数分の沈黙。
お互いに相手の実力と自分の実力を完全に把握して、且つ、戦況は一撃で一変するという事実を理解しているときに生まれる沈黙。
黒施の剣を握る手に汗が滲む。
Crimsonも咲智に撃たれた指が熱を持ち若干の痛みを生じてきた。
と、ソンな沈黙を破る足音が……。
Crimsonが男を撃ち倒したその方向から。
灯りの点っていないその位置から来る足音の主はまだ何者か確認できないはず。
が、Crimsonにはその主が判った。
人には幾つもの癖がある。
昔から無くて七癖と言うが、勿論七程度ではないだろう。
足音――歩き方もその一つだ。勿論意識的にそうしている人はいない。よって、ソレは癖と分類される。
Crimsonに限らず、一定のEのメンバーは歩き方だけではなく、その口調や声音など、個人を特定できる“癖”を記憶していた。
その為に、Crimsonは、その者の正体が分かった。
「Ocher(おーかー)……」
Crimsonの呟きが聞こえる。
「上が応援を寄こすと言うから、誰かと思ったら……」
「応援?」
黒施がそう言葉を口にした瞬間、歩き来たソレは何かを空中に投げはなった。
その闇からソレが出てきて、何かは判明した。
何かが布の中に包まれている。空中にかげられたソレは空気抵抗により剥ぎ取られるように袋から本体を表した。
それは――
「――刃(やいば)?!」
黒星の驚きの声が聞こえる。
対照的にうっすら笑みを浮かべるCrimson。
その刃もただの刀身ではなかった。日本刀にしては大ぶり過ぎる長さ、太さ。かといって、戦闘に用いる斬覇刀(ざんばとう)のような矛型でもない。
空中で布が外れソレが現れたとき地を蹴る音と共に投げた者が走り出してきた。
床を蹴ると同時に腰にした刀身の一部と柄がついた物を抜き放つ。
投げ放った刀身と接触する位置でソレは左足で地面を思い切りけり右手を斜めに突き出した。
刀身と主が丁度交差する位置で金属のぶつかる音が響く。
そして、そのまま加速を弛めることなく突き進む。
Crimsonの前を通り過ぎる頃にはその全身の光が当たりソレの容姿は明らかになっていた。
その姿を見て確認するように呟くCrimson。
「やはり貴女でしたか……」
Crimson同様にフォーマルなスーツに身を包んだ……女性だ。
年齢はほぼ咲智と同じ程度だろうから、二十四、五歳と言ったところだろう。
しかし、その腕力は同年代の女性のものをはるかに凌ぐことは見て取れた。
その動きは――片手での突きだ!
「マジかよ!?」
黒施の顔にも焦りが見え、女性――Ocherの突きに一瞬たじろいだ。
が、そこで逃げ出す黒施ではない。
とっさに右手から左手に刀を持ち替えると逆手で床に対して垂直に構えた。
速さを失わないOcherの件はその黒施の件に突進する。
Ocherの件は普通の形はしていなかった。その鞘の部分がまるでサイや十手のように折れ曲がっているのだ。
と、言っても左右対称と言うわけではない。その形は点対称でもしたように柄側に折れ込んでいた。
その片方の前に来ている方が運良くなのか故意なのか判らないが黒施の側に向いていたのだ。
そこに、刀身を通すように紙一重で防ぐ黒施。
金属音が響き渡り、黒施は全身を右にずらしながらOcherの動きを止めた。
剣が重なり合い両者が小刻みに震える。
「Crimson、早く彼女を追って……その勝負、あなたには不利だわ――」
剣を捻ろうと両手で持ち直す。
「――ま、私が言わなくてもあなた自身が一番解っているでしょうけど」
「このままの体制は、ちょっと、やばいな……」
黒施は唸ると刀を上から引き抜き、身体をOcherの剣の下に滑らせ背中側に回り込んだ。
ソレまでかかっていた力がなくなり反動で前のめりになるOcher。
その瞬間を狙って、黒施は刃を振り下ろした。
が、そこでソレを受けるOcherではない。
前のめりになりながらも軸足に体重をかけ踏みとどまりながら全身を返した。
両手を左側に持って行き剣を横断に構えると黒施の刃を受け止める。
そのあまりにも常人離れした動きに一瞬驚いたように目を見開きながらも笑みを浮かべるとOcherの剣をはじき飛び退き、剣を逆手に構え直した。
同様に、今度は右側で横断に構え直すOcher。
その攻防が行われたのは僅か数秒のことだった。
さすがのCrimsonも思わず瞠ってしまう。
「ったく……軽く厄介だなぁ」
口ではそう言っているが、力を出して戦える相手の登場に嬉しそうにその顔は笑っていた。
ソンな黒施とは対照的に冷たい目をCrimsonに向け、顎で促すOcher。
「わかっていますよ……」
殆ど呟きの返事を返すとCrimsonは二人に背を向け咲智の去っていった方に向かって走り出した。



