「……走る速度に至っては車よりも遅い。まあ、あなた方が乗る士魂号の能力はこんな所ですが……滝川君、質問ですか?」
「でもよお、先生。それって弱いじゃん」
 滝川の発言に、ざわつく教室内。
 坂上は口元に優しい笑みを浮かべて、元気のいい教え子に向かってほんの少し身を乗り出した。
「昔……機動性だけを優先したバイクによる機動部隊が存在しました。その軽快性を用いて幻獣の側面および背後に回りこむことで一時的に戦果を得た部隊です……」
「一時的に……ですか?」
 ためらいがちに発言した壬生屋に向かって坂上は大きく頷いた。
「それからしばらく経った頃、側面攻撃が可能な新型幻獣……今で言うナーガです、が現れました。明らかに機動部隊撃退様に進化した幻獣です……安易な機動性の追求、それは耐久力の減少を意味しましてね……」
 教室内が静まりかえった。
「……ある部分を特化した戦い方には、必ず弱点があります。そして、対応された、もしくは戦場を間違えた時……為す術もない」
 坂上は、指先で軽くサングラスを押し上げた。
 私情を交えそうな自分を縛めるように……
「都市部における中型幻獣との戦いを予測して、熊本では早くからそのための兵器が開発されてきました……まあ、当初は散々叩かれたらしいですけどね。今となってはその決断は賞賛されています」
「……つまり次々と転戦し、変化する戦場においては汎用性こそ重要だと考えたわけだな。火力は使用する武器で補うわけだ…」
「……芝村さんの言うとおりです。武器が選択できる、これは大きなメリットです……その集大成がこの士魂号の新型といえましょう」
 そう締めくくってから坂上は手元の資料を閉じた。
 そして、まだ時間があることを確認して微笑む。
「……少し、時間がありますね。さっきは汎用性を問題にしましたが、特化した兵器も戦場と戦い方さえ選べば目を見張るような戦い方ができることを教えましょう…」
 坂上は手に持った資料を机の上に置き、自らの記憶の中にある資料をたぐり寄せた。
「みなさん……熊本の、熊本だけに配備されたモコスという小型駆逐戦車をご存じですか?」
 
 モコス1型・2型……形式名称 MMD−001A・B (式神号)
 軽ホバー輸送装甲車(八式)のシャシーを原型に、2ヶ月という短期間で開発から実践投入をおこなわれた伝説的な小型駆逐戦車である。
 士魂号(L型)の生産が間に合わず、苦悩の中で急遽ひねり出された、時代の……いや、熊本だけに咲いたあだ花といえる。
「……本気なのはわかりましたが…しかし、正気ですか?」
「まあ、正気なんてものは戦争屋と科学者にはの邪魔になるだけだな、燃えないゴミの日に捨ててこい」
 などという、楽しい会話が開発室で為されてから2ヶ月。
 重戦車を凌駕するような分厚い装甲を動ける範囲でつけ、上部の旋回砲塔を外して士魂号(L型)に装備されている120ミリ砲を無理矢理装備した小さなボディが、なんとも痛々しさを通り越して笑みさえ浮かべてしまいそうな一見可愛いデザイン。
 ホバー戦車で、20センチ程度の極低空を這うように走り、整地での最大時速は30キロ。人間が走るトップスピードよりも遅く、砲の旋回もできず、最大仰角は10度。
 この開発に関わった者は、式神号と呼ばずに歩く棺桶と呼んでいたのだが、それを咎める者はいなかったという。
『前進っ!』
 勇ましい号令と共に、どっかんどっかんと弾を撃ちながらゆっくりと前進し、幻獣の攻撃を受けて動きを封じられて立ち往生しながらも友軍の盾となって弾をうち続ける……ただし、前方のみ。
 幻獣に囲まれてからでは脱出などできるはずもなく、日本人の心の琴線に触れる戦いぶりが熊本の各地で見られるようになったのは言うまでもない。
 しかし、これと言った効果的な攻撃をくわえられずに戦場に散ってゆくこの戦車は、いつしかモコスと呼ばれるようになっていった。
 おそらくはしぶとく戦場に居続けて、頑固者を地でいく姿からそう呼ぶようになったのであろう。
 ただ、彼らのほとんどは友軍の命を救いはしたけれども、その代わりに自分たちの命を犠牲にする者がほとんどであった。
 そのため、このモコスは開発されるのも早かったが、生産がうち切られるのも早かった。熊本の生んだ幻の傑作と呼ばれる所以である。(笑)
 
