「よし、次は静戒さんだ」
そう呟くと直ぐに静戒に電話を掛ける。
「………出ない、なぁ………どうしたんだ、静戒さん……」

「ったく、うるせぇなぁ……」
先程から何度も鳴っている通信機に目をやると、そう苛つきを見せる声を出す。
「こっちはそんな暇ねぇんだよ……一刻も早く幸香を……」
「……リュウ……」
「ン?幸香、気が付いたのか!?」
声が聞こえたので、後部座席に寝かせてあるはずの幸香の方を見ようと、バックミラーに目をやる。
「いや、そうではないが………」
「その口調、ユカ……か?」
「……そうだ。どうやら陽の私は霊的に封じ込められたようだ」
「やっぱそうか。それで、どうすればいいか判るか?」
「方法はなくはない。だが……」
「どうすればいい!」
「……………………私を封じることだ」
しばらく沈黙をしていたが、決心したようにそう静かに言った。
「何だと!お前を封じる!?」
「そうだ。元々私は防衛規制などから出来た陰の存在……現状を見ても判るようにどちらか一人が眠っていればもう一人は出やすくなる。そして、双方が封じられれば、本来強いはずの陽の私が目覚めるはずだ」
「……確かに、論理上はそうかも知れねぇ。だが、神取は放って置いても昏睡状態は戻ると言った。俺が気にしてんのは、これもヤツが言ったことだが、後遺症ってヤツだ……」
「後遺症……」
「そうだ。そのやり方で無理やり目覚めさせたら、まず間違いなく何かの後遺症が残る。そう思わないか?」
「……否定要因は、無い……」
「つまり、力を送って――」
「目覚めさせるしかない。そう言うことか……」
龍の言葉を遮り続きを言うユカ。
「そうだ。だが、俺の力は基本的に攻撃。治癒呪法は、俺の能力では……」
「心霊課には治癒呪法者はいないのか?」
「いないことはない。だが……今は不在だ。他のヤマを追っている……」
「ならば……クワッ!!」
「ユカ!どうした!!」
「す、済まない……神取の力の影響が、私にも、出始めたらしい……」
「何!?馬鹿な、精神を攻撃したんじゃ………!!ユカは、より精神体に近い……」
「……ダメだ……意識が……」
「ユカッ!!………チィッ!」
名を呼んでも返事の無くなったユカを案じながら舌打ちする龍。
「神取……」
アクセルをより強く吹かし、サイレンを発し、ランプを点灯させる。速度は既に規制を大きく超えていた。だが、それでも龍の速さは増して行き―――
「幸香、それにユカも、何とかしてやるからな……消えんなよ……」
そう言うと警視庁の前に車を横付けし、高木の体を抱きかかえると、即効で心霊課に向かった。

「手塚……斉藤は?」
警視庁の一階の市民窓口の前にいた手塚に本城は掴みかかるとそう問い詰めた。
「斉藤課長は……今、医務室で休んでいます。しかし、症状がひどいので、早めに大きな病院に運ばないと……」
「……そうか。解った。あ、静戒には連絡したのか?」
「ええ。何度か交信しようとしましたが、携帯も無線も繋がらないんです」
「何だと!?静戒……何処で何をやっている……」
「あ、本城課長、俺ならいますけど……」
本城が問うように言うと同時にその背後からそう声がした。
「静戒!?」
その方向を見た本城の目に高木を抱きかかえている龍の姿が映る。
「あ、何があったか知りませんけど、今ちょっと急いでるんで後にして下さい」
龍はそれだけ言うと本城の言葉も聞かずに奥に走り去った。
「せ、静戒……」
「静戒さん、行っちゃいましたね……」
のように言う手塚に一瞬視線を移したが、直ぐに龍の去っていた方向に目を向け、再び手塚を見た。
「手塚、斉藤を心霊課に運べ」
「え?」
「速くしろ!」
「は、はい……」
あまり大声など出さない本城の一括を聞き、手塚は直ぐに医務室に走った。
「課長……少し、いいですか……」