「何なのいったい……USを狙って?ううん、間違いなくあのハゲ頭は私を狙ってた……、そう、確か、モルモットって……USの実験体が欲しかったってコト!?と、とにかく、逃げなきゃ、少なくても、ここからは……!」
咲智は走りながら思考を巡らせた。
しかし、どんなに考えを浮かばせても最後に出てくる答えはたった一つだった。
――逃げなくては――
「でも、どこから……どこに行けば……学長室に行きたいのは山々だけど、ソンなコトしてる時間はたぶんくれない……」
自分の現在位置を頭の中で確認する。
大学の付属病院だけあって中はかなり広い。研究棟に病棟、それに、大学本体だ。
と、その全てが繋がっている場所が一箇所だけ思い当たった。
――地下!
この建物の地下はすべての一階部署から行き来が可能になっている。
そして、現在位置は……内科の教授室――咲智の父親、雷造の使っていた部屋――の前だった。
他の教授室は研究棟の上階にある。が、この棟が出来たときの内科教授が当時の学長だったために一階にあるのだ。
「たしか……確かここからも行けたはず!」
『不在・無断入室禁止』と書かれた札を無視し扉を開け室内に駆け込む咲智。
その主を失った室内は、綺麗に整理されていて、来客用の椅子と机、教授用の椅子と机、何脚かの本棚、それに、歴代の教授の写真が入った額が壁に掲げられているだけだった。
そんな室内を見回す。
「どこに……何処かに、あるはずなのに……」
地下室への入口を捜すが見当たらない。
きっと、あまり使用されることがなかったために何かで潰されてしまっているのだろう。
と、部屋の奥側にある教授用の机の横の本棚と机の間で目が留まった
「たぶん、あそこだ!」
声と共に走り出す咲智。
元々利便性を持って付けられた設備だ。きっと室内で一番よく使うであろう机の近くのはずだ。
目的の位置までたどり着くと、本棚を見上げた。
両手で本棚の本を探る咲智。
「スイッチみたいなものは……やっぱりないか」
が、コレと言った変化はみれない。
それはそうだろう。一世代前のSFではよく使われた手法だ。本棚の本を一冊引き抜くと隠し扉への道が開かれる。
が、現実にそんな物を作っているのは、そう言ったものに魅入られた熱狂的なファンくらいだ。
「じゃあ、自力で動かすしかない、かな……」
一度しゃがむと、片方立て膝にして、両手を棚板に掛け本棚を引いた。
普通なら大人何人かでやっと動くであろう本でいっぱいの本棚がUSを使っている咲智にはいとも簡単に押すことが出来た。
果たしてのその後ろに金属製の重い扉は存在した。その上では既に灯りの点かなくなった非常口を表す緑色の物体が埃を被って突き出している。
「ここ、だね……」
やはり埃だらけのドアノブに手をかけ軽く回そうとするが鍵がかかっているようでまったく動く気配がない。
「うーん……鍵、なんてないよなぁ……仕方ない!」
ノブを握る手に力を込めると思い切り突き出す。
と、扉は型を取るようにそのまま真っ直ぐに外れた。蝶番の留め具も、鍵をかけることで生きるストッパーも完全に無視して。
「こんな時は、この身体にも感謝の一つもしたくなるものね……」
自分に対しての嫌みがこぼれる。
その表情は苦笑にも似ていた。
「って、そんなこと言って和んでる場合じゃない!」

中はコンクリート製の階段が続いていた。
勿論一本道で、それほど深くはないだろう。
が、咲智にはソレが地獄までも続いている魔物の口にすら思えた。
深い闇と、自分の境遇、それに先の男達のことが重なってのことだろう。
しかし、ソコで留まっているわけにも行かない。意を決して、一歩、その階段を踏み出した。

数分、いや、せいぜいかかっても一分と言うところだろう。何せたった一階層下っただけなのだから。
が、ソレは咲智には何分にも感じられた。
闇の中。光と言える物は、手にした携帯電話のライトと、自分が入ってきた入り口から入り込むものだけだ。
そして、ライトの光がようやく床の段差ではなく自分と対面する位置で跳ね返ってきた。
出口だ。