「……軽輸送車を重戦車にするアイデア自体が終わってるんですが、拠点防衛に関してなら十分な火力と装甲があったのと量産性に優れてました……それと、このモコスと言う名前は肥後もっこすから取られた名前でして……現場では結構人気がありましたね……」
 坂上は懐かしそうな表情で窓の外に視線を向けた。
「……一度座り込んだらてこでも動かない。そんなパイロットを多く死地に送り込んだ罪深い兵器とも言えるんですけどね……ただ、全生産数500台あまりのこのモコスをたったの4人で何十台も乗り潰した、この名前にふさわしくない連中がいたんですよ……」
 開け放した窓から、ひとひらの桜の花びらが教室内に舞い込んできた。それは、吸い込まれるように坂上の手のひらにそっと着地する。
 その花びらをじっと見つめる坂上。
 やがて、腹に残った空気を押し出すように呟く。
「……いや、一番ふさわしかったのかも知れません……」
 
「よし、俺が手を下ろしたら同時にスタートだ、いいな!」
 精悍な顔つきをした青年がさっと手を振り下ろしたと同時に、1人の青年とその物体……大きな荷物を担いでえっちらおっちらと左右に揺れる荷物を想像して貰いたい…が、走り始めた。
 青年の足はお世辞にも速いとは言えなかったが、200メートルほど離れたゴールに先にたどり着いたのは青年だった。
 それに遅れること数秒。
 モコスがゴールラインを駆け抜けていく。
「……おいおい、何が最大時速30キロだよ」
「まあ、このご時世で資料通りの能力を期待してはいませんけどね」
 呆れたように額を抑える青年と、仕方なさそうに頭をかく青年。その2人の元に息を切らして戻ってくるのは、先ほど走った青年とゴールラインで時間を計っていた青年、戦車に乗り込んでいた青年達2人。
 彼ら5名のうち実戦に出るのは4人で、今1人は整備担当でありその下に部下が3人付いている。
 戦車2台を保持しているものの、形式としては小隊規模に満たない。元々は開発した兵器を実験的に運用する集まりであったのが、いつの間にかなし崩し的に実戦に参加するようになってそのまま現在に至っているという適当な部隊でもある。
 それゆえに、彼らの戦車小隊の名前は今のところ無い。
「何とか動くことのできる砲台ってとこですね……車重があるせいか慣性も酷いですし」
「そのかわり、砲撃による反動はほとんど感じませんが」
「……とすると、どういう戦い方をするべきかな…どうした後藤、難しい顔をして?」
 後藤と呼ばれた青年……本名を後藤勇といい、この5人の中では最も小柄である……、は指先で頬をかき、屈託のない笑みを浮かべて言った。
「いや、友人がいましてね。そいつが…機動部隊とか言うバイク部隊に編入させられたんですが……全くコンセプトが逆だなと。味方の砲撃の余波で死人が出るとぼやいてました」
「嘉島(かしま)、お前ならどっちにのりたい?」
 嘉島と呼ばれた青年は、神経質そうに眼鏡の位置を調節し、手元の資料をきちんと閉じてから言った。
「……僕は整備が仕事ですから、戦場には出ませんよ」
「嘉島さん、整備の面から言ってこいつはどうなんですか?」
「どう…とは?」
「いや、壊れてもすぐに修理が利くとか……」
 嘉島は、青年の言いたいことを理解して肩をすくめた。
「元々士魂号(L)の穴埋めですからね、量産性は申し分ないそうです……僕としては、やっぱり性能の方が気にかかりますけど」
「横島(よこしま)、命の補充はできんぞ」
「わかってますよ、隊長……なあ、後藤?」
 横島は白い歯を見せてにっと笑い、隣に立つ後藤の肩を叩いた。
 真っ黒に日焼けした顔に、ツルツルに剃り上げられたスキンヘッドが異様な印象を与えるが、あることを除けば単に良く笑うがっちりとした体格の青年である。
 そのあることというのは……まあ、個人の身体的特徴を述べるのはあまりよろしくないし、その特徴を見事に消し去った彼の日頃の努力に免じてここでは述べない。(笑)
 通常、横島と後藤の2人で一台の戦車を動かす。
「しかし、隊長。撃たせずに撃つよりも、撃たれる前に撃つってのは戦車兵の心をくすぐりますね」
 と、これは隊長とペアで戦車を動かす泗水(しすい)。
 物騒な発言通り、血の気の多そうな顔つきであり、この中では一番歳が若いのにふさふさとした髭を蓄えているため、最も年を食っているように見える。
 そして隊長といえば……
「ばかやろ泗水…戦車兵の醍醐味ってのは撃たせた上で撃ち勝つことだ」
 柔和な顔つきに火のような心を持ち、しなやかな体付きからは想像できない力を秘めている彼は、日頃のこういった発言から誤解されやすいが、いかに犠牲を少なくして戦果をあげる良くできた隊長である。
 ただし、その勇猛とも思える戦いぶりから、彼の部隊に配属されたがる者はいない。
「……やれやれ、そんなことだからパイロットの補充ができないんですよ」
「気にするな……さて、今日一日使ってこいつを乗り回せ。自分たちの身体と心にこいつのデータを叩き込むんだ。資料は無視しろ!」
「イエッサー!」
 隊長に向かってびしっと敬礼する3人の青年。
 そんな彼らを、嘉島は肩をすくめながらも笑ってみていた……
 
