「私が紅蓮に行きます」
龍の問いに答えたのか、それともたまたま発言の順序がそうなってしまっただけなのか、そう言ったのは山岳だった。
「山岳さん……」
「あぁ……山岳、テメェ公安だから潜入捜査は得意だとでも言うのか?」
「まぁ落ち着け斉藤。それと山岳、悪いがお前には神取カンパニーには行かず、さらに、央朝公安委員長を探って欲しい。身内は嫌かも知れないが―――」
「いいえ。それならそれで構いません。私は上の命に従うまでです。それと、斉藤課長、差し出がましい真似をして済みませんでした」
そう言い頭を下げる山岳。
「………」
それを、顔を引きつらせてみる斉藤。
「それでよろしいですかな、斉藤警視正」
わざと階級を付け、本条が問う。
「ケッ、好きにしやがれ」
「では、その上で残りの配置だ―――」
「ちょっと待ちな」
本条の言葉を遮り立ち上がったのは斉藤。
「どうした?」
「後は俺に決めさせてもらう、文句はあるか?あんたも、いいな本城さん」
そう言い、メンバーを見渡す。
「…………いえ。上官命令には逆らえませんから……」
一瞬睨むような視線で斉藤を見た本条だったが、そう言うと、視線を正眼に戻した。
「なら、紅蓮には龍と高木に行ってもらう」
「えっ!」
「何だ、龍」
「い、いえ、ただ、幸香、あ、いえ、高木はまだ意識が……」
「なら起こせ。お前なら不可能じゃねぇはずだ。いいな。それと、本城さん、あんたにはもう一度、大村と森薗を洗ってもらう。俺は―――」
「ちょっと待て、斉藤。このヤマにこれ以上大村を巻き込まないでくれ!」
「何?巻き込んだのは俺じゃねぇ、あんただろう?深くなるか浅くなるかだけだ。なら、悪いが深くなってもらうぜ。情報を取れるヤツをメンバーから外す理由はどこにもねぇ。この人員を上から命令させているってんなら、どうせ、神取の息のかかった人間が決めたことだ。喧嘩売る相手の言うこと聞けってのかよ?冗談じゃねぇぞ、これはなぁ、警察の問題だ。確かに俺にも人員を増やしたくねぇってのはあるがな。だが、それは捜査上踊らせる人数が少ねぇ方が指揮が楽だからだ。続けるぜ。俺は、今起きている連続通り魔事件の真相を追う。これが配置だ」
「ちょ、ちょっといいですか、課長」
そう言いながら恐る恐る手を挙げたのは龍である。
「何だ?」
「何故、通り魔事件なんかを……」
「解んねぇのか?あのヤマの裏には九分九厘、神取がいやがる。なら、これまで殆ど尻尾を出さなかった神取の首を取れるだろう。殺人教唆って言う罪でな。他に何か質問はあるか?………ないなら、場に移れ……」
そう言い残すと、斉藤は一課長室を後にした。
「………本城課長、いいんですか?」
「仕方あるまい。それとも、にお前は何か言えるか」
その答えに、龍にYESで答えられるはずがない。黙って顔を伏せるだけである。
「ならば、に移るぞ。有余は後二日だ。神取が指定した三日という時間から自然とそうなってしまう。静戒、高木を起こしてきてくれるか?」
「………はい」
そう一言言うと、龍も部屋を後にし、仮眠室に向かった。
「では、私も」
龍が出て行くのを見て、山岳もそう言い頭を下げると何処かへ出て行った。
「……さて、ならば私も行動に移るとするか……」
そう言いながら本条は部屋の出口まで行き、一課内に声を出した。
「大村警部、ちょっといいか」
「え、あ、はい」
本条の呼びかけに返事をすると課長室に足を運ぶ大村。
「実は、今少し斉藤とも話したんだが、のもう少し詳しい物証が欲しい。協力してくれるか」
「はい。それはいいですけど、どのような物を……?」
「率直に言って、紅蓮に関与している証拠だ。私が調べた中では神取カンパニーとの関係は出てくるのだが、紅蓮との関係が今一掴めん。警部が手に入れた映像の入手先からもう少し何とかならないかと思ってな……」
「はぁ、そういうことですか。分かりました。手は尽くしてみます。ですが、わたし一人では……」
「ああ、それなら心配するな。わたしも同行する」
「え!?」
本城の発言にそう驚嘆の声を上げる大村。
「そう驚くな。少し前にも言ったが、私とて一課の人間だ。を出て捜査ぐらいはできる。それに、の時に作った情報屋のツテもいくらでもある。警部の足手まといになるようなことはない」
「いえ、私が言っているのはそう言うことではなく………いえ、何でもありません」
途中まで本条の行動を拒否していた大村だったが、その顔を見ながら自分の言葉を飲み込んだ。
「……そうか。なら、早速出かけよう。少し遅いがな……」
笑みを浮かべる本条の視線の先には窓から見える都心の夜景が移っていた。
「幸香……やっぱ起きねぇな……しゃあねぇ、あんま好きな手じゃねぇんだけど……しょうがねぁか、ってよりも、これが一番楽だからな」
そう言うと、近くの椅子に座り龍は印を組み、目を閉じた。そして、しばらくの後―――
「………」
龍は項垂れて、椅子に全身の体重を預けていた。だが、そのばにもう一人の龍が立っていた。
『はぁ、この感覚は何度やっても妙だな。俺が直ぐそばで寝てんだからな……』
そう言っている龍は常人には見ることの出来ないもの、すなわち―――幽体。