非常口の緑色のライトが点灯している下に無機質な鉄製の扉がある。
その扉がきしんだ音を挙げながら開かれた。
その中から、紅い鮮やかな髪をした女性が出てきた。咲智である。
ゆっくりと足を――まるで一歩一歩足下に落とし穴でもないかと確認するように――動かし、その先の地面を踏みしめる。
「はぁ、やっと出れた……まったく、いくら使ってないって言っても灯りぐらい欲しいもんだよ」
軽口を叩いてはいるが、その表情は強ばっていた。
そして、次の一言で、更にその顔つきは険しくつかれたものになった……。
「まったくその通りですね」
声の主は、咲智に対面する方向の十メートルほど離れた位置にいた。
しかし、その特徴的な容姿に咲智は遠目でも直ぐに判った。
「………ハゲ………」
明らかに疲れた口調で呟く。



「――これなら!!!」
背中側から勢いを付け、逆手のままOcherの首筋を狙って横断に振り切った。
が、Ocherはその一撃を剣を縦にしてを防いだ。
「チィッ!だめか……」
毒づきながら剣を強く当て直し反動で横に飛んだ。
Ocherも剣を横断に構え直すと、その体制のまま黒施に突進する。



一発の銃弾がCrimsonの持つジュラルミンケースに当たった。
「出てきなさい!ハゲ!!」
「……あまり人の身体的特徴を口にすることは正しいこととは思いませんよ……」
「煩い!」
車の陰に隠れるCrimsonの残像に向けてもう一発。
「慣れてきてしまいましたねぇ……いや、慣れたわけではない……貴女の場合、常人には必ずある銃の発砲後の反動がないんですね。だから、狙いに近い場所を比較的簡単に撃てる」
一台の車に背を当てシリンダーを開けるCrimson。
残り弾数は二発。
ソレを確認すると、一発を斜めに発砲した。
当たった場所は咲智の若干斜上。
柱にめり込んだ銃弾を見て、直ぐ横の柱の影に咲智が移動するのをCrimsonは確認した。
その柱にサイトを合わせ発砲する。
これで、Crimsonのシリンダーは空だ。
再びシリンダーを開けるとその前方部にある金具を抑えながら銃口を上に持つ。
と、シリンダーそのものが外れ落ちた。
渇いた金属音が谺する。
ソレを確認すると、腰に銃を持っていき上着の裾を軽くめくりながら腰を探る。
目的の物を見つけると、素早く銃を押し上げ「カチッ」と、言う音と共に構えの体制に持って行った。
そこには、外したはずのシリンダーが銃弾入りで装着されていた。シリンダーごと挿弾したのだ。
シリンダーの固定を確認しつつ、ゆっくりとハンマーを降ろすCrimson。

ダメだ……勝てない……殺される。
咲智の体は無意識にそう感じ取っていた。
肉体的にはUSによって常人の何倍にも強化されている咲智。しかし、その内面は二十代の何処にでもいる女性そのものだ。
それが、拳銃を片手に殺し合いをしているなんてコトに精神的に絶えられるはずがない。
銃弾は残り何発あるのだろうか?
弾数に限りがあり、それが今持っているグリップ部に入っていることまでは理解できていた。しかし、それがマガジンという弾層にあり、それを外す方法などは解るはずもない。
プロの殺し屋にまで成ると、持っている銃の重みで、残りの銃弾数を予測したり出来るそうだが、当然咲智にそんな芸当ができるわけもない。
拳銃を握りしめながら、咲智はうずくまった。
と、その瞬間、ほぼ自分の真横を銃弾がかすめていった。
Crimsonからの攻撃だ。



