1996.05.21 毎日新聞 出会いのページ お久しぶりです
フォルクローレ 国内第一人者 ギタリスト ソンコ・マージュさん
人生変えたユパンキ

 一人の人間との出会いが、その後の人生を変えてしまう。そんな劇的な出会いも世の中には少なからずある。ソンコ・マージュさん(60)もその典型的な一人といえる。本名は荒川義男という栃木県出身のれっきとたた日本人。祖父の代までは「大臣神社」の神主だったという。
 ギタリスト。20歳代でNHKのオーディションに合格、30歳の時にはスペイン政府給費留学生として渡西、巨匠アンドレス・セゴビアに師事したクラシックギターの本格派。だが、その荒川さんがクラシックを離れ、南米インディオの民族音楽(フォルクローレ)にとりつかれ、今や国内の第一人者。きっかけは、アタウアルパ・ユパンキとの出会いが縁だった。
 故ユパンキ。アルゼンチンが生んだ詩人、作曲家、インディオの民族音楽を世界に紹介したギタリスト。日本にも1963年以来、5回にわたって訪れ、各地を演奏旅行「ブームを起こしたが、92年、パリで客死した。
「セゴビアに師事しただけでもすごいのに、ユパンキからも直接指導を受けたなんて日本、いや世界中で私だけですよ」
 「楽器にはテクニックで出せる音と、心で出せる音がある。特にギターという原始的な楽器は心ではじき出す音が重要なのです。それを気づかせてくれたのがユパンキ。極端にいえばクラシックはあくまで譜面の通り正確に弾くだけ。生きることの原点を揺さぶる音楽がユパンキのフォルクローレだった」
 「彼が来日したとき、緊張しながら彼の曲を演奏したのが縁で彼に認められ、弟子を取らないはずなのに唯一の弟子となり、ソンコ・マージュ(インディオの話すケチュア語で「心の川」の意味)という名前をもらった。しかもそれまでユパンキが愛用していたギター(ヌーニェス)も『わが友に贈る』と譲り受けた。彼が熊谷公演で心筋発作に襲われ、演奏不能になった時、私に代演を求めたほどの間柄。だから私はユパンキの唯一の後継者と自負しているのです」
 「フォルクローレは土着農民の歌です。滅びゆく民族の平和への願いが切にこもった歌です。これを表現するにはギターか最適です。しかし、それでも足りない。やはり言葉で表現することも必要。だから私は弾き語りもします」
一方で、「芸術、音楽の世界は権威が必要です。本当に優れたものが理解されるのもまた難しい。そういう意味で私のはマイナ」かもしれない」と嘆く。
 ウォルクローレの「風景」をしきりと主張するソンコ・マージュの哀感は情熱に満ちている。                       【編集委員・高橋 茂樹】