龍の行った行為は、世に言う『幽体離脱』である。
そして、龍は寝ている高木の体の上に重なった。その瞬間幽体の龍の姿が消える。高木の中に入った為だ。俗に言う、『夢枕に立つ』と言ったような状態であろう。
『幸香、幸香、聞こえるか?』
〈え、誰?〉
龍の言葉に反応したのか、薄暗い空間の一部が光り出し、そこに高木の姿が現れた。
『俺だ……龍だ』
〈りゅう……龍……何で?〉
『幸香、お前、自分の今の状況分かってるか?』
〈どういう事?私、え、何だっけ……?〉
『城島と戦闘してたのは、覚えてるか?』
〈……少し……〉
――そうだろうな。城島と対峙したのは私だ――
幸香の言葉の次に、同じ声でそう言葉が聞こえた。そして、幸香が見える直ぐ横の空間にもう一人、ユカの姿が見えた。
『幸香……いや、ユカ、か……』
〈あなた……〉
――陽の私よ、もう少し休んでいろ。リュウとは私が行動する――
『悪いがな、ユカ、その提案には乗れねぇなぁ。理由はお前が一番解ってるはずだぜ。お前が表に出てくるに幸香が今みたいに倒れちまう。つまり、お前の強い霊力が、元々の幸香にはかなりの負担になってるってことだ。霊気を使うことは能力者でもかなり精神力と体力を消費する。それを、普段使い慣れていない幸香がやったら昏睡状態に陥るのも当然だ』
〈龍………〉
――それを、陽の私も望んでいるというのか?――
〈……違う。私は、龍の足手まといになりたくない。だって、アナタが出てきてくれなかったら、たぶん私が足引っ張って、もしかしたら、二人とも……〉
『それは違う!俺の不甲斐なさが問題だ……幸香が気にすることじゃねぇ』
――リュウ、お前も私の力を必要としているはずだ。違うならば、私が出てくることを期待したりはしなかったはず――
『ああ、それは認める。だから俺も後悔している。状況が状況だったといえ、少し考えれば判るはずのことだった』
〈ねぇ、龍は私より、もう一人の私の方が……大切、なの?〉
『な、何だよ、その質問は?!』
〈何、慌ててるの?もしかして勘違いしてる?私が言っているのは、刑事としてよ!〉
『あ、ああ、そう、そうだよな。デカとして、な……って、そんなこと言われたら、選べねぇよ』
――だが、現状態では私の力は必要不可欠なはずだ――
『ああ、まぁ、それはそうなんだけど……まぁ、兎に角よう、幸香、起きてくれねぇか?俺、一応捜査に行くからお前起こしに来たんだけど』
〈え?あ、そっか、私今寝てるんだ……分かった、でも、どうすればいいの?〉
『そうか。解んねぇか、あ、なら俺が外に出て気を送る。それがここでは光の筋に見えるはずだ。そこに行ってくれ。そうすれば自然と目覚める』
〈分かった〉
『なら、俺はもう戻るな』
そう言った瞬間、龍の姿は高木とユカの目の前からかき消され、次の瞬間に項垂れていた龍の体が動いた。
「さて、それほど強い気を送るわけにもいかねぇしな……先・両・圓・斎・浄、・、・、・、・、・、……」
口がそう静かに動き、手が印を結ぶ。
そして、その手から発せられた薄く赤みのかかった光が高木の体に当たる。
それからしばらく後、高木はゆっくりとその半身を超した。
「ふぅ………なんか、凄いスッキリしてる……」
身を起こしながらそう呟く。そして、視線を龍に向けると………。
「で、状況は?」
と、質問した。
「ああ、埜田と城島を逮捕した。それで、俺とお前は、神取カンパニー、紅蓮に、討ち入りに行く」
「そう。解ったわ」
「何だよ。嫌に素直な返答じゃねぇか。普段だったら、少なくても理由は問いただすのによう」
「事態がそれだけ切羽詰まっているんでしょ。なら、私が何言っても無駄なだけ。詳しいことは、行きながら話して」
「お、おう……」
何処か妙な顔をしながらそう返事をして、先に部屋を出ようと扉のところまで行った高木の後に続く。
地下の駐車場に着き、運転席に龍、助手席に高木の順で、に乗り込む二人。
「それで、紅蓮に行ってどうするの?」
車を走らせて数十メートル行ったところで、そう話を切り出したのは高木だった。
「……それは着いてからだな。には何の指示もされてねぇ。つまり、俺にも何をすればいいか判らねぇってことだ。まぁ、着けば否応無しに、することはできるだろうけどよ。まぁ、それも無事につければ、だがな……」
「……そう。なら、私の考えを通してもらえる?」
「と、言うと?」
「普通に警官として、神取孝昇本人に会うの」
「神取に!?」
「そう。『城島が逮捕されて、あなたとの関係があるとのことなので、真偽を確認に来ました』ってね」
「……それで会ってくれるかなぁ」
「会うはずよ。私たちを殺したがっているんだから、城島みたいに別空間に引き込むとかして、完全犯罪を実行できるんだからね。それに、普通の犯罪者みたいに、弁解するために招き入れる可能性もあるわ。あと他に言うなら、捜査への協力は市民の義務」
「………」
高木の淡々としたセリフを聞きながら、『最後のは殆ど神取には関係ねぇな』などと、思いながら、車を走らせる龍。
「ああ。なら、そうするか……」
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