「いい加減に片付けねぇと……こっちが体力的に逝っちまうなぁ……さぁて、どうしたもんか………」
話す黒施の表情が厳しくなる。
速攻の剣を主とし、高速で移動しながらの技の多い黒施では長期戦は基本的に不利である。
鍛えれば鍛えるほどステータスが上がっていくもの。そこに持久力は基本的には入らないのだ。
筋肉内の酸素量や、血液循環機能は勿論、肺活量や心拍数の調節。それらを単体で鍛えることは不可能ではないが、それら全て、また、その他にも幾つもの条件に当たる物を一度に鍛えなくてはならない。
が、肺活量を鍛えれば、必然的に肺や脳への酸素の供給が集中され、筋肉内の酸素が足りなくなる。逆に筋肉敵に鍛えれば、アドレナリンの上昇により、全身に熱が生じる。そして、それは身体を増やすために発汗作用を強くし、よって、全身の疲労は増す。また、動き方によってもその各消費や疲労は変わる。
マラソンなどの元々持久力を必要とするものは全身の筋肉中の足に酸素供給を増やす。しかし、戦闘となれば必然的にその全身を必要とするものだ。全身の効果を考えながら心拍数や酸素量のことなどを考えることはほぼ不可能である。
よって、戦闘での持久力を上げるには、実戦を数多くこなすしかないのだ。
かく言う黒施も、その場数は数知れない。が、それでも、速効剣はその消費が激しすぎるのだ。
黒施が全力で戦えるのは、時間にして凡そ二十分。もっとも、今回のように途中途中動きを止めながらであれば、その活動時間は上昇できる。
が、決して気を抜ける相手ではない。その緊張は全身の汗が表していた。
「早く片付けたいのはこっちも同じ」
そんな黒施の状況を知ってか、または、自分自身がそうなのかそう冷たい言葉を吐く。
まぁ、見た目細身な女性の身で大ぶりな剣を振り続ければ黒施よりも疲れはたまるかも知れないが……。しかし、Ocherは汗一つかかず呼吸一つ乱れていない。
「お前さぁ、声出るんだからもうちょっと話した方がいいぜ。友達少ないだろ?」
若干息を切らしながら挑発的に言う黒施。
が、まったく反応を見せずただ剣を構えるOcher。
「ったく、また黙(だんま)りかよ……ま、いいけどよ」
言うと、黒施は逆手に持った刀の刃の表裏を返した。
「……あんま得意じゃなぇんだけど……コレしかなさそうだからな。お前を消せるのは」
言うと、その握る手の力を一層増した。
その動きを見てか、Ocherの右横断に構えられていた剣が左横断に構え直される。
次の瞬間、お互いの目を見ながら地を蹴り剣を――
黒施は反動が付くように左肩の上に構え、Ocherは握り直し速攻した!
そして、二人はお互いが交差する瞬間空中に消えた。いや、消えたのではない。人の目に見える限界を超えた速度に達したのだ。まさに瞬速に……。



その一発で、咲智の精神がキレた。昨今では怒り暴れ出すことを指すように使われてしまっているが、この時の咲智はまさにキレてしまっていた。
まったく目の前が真っ白になり、思考そのものが混乱してしまっている。
ソレまで考えていた残り弾数や命のことなど一切忘れて兎に角銃を連射した。
頭の中にある物はたった一つ ―― 殺らなければ、殺られる ――
銃口は強化された筋肉によって固定されているので、弾は一点に向かって飛んでいく。
その先は、Crimson斜上の天井。
一度に連続して衝撃を受けた天井にはひびが入り、そこから一つの光の筋が生まれた。
カチッカチッっと空砲のトリガーを引く音が駐車場に響く。
「弾切れ、ですか……」
その言葉が咲智の耳に届いたとき、全身の力が抜けたように崩れ落ちた。
それと同時にもう一つ崩れ落ちてきた。
天井だ。
騒音と共に衝撃を受けた天井が崩れたのだ。。
薄暗い駐車場の中その一点のみが煌々と照らされる。
「……誰か、いる、の……?」
高揚状態が収まらないまま、咲智はそう呟くように言った。
その視線の先は今し方崩れ落ちた天井の下の光の場だ。
声と視線に振り向くCrimson。
「…………Azure…………」
明らかに疲れた、そして、嫌気にも似た口調で言う。
そして、銃を下げ、咲智に背を向けてその影に近寄った。
敵が背を向けているにもかかわらず、全身の力と精神が疲れ果て動けずにいる咲智。
Crimsonが近付くにつれ、影もその体をゆっくりと起こし始めた。
両膝は内股に曲がり、立っているのもやっとという体制で立ち上がった。
その腹部に焦点を合わせて発砲するCrimson。
着弾と同時に腰が砕ける影。
その全身が崩れ落ちる寸前にCrimsonは影の頭を取った。
銃口を胸元に押しつけると、即座に発砲。
同時にその頭を強く持ち上げた。
銃の衝撃と頭を持ち上げられることにより、上下の衝撃が生じ、影の頭は抜けた。
ギシギシと妙な音を挙げ、影の首が、骨が、脊髄が抜けていく。
咲智の瞳に層の光景がクッキリと映った。逆光で完全にシルエット化しているが、決して凝視できる光景ではない。
が、咲智にはもう顔を背ける力すら残っていなかった。
その全てが抜き取られ、Azureの首のない体が崩れ落ちたと同時に引き抜いた頭部を放り寄こすCrimson。
投げ飛ばされ、僅かに転がると、それは咲智の目にも確認できるところまでやってきた。
それは、先ほどCrimsonが呟いたようにAzureの頭部であった。
――――――――
――――――
――――
――
ソレを目にすると同時に、咲智はめいっぱい口を上げた。無意識のうちに悲鳴を上げる。
が、声帯も麻痺してしまったのか、咲智の声は出なかった。
その数秒後、耳を劈く悲鳴が駐車場中に木霊した。

Fin