Club Maria Duo クラブ・マリアデュオ
「今日も元気、ギターが楽しい」 ギタリスト ソンコ・マージュ
お会いしてびっくり!肌艶が良くて若い!エネルギッシュなこと!どの世界でも一流の人に共通していること。内側からのエネルギーがすごい。オーラが輝いている。声が大きい、明るい。多才。人を惹きつける魅力に溢れている。部屋に入ると先生直筆の油絵が飾ってあって、アンデスを彷彿とさせる。
そこは異空間のパンパ!?
ソンコ・マージュ(以下ソンコ) 伝えたいことは、社会的、哲学的になりますね。ただギターをベラベラ弾いていてもしようがないでしょう。僕もあと少しで73歳になりますが、やはり70歳過ぎると、今まで夢中でやってきたけれど何だったのか、オーディエンス(聴衆)にどんな影響を与えていたか、ということを考えますね。若いうちは夢中ですよ。今の若い人も夢中で弾くでしょう。ルービックキューブの大会みたいですね。何の考えもなしに弾いているような感じがする。
マリアデュオ 厳しいですね。
ソンコ よく芸術家は長生きしないといけないというのがわかります。50歳くらいで夢中になって弾いているうちはダメですよ。
マリアデュオ まだ若い?
ソンコ そう。よく他のジャンルでも言いますよね。「50〜60歳はな垂れ小僧」だって。邦楽なんかそうですよ。65歳でもはな垂れ小僧って言われる。厳しいんだね。ギターの世界もそれで良いと思う。そういう心構えが重要だと思いますね。
 楽譜にばかり頼っていないで、心を表現しなさい。手で弾くんじやない。もちろんテクニックはある程度なくちゃダメ。でもある程度たったら脱却して、心で弾きなさい、と。その先のほうが音楽には重要だと。
マリアデュオ 還暦を迎えられた時にはどう思われましたか。
ソンコ そんなのはもう忘れたね。もうすぐ73歳ですよ。通過してみればなんでもない。還暦はお祝いもやっていない。時間なんか気にしていたら、生きていられないじやないですか。天折しても仕方ないけれど、精一杯生きていて、その人が長く感じればそれで良い。
人間として幸せだと思うけれど、長生きしたってしようがない。惰性で生きて、ただギターだけ弾いていてもダメですよ。70歳になればわかります。
人生とは自分を表現すること
マリアデュオ いろいろなエピソードをお持ちでしょうけれど、最近で何か印象に残ることは?
ソンコ この前、コンサートの後に「愛とは何ですか」なんて訊かれてね。愛とは何か、なんて急に言われてもなかなか答えられないですね。ギターは愛だなんて言ってもつまらないから、寛容性と平等性の2つ足すと愛だねと答えた。そしたらその人は感動したんだ。
寛容は人を許す。平等もそうです。それがないからどうしようもないカオス状態になる。その時に我々音楽家が何をやるかというと、それを音に表現しようとする姿勢が大事。だからね、ただバラバラ弾いていないで考えろと言いたいですね。若い人はとくに。
マリアデュオ 寛容と平等ですか…。
ソンコ 最近は音楽がつまらなくなった。40年前、ユパンキとかセゴビアとか来ていた頃より民度(人間の考え方ですよ)が落ちているね。当時はあっと燃え上がるようなものを感じましたね。
 でも現在は違う。心に響く音楽を受け入れられないような社会情勢が悪い。毎日殺人があり、最近では尊属殺人も多い。おかしいですよ。こういう時に我々音楽家のミッション(使命)はがあると思う。僕はそういう考えでやっている。
音で表現することは大変なことですが、それはその人の人間性を表現することになる。だから音楽家も自分でモノを考えて行動して、表現しろと言いたいですね。自分が大事だと思いますね。自分を磨かなくっちゃならないから大変なんだよ。人生とは自分を表現すること。自分なりの表現で音楽をやり、自分という実存をいかに切り開いていくかを考えないといけないですよ。僕みたいに70歳を過ぎてやっといろんなこと考えて、やっと違うものが産まれてくる気がするね。
