「その呼び方は止めていただけませんか、神取社長」
ソファに腰掛けた龍は窓の前に立っている男 ―― 神取孝昇 ―― に向かってそう言った。
斉藤が警視庁を出て行ってからしばらくの後、龍、高木、山岳、本城の四人も目的地に向けて足を急がせていた。
そして、龍と高木は数時間前に来たばかりの神取カンパニーに来ていた。既に日付は替わっており、社内には警報装置などの明かりと警備員の巡回の際のライトが怪しく揺らめいているだけ。の、筈だった。しかし、社長室の明かりだけは未だ煌々と灯っていた。
「しかし、龍……」
「その呼び方は止めていただけませんかと何度も言っているのですが、神取社長」
既に五回以上は龍はその言葉を言っている。
「分かった……ならば、静戒刑事。私を追いつめる物証でも持ってきましたか?」
「いいえ。あなたに自首を勧めに来ました。勿論、無理強いするつもりはありません。ですが、そのような場合、私もそれなりの手段に出ざる終えない場合もありますので、ご了承を……」
「そうですか。自首をねぇ……しかし、私には自首などする理由が見つからないのですけど……」
「そうですか………ならば。私の……まだ推測の域を出ていませんが、分かったことをまとめたモノを聞いていただけますか?その上で、今一度お聞きしますので……」
「ええ。構いませんよ。伺いましょう……」
「では……」
そう言い、一時目を閉じると、再び神取の方を向き、事件の全容を話し出した。
「まず、事件の発端は十五年前に遡ります。社長、あなたが二代目紅蓮、いや、神取カンパニーを発足させた年で、あなたの二十歳の誕生日の年……あなたは、アナタを殺しました。まぁそう怪訝な顔をしないで下さい――」
『殺した』という言葉に振り向く神取にそう言い、言葉を続ける龍。
「――そして、あなた……行蔵は、孝昇に成りすました。つまり、事実上あなたの二十歳の誕生日に亡くなったのは父親の行蔵氏と言うことになっているが、本当は、あなた。つまり孝昇氏であったと言うことです。行蔵氏の、いえ、孝昇氏の死は脳死。つまり、行蔵氏の脳を孝昇氏に移植し、既に空となっているその体に、魂を入れた。これは反魂、もしくは泰山府君祭などの蘇生儀式を用いてやったものだ。ここまでは、どうですか?神取行蔵社長」
「面白い仮説ですね。しかし、私にそんなことは出来ませんよ。だいたい私が父行蔵だという証拠でもあるんですか?」
「勿論。その裏付けは終わっています。」
「ほう……」
神取はそれだけ言うと、龍と高木が座るソファの向かい側に腰を下ろした。
「あなたの霊気です。知っていますか、社長?霊気はねぇ、保存できるんですよ。私の母、静戒恭香が行蔵氏の気を勾玉に保存してありましてねぇ。勿論、これが行蔵氏の物だという裏付けも取ってあります。その上で、あなたの気と照合させていただきました。その結果は、言わなくてもお判りですね」
「…………判った。百歩譲って、私が子供(孝昇)の体を乗っ取った行蔵だとしよう……話を続けてもらおうか……」
「ええ……」
龍はそこで一瞬息を詰まらせたように言葉を切ったが、直ぐに再び口を開き真相を語り出した。
「そして、その後十五年間、現在に至るまで当時の紅蓮の力を使い神取カンパニーを発足、成功させた。それだけの力を持った上で、今度のことを実行に移した。まず、人員の収集。あなたは、国政に関わる援助をかなりしている。その口からまずは森薗謹子に目を付けた――」
森薗の名前が出た時、一瞬高木の顔色が変わった。それを一瞥しながら、言葉を続ける龍。
「――この人物を落とした方法は分かりませんでした。しかし、表だろうと裏だろうとこの会社とつながりのあることは公にも分かっていることです。その点から後でゆっりと洗えばいい――」
龍がそこまで話したところで、神取は再び立ち上がり、奥のデスクにむかい、通信機を手にして戻ってきた。
「お二人とも、何か飲物でもいかがですか?話が長く成りそうなので、良かったら?」
「私は結構です」
神取の言葉に高木はそう答えた。
「静戒刑事は?」
「そうですねぇ……なら、コーヒーでも頂きますか。あ、出来たら毒の類は外して……」
「またまた、そのような冗談を……」
二人とも顔では笑っているが明らかに内心は『疑』と『怒』の文字が詰められていることだろう。そう言った発言と、ある種異様なオーラを漂わせている。
「ええ。冗談で済めばそれに超したことはありませんよ……それでは、続きを話していいですか?」
神取が通信機に「コーヒーを二つ」と言ったのを聞き、龍はそう言葉を進めた。
「ええ、どうぞ」
