3月の下旬。
福岡全域にはっていた防衛ラインが破綻し、幻獣の大軍が熊本の北部、阿蘇戦区に大量になだれ込んだことに責任を感じた幹部は、第6師団を熊本へと派遣することを決定した。
この物語に登場する男、直方晋(のおがた・すすむ)もその中の1人である。
短く刈り上げられた短髪に厳つい風貌。
八代平野の戦いの生き残りの1人であるにふさわしく、いかにも歴戦の軍人らしい風格を漂わせた壮年の男である。
阿蘇特別戦区の本営にて着任の挨拶を交わす。
「福岡第6師団より派遣されましたグレイハウンド小隊、ただいま到着しました。」
「うむ。早速だが貴官の小隊の規模は…?」
「はっ、小官1人です。」
鷹揚な態度でソファーに身を沈めているこの戦区の最高責任者である男の太い眉が、びくっと蠢いた。
「…何?」
晋は生真面目な態度でもう一度詳しく繰り返した。
「グレイハウンド小隊は、小官、直方晋1人であります。」
男がほんの少しソファーから腰を浮かせた。
「のおがた……死神の直方か?」
「そう呼ばれることもありますが。」
何とも複雑な表情を見せ、再びソファーに身を沈めて男は呟いた。
「……わかった。後で指示を送るのでそれまで待機していてくれたまえ。」
「はっ、失礼します。」
晋が退室した後、男は苦虫を噛みつぶしたような表情で、忌々しげに福岡の方を向いて吐き捨てた。
「福岡のやつら、厄介者をこちらに押しつけやがったか……」
直方晋。
軍に在籍すること20年。階級は百翼長。
ただし、戦車随伴歩兵(スカウト)としては異例の階級と言わざるをえない。エースと呼ばれるパイロットが名誉職として形式的に昇進することはあり得るが、スカウトが昇進することはほとんどない。
2つある例外を除けば、全くないと言ってもいいぐらいだ。
その例外の1つは、もちろん戦死である。
そして、晋の昇進についてはこの例外が深く関わっていた。
元々、日本国内においてこれほど頻繁に戦闘が行われるようになったのはつい最近のことである。つまり、晋も軍歴は長いが戦闘に参加した回数はそれほど多くはない。
軍に所属して3年目、晋は初陣を経験する。
この時、晋の所属する小隊は全滅したと判断され晋は戦士から十翼長へと昇進した。だが、それから一週間後に、晋は全身傷だらけになりながら生還を果たしたのである。
一旦昇進させた者を降格させるわけにもいかず、結局晋は殉職扱いで初めての昇進を果たした。
そしてそれから1年後に、同じ事を晋は経験する。
とにかく、晋の所属する小隊は戦闘に参加するたび全滅の憂き目にあうのである。
戦闘を繰り返していくうちに、いつしか晋は死神と呼ばれるようになっていた。
軍もさすがに懲りたのか、二度と晋のことを殉職扱いにしようとはしなかった。そしてその度戦場から生きて還ってきた男が直方晋である。
自然と彼の噂だけが1人歩きし、結局、彼が一人きりの小隊を率いることになったのが数年前。八代平野の戦いも、彼はグレイハウンド小隊として1人戦場を駆け回った。
心ない者は、戦闘から逃げ回る臆病者と晋をそしるが、決してそんなことはない。ただ彼の場合、それを証明してくれる人間がほぼ存在しないのは事実だ。
本人が何も言わないのも、その理由の一端であろう。
気にくわない部下はグレイハウンド小隊へ転属させろ、というブラックジョークが一時期福岡師団では流行ったことがあったが、それが実行されたかどうかは定かではない。
だが、この阿蘇特別戦区には1人の男がいた。
名を産山功二(うぶやま・こうじ)という。
長い髪を後ろで束ね、長身痩躯、一見頼りなさそうな外見をしている。
どういう男かというと、晋がやってきたその晩にグレイハウンド小隊へ転属させられたことから判断していただきたい。(笑)
「産山です…グレイハウンド小隊への転属を命ぜられました。」
「見ればまだ若いのに、嫌われたものだな。」
「はっ?」
「いや、気にしないでいい。」
功二は含むところがあるように笑う晋を見て首を傾げた。だが、目の前に立つ晋をなんとなく好きになれそうに感じ、一応気になったことを口にした。
「司令は福岡第6師団所属とのことですが、ウォードレス等の装備はご存じですか?」
「ああ、問題ない。前に試作品の実験に使われたことがある。」
「なるほど。」
一応は納得したように頷いた功二を見て、今度は晋が質問を始めた。
「私の事は聞いたか?」
「はい。ここへの転属を命ぜられた時に、上官が楽しそうに説明してくれました。」
その光景が目に浮かび、晋は苦笑した。
「やれやれ、本人の知らないところでどんどん有名になっていくな…」
元々、晋はくだけた会話を好む。軍歴が長いため上官に対しては格式ばった話し方が身に付いてしまっているが、普段はこんなしゃべり方である。
便宜上とはいえスカウトだけの小隊である。
意思の統一をはかっておかなければ、思わぬところで足を引っ張る可能性がある。そのため、おおまかな考え方を知っていくのが有益だと2人はあうんの呼吸で判断していた。
「ところで司令、私が生き残る秘訣はありますか?」
「臆病になることだな。」
「なるほど。ですが、私自身臆病な人間が死んでいくのを多数目撃しました。」
「臆病さと、現状認識が足りないせいだろう…。」
晋は軽くあたりを見渡し、そして小声で囁いた。