『君たちは、P381−B地点に位置して防衛してもらいたい。いいか、何があろうとも絶対にだ!』
「……了解しました」
 隊長は通信を切り、手元の地形図に目を通す。
 そして友軍の戦力と、予想される幻獣の戦力を比較して顔を歪めた。その表情を見て、横島が口を開く。
「囮……のつもり何ですかね?」
「……なんつーか、どの地点が重要なのかもわかんねーのかね、あの馬鹿は?」
「さて、どうします?いざ逃げるにしても、逃げ足がありませんが?」
「おいおい横島、聞いてなかったのか?何があろうとも絶対に防衛しろと言われただろう?」
「そういうの好きですね、隊長も」
 横島はニヤリと笑い、頭を撫でた。
 それを見て、他の2名…後藤・泗水もつられて笑う。
「今度はどうします…この地点をさっさと放棄しますか?」
「ばかやろ……命令通りに動き、生き残ってからそいつの無能ぶりを笑ってやるのが楽しいんじゃねえか」
 
 最大仰角10度の砲塔の射程範囲は短い。
 しかし、彼ら四人の乗る戦車はコンクリートの瓦礫にわざと乗り上げることで射程を伸ばした。
 両脇にはビル……その間を通る道に戦車が2台肩を並べる。何のことはなく、ただ単に大きな野砲が2機据え付けられたような感じと思っていただきたい。
「隊長……予想通り、浮遊タイプの幻獣がいくつかでばってます」
「放っておけ、どうせ、ここには攻撃してこないから」
 囮にすることを見込んだ戦車には目もくれず、幻獣達は主力である味方に一斉に襲いかかった。
 火力の集中を想定していたポイントをはぐらかされ、見晴らしのいい地点に半円を描くように配備されていた部隊が動きの早い浮遊タイプの幻獣に攪乱され、その間に接近された幻獣達の近接攻撃によって総崩れになるまで約一時間。
『全軍撤退!健闘を祈る!』
 その通信を冷ややかな気持ちで受け取って、彼らは笑った。
「我々を囮にするつもりなら、配置する地点を間違えてますよねえ……」
「最初から負けるつもりなら間違ってはいないんだけどな……さて、これから忙しくなるぞ」
 砲身が灼けつくかと思われるほどに、照準内になだれ込んできた幻獣達に対して二台の戦車が激しい砲撃を開始した。
 足の速い友軍を追っていた幻獣達の注意がこちらに向くのがわかる。
「撃て!残弾は気にするな!」
 こちらを振り向きかけた幻獣が2台の集中放火を浴びて、撃墜を確認される。
『……何をしている!全軍撤退だ!』
「しかし、我々は何があろうともここを防衛するように命令されましたが?あらかじめ負けることを予測して、味方の敗走を援護する作戦とは、なかなかに先見の明がおありのようで感服します」
『……っ』
 いきなり通信が切れる。
 次々と砲撃の準備をしながら、泗水が隊長に向かって声をかけた。
「幻獣の攻撃を分散しないと全滅するのに、何考えてるんですかね?」
「あの指揮官は自分の言うことを聞くか聞かないかが重要なんだろ……横島!友軍の位置を確認しろ!」
「取りあえず指揮官は撤退しました……後は……そうですね、ぼんくらのために10分ってとこですか。一応、幻獣の半分ほどはこっちに向かってます…」
「良し、後2発撃ってから自動砲撃モードに切りかえろ」
「了解…」
 その2発の正確な砲撃で新たに幻獣を2匹撃破すると、彼らは戦車から降りて徒歩で脱出をはかる。
 一定間隔をおいて照準調整もなく繰り返される砲撃だが、密集して突っ込んでくる幻獣ならそれなりの命中を果たすだろうと見込んでのことである。
「隊長…浮遊タイプの幻獣がっ!」
「後藤!埋めろ!」
「イエッサー!」
 戦車の両側に建っていた廃ビルに仕掛けておいた爆薬が炸裂し、瓦礫が二台の戦車に降り注いでいく。
 像が踏んでも壊れない分厚い装甲だけに、二台の戦車は瓦礫に埋まったままちょこんと突き出た120ミリ砲から砲撃を繰りだしている。しかし、幻獣側からは瓦礫の山に阻まれて思ったような攻撃が仕掛けられないままにまた1匹が撃墜された。
 そして、その攻撃を最後に弾切れとなり戦車は沈黙する。
 その頃には、四人は既にその場を遠く離れて撤退ポイントに向けてひた走っていた。
 