「森薗謹子と手を結んだあなたは、これで、政界と警察界に顔が利くようになった。そして、それなりの権力(ちから)も得た………次にあなたが狙ったのは、武力だ。そこで、防衛庁の装備課長である、柿嵜漣を手駒に加えようとした。その方法は分かっています。柿崎には、表には出ていないが前科と言うべきモノがありますから。それも、殺人……何年か前に柿崎は横浜の自衛隊基地で発砲事件を起こしています。その証拠は手に入っています――」
そう言い、ポケットから一枚の紙を取り出し、テーブルの上に置いた。そこには、『内部事件調書』と題されたものが書かれていた。日付は五年前のものになっている。その詳細は、実戦練習時の発砲事故で、誤って的ではなく、訓練生への発砲をしてしまったというものだ。しかし、この件は公には出されておらず、自衛隊と防衛庁が内部で揉み消したである。その時、誤射をしてしまったのが、柿崎であった。訓練生への手本の為ライフルの発砲をしたものだが、どう誤ったのかその時の訓練生を射殺。そう言うモノだ。
勿論これは防衛庁の極秘文章である。龍がどこから入手したのかは、定かではない。
「――そこから、脅しにでも近い手段を使ったと言ったところでしょうか。まぁ、それは私の想像ですので、違っていたら謝ります。こうして武力、武器を手にしたあなたは、それらを使える者を欲した。それが、元刑事で、不慮の事故によって命を落とした埜田勝弥です。幸いにも埜田は捜査一課長の本城警視を恨んでいた。まぁ、もっとも、それがなければ霊になど成っていなかったかも知れませんが……。」
そこまで話したところで、神取の胸に付けていたバッチが警告音にも似た音を発した。
「失礼……ちょっといいですか……」
言いながら、それを外すと口元に持って行く。
「どうした?」
『そ、総帥………――』
バッチから音が止むと、そう男の声が聞こえてきた。
『――さ、斉藤が……た、助けて、下さい……』
「………」
神取は男の言葉を聞くと指で軽くそれを押し、ポケットに押し込んだ。
「社長、どうかしましたか?」
薄笑いを浮かべながら龍が神取に訪ねる。どうやら通信の相手が分かっているようだ。
「いや………このバッチはちょっとした通信機になっていて、どうやら周波数が狂っていたようだ。続きを聞こうか……」
「そうですか……では、続きを……それらの力を手に入れたあなたは、仕上げに日本(くに)を乗っ取る作業に移った。それが、現内閣の官房副長官・曾我新弌に声を掛けた。この男は既にご存じでしょうがかなりの曲者でしてねぇ……今だからこそ官房副長官なんて地位にいるが、元は諜報官でしたよね。確か……――」
神取に訪ねる形でそう言葉を口にする。しかし、神取はそれを聞き流したように黙って龍の話に耳を傾けているだけ……。
「――まぁ、別にいいですけど……それも、ある組織のだ……それは――」
「羅列……」
龍の言葉に口を挟み神取がその名詞を口にする。
「ほう、やはりご存知でしたか……その通り。まぁ、行蔵(あなた)が知らない方がおかしいですかね。元紅蓮の第一特隊(とくたい)……正式には、『第一特殊特撃査察隊(とくしゅとくげきささつたい)』で、よかったですか、社長?」
「……ああ……」
「そこの隊長だったのが、曾我ですよねぇ……まぁ、この裏事情は国会の中で知っている者は、数える程だとは思いますが。どういう方法で偽造した(造った)のか知りませんが、曾我の経歴はかなりな物がありますからねぇ。確か、出身は京都で、高校までは地元の学校を卒業。その後、京都大学に入り、古代史と神秘学を専門に研究。その後、政界に進出し、若干三五歳にして参議院に就任。それからわずか四年で、農林水産省の大臣までやっておいて、五年前に今の地位、官房副長官にまで成り上がった。政界でもその間(かん)の首脳に人気があり、現地位を不動のものに……」
「何が言いたいのかな……?」
龍の言葉が切れたところで、怒りの文字の見え隠れするその顔を上げ神取はそう問いた。
「…………失礼しました。少しお喋りが過ぎましたね。別にあなたがどうだと言っている分けじゃあない。ただ、元暴力団の諜報官がその偽装経歴をどうやって手に入れたのかと思いましてね。社長は、気になりませんか?」
「私は特に興味はない」
「そうですか。まぁ、なら別にいいですけど………私はね、ただ、この経歴を偽造した(造った)のが、あなただと言いたいだけなんですよ………勿論証拠はありません。ただ、過去の紅蓮のトップだったあなたなら、羅刹ぐらい簡単に動かせた。そして、全国に勢力を広げていた組織ならば、各校の卒業証明書なんか、簡単に買えた(入手できた)んじゃないかと思いましてね……まぁ、話を戻しましょう。そして三年前、曾我を手中に収めたあなたは、神取カンパニーの中に再び【紅蓮】を結成した。そこから本当の動きを始めた。その主要人物は今言った面々だ。これは裏の世界での話ですが、その力は過去の半分以下とはいえ、東日本全域にまで広がっている……。それが、新紅蓮結成から僅か一年……」
