「アスカです……返生(へんしょう)希望者を連れてきました」
『入りなさい』
アスカの話しかけた場所――インターフォンのような場所からそう返事が返ってきて、俺たちの前の扉が開いた。
と、アスカはまるでその中に吸い込まれていくように入っていく。
足もほとんど動いてないし……本当に吸い込まれて行くみたいだ。
「鷹久さん、はやく…」
ほとんど呟いているかのような口調で、僅かに顔をこちらに向けると、そう言う。
「あ、ああ」
俺も返事をしならが、アスカの後に続こうと……、
「な、なんだこれ!」
アスカが吸い込まれているように見えたんじゃあない。本当に吸い込まれて行ってるんだ。
いったいどこからかは判らないが、ほんの少し、例えて言うなら、扇風機の後ろの部分程度の吸引力を感じている。
そして、床には、細かな球体が……大きさで言ったら、BB弾の三分の一ぐらいのものだろうか、それが敷かれていた。
その玉と、僅かに吹いている風によって、アスカは足を動かさずに動いているのだ。
しかし、それも重力があって初めて、成立する原理じゃあないのか?
………ン?
ふと思ったので、自分の腕を軽く上げてみた。
重い……?
生きているときに比べたら、その比重は明らかに軽い。しかし、それまで空中を浮いていたときよりは、重みを感じた。
「あ、アスカ……これって?」
「ああ、この閻魔邸には、少しですが重力みたいなものがあるんですよ。なので、長期間帰ってないと、疲れちゃうんですよねぇ」
さも当たり前のような答えを返す。
そりゃ、ここに普段から行き来してるこいつ等にとっては当たり前なのかもしれんが……。
しかし、妙な気分だ。死んでいるのに、体に重みを感じるというのは。
ま、ここで俺が悩んだところでどうこうというわけでもないので、その疑問は取り敢えず気にするのをやめた。
「ところでさぁ、俺はこの後閻魔大王に会うのか?」
「いえ、閻魔様は死の裁判官ですから。事実上は死んでいるとしても、返生を希望しているあなたには、会われません」
「なら、何処に向かってるんだ」
「事務局です」
ジムキョク?
俺の聞き間違えでなければ確かにそう言ったはずだ。
普通娑婆で事務局って言ったら、なぁ、読んで字の如くだが、事務をするとこだよなぁ……。
まぁ、それでも、何の事務かにも寄るけど。
「……でも、いや、しかしなぁ……」
「何呟いてるんですか?」
「あ、いや……ちょっとな。事務局って、何の事務なのかと思ってさぁ」
「そうですねぇ……鷹久さんみたいに、返生の希望をする人とか、後は、転生とか……まぁ、ようは、死んだ後の市役所とか区役所とか、そんなとこだと思ってくれればいいですよ。って、言っても、ボクもあまり行くことないんで、それほど詳しくはないんですけどね」
「ふぅん……」
「えっと、あ、こっちです……」
アスカの後のついて、もう何度角を曲がったか。
こりゃ、迷ったら帰れないだろうなぁ。
ようやく、先ほどの門を小さくしたような、扉の前についた。
「ここ、か?」
「ええ。あ、いいですか、鷹久さん。ここでは出来るだけ素直に、聞かれたことだけ答えればいいですから。余計なこと言わないでくださいね。こういうお仕事の人はあまり人と話す機会がないので、何か共通の話題でもあろうもんなら、一気に別の話になっちゃいますからね」
共通の話題って……あの世とこの世で共通の話題なんかそもそもあるのかよ……。
ってか、ここにいつのは、話したがりのおばちゃんとかか……?
「まぁ、そうは言ってもなぁ……」
思ったことを口に出す前に、
「いいですね!」
アスカにそう詰め寄られた。
「あ、ああ……」
「じゃあ、行きますよ」
そう言って、一歩扉の方に足を進めると、途端風がやんだ。
そうか、部屋の前とかでは進まないように風もやむのか……。
「失礼します」
二度のノックの後、そう言いながら扉を開け、中に入っていく。俺も勿論それに従う。
そこは、なぜか見慣れた風景だった。
と、言っても実際に俺が行ったことのある場所ではない。
ドラマなどで、よく見かけるオフィスが、それだった。
と、そこには、やはりアスカのように目深にフードをかぶった何人かの人(?)が忙しそうに右往左往していた。
「……ここ?」
「はい」
呆気に取られている俺に対し、アスカは答えながら、その中の一人に近づいた。
「あの、返生希望の人を連れてきたんですけど……」
「ああ、じゃあ、右側の3って描いてある扉入って」
「はい。分かりました。鷹久さん、3番の扉だそうです」
「あ、ああ……」
言って、ずんずん行くアスカに俺は何とか体を動かし、ついて行った。
あの世もこの世も大して変わらないのか……それとも、やはり、この形態が一番効率的なのか……。
ま、俺には分からないことだけどさ。
と、まぁ、3番3番っと……。
見渡して、右側の3番って、扉を探す。そこにはすでに扉を開けて、笑顔で手を振り俺を呼んでいるアスカの姿があった。
「鷹久さぁんはやくぅ!」
何か、間違ってないか…………?
その中も、やはりいわゆる事務室だった。
ってか、何かイメージくるうなぁ……。ま、いいんだけどさ。
で、ここで俺は何をするんだ…………。
「あの、返生希望者を連れてきたんですけど……」
中には、あわただしく動き回る人たちがまたもや……。やっぱ、フードを目深にかぶっているから違和感はあるが……。
「あのぉ……」
中にはコレと言った雑音とかはないようだが、みんな忙しいんだろう。アスカの声は届いていないようだ。
「あのぉ、すみません………」
「なぁ、アスカ、聞こえて、ないんじゃあないのか?」
「………そうみたいです」
そうみたいですって………いいのかよ?
