三国志街道を行く



中国最後の夜、武漢で買い物

中国内陸部の四川省・陝西省・河南省・湖北省・湖南省の五つの省にまたがる、歴史街道をバスで4000キロあまり走った旅も明日で終わりとなる。
 旅仲間とのお別れパーティを兼ねた夕食を街中の海鮮レストランで終えホテルにチェックインした。 
 札幌から私の中国病治療の癒しの旅の同行人をかって出てくれ、今日まで一緒に旅をしてきたO・M両氏と3人で中国最後の夜、揚子江中流域最大の商業都市「武漢」の繁華街へくり出すことにした。 
 繁華街に出かける最大の目的は、今日まで一切みやげ物を買ってこなかったO・M両氏が、帰国を前にして日本への土産物を買う為である。 街頭の露天で買い求めた市内地図を片手に繁華街方面へ私達は歩き出した。

 薄暗い大街を20分ほど歩くと、明るい照明が輝く繁華街が見えてきた。そこには幾つかのデパートがあり、さらにブティック街・飲食店街が交差していて、地元中国人が夕涼みをかね群れのようになってブラついている。
 私達3人は大街で一番大きなデパートに入ることにした。エレベーターで最上階まで上り、みやげ物になりそうなものを物色しつつ、下の階へ降りていくのだが、買いたくなるような物がなく、とうとう1階まで降りてしまった。

 フロアーをぶらつくと特設コーナーがあり、そこには中国の名物「月餅」が、うず高く陳列されていた。間もなく十五夜である、中国ではこの時期に「月餅」を食べるのが習慣になっており、1年で一番売れる時期である。 大小さまざまな種類の「月餅」が陳列されており、どうしても日本への土産を買わなければならないO・M両氏は、この「月餅」を買う事にして物色を始めた。

 私が二人の物色を黙って見ていると、二人は店員にむかって、大胆にも身振り手振りで陳列されている月餅を「試食をさせろ」と言い出した。 しかし中国には日本のような試食させて販売するような習慣はない。店員は二人のジェスチャーの試食の意味が分からず首を横に振るのだが、二人は熱心に月餅を口に当てて試食させろと交渉している。
 私は助け舟を出さないことにして、彼らのジェスチャーを見ているいることにした。すると何と!すばらしい!ふたりの熱心な身振り手振の意味が通じた!とうとう店員が根負けして1個手にとって差し出した。

 試食の結果、二人ともあまり美味しくないと言う、しかし他に土産になるような適当な物が無いので、しかたなく買うことにした。
 案の定、日本に帰国後の後日談でM氏が私にぼやいた!「会社の全社員に土産として食べさせたのだが、だれ一人り美味しいという人がいなくて、極めて評判が悪かった、まいったよ!」と言うではないか。
 私は日本出発前に、きつく女房から「絶対!中国の土産物は買ってこないで!」「特に菓子類は駄目よ」と言われていた。 「あなたが買って帰った土産物はほとんど廃棄してる」と言ってたが、やっぱり本当であった!

おかしな商品代金支払い方法

 中国のデパートの買い物した商品代金の支払いシステムは、日本と違い不可思議かつ非常に非生産的だ。
 ちなみにこうだ!まず買う商品が決まると、売り場の店員が伝票に商品名と代金を記入し客に渡してくれる。客は渡された伝票を持って、その階の端にある収銀台(支払所)に行き、伝票に記入された金額を払う。すると伝票に領収印を押してくれる。その領収伝票を持ってまた売り場に戻り店員に伝票を渡す。店員が領収印をチェックして、そこで始めて店員から商品が客に渡される。これを店員がやるのではなく客に使い走りをさせるのである。なんとも馬鹿にしたやり方ではないか!

 とりあえず、名物「月餅」を買い、さらにフロアーを物色していると、O氏がいつの間にか行方不明になってしまった。何しろ単独行動に自信をつけた0氏である、今晩も中国最後の夜を武漢のどこか飲食店に単身潜り込み、地元中国人に日本の歌を披露してくるのだろうか?
 買い物も終え、M氏と私は街をぶらつき、小さく小奇麗な飲食店に入り込んだ!青島ビール大瓶2本と地元名物の鉄鍋料理を食べ、しばし旅の思いを語り合った。代金31元(415円)を払いホテルに戻ったが、まだO氏は戻っていなかった。

いつまでも終わらない中国の喧嘩

中国最後の一夜が明け、とうとう日本へ帰る日が来た!9時半ホテル出発である。 時間がたっぷりあるのでホテルから少し歩いた裏路地にある自由市場に行くと、中国名物、中年女同士がケンカしている場面に行き当たった! 早口の物凄い剣幕で罵り合い、今にも飛び掛りそうである。女の面子をかけた自己主張の場だ!絶対に引き下がらないのが中国風ケンカである。

 今までの旅で何度もケンカに遭遇したが、とにかく中国のケンカは時間がかかる!延々と続き、半日ぐらいののしりあう事があるのが中国のケンカだ!お互いに譲歩をしないし、仲裁しても無駄なので誰も仲裁をしないのだ。
 ケンカの二人を取り囲んで見ている黒山のようなひまな中国人、さらにどんな決着になるかそれを見ている自分!延々と続く悲鳴のようなわめき声!案の定、10分近く見ていたが終わる気配がない! その内、見ている自分自身に可笑しさがこみ上げてきて、あきらめホテルに帰ると、ちょうどよい出発時間となっていた。

武漢空港職員の嫌がらせ!