「いち、ねん……」
黙って龍の解説を聞いていた高木だったが、そう驚声(きょうせい)を発した。
「ああ。僅か一年の間に先代が何十年もかけて創った地盤を再生しやがったのさ。この社長はなぁ。違いますか……?…………まぁ、答えてくれなくても結構ですけど」
問いに対して何の反応をも示さない神取に龍はそう言うと再び真相を語り出した。
「組織の力をそこまで拡大したあなたは、次に警察(我々)に対する戦力の増強に取りかかった。それが、警視庁のほぼ全部署が追っていた、狂人殺人事件。それは実験だった。紅蓮の特殊部隊の為の『狂人者育成(Soldier bring up)』と言われる……」
「ソルジャー、ブリングアップ……『兵士の育成』……?」
「そう。だが、兵士や戦士と言えばいくらか聞こえは良い。しかし、ここの者は狂人者(きょうじんしゃ)……狂人者の育成。城島兼司のような……もっとも、その件についてはもうだいぶ前から心霊課(私達のところ)では実状態がハッキリしていましたがね……ここまでが、一連の序章(プロローグ)です。いかがですか、社長?」
言葉を返した高木に、そして神取にそう言う龍。
「………面白い話だな、龍」
「そうですか……面白い、ですか……」
龍がそう言った瞬間、突如龍達が入ってきた扉が開き、一人の男が立っていた。その手には盆に載せられた二つのコーヒーカップが持たれている。
「!!曾我!!」
その方向を見た高木がそう叫びを上げる。
「………社長、何処まで、コーヒーを頼んだんですか?」
「見たとおりだよ。静戒君――」
口調が変わっている……。その事が龍の体に寒気を走らせた。
「――彼の……官房副長官の官邸までさ。中身はそこの者が出したはずだ。それとも、好きな銘柄でもあったのかな……?」
「……テメェ……孝昇の振りは止めたのか……?」
「いや、行蔵(オヤジ)の振りを止めたのさ。オヤジは俺の体を乗っ取ったつもりでいたようだけど、俺もそう簡単にはこの体を譲るつもりはないからねぇ。しかし、君が言ったように殺された時は驚いたよ。仮にも実の父親に殺られたんだからねぇ。けど、俺は死ななかった。この体の中……心臓に巣くって生きてたのさ。まぁ、もっとも、霊体だけだけどね……そして、一年程前に完全に目覚めたのさ。静戒君、知っているかい?心臓にもねぇ、能に限りなく近い部分があるんだ。つまり、記憶を留める事が出来るところがね……」
「お前…何が望みなんだ……」
それまで敬語を使って神取に語っていたが、急に口調が元に戻った。
「あれ?分かってるんじゃないの。俺の目的は霊界の壊滅だよ」
さも当然と言った感じでそう言いきる神取。
「巫山戯んじゃねぇよ……ぜってぇにテメェだけは死滅させてやる……」
「ハハ、残念だけど君には無理だよ。俺に君に対する敗因は一切無いからね。奇跡でも起きない限り、不可能なんだよ」
「なら、起こすまでだ……」
そう言い立ち上がる龍。
「あれ、もしかして怒ったかな?まぁそう熱くならないで座ってよ。せっかくコーヒーも届いたところなんだしさ。……それにさぁ、ここで俺が黙秘を使ったとしても、君達は何らかの物証を持って再び来るだろうから、君達二人には悪いんだけど、この場で始末することに決めたよ。それに、君の話、まだ途中だろ。俺も聞いてみたいからね。君だってどれだけ自分の考えがあっているか、確かめたいはずだ。違うかい?」
「………分かった。そんなに聞きたきゃ話してやるよ。テメェの悪事をな……だがその前に、曾我、テメェも腰を下ろせ」
龍の言葉に神取の隣に座る曾我。そして、それを見受けると改めて腰を落ち着かせる龍。
「……なら、続ける。狂人者集団の育成のテストとして城島を放った。それが、城島が起こした大量狂気殺人だ。それはたぶん成功なんだろうな。その後、当然のように城島は逮捕された。そして無期懲役。だが、城島は脱獄に成功した。それもその際一切の騒ぎを起こさずにだ。これは……鏡を使った空間移動を使ったモノのはずだ。城島の収容されて居た独房には一枚の鏡が設置されていた。そこを通って、城島は遠藤弁護士のもとまで一気に移動した。そして、自分より先に着くように放っていた召還魔――網剪――で遠藤氏を殺した。まぁ、これはテメェにとっても予想外だったかも知れねぇがな」
そう言い、自分の前に置かれたコーヒーカップを手に取る龍。そして、一口、それを口に付ける………。
「……!!テメェ、何のつもりだ!?」
叫ぶと、カップを床に投げつけ自分の口の中のモノも直ぐに吐き出した。
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