「まぁ、しかたないですよ。ボクにもどうにも――」
「ああ、返生希望の方ですか?」
アスカが言葉を言いかけたとき、後ろの今入ってきた扉から声がした。
振り返って――そこにいたのは、少し太り気味の人だった。声の調子から、中年の男といった印象を受けたが、やはり、目深にかぶったフードのせいで顔ははっきりしない。
「え?あ、はい、そうです。こちらの、黒川鷹久さんです」
「ほぉ、まだお若いですねぇ……」
死人に対して、若いって……。
「それじゃあ、調書を拝見」
「あ、はい」
アスカは返事をしながら、一つの黒い表紙の冊子を手渡す。
それを、ざっと見ながら、その入ってきた人は何度か頷いたりうなったりしていたが……。
「わかりました。なら、貸し出し用の霊体をお貸ししますので、こちらの方に来てください」
そういって、冊子を返しながら部屋の奥に向かって歩き出した。
その部屋の扉には、『霊安室』と書かれていた。
霊安室……遺体を安置するところか……?
いや、霊体安置室の略かなぁ……。ま、どっちにしても俺には関係ないか。
そして、その中は――真っ暗だった。
「あ、あの……ここって……」
「ああ、すみません。ちょっと待ってください。そのうち明るくなりますから。一応明かりはセンサーになってるんですけど、ここのところ何か感度が悪くって……あ、言っている間に……」
そういうその人の言葉が終わる前に、うっすらとではあるが周囲が見えてきた。
「………なんだよ、ここ……」
俺は、そこを見た途端、思わず口に出してそう呟いた。
そこは、幾つにも重なり、また、幾つのも連ねられた棚が並べられていた。そして、その棚には、火のついていない蝋燭が陳列されていた。
「これが……霊体、なのか?」
「そうです。これが、生きとし生けるものの霊体です」
アスカはそれらを見ながらそう答える。
「では、どれが適合するかを確かめるので……ちょっと、いいですか」
そういった途端、その人は俺の返事も待たずに、髪を引っ張り、一本引き抜いた。
「イテッ!」
「ああ、すみません。一応適合確認のために……まぁ、娑婆で言うところのDNA検査みたいなもんだと思ってください」
軽い調子でそういうと、俺の髪を蝋燭一本一本にかざしていく。
と、もう何十本かざしたか、そして、時間もどれぐらい経ったか分からないが、幾つもある蝋燭の一本に火がついた。
「あ、これですね」
いいながら、その蝋燭を手に取ると、俺に向かって投げた。
「え!?」
一瞬意味が分からず、動くことが出来なかったが……。
気がつくと、そこはいつもの部屋だった。
この前まで寝起きして、バカやってた部屋だ。
時間は……午前2時、か……。
「えっと………夢?」
そうだよな……悪い、かどうかはさておき、あんなことなぁ……。
しかし……。
「ちがいますよ。貴方は今幽体と霊体の情態ですから」
「?!」
突然の声に、その方向を見ると、目深にかぶられた黒いローブの娘が見えた。
「アスカ、か……」
「なんですか。何日も会わなかったみたいに」
「いや……なんかな……なぁ、何で俺はここに居るんだ?ってか、とばされたのか?」
「まぁ、そういう風に考えていただいても間違えじゃあないとは思いますよ。でも、とばされたと言うよりは、鷹久さんが一番深く印象に残っているこの場所に戻されたって感じですかねぇ。基本的に、霊体というのは、記憶に左右されるんですよ。でも、今までは幽体がなかったので、そこそこ自由だったんです」
………よくわかんない……。
まぁ、深く悩んだところで、どうにかなるとは思えないので、一番の疑問をアスカに投げかけることにした。
「で、俺はこれからどうしたらいいんだ?」
「簡単に言うと、肉体と融合します」
「は?」
「ですから………っと、ですねぇ……本来幽体って言うのは、本人の幽体がないと手に入れることが出来ないんですよ。あ、でも、今使ってもらってる貸し出しようのは、別ですけどね。ちなみに、その辺の論理はボクにもよく解りません」
「で?」
「だから、肉体が必要なんですってば!」
怒鳴るなよ……。
「で、鷹久さん……鷹久さんの体、どこにあるんですか?」
そんなこと聞かれてもなぁ……。
「アスカ、俺が死んだのって、いつだ?」
「確か……」
ペラペラと黒拍子の冊子をめくりながら、中身から探している。
「あ、一昨々日ですね」
「一昨々日かぁ、じゃあ、もう家にあるかな――」
言いながら立ち上がる。
「――一応変死だからよう、警察かもしれないけど……」
「あ、そういえば、そうかもしれませんねぇ……でも、それだと、ちょっと問題が……」
「何かあるのか?」
「ええ。解ってるかもしれませんが、そういう場合って、時々解剖されちゃうじゃあないですか。つまり、体が見かけだけまともってことがあるかもしれないんですよ」
見た目だけ、まとも……?
「どういうことだ?」
「ですから、解剖とかの場合って、蘇生なんかを前提に考えませんから、臓器とかが結構バラバラになっちゃう場合があるんです」
「……それって、やばくないか?」
「ええ……どうしましょ?」
どうしましょって言われてもなぁ……。
アスカに解らないことが俺に解ろうはずがない。
「まぁ、行ってみましょ。体のとこ。鷹久さんには、無意識中でも解るはずですから。簡単に言うと、お互い呼び合うみたいになるんです」
「ほぉ」
中途半端な返事をして、俺は取り敢えず目を閉じてみた。
特に理由があるわけではないが、なんとなくイメージ的にそうした方がいいと思ったから……。
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