手塚の背を見ながら、横にいた大村は本条にそう切り出した。
「……何か……?」
「少し、気になることが――」
「なら、私も混ぜて下さい」
大村に続き、そう言ったのは入り口の自動扉を潜ってきたばかりの山岳だった。
「山岳……」
「斉藤さんが、襲われたそうですねぇ」
「ああ……」
大村の言葉を聞き、「なるほど」と言った感じで肯いてみせる山岳。
「一課でいいか?」
「はい」
山岳も黙って肯く。

その時、龍の儀式は既に始まっていた。
「静戒さん……これは……?」
心霊課の惨状を見てか、部屋いっぱいの魔法陣の上に寝かされている高木の存在を見てか、開け放たれていた扉から中を見た手塚はそう言った。
「……手塚……悪い、ちょっと、後にしてくれるか……幸香がちょっとヤバイんでな……」
「静戒さん、高木さんは……?」
「たぶん、問題ない。だが、処置は速いに越したことはない……」
「そうですか……あの静戒さん、斉藤課長が……」
「課長が、どうかしたのか?」
「はい……」
そう返事をすると扉の隅から見せていた顔を一度引っ込め、台車に乗せられた斉藤を部屋の中に運び入れた。斉藤の体に掛けられたシーツの反面以上が、既に血の赤で染まっている。
「課長……?どうしたんですか!」
思わず近寄ると、そう話しかける龍。
「何者かに襲われたようです。腹部を鋭利な刃物で刺されていて、今は、昏睡状態です」
「……そうか。解った。手塚、お前は下がってろ。後は俺が何とかする……」
「え、でも、何か俺にも出来ることは……」
「…………そうしてもらえれば助かるんだが、残念ながらお前には何も出来ない。これはお前が無力だって言ってるんじゃねぇからな。幸香も課長も、普通の状態じゃねぇんだ。今の科学の随を集めたような医療設備・技術があってもどうにもならねぇ。幸香は精神に霊力でプロテクトが掛かっちまってるし、課長は、俺が見た限り霊刀で刺されてる。能力者じゃなきゃこの傷は塞がらねぇんだ。悪いな、手塚……」
「そう、ですか……でも、俺で役に立つことがあったら、何でも言って下さい!」
「そうか、なら………悪いやっぱいいわ。一課に戻って、何か進展があったら教えてくれ」
「……はい。解りました……」
手塚は答えると部屋を出て扉を閉めた。
「はぁ……で、課長、どう言うつもりですか?」
手塚がいなくなると、龍はため息混じりにそう横たわっている斉藤に問いかけた。
「………」
「黙っていちゃあ解りませんよ。こんな芝居までして……目的は何ですか?」
「……ばれていたか。流石だな……」
そう言うと、斉藤はそこで半身を起こし、腰掛けるように座り直した。
「それで、何か掴めましたか?」
「ああ。一番のモノは、柿崎と曾我が尻尾を出したことだ」
「何ですって!?」
「そう驚くな。例の通り魔事件あっただろう。あの犯人は、柿崎だった。目的は恐らく、妖刀に生き血でも吸わせてたってとこだろう。ヤツの持っていたモノはナイフだったが、あの型はそれなりに伸縮自在なはずだ。と、すれば、あれはまず間違いなく妖刀。お前が造った探知機が反応したからな」
「そうですか……それで、何故あんな芝居を?」
「………まぁ、そう言うな。敵を欺くにはまず見方からってな……まぁ、俺のことより、高木はどうしたんだ?」
近くで横たわっている高木の姿を見て、訝しげな顔をして斉藤は訪ねた。
「ええ。ちょっと神取に……何かされたみたいで、兎に角やってみますが……」
そう言うと、手塚が来るまで組んでいた印を再び組み、目を閉じた。が、直ぐに何か思い出したような顔をして目を開くと斉藤の方を見て―――
「課長、一応傷口にこれ貼っておいて下さい」
―――一枚の呪符を渡した。
「これは?」
「少なくても向こうからのダメージは受けてますよねぇ?だとしたら、何らかの症状が出る可能性があります。そうなる前に、簡単な結界を張っておこうかと思って、そうしておけば、もし何か呪が掛かっていても、それが消滅されるはずですから」