マリアデュオ 70歳を過ぎて体力的にはどうですか。
ソンコ 親が丈夫に産んでくれたから体力はあるね。4人の親友が全員死んでしまって、僕だけ生きている。毛がもっとあればもっと若く見える。まだ毛が生えそろっていないんですよ(笑)。
マリアデュオ 毛がそろったら40代ですね(実)。
ソンコ まだまだやり足りないことがいっぱいあるし、演奏活動しているし、言い足りないこともあるし。女房は「あんた、音楽はいいんだから、演奏だけして、話をせずにコンサートをしたら」と言うけれどね。僕は黙って演奏してはいけないと思う。作家の五木寛之さんと交遊があるのだけれど、彼がある時言ったの。反対なのね。「ソンコ・マージュさんは饒舌家だから芸術家だね」って。岡本太郎なんかも、よくしゃべって自分を主張もしていたけどね、若いなあと思っていたのに死んじゃったよね。
 じゃ、ここらで僕の音楽を聞いてもらいましょうか。話ばかりだとまずいから。言葉なんかどんな良いことでも言える。「面従腹背」という言葉を知ってる?顔は従っているけれど腹は反対という意味。僕は音楽家だから演奏を聴いてもらったほうがよい。それを評価して、文章を起こしてもらったほうがよい。言いたいことがうまく伝わると思うから。言葉なんかいくらでも美化できるけれど、音楽は美化できないからね。
[そうおっしゃって、ここで演奏が始まる。2日前に覚えたばかりという曲、それから教曲も。うう、贅沢!]
音楽家の使命は自然の体現
ソンコ 今の時間(午後2時)はまだ指も声も寝ているからね。午後にならないと目が覚めないけどね。午後の5時くらいから目が開きますからね。
マリアデュオ 未だにどんどん新曲やってらっしゃるのですか?
ソンコ 新曲やってるよ、しょっちゅう。
マリアデュオ 素晴らしい!
ソンコ フォルクローレでNHKのオーディションを受けたのは僕が最初なんです。もう51年前。審査員もユパンキという名前くらいしか知らなかった。「なかなか良い音楽ですね、何ですか」つて。音楽評論家も知らなかった時代に僕がやった。一番最初にLPレコード出したのも僕です。
[そして古いレコードを拝見。若い頃からまあ良い男!あまた群がる女性たちから逃げて歩いていた、外人女性にもモテモテだったという逸話にも納得]。
ソンコ 程度が高くてレコードはそんなには売れなかった。僕の曲がポピュラーにならないと民度が上がらないでしょう。フォルクローレを日本で初めて実際にやったのは僕ですね。ユパンキが民族音楽をクラシックと同じくらいに高めた。ユパンキがフォルクローレという言葉をおそらく作った。コンサートに行くと「笛と太鼓を持って来なかったんですか」と言われるんですよ。まあ、腹も立ちたいけどぐっとこらえて、違うんだと言ったって、ケーナ吹いてくれと言われる。ほらは吹けるけど、ケーナは吹けないんですよ。「吹けないんですか。ソンコ・マージュざんくらいになっても」と言われる。50年かけてフォルクローレのことを言っていてもまだわからない、地方では特に。
[ここで名曲《牛車に揺られて》を演奏]
ソンコ パンパは本当に静か。パンパの中は気持ちが悪いくらい静か。草が音を吸収しちやうから。北の方のあそこ、ボリビアのちょっと手前のフフィという所もみんな山で盆地で静かだねえ。あの静かさは行ってみなきやあわからないね。ここ(日本)は騒音だらけで、うるさくてかなわない。部屋も小さい。
マリアデュオ それほどの静寂の中にいた時何を感じましたか?
