六月を過ぎ
七月に入ると
ああもう半分 はすぎたよ

と、ここの人びとは口々に言う。

また合い言葉には
《はやいねえ》
があてがわれる。



七月

甘い記憶はうっかりすると
そのまま溶けてなくなったり


おも ちゃみたいなシュノーケルが
妙に似合うそのおじさんを
見かけることも増えた気がする。

ただいつでもどこでも
会えると人びとは言う。

集音 ラッパで音を刻む「思い出のダイレクトカッター」。
座右の銘は"人生は一発撮り"

「どこで何が行われようと
わしのしったことじゃあないよ
ただ事実のみをレコードに刻みに行くだけさ」

今日も水中メガネで午後の海へ繰り出す。
岩陰で戯れる、無言の会話を録音中。

ただ
時々音飛びがするのは
こちらのプレーヤーのせいか、
はたまたおじさんのカットがいいかげんなのか。



八月
南国
満月の夜。

竹林のあいだからぽつぽつとあかりが見えた。
ざわめきが聴こえてくる。

色とりどりのランタンや
まるいお月様まである。
人びとと談笑し
ふとうしろから静かに見つめる視線を感じた。
祭を 遠目で見つめるそのほほえみは
気品があってどこかはかなげだった。
まるで祭もやがて終わるだろうと
さみしがっているふうだった。

赤いほおがとてもつややかに光っている。
ス カーフ留めの螺鈿細工が
ランタンの光を受けて
虹色に輝いていた。

やがて談笑に戻り
あとで見回してみたけれどその姿はもうなかった。
ただその場所には見たことのないくらい美しい細工の
朱いランタンが灯っていた。
房飾りをよく見るとそれは
みたことのある螺鈿細工だった。



九月


星売 りが舟を濃いでこちらにすうっとやってきた。
何やら鉢を持っている。

ここ にとりいだしたるこの鉢は
とかいって、もう手元に出ているのだけど
もったいぶって鉢の中を見せてくれた。

この世のものとは思えないほどの
まばゆい星屑が鉢一杯に浮かんでいた。

鉢と 引き換えに硬貨をうけとった商人は
ふわりふわりと
薄いちりめんの白い衣装をひるがえし去って行った。

衣装にきらきらとスパンコールが星空のようにみえて
しばらく残像を追いかけていた。

淡いみどりの硝子のその鉢は
ながめているだけでもたのしく
ただ
なぜか、星が出ていない夜には
鉢の中の星が消えてしまうのが
実に不思議である。



十月

十月 の道化師。

十月 のお祭りで
麦のお酒を配っていたのは
赤い鼻をつけた陽気な彼女

と思っていたけど

じつはおとこのこだった、らしい。
声をかけると
振り向いた顔は切ないような、泣きそうな顔をしていた。
陽気なそぶりをして
お酒をふるまうのも
ほんとうはしたくなかったのかもしれない。

でも 孔雀模様の頭飾りがよく似合っていたし
ベリルやライラックの衣装も華やかで、そして
お酒をふるまうそのさまも相手のココロを開く話しっぷりも
じつにうまかった。

自分が一ばん自分のことを知らないものかもしれない。



十一月

十一 月の図書館。
書棚から一冊の本を取りだした。

海に漂う海中生物の珍妙ないでたち。

なん でいったいこんなかたちなんだ
へんてこかわいすぎるぞ

とか なんとかいっている。うちに。

書棚の中はいつのまにか水槽になっている。
ゆらゆら揺れるいきものと同調して
あたまのなかもゆらゆら心地よく

天井の電球もいつのまにか寄せ集まり
つながり
星座をつくっている。
本同士が
本と脳内が
結びつき合い
自分にしか見えない
星座を形作っている。



十二月


十二 月に新調したコートをはおると
だれかになにかを贈りたくなった。
首を長くして待っている、だれか。

贈り物とともに
旅の思い出話を添えて
届けに行こうと思う。




ショッ プへ。別ウインドウが開きます。