「そうか。解った……」
「ああ、それと課長、出来たら少し一人にしてもらえませんか?まぁ、幸香はいますけど」
そう言うと、龍は高木を一瞥し、斉藤を見た。
「解った。済んだら言えよ……」
それだけ言うと、龍の渡した呪符を手に部屋から出て行った。
「幸香、もしくは、ユカ、聞こえるか……正確には感じ取れるかと言った方がいいか?どちらにしても、俺のことが判ったら返事を示せ。方法は任せる。いいな、今からお前の体には負担になるかも知れないが、特殊な気を送る。そいつを受け止めろ……」
再び目を閉じた龍は、口を一文字に結び、祈るように高木をた。

「それで、どうしたんだ?」
「央朝は、死んでいました……」
「何!?どういう事だ。自民党にも顔は出しているはずだ。それに、公安でお前も目にすることはあるはず……弁護士会からもそんな報告は受けていない、医学会も同様だ。死亡していると言うことなど……」
「ええ。私も初めは信じられませんでした。しかし、これを……」
そう言うと山岳は一枚の写真を机の上に提示した。そこには、手術台に乗せられた、全裸で布をかぶされ腹部を切り裂かれている女性が写っていた。
「こ、これは……」
「央朝、真弓の遺体の検査解剖の時の物です。幾つかの方面で確認しましたし、詳細なデータを取るための画像処理もした結果、ほぼ本人に間違いありません」
「いったい……どういう事なんだ?死亡日時は?死因は?この写真の入手先は?現在いる央朝はなんだ?」
本城の頭の中には次から次へとそう言った疑問が浮かんでくる。
「本城課長、少し落ち着いて下さい。私の分かっている範囲で答えられるものは答えますから、だからそう幾つも一度に聞かんで下さい」
「あ、ああ、済まない……」
「いえ、まず死亡した日ですが、十二年前です。それについて少し妙なことがありまして、紅蓮前会長、神取行蔵の死亡が同日なんです」
「同日……」
「そうです。しかし、表向きには央朝の死亡届は出されていません。次に死因ですが、急性心筋梗塞とのことです。ですが、ここにも少々引っ掛かる事が……その前日に神取カンパニー系列の病院で検査を受けているんですが、その時は何も発見されていないんです――」
「………」
山岳の言葉に黙って耳を傾けている本城。
「――なので、警察病院での司法解剖が行われました。その結果は間違いなく心筋梗塞と言うことで。この写真は、その時の担当医からの物です。それらの結果から、今いる央朝真弓についてですが――」
「傀儡だ」
急に扉が開き、中に入ってきた男がそう言った。
「斉藤!お前、大丈夫なのか!!」
扉を背にしていた山岳には直ぐに目に入らなかったが、本城はそちら側を見ていたので、直ぐに斉藤の姿を目にし、そう声を上げた。
「ああ、これと言って問題はねぇ、それより――」
そう言うと、二人の前を通り抜け、ソファに腰を下ろし、タバコに火を付けながら……。
「――その央朝の話、本当なんだろうなぁ?」
「……ええ」
「こりゃ冗談抜きに戦闘に持ち込まざる終えねぇことになりそうだなぁ……」
「どういうことだ?」
「山岳がその情報を掴んだことを、が気付いてねぇとは思いにくい。それに、柿崎と曾我が俺を殺ったと確信していてくれればいいが、もし俺が紙一重でほぼ無傷だと気付いていれば、仕留めに来るだろうな」
「柿崎と、曾我、ですって!」
思わず立ち上がりそう叫ぶ山岳。
「ああ。向こうもそれだけヤバイんだろう。俺一人に柿崎使って誘き出し、曾我を使って殺ろうとする。紅蓮の幹部二人もだぜ……尋常じゃねぇ事だけは確かだ」
『ええ、俺もそう思います』
斉藤の腰に付けていた無線機から雑音混じりだがそう声が聞こえてきた。
「龍、聞いていたか……高木の容態は同だ?」
