変更したかみなさまで推理してください。一部のお姉さま方の望む展開はちょっと書けませんが、こういうのは好きです。気が向けばまた書いてみたいと思います。
 スカウトで熊本城決戦に挑んでみたいけどそれは無理。仕方ないので絢爛舞踏をとってお茶を濁してみるとかみないとか。(笑)
 初めて来須でプレイしてみたときは、『提案無し』『陳情無し』『会話無し』『金塊抜き(笑)』という一匹狼を演じていたのでえらいことになりました。誰も弾薬を陳情してくれないのでカトラス一丁で幻獣に突撃していく・・・はっきり言って地獄でした。某雑誌の特別データ『シバムラティック』なんか目じゃなかったですよ。『雨の後』や『劣悪な環境』が毎日発生して・・・あのプレイを経験したので大概のことではへこみません。
 そんなことしてると仲間が死にますけどね。(笑)授業が終わって何人かが同時に『くっ・・・』とか呟いてぶっ倒れる様はある意味ナイスでしたが。(鬼)
 

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