「……宇土(うど)十翼長。何故査問会に君が呼ばれたかわかっているかね?」
「上官が無能だからでしょう?」
 隊長……宇土十翼長は、自分の正面に座る男の目を見すえて言った。
「戦闘に参加した指揮官の報告書によると、君たちが犯した命令違反により戦線が混乱、結果敗北を喫したとのことだが……」
「我々が犯した命令違反とは何でしょうか?」
 男は、口元に笑みを浮かべて報告書を投げ捨てた。
「こともあろうか、君たちの戦車が必要以上に突出してバランスを壊したそうだ」
「友軍と幻獣の記述を適当に書き変えれば、あまり間違った記述でもないと思われます」
「……もう一度、自分で指揮をとってみようとは思わないのかね?」
「いえ、私はある地点を防衛せよという命令を遵守しようとしましたが、結局は無傷の戦車を捨てて戦線を離脱した罪がありますので……」
「……なるほど。査問会の面目も立ててくれるわけか…」
 男はおかしそうに笑い、手を振った。
「宇土十翼長。この戦いにおける君たちの戦果と、ささやかな命令違反の両方を考慮して処分は無しにする…」
「ありがとうございます……」
 宇土は素直に頭を下げた。
 そして、その場を退室しようとした宇土の背中に男の声がかけられた。
「宇土君…あの戦車は使えるかね?」
「使い方次第ですが、一刻も早く開発を中止する方がいいと小官は思います」
「……と、いうと?」
 宇土は肩をすくめて首を振った。
「あの戦車、愛国者には死の誘惑に駆られやすいと小官は判断してます」
「……すぐに補充を届けさせよう」
「……ご厚意、感謝します……では、これで失礼します」
 宇土が退室した後、男は大きくため息をついた。
「何故そうまでして現場にこだわる…?」
 