ソンコ 哲学的になりましたね。だから向こうの人はみんな哲学を持っていますね。生きるための哲学。人間が共同体としてこの世に生きるためにどんなことをしたら幸せになるか。とことんまで追求したのが哲学だと思います。
 弁証法とかカントとヘーゲルとかは屈理屈だから。ソンコ・マージュは哲学者だと言われるけど僕は何にも学んでいない。屈理屈が必要な職業は、政治家、弁護士、ペテン師。この3つなんですよ。
 哲学というのは、人間がいかに生きるかということを追求するためにある全人類的なことですよ。それを持たないから世の中が急速に悪くなったでしょう。自分のエゴばかり、自己中心の固まり。こんなことばかりやっていたらどうなるか、世の中の社会現象見たら
わかるでしょう。本当にインターネットなんか便利だけれど、悪いやつにも便利なんですよ。あんな物は、要らない。芸術家がインターネットで自分の宣伝したらみっともないでしょう。だから僕は持たない。バーチャルな世の中でダメだと言っている。
 音楽というのは、有名になるなんていうことよりもっと重要なことがある。自然が絶えずメッセージを発しているので、それを感知して音にして出す。自然を体現する。それが芸術家の使命だと思うね。そうでないと単なる騒音です。自然への畏怖、アミニズムの復権、そういうことが大事ですね。
マリアデュオ 自然崇拝ですね。
ソンコ 本当に音楽をやっているとそうなりますよ。人類はもっと自然と共にゆっくりと歩んだほうが良い。いたずらにスピードを上げて途中の景色も見ないでの旅や、利便性を追求しただけの時間の省略は失うものも大きいですよ。
マリアデュオ なるほど…。
ソンコ 人間の存在というものが地球の物質循環に大きな影響を与えている今、物質循環での人間の在り方というのを真剣に考えなければならないと思います。自然秩序を良くすれば、社会秩序も良くなるはずですよ。今の世界は経済力ばかり唱えでいるけれど、これ
からは「文化力」ですよ。当然、文化の中には教育や教養も含まれますけど、文化力をつけた理性のある物体としての人間が、新しい経済力を生めば、犯罪のない、平和な人間社会が生まれると確信しています。
マリアデュオ 深いお言葉ですね。
ソンコ 世界中の一流の方もそう言っています。僕も数10年前から言っています。ユパンキなんか「地球上回って始めてそう言う人に会った」と言ったんですよ。そして僕にギターと名前をくれた。
本音を言わないといけない
ソンコ ユパンキが死んでから、よくたくさんの人が弟子だと言っているけど、それは嘘だからね。ユパンキが認めた唯一の弟子は、世界中で私1人です。僕の弟子と言える人もまだいないね。中途半端だね。
マリアデュオ 先生は、どうして日本に生まれたんでしょうね?
ソンコ 緯度が40度くらい間違ったみたいだね。あっちに生まれるべき者が、間違えて生まれたというのは大勢いますね、ラテン系が良いのに。ここじゃ合わないでしょ。日本にいてすごく違和感感じる。合わせるのが大変ですよ。僕ははっきりものを言うし。日本人
は言わないほうが美徳になっているでしょう。
 いろいろ悪く言われることもあると思います。本音は言わなくっちや、ダメなんですよ、人間はね。そういう歌を今歌いますよ。シャンソンになっていますがね、実はユパンキ先生が作ったんですね。《この静けさがにくい》、そういうタイトルです。
[とおっしやると「本音を言わないといけない」という歌を熟唱。言葉が日本語でないのでわからないけれど、何かが伝わる]
ソンコ 黙ったままでほダメですよ。不正に対しても黙っていてはいけません。つまらないことほ言っても仕方ないけど、本当の真実はちやんと言わなければ、幸せにならない。
音楽がそのままメッセージになって伝わってくることはなかなかない。ましてインタビュー中に演奏して、それを聴いて言葉にしろというアプローチを受けたことは未だかつてない。ソンコ・マージュ先生の音と声を聴いていると、千も万もの言葉よりもなお雄弁にさまざまなことを語っているのを感じた。
まだ45人しかもらっていない国際芸術文化賞や国際文化栄誉賞などを受賞されているのもなんだか納得。わかる人には熱狂的に迎えられる。文筆家で哲学者、画家、いろいろな顔を持つが、基本は世界を歩く吟遊詩人。歌とギターにメッセージを乗せて、ゆっくりと、自然体で。