「高木……」
心配そうに窓から高木の寝ているベッドを見る本城。
異空間から出てきた時、意識を失ってしまった高木は、今、一課の仮眠室に寝かせてある。
「課長……」
声のする方に本城が目をやると、視界の隅に一人の男の顔が写った。
「手塚――」
体を動かし、その方に目をやる。
「――お前、確か自宅謹慎だと……」
斉藤から言われたことを思い出し、そう改めて言う。
「ええ。確かに言われました。ですが、今さっき、上から出署してくるようにと通達があったと連絡がありまして、それで……」
「上から……私はそんな報告は聞いていないが……それに誰が、そんなこと……」
「あ、連絡をくれたのは、署内の者のはずです。ポータブルフォンの着信メールのアドレスが此処のものになっていましたから」
「ああ、そうか……」
その言葉を聞いて、ますます腑に落ちないといった面持ちを見せる本城。
「ん?お前、私がここにいると、誰に聞いた?」
「いえ、別に、俺は一課に行く途中に課長が立っていたので、声をかけただけですが……」
「あ、ああ、そうか……まぁいい。一度、部屋に戻ろう」
「え、あ、はい……」
普段と違う本城の様を見て、歯切れの悪い返事をする手塚。
手塚を伴って一課に戻った本城は、改めて霧嶋、いや、城島を取調室に連れて行くよう大村に指示をした。
「城島兼司、お前は、いや、神取率いる紅蓮はいったい何をしようとしている」
「さぁね……総帥の考えることは俺にはよく解らん。ただ言えることはまず間違いなく、日本警察を潰そうとしていることだけは確かだってことだけだ」
「警察を、潰す……?」
「不可能だと思っているのか?」
「当たり前だっ!」
それまで同席をし、城島の言動を記録していた手塚がそう怒鳴った。
「まぁ、確かにお宅等の常識や、観念から言えばそうかもな。だがなぁ、そっちのヤツらもそうだが、総帥を筆頭に、俺や他にも何人もの術師がいるんだぜ。どうせ掴んでんだろうから言っちまうがなぁ、うちの主要トップ六人は全員高能力者だ」
「何!?」
驚きのあまり、その場に立ち上がる大村。
「何だ、知らなかったのか。なら、黙っておけばよかったな……まぁ、言っちまったもんはしゃあねぇか……それより、この手錠外してくんねぇかなぁ……」
「戯れ言を言うな。それは心霊課が使っているお前のようなヤツを封じるための手錠だ。そう言われて外せるわけがないだろう」
一時の驚きを押さえ、再び冷静な言葉でそう言う大村。
「まぁ、そうだろうなぁ……それよりもよう、俺と殺り合っていた、あの高木とか言う女刑事は大丈夫か?結界の中に引きずり込んだら、急に性格変わっちまったみてぇだが、それに、あんな能力の使い方したら、否応なしにくたばっちまうぜ……」
「……高木が……変貌……?」
「何だ?アイツは捜査になるとそうなるって訳じゃねぇのか……なら、俺等と同類って訳か……」
ニヤつきながらそう言い、大村の顔を上目遣いで見る。
「どういうことだ……」
「さぁな……」
大村の質問に、更にそう嫌みのような口調を繰り返す。