「横島、微速前進……泗水、こちらは全速後進で建物の陰に…」
「全速でも微速ですけどね…」
 宇土の乗る戦車に向かった幻獣を横島の乗る戦車が右斜めから砲撃、命中と同時に今度は横島の戦車が後退を開始して宇土の戦車が前進する。
 本来長大な射程を誇る120ミリ砲だが、仰角が10度ではその射程がかなり短くなる。攻撃範囲に敵がいないときは一番近い敵に反応する幻獣の特製を逆手に取り、突出した幻獣を正三角形の頂点に見立てて前進と後退を繰り返す。
 その距離とタイミングを宇土が全て判断していた。
「横島…もうちょい前。泗水は少し後ろ……反転!」
 などと芸術的な攻撃を繰り返していられるのも最初の内だけで……
『全軍撤退!健闘を祈る!』
「横島ぁ!30秒ほど待機してから、幻獣の群の中に突っ込むルートに設定して脱出しろ!」
「またですかい、たいちょー」
 全軍が撤退を始める中、ただ一台幻獣に突っ込んでいく戦車に幻獣の攻撃が集中する。その分厚い装甲を貫いて動きが止まる頃、もう一台の戦車が幻獣の側面へと到達していた。もちろん、宇土と泗水の2人は脱出している。
 一台目の戦車が破壊されるまでの時間と、二台目の戦車がそこに到達する時間。
 その2つが見事にかみ合い、多目的ミサイル倉を2つ抱えた二台目の戦車が攻撃を受けたのは幻獣の集団のすぐ側であった。
 激しい誘爆の余波を背中に感じながら、泗水は隣を走る隊長に向かって話し掛けた。
「しかし、隊長。我々って凄く贅沢な戦い方をしてますよね……」
「なーに、兵器なんてのは壊してナンボだ!」
「……通信、切ってますよね?」
「泗水!お前若いのに心配性だな!」
 と、撤退ポイントに到達した時点で宇土達4人の戦いは終了するのだが、嘉島の戦いはここから始まる。
「……た、隊長の戦車はまず無理として、横島君達の戦車は装甲が再利用できる部分をひっぺがしておくように……全部!使える部分と使えそうな部分は全部ですっ!」
 嘉島は握りしめた拳をブルブルと震わせながら、部下の整備兵にこれからの指示を出して一旦通信を切る。
 そして、深呼吸で気持ちを落ち着けてから再び通信のスイッチをつけた。
「はい、こちら本土防衛……」
「あ、どーも……戦車二台と多目的ミサイル倉3つの補充をお願いしたかったりするんですが…」
「……またですか?大体あなた達はこの前も……(以下3分)……いくら量産がきくからといっても……(以下5分)……」
「はい…はい…わかってます、それはそのまさにおっしゃるとおりで…しかし、逃げ足のない戦車なので玉砕…いや、幸いパイロットは怪我はしましたがなんとか無事で……」
「修理は……それに、多目的ミサイル倉なんて何に使うんですか?」
「いやあ、毎度のごとく木っ端微塵でして……ミサイルは頼まれモノです、はい……いや、嘘なんてついてないですよホント…」
「……(沈黙10秒間)……遅くとも二日後までには届くようにします…」
「はい、ありがとうございます」
 ぐったり……
「た、隊長の馬鹿野郎……」
 そして、次の日。
「おー、新品だ新品!」
「楽しそうですね、たいちょぉぉぉぉぉぉ……」
 賞味期限を10日ほど過ぎた納豆のように長々と糸を引く嘉島の口調を耳にして、宇土は新しく届いた戦車の装甲の表面を撫で、遠い眼差しをして呟いた。
「戦車二台と、お前の精神的苦痛で人命が救われるなら安いモノだよなあ…」
「頼みますから、打ち上げ花火みたいな戦い方はやめてくださいよ。補充がいつまでも続く……わけでも、ありませんし……って、まさか!」
 宇土は白い歯を見せてニヤリと笑った。
 嘉島は慌てて手近な端末に指を走らせ、軍の兵器関係情報を検索して悲鳴を上げた。
「あ、ああっ!この戦車の未帰還率8割越えてる!」
「ちなみにうちの部隊では未帰還率が一応(報告上は)10割だ……つーか、最近の俺達って勝ち戦に参加した記憶がねえなあ…」
「……って、全未帰還数の2割以上がうちの部隊じゃないですか。胸張って得意そうにしてる場合じゃ…」
「……この戦車、使えないわけじゃないがパイロットが死にすぎる。早いとこ、生産中止に追い込まないと人材がもったいない。物的資源より人的資源を大切にしないと」
 楽しそうにげらげら笑う宇土を見て、嘉島は声を荒げた。
「素直に軍上部に上申すればいいじゃないですか!」
「いやあ、軍上部を納得させる資料が必要だろ?」
「これじゃあ、ただ単にうちの部隊が無駄遣いしてるように思われるだけですって!」
「ちゃんと、戦果はあげてる。気にすんな気にすんな…」
「じゃなくて、戦果をあげてるから降格されずにすんでるだけじゃ……って、あれ?」
 大丈夫、大丈夫とばかりにひらひらする宇土の手を嘉島はがっちりと捕まえ、低いドスの利いた声を絞り出す。
「……つーことはあれですか?これまでのキャノンボールのような戦い方は何だったんですか?」
「俺の趣味に決まってる」
 この日、嘉島は軍に入って初めて上官に向かって暴力を振るったという……奇しくも、この戦車の生産中止が決定された日であった。
 