「君は、幻獣と人間のどちらが強いと思う?」
「幻獣ですね。戦闘力はともかくとして、数の上での劣勢はどうしようもないでしょう。」
眉1つ動かさずに答えた功二に、晋は頷いた。
「君は多分長生きする。死ぬことに美学を見いだすタイプでもなさそうだし。」
「上官に恵まれれば……ですが。」
「上官は部下を効率的に死なせる義務があるはずだ。それを出来ない上官の命令は無視するに限る。君は戦場では好きに行動したまえ。責任は私がとる。」
「分かりました。」
功二はゆっくりと頭を下げた。
自分の身長を遙かに超える長大な何かを取りだした晋を見て、功二は首を傾げた。
「それは?」
「銃だ……一応君の分も用意してある。」
そう言って背後を指さす。
「射程は?」
「キメラのレーザーよりも長いよ。連射はきかないがね。」
そう呟いて、晋は引き金を引く。
「経験上、一発撃ったらすぐに移動した方がいい。どうする、付いてくるかね?」
「お供しましょう。」
以前は緑深き山だったのだが、繰り返される戦闘のため山肌の斜面以外に身を隠す場所はない。
走りながら自軍と幻獣の展開を読み、次に狙うべきポイントを計算する。
「……どうも腑に落ちないんですが?」
功二が首を傾げるのも当然だろう。
このような戦闘なら、ある意味新兵でも死ぬことがないはずだった。
「私が上官として戦うのはこれが初めてだよ。」
「死神という呼び名はただの噂と言うことですか?」
晋の目に、膠着した前線の状況が映った。
「……と、ここからは別行動で戦うことにしよう。2人でひとかたまりになっているのは効率が悪いし、狙われる可能性が高くなる。」
「はあ……」
曖昧に頷く功二。
まあ、確かに出来るだけリスクを負わずに幻獣を攻撃できるならそれに越したことはない。功二は銃を背負って晋とは別方向に向かって走る。
功二の姿が見えなくなったのを確認すると、晋は背中に背負っていた包みから新たな武器を取りだして笑った。
「……死神か。」
刀身は5尺あまり、全長にして2メートルの野太刀を勢いよく振り下ろし、腰の位置でびたりと止めた。
「……別に自軍に対しての異名とは限るまい。」
晋はその長い刀身を脇に構え、山の斜面を駆け下りていく。
彼が熊本へと派遣されたのは厄介払いではなく、まともな装備のない福岡では正真正銘、最強の戦力を派遣したのである。
ただ、ここ数年(特に八代平野の戦い)での軍の人的損耗は著しく、福岡師団でも彼の勇姿を知る者はほとんどいない。
1人きりの小隊となってからは、常に最激戦区に身を投じたため、あげた戦功を証明する者もいないというのが真実である。
自分と同じ戦い方を部下に望むほど晋は愚かでもない。
福岡一文字の流れを汲む刀工にうたせた野太刀は、スカウト標準装備カトラスの倍以上の刀身を誇り、異様な重ねの厚さと剣線を誤らない晋の腕がそれを長持ちさせている。
「ぜいっ!」
気合いもろとも、ナーガの頭部をふき飛ばす。
熊本の学徒兵の間で囁かれる死を告げる舞踏とは全く異なり、そこには優雅さのかけらもない。さすがに飛行幻獣には手が出ないが、大地に立つ全ての障害を文字通り斬り開くその姿にはやはり死神の名がふさわしい。
今ここに5121小隊の面々がいたならば、その姿の中に壬生屋の面影を見たかも知れない。
かつて修験者が集ったと言われた福岡と大分の県境に位置する英彦(ひこ)山。おそらく両者ともその流れを汲んでいるからであろう。
突っ込み、斬る。
相手の攻撃をかわすよりも、攻撃される前に全てを叩き伏せる剣をもって戦場を駆け抜ける。キメラの顎部が不気味な音をたてて開き生体レーザーが発射されるかと思われた寸前に剣を一閃させ、スカウトにとって致命的なミノすけの薙ぎ払い攻撃の内側に踏み込んで反対に薙ぎ払う。
戦場において生還する道は前方にしかないことを熟知している男であるが、彼の戦いはそれを見る者の心を震わせる。
それは戦場においてこの上もない危険。
だからこそ、彼は出来るだけ速く戦場を駆け抜けたかった。
自軍の兵士に見つからぬように。
「報告します……グレイハウンド小隊、戦死者一名。」
「……さすがは死神、と言うところか?」
晋は何も答えない。
全ては己が未熟なためであることを分かっているからである。
「またしばらくは、一人きりで戦ってもらうことになるな。」
晋は小さく頷き、その場を後にした。
完
……いいですよね、一匹狼って。(笑)
しかしスカウトをプレイしてると、カトラスの射程の短さが身悶えするほど苦しいんですよね。移動してさらにそこから歩かないと当たりませんし。そして運動力1300プラス白兵技能3プラス来須の帽子で攻撃して、与えるダメージが200未満だったときは泣きたくなります。(笑)
そりゃ運動力が高けりゃキックが一番なのは分かってますがね、それでも敢えて剣を使用するのが粋ってもんです。
でも個人的には、スカウトがキックできたかぜゾンビやスキュラを倒せるのは納得いかないけど。まさに人工筋肉が生み出す奇跡の大ジャンプなのでしょうか?
ちなみに、福岡一文字ってのは備前国に端を発する一文字派(銘に『一』の文字を入れることから)流れです。確か現存してませんが、有名な刀は『菊一文字』でしょう。
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