『何とかなりました……』
『済みません、ご心配かけました。もう大丈夫です』
『――だ、そうです。課長、俺達もそっち行きますよ』
「解った……本城さん、紅蓮に乗り込まねぇか?」
「!!」
「駄目です!斉藤課長、あなたはの力が解っていない!そこらの暴力団とは違うんですよ。もう少し調査すべきです。そうすれば――」
「そうすれば、弱点でも見つかるってのか?――」
山岳の言葉を遮り、そう言う斉藤。
「――冗談じゃねぇ。仮にそうなったとしてもなぁ、それじゃぇんだよ。ヤツらは城島を放った時に残り三日だと言ったらしい。それが何を意味するか判るか?何かろくでもねぇ事企んでるってことだ。つまり、余計な時間はねぇんだよぅ!」
「まぁ、そう言うことだろうなぁ……」
「……仕方ないでしょうね」
斉藤の言葉に同意すると取れる語を発しながら扉を開き一組の男女が入ってきた。
「静戒、高木」
「どうも、遅くなって……」
「課長、神取は今幾らか油断していると思います。私と斉藤課長をこっちの戦力から消したと思っている筈ですから」
「それはどうかな?俺の力を見くびっていたとしても、お前を治せねぇとは踏んでなかったはずだ。現に神取は俺達を逃がしている。それに、課長のことも、ちゃんと死を確認しておくぐらいはする筈だ」
「それは、そうだけど……」
「課長、どう思います?」
タバコを吹かして二人の言葉を聞いていた斉藤にそう尋ねる。
「何とも言えねぇな……今動くことが凶と出るか、吉と出るか……それは何とも言えねぇ。が、動いて損はねぇとは思う。その理由は簡単だ。ヤツらは焦っている。なら隙が出来る。違うか、龍?」
「ええ。俺もそう思います。それでどうでしょうか、分かれて一人ずつ潰していくってのは?」
「分かれて?」
「ああ――」
そう高木に返事をすると、周囲を見渡し一呼吸置き、言葉を続けた。
「――その方がいいと思います。まとまって動いても、それでどうにかなるとは思いません。ならば、他の幹部を押さえている間に神取を仕留める……それが適当かと……」
「だが、捜査は二人一組が基本だ」
「あんた。何も分かってねぇなぁ――」
龍に反した本城に溜め息混じりで斉藤がそう言った。その口元には笑みを浮かべられていた。
「――これは既に捜査じゃねぇ。戦闘なんだよ。殺るか殺られるか。それだけだ……それとも、あんたが状況を解決してくれんのか?」
「………」
「出来ねぇだろうな」
「課長、ちょっと待って下さい。やはり、二人一組の方が……」
「あぁ……?」
龍の言葉に小首を傾げ、片目を閉じた斉藤がそう不平の語を漏らした。
「城島ですらかなり強敵でした。その上、幹部クラスとも成れば、は必須……となれば、守備と攻撃の二人の方が……」
「ああ、そうか。ならお前等はそうしろ。俺は柿崎に借り換えしに行ってくるわ……」
そう言い、席を立ち部屋を出ようとする斉藤。
「課長……解りました。なら、これ持って行って下さい」
龍の手には柒刀のうちの一つ ―― 漣仁斬が握られていた。
「テメェ、コイツを何処で!?」
「済みません。無断でお借りしていました。それは謝ります。しかし、それは神取と城島との接点を確実なモノにするためにやったことです。まぁ、勿論許してくれとは言いませんけど……その漣仁斬は今までよりも妖刀に近いモノになっています。精神力が高ければ、生半可な霊撃ぐらいならば防げますし、霊刀としても霊力が無くてもそれなりに力は出るはずです」
「漣仁斬、改造しやがったのか」
「ええ。課長が使えるように……」
「そうか。まぁ、礼は言っといてやる。ありがとよ。じゃあ、俺は行くぜ……」
漣仁斬を手に、部屋を出て行く斉藤。
「あ、課長、ついでに鞘造ったんで持って行って下さい」
言いながら漣仁斬と同型の鞘を放り投げる龍。
「おう。じゃあな……」
「ええ。お気を付けて」