「……最終的に、全部で500台ぐらいらしいですね、この戦車」
「結局俺達で1割潰したのか……まあ、勲章貰えなくても仕方ないかもしれんな」
 彼らの幻獣撃墜のほとんどが撤退戦における数字であることを考えると、通算してもうじき3桁に手が届きそうな宇土のスコアは特筆ものであった。
 しかし、軍は宇土への勲章を保留したままである。
 ここ数ヶ月の、戦車破損数が響いているのはいうまでもない。ちなみに、自動砲撃による撃墜と、自爆による撃墜はスコアとして軍に認められていないことを記しておく。
 そして、今彼らの目の前にある戦車だが……書類上ではここに存在していないことになっていた。
 最初の戦闘で瓦礫に埋めた2台の内、1台は壊れていなかったのである。
「はっはっはっ……新しい戦車ができるまで待機してろだと?国をあげての総力戦とも言える防衛戦から俺達を仲間はずれにしようなんてそうはさせんぞ!」
 悪役のように高笑いしながら戦車をばんばんと叩く宇土……命令違反これだけを見てるとただの戦争好きとしか思えない。
 嘉島は疼くこめかみのあたりを押さえ、ため息混じりに呟いた。
「……こんなことなら補充用に隠匿しなければ良かった」
「止めないのか?」
「負け戦には絶対参加しますからね、何言っても無駄でしょう隊長は……本当なら今頃は小隊隊長じゃなくて……?」
 ぶつぶつと呟く嘉島の言葉を宇土の手が遮った。
「……後にしろ」
「隊長、やっぱり戦闘に参加するんですか?」
 戦闘準備は完了済みと思われる服装で現れる横島と後藤、そして泗水。パイロットは4人いても、動かせる戦車は1台しかない。
「じゃあ、俺達の誰が隊長のお供に……」
 当然俺が…とでも言いたそうな横島の言葉を遮って嘉島が口を出した。
「いや、僕が乗ります」
「えっ、嘉島さんパイロット資格持ってるんですか?」
「戦車が乗り回せなくて整備ができますか…君たちより、よっぽど隊長とのつきあいは長いんですよ…」
 穏やかに呟き、眼鏡を外して無造作にポケットに押し込む鹿島。
「しかし……」
 レンズの向こうに普段はカムフラージュされていた鋭い視線が、3人の反論を許さない。
「隊長の指示が無ければ立ち往生するヒヨッコは黙ってなさい……」
「おいおい嘉島、……こいつらは、いい腕のパイロットだぞ」
「……ただのいい腕じゃあ、あなたの足手まといでしょうが」
「最近は分別くさくなったっと思ってたのに……お前ね、そんなんだから俺以外とペアが組めなかったのわかってないな?」
 嘉島は口元を微かに歪めて笑った。
「あなた以外とのペアなんてぞっとしますね……だから、あの時僕は整備の道を選んだんですよ」
 宇土は嘉島の瞳をじっとみつめ、そして普段嘉島がやるように肩をすくめて横島達の方を振り向いて言った。
「……お前ら3人は見学。もちろん、戦場のあちこちに仕掛けはして貰うが…」
「ま、隊長が決めたなら別に……」
「しかし、待機命令無視に物資隠匿、指揮系統混乱とか考えるとマジでやばくないですか?」
 宇土とのつきあいが一番短い後藤の心配そうな呟きに、宇土は笑って手を振った。
「大丈夫だ…負けた後の混乱時に参加するつもりだからわかりゃしねえよ」
「……負けるって決めてますね?」
「戦術上はな……ただ、戦略としてはここで生き残る人材が多ければ数年後に勝てないとも限らん」
「……隊長って、時々良くわからないこと言いますね」
 何気ない泗水の言葉を耳にして、嘉島は床の上に視線を落とした。
 