 武漢空港にむけバスはホテルを出発した。空港に着くと搭乗手続きカウンターで添乗員のH女子が我々の航空券を、座席NOが印字された搭乗券に引き換えた。
 私達はH女子から渡された搭乗券を持ち搭乗待合室に入るべく、二つのゲート入り口に半々ぐらいに分かれ中国人乗客に混じり合って並んだ。 
 私達の前方に並んだ中国人や外国人がゲート入り口の空港職員に搭乗券と身分証明書を見せて次々と搭乗待合室に入っていく。(外国人は搭乗券とパスポートを見せる)
 すると突然流れが止まった!私の7〜8人ほど前方で並んでいた私たちの旅仲間のK氏のところで流れがストップしてしまったのだ。 空港職員がK氏に何か言っているようである、k氏は勿論中国語がわからない、困惑の表情で添乗員のH女子がどこにいるか目で探しているようである。 
 H女子が見つからないようなので、私が並んでいる列から抜けてK氏のところに行くと!何と!空港職員がイチャモンをつけているではないか!搭乗券とパスポートの提示では中に入れないと言い出したのである。

 搭乗手続きカウンターカウンターで搭乗券に引き換える時に使用した、使用済みの航空券の控えを見せろと言うではないか。控えの航空券は添乗員のH女子が搭乗手続きカウンターで団体で一括して搭乗券の発券を受けたのち、次の経由地広州空港までもう使用する必要がないので、彼女が預かって持っているのである。
 したがって私達は持っていないのである。 おかしい!もう一箇所の別なゲート前に並んだ私達の半数ほどの旅仲間を見ると、何と!何事もなく空港職員に搭乗券とパスポートの提示だけで次々と待合室に入って行くではないか!

 私が並んでいるゲート側の職員だけが航空券の控えを見せないと中へ入れないと言うのである! 私達が航空券の控えを持っていないことを見越して難題を吹っかけてきたのだ!しかたなく搭乗券を持っているH女子を探すのだが、なかかな見つからない!すでにゲートをくぐり搭乗待合室に入ってしまっているようである。 もう一箇所のゲートからスムーズに搭乗待合室に入った旅仲間の1人が、待合室でH女子を見つけ私達がゲートの空港職員ともめているらしいと伝えてくれた。

 H女子がゲートまで出てきて空港職員に抗議を始めた! ゲート職員に対し、「すでに手続きが終了して搭乗券を持っているのだから航空券の控えは必要ないはずだ!」 「もう一箇所のあちらのゲートでは搭乗券とパスポートの提示だけで次次と中へ入っていくではないか!」「なぜこちらののゲートだけ提示が必要なのだ!」と言うようなことを英語で話し出した。 すると何と!その職員は言うではないか!中国語で「ダメだ!控えを見せろ!俺のやり方が正しい!」「あちらのゲートはあちらの職員の勝手だ!」と・・・・・

 しばらく押し問答をつづけるうちに、私達日本人のトラブルに辛抱して並んでいた中国人乗客が待ちきれず、もう一箇所のスムーズに進むゲートへぞろぞろ並び替えをはじめたではないか。 すると空港職員の上司らしき人物が出てくると、私達にイチャモンをつけ出けている職員に向かってゲートが混み合っているので中へ入れてやれと言う。しかしこの職員は意固地になって頑として駄目だと言う!

 完全な日本人団体客に対するいやがらせである。中国人乗客と日本以外の外国人乗客は搭乗券とパスポートだけで次々とゲートから中へ入っていくではないか!
 なぜか私達日本人だけに対して差別である! 割り切れぬ表情のH女子が取り残された10名ほどの私達の名前を大きく呼びながら航空券の控えを配りだした。
 こんな嫌がらせを受けながらも、なんとか武漢空港を飛び立ち広東省の広州で乗り換えると成田空港へ無事到着した。
 しかし不便なことに私達3人は札幌への便がないため、さらにもう一泊成田のエアポートホテルに泊まり、翌朝羽田空港から札幌へと飛ばねばならない。
ハプニング続出の「三国志史跡めぐりの旅」16泊17日の長い旅が終わろうとしている。

   おわり