埜田の爪が、いや、正確には力の込められた指先が龍の頬を掠る。
「なるほど、弱いな……その程度なら、能力者じゃねぇ課長でもあそこまで追いつめられたわけだ……」
『ホザクな』
「どっちがだよ……ヤッ!!」
掛け声と共に、龍の剣が空中を薙ぐ。埜田が空間を通り抜け、躱したからだ。
そして、次の瞬間にはすでに龍の後ろを取っていた。
『アマいな……』
「お前がなぁ!!」
そう言っている龍の空き手には紅い光が帯びており、それを直ぐさま後方に放弾(ほうだん)する。
が、再びその場から姿を消す埜田。
『ハアァッ!』
本来声を挙げることは戦闘において、相手に自分の距離、位置、現在の体力値などいくつものヒントを与えてしまう。戦闘慣れしている者ならば尚更だ。その為、戦況を不利にする。が、それは一般的な戦闘での話。
術師は時に、そう言う状況に陥るのを承知の上で、行動を取る時がある。それは……。
「グァッ……」
龍の体か凝固した。金縛りである。
『ククククッ……どうだ、アマいのはお前の方だろう……』
含み笑いを上げながら、龍の正面に姿を現した埜田はそう言った。
「クゥウウ……」
歯の間から息を押し出し、無理矢理にでもその体を動かそうと――
「……セン・リョウ・エン――」
呪を唱え始めた。
『どこまでも気に障るヤロウだああぁぁ!!』
叫びながら、龍の手から剣を奪い取ろうと、剣の刃の部分を掴んだ。
「………」
口には出さない、いや、出せないと言った方が正しい状況で、龍はそれを待っていた。埜田が何かしら別のことを仕掛けてくるのを。
埜田が剣に触れる瞬間、龍は自分の指先から断続的に少量の霊気を奮出した。
それが刺さるように、剣に流れていく。そして、同様に剣を伝って埜田にもその感覚は伝わっていた。
『き、貴様……』
龍の霊気が伝わった一時、埜田の束縛する力がゆるんだ。勿論、それを見逃す龍ではない。
ほんの一瞬。言葉通りそれだけの時間だった。だが、それで充分。剣を握り直し、即座に自ら近づいて来てくれた埜田の腹部に一突きを入れる。
『グッ、ガ、ハアァ………』
思わず吐血する。表現は吐血だが、勿論埜田の口から流れているのは血ではない。見た目は血のように赤々としているが、それは埜田が自分の姿をより人に近づけている為、体内物質もそう言う風に見えるだけだ。その実際は、霊気その物。まぁ、その点で言えば生身の人間同様に命に関わるモノと言うことで同じようなモノなのだが……。あえて言葉を創るならば“吐勢(とせい)”とでも言えばいいか。霊気はあらゆる生物の中で命の源である。人でもそれは例外ではない。つまり、これ以上ない勢力を吐き出しているというわけだ。
説明じみた言葉はここまでにして、話を戻そう。
「埜田……――」
動けるようになった体の向きを変え、剣を握ったまま埜田を見て、龍は口を開いた。
「――お前、何か勘違いしてねぇか?俺を課長や、本城さんみてぇな、デカだと思ってんだろう。だがなぁ、俺は刑事じゃねぇ…人に聞かれればそう答えるが、自身はそう思っちゃいねぇ。俺はなぁ……――」
そう言うと、龍は埜田の腹から剣を抜き取った。
『グワアァァァァッ!』
呻きを上げながら腹を押さえ座り込む埜田。
その首筋に血の滴る剣を突きつけ、呪を唱え出す。
「国四(こくし)、霊練総炎千(れいねんそうえんせん)、仁・両・烈・龍・怪、浄改(じょうかい)……」
静かに、だが、強い言葉が埜田に向かって刺さる。
『ウ、な、何故……?』
龍の剣から放たれる光が埜田を包むと、そう言葉を返した。
「――やっぱ、デカなんだな……俺はなぁ、お前を消すつもりでいたんだ。けど、やっぱ、できねぇや……」
呟くようにそう言い剣を下ろした。そして―――
「埜田勝弥、霊事(れいじ)、無免許違反で現行犯逮捕する」
そう言い、その手に手錠を掛けた。
b霊事行(れいじぎょう)――霊的事項呪降実行(れいてきじこうじゅこうじっこう)の略である。簡略化すれば、能力を使う。ただそれだけのことである。そして、過去にはなかったのだが、現在では、霊に対するいわば人権のようなものも存在し、むやみやたらに徐霊や召還をすることが禁じられているのだ。そして、それ等を行うのには国家試験のあるライセンスが必要である。一般的にはD級からA級までのランクが存在し、警官は能力を用する場合、B級以上のものを取得していなければならない。また、心霊課の条件は、A級以上である。ちなみに龍は、特一級公務員試験合格者警官とSP、特一級自衛隊の入隊許可されいる特A級、S級をも取得している。
まぁ、そうは言っても、特別難しいものではない。車を運転するのに免許がいるようなもので、然(さ)して取るのが厳しいというわけではない。だが、無免許で霊事行を行った場合、懲役十五年以下、三百万以上の罰金が科せられる。それほどまでに、実状は厳しいのだ。また、それほどに霊的犯罪が増加しているというわけでもある。
そして、龍が行ったように、霊体でもそれに当てはまるケースがある。

『………』
埜田は黙って龍を見返した。
『殺れよ……』
「だからできねぇって……それより……お前にゃあ聞きてぇ事がたっぷりあっからな。有り体に話してもらうぜ」
そう言うと、龍は埜田の腕を掴み、心霊課を後にした。

龍が部屋を出て間もなくして、心霊課室内に異様な気が生まれた。
『まったく、城島といい、埜田といい、だらしない。我等の力を有意義に使うこともできぬとは……神取も何を考えてあのような者達を………まぁ、いいがな』
そう言いながら男は室内を見回した。
『それにしても……吐き気がするな、この空域は……消すか……』
言いながら両手を広げると、その手の中に二振りの刀が現れた。その柄には、『鬼士華』と『操兵』の文字。
『ハアアァァァ………』
腕を十字組み力をため――
『ハアァッ!!』
それぞれの腕を勢いを付けて開く。
その時、室内で元の状態の所は男が立っていたその足下のみ。
『………轟霊角………いつまで遊んでる……』
『まぁ、そう言うな、鬼士華』
男の他に二つの声が聞こえる。
『何故だ、操兵』
『ここを潰しておくことは我等の負ではない』
『それは否定はせんが……』
『お前等、うるさいぞ』
『力を貸して貰っている割には横柄だな』
『確かに……』
そう声が聞こえると、男の手から刀が離脱した。
そして、二人の新たなる男が姿を現した。
『鬼士華、操兵……』
『行くぞ、轟霊角』
そう言うと、現れた二人の男は空間に姿を消した。
『………』
黙って男も姿を消した。
後には、破壊された心霊課の部屋があるのみ……。