 声もなくただ押し寄せる幻獣の大集団に対して、人類側は士気を高揚させんとばかりに突撃行進曲と共に攻撃を開始した。
「……歌う余裕があれば考えればいいんだ。歌う余裕があれば……身体だってまだ動く」
 戦況を見守りながら、宇土は独り言めいた呟きをもらした。それを聞きとがめたのか、嘉島は宇土の方を振り向きもしないで言った。
「……何故、指揮官の立場を捨てたんですか?死ぬ兵士を少なくするなら、そっちの方が効率がいいでしょう?」
「……戦車兵が性に合ってんだよ、俺は」
「死ぬまでには本当の理由を聞かせてもらいますよ……」
 会話をうち切るように言い捨て、嘉島は戦車の起動の準備を始めた。宇土は通信を使って、今の前線から離れた場所にいる部下達に向かっていろいろと指示を飛ばしている。
「……あなたの読み通り、右陣から綻んできましたよ」
「喜んでいいのか悪いのか…」
『隊長、仕掛けセットしました……撤退します』
「うーい……嘉島、俺はちょっと寝るから20分経ったら声をかけてくれ」
「はいはい……相変わらずで安心しましたよ」
 嘉島は楽しそうに呟き、そして通信で伝わる戦況を記録し続ける。
 後30分もすれば戦線のバランスが崩れると読んだ、唯一無二のコンビである宇土のために。
「……僕と隊長は軍の機密情報扱いですからね。大概の命令違反は上がもみ消すはずなのに慎重なことです」
 数年前、常識を越えた戦果を挙げた戦車兵がいた。
 あるはずのない性能を絞り出し、徒手空拳にも等しい装備で幻獣を殲滅させていく。そのデータは軍にとって現場を混乱させるだけと判断されて抹消された。
 その1人は、元が幹部候補生だったため指揮官となるべく本部に送られ、宙に浮いた形となったもう1人が転属願いを届け出たことでこの伝説は一旦幕を閉じる。
 自分たちの登場は早すぎたのだ…と、嘉島は思う。
 幻獣の動きを見切り、その動きを想定した上で予定通り動く。今でこそベテランパイロットの中にはそれに近い動きを見せる存在が何人か認められるようになったが、当時では異質な存在として排除されるしかなかったのである。
「……宇土さん、時間です。後、現在の戦況はこっちで……」
「……もったいない」
「なにがです?」
「機動部隊だよ……思ってたより大分やられてる。後藤の友人が生き残ってるって話だったが…」
 おそらくそれ以外では自分が予想していた戦況とほとんど変わりがなかったのか、宇土はすぐにそのデータから視線を外した。
「強い人間ならどんな状況でも生き残る……これ、宇土さんの言葉ですよ」
「忘れたな、そんな昔のことは……」
「弱くなりましたか、宇土さん?」
「幻獣が強くなったと言う意味ではそうかもしれん……」
 2人の乗る戦車が始動すると同時に、全軍撤退の指示が通信に乗って戦場を飛び交った。
 
 自軍の火線がいきなり消失したことに気が付き、バイクを疾走させながら首をひねる男が1人。前面180度の攻撃範囲をカバーする新型幻獣の背後にまわりこみ、20ミリ機関砲を叩き込む機動部隊の生き残りである。
 後年、体格がいいというよりもあれは中年太りだねなどと新井木に噂される坂上も、この時はすらっとして精悍さを漂わせる軍人である。
「…っ…撤退なのか?」
 別名、使い捨て部隊の名にふさわしく、機動部隊にはまともな通信機器が搭載されていない。
 つまり、今の自分と同じ境遇に陥っている仲間が数人取り残されている可能性がある。
 コンマ2秒ほど逡巡し、坂上は生き残りの仲間に撤退を伝えるべく戦場を疾駆し始めた。今の自分が何かに誘惑されていることを承知の上で……
 
 重戦車も顔負けの分厚い装甲を纏い、極低空を這うように前進する一台の戦車。
 幻獣の攻撃を読み切っているかのように巧みに直撃を避け、大地を裂いて降り注ぐ土砂及び瓦礫を装甲ではじき飛ばしながら間断無い砲撃で動きが早い小型幻獣の正面にまわって正確に一撃で吹き飛ばしてゆく。
 愚直とも思える突進だったが、幻獣達の注意を引くことには成功した。
 集中する攻撃の中で、重いものの直撃を避けて軽いものは装甲ではじき返す。それでいながら、常に戦車の動きは緩い弧を描いて直線的な動きを拒否していた。
 真後ろのポジショニングを許すことなく、その戦車は少しずつ、しかし確実に幻獣の群を戦場から外れた一区画に誘い込むことに成功しつつあった。
「嘉島っ、この地点で6秒待機!」
「無茶言いますね……何があるんです?」
 左右への噴射を巧みに使い分け、絶妙のタイミングで小刻みに機体を揺らしながら呟く嘉島。さすがに、疲労の色が濃い。
「空軍に知り合いがいてな……全速離脱後反転!」
 宇土の指示よりも早く、戦車はその地点から離れて投下爆撃の衝撃を利用して向きを大きく変えた。
「……戦車単独では勝てない時代になったと言うことですか?」
「昔とは質も量も違う……弾薬を使った攻撃は、大規模戦闘を戦い抜く事は……ましてや、戦車一台で何ができる…」
「……」
 戦車の進路を塞ごうとした幻獣を砲撃で吹き飛ばしながら宇土は続けた。
「囮なら、幻獣に進路を塞がれない空間的な機動力を持つヘリが優れている……」
「しかし、防御力は……」
 さっきまで戦車が走っていたラインを、幻獣の集中火線が炸裂して大地が裂けた。
「防ぐよりも避ける……否定はさせんぞ。今お前がやっていることだ…」
 再びの、空軍による投下爆撃。
 戦車は反転し、また戦場を這うようにして走り始める。既に、弾薬は尽きていた。
「……どんなに腕があっても、弾がなくなったら手も足もでん」
「しかし、それは……」
「撃つことと、精々体当たりぐらいしか攻撃手段のない戦車には俺達のようなパイロットは不要なんだ、嘉島」
「だったら、宇土さんはどうして?」
「部下を効率よく殺すことを考えるより、幻獣を殺すことの方が向いていたということだ……」
 宇土は嘉島から操縦席を奪い取り、戦車の向きを変えた。
「さて、装甲の厚さの実験だ……」
「……生き埋めですか?」
「しかも、投下爆弾のおまけ付きだ……そのぐらいやらないと脱出することもできん」
 宇土はそう呟いて笑った。
「嘉島、生き残ったら整備じゃなくて開発に行け……」
「……宇土さんの力が目一杯発揮できる戦車ですか?」
「そういうことだ……」
 2人の乗る戦車に、爆破されたビルの瓦礫が積もっていく。
 そして、瓦礫の上で右往左往する幻獣の群に向かって航空支援が始まった……
 
「……その2人は、どうなったんですか?」
 黙ってしまった坂上に、滝川は興味津々と言った感じで声を挙げた。
「1人は……あなた達の乗る、士魂号M型の開発に携わりました……」
「もう、1人の方は…?」
 それまで黙って聞いていた速水の質問に、坂上は少しサングラスを押し上げて窓の外に視線を向けた。
「……さて、どうなったんでしょうね?」
「あ、きったねーよ、坂上先生」
「いえ、もったい付けてるわけじゃありません……消えたんです。助かった1人の気付かぬ間に、煙のように姿を消して……」
「消えた…だと?」
 舞がぴくりと反応を示した。
「ええ、瓦礫の下の戦車は潰れていて……生死に関わらず自力での脱出は不可能な状況でした……ただ、これは非公式な情報ですからね、他言は無用に願います……」
「何故それを知っている?」
「友人から聞きました……私は、直接その宇土という人と会ったことはありませんが、なんとなく、私の知っている人に似てる気がしますよ……」
 カランコローン……
「おっと、時間が来ましたね。今日の授業ははこれまでと言うことで……」
 
 
                     完
 
 
 最初はお約束中のお約束で、壮絶に突撃するお話を書こうと思ったんですが……ちょっと気が変わったせいでこんな事に。(笑)
 ちなみに、『モコス』というのはゲームの中で情報が出てきます。図書館の人類側の兵器資料に詳しく載ってますので気が向けば……
 書きながら、さて何が主題なのか自分でもわからなくなりました。書きたかったのにきちんと書けなかった事、考えてもなかったのにイメージが湧いて書き足した事が入り混じったのでまとまりはないです。
 ごめんなさい、高任はちょっと疲れてます。(壊れてるのか?)

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