龍の後ろで何かが動いた。金属音と共に。
「掛かったな……」
口元に笑みを浮かべながらそう言うと、城島の剣を弾き飛び退く龍。
そして、視線は城島に向けたまま腰を落とし、直径十センチほどの球体を拾い上げた。
それは、うっすらと青白い光を放ち、中央には、『籠』の一文字が記されている。
「先・両・圓・斎・浄……霊高速禅(れいこうそくぜん)!印(いん)!!」
手元のそれを剣の鍔に合わせながら、そう呪を唱える。そして……。
「『爆(ばく)』連進(れんしん)!!」
龍の言葉に反応し、それは天井と思しき上空の板に向かって直線的に舞い上がった。
そこには、僅かだが光を放つ“穴”と呼べるものがあった。そこに向かってそれは突き進んで行く。
「!や、止めろ!!」
手を上に挙げ、思わずそう叫び声を挙げる城島。
「無駄だ……そろそろ、だろ?」
そう言っているうちに、それはその部分に到達した。そして――
それは一瞬にして四散し、その穴を拡大した。
「やっぱあれが出口だったか……まさかとは思って賭けてみたが……ユカ、もう出ようぜ、こんな空間よう」
「そう、だな……」
龍の行動に驚いてか、そう辿々(たどたど)しい口調で同意を示す返事を返すユカ。
言葉を交わしている間にも、穴は広がり、やがて、そこはもとの取調室となった。

突然、空間の裂け目が輝きだし、それは瞬く間に取調室いっぱいに広がった。
「な、今度は、何なんだ?!」
本城は狼狽している様を見せ、目を閉じた。
そして。次に目を開けた時、目の前には三人の人間と三体の異形の者が出現していた。
「静戒、高木……霧嶋……」
名前を知っている人間の名を呼ぶ本城。
「ん?ああ、本城課長……城島兼司、確保しましたよ」
暢気とも取れる口調でそう言いながら、いつの間に掛けたのか手錠を付けた城島の腕を引き、引き渡そうとする龍の言葉が本城の耳に入った。
「静戒……いったい、これは……?」
「まぁ、詳しいことは後で……ユカ……そっちの?刀元に戻せるか……」
本城に城島に身柄を私ながらそうユカに問う龍。しかし、ユカからの返事はおろか霊気すら感じられない。
「ユカ……?課長、ちょっと早く出てくれませんか?」
焦りのある口調でそう本城を促す。
「あ、ああ、すまない………開いた…?」
言いながら扉のノブに手を挙げて押し開ける本城。
「開いたって、当たり前じゃないですか……それより早く……」
そう言って、城島を本城に渡し、ユカと漆刀の方を振り返る龍。しかし、そこにはすでに漆刀の内の参刀、鬼士華、操兵、轟霊角の姿はなく、ぐったりと倒れ伏している高木がいるだけだった。
「ユカ……幸香ぁぁ!!」
肩を揺らしながら、呼びかけるものの、一切の反応がない。埜田に拳銃を放った時と同じだ。
「静戒……高木のことは私に任せて、斉藤の所に行ってくれ……心霊課が、埜田に占拠された……」
「はぁ……?」
「斉藤が、埜田を食い止めているはずだ。長時間は持たないと言われたが……兎に角急いでくれ!」
「……はい……」
返事はしているものの、高木の肩を掴んだまま動こうとしない龍。
「静戒!!」
「あ、はい!!」
本城の一括で、龍は我に返り、取調室を、捜査一課を足早に出て行った。

「課長!!」
扉を開け放ち、龍は室内に飛び込もうとした。
が、しかし、扉が開かない。
「チッ、結界が張ってありやがる……しゃあねぇ破るか……」
そう言う龍の手には、先程使った霊刀が握られている。
そして、それを――腕を交差し、右手の圧力を左手でカバーしながら大上段に振りかぶった。
一瞬目の前が真っ白に光った後、龍の剣が当たったところだけが光を放っているのが判る。
「よしっ!!暴いた!」
掛け声一括、扉を開くと、龍は剣を構え直し、室内に入った。
中からはかなり強い霊気、そして何かが焼けたような臭いが漂ってくる。
「……何だ?」
「おう、龍か、遅かったなぁ……」
自分の席に座り、タバコを吹かしている斉藤の姿が龍の目に入り、次に自分の霊感の示す先に目をやり、封じられている埜田の姿を確認する。
「課長……これは……?」
「見ての通りの状況だ。埜田を結界で封じた」
さも当然と言った口調でそう言いながら立ち上がり、龍の方へと歩を進める。
「ここが占拠されたというのは?」
「だから、コイツだ……」
視線を下に落とし、埜田を見る斉藤。
「課長が、やったんですか?」
「他に誰がいる?」
確かにその場に一緒にいた本城を退出させてからこの部屋には龍が始めて入っていた。つまり、誰も居ない。
「い、いえ。ただ、こんな事するなら、俺が作った霊犯罪用の手錠、使ってくれれば良かったんですけど……」
そう言うと、壁に沿っておいてあるロッカーの中から、自分の物に近づき、開くと普通の物とは外見も明らかに違う手錠を取り出して見せた。
それを見て気まずそうに視線を逸らす斉藤。だが……。
「あの状態の埜田をそれで捕縛するのは不可能だ。あそこまで漕ぎ着けただけで精一杯だったからな……」
と、自分を正当化しようと改めて龍に顔を向けた。
「は、はぁ……まぁ、それはそれでいいですけど……この埜田どうするんですか?」
「殺れ」
「…………………は……?」
斉藤の言った言葉の意味が一瞬理解できず、そう返事を躊躇ったように言葉を返す。
「始末しろと言ってんだ……」
「シマツ……消せ、と……」
「そうだ。俺は一度埜田にチャンスをやった。だが、こいつは俺の言葉を蹴った。使い道のない者を放置しておく必要はねぇ」
斉藤のその言葉を聞き、龍の顔が引きつった。まるで苦虫でも噛み潰したかのような顔だ。
「………済みません、俺にはできません……理性を失っている時ならいざ知らず、今のままの俺の感情では、埜田を消すことはできません……」
「俺は頼んでんじゃねぇ、命令してんだ……殺れぇい!!」
「たとえ、相手が生身の人間ではなくても、どんな悪党でも、できないものは、できません!!」
龍はそう言うと、右手を強く開き、霊刀を消滅させ、顔を背けた。
『ハ、ハハ……あんた、いい部下持ってんねぇ……』
それまで黙っていた埜田が、やっとと言った感じでそう言葉を発する。
「黙れ……」
斉藤は再び持っていた銃の銃口を埜田に向けそう言い放った。
「………!!課長、まさか、その銃弾、埜田に……」
「そうだ。何か問題があるか?霊気が籠められている銀の銃弾だ。こういう人じゃねぇモノ以外に使い道があるか?俺は有効利用したつもりだが?」
確実に楽しんでいる……。
そう感じた時、龍の感情が変化した。
「課長、あんたって人は!」
「何を怒っている?」
「埜田を、何だと思ってだ!」
「敵だ。他に言葉が必要か?」
「!――」
龍の顔色が変わった。明らかに驚きを示している。
「――先・両・圓・斎・浄……域輪(いりん)、怪閉(かいへい)……」
「龍!?」
「課長、このヤマ済むまで、おとなしくしていて下さい……」
「リュウ!」
「解放!!」
龍の言葉に反応し、斉藤の周りの空間が彎曲しだした。
「ン、てめぇ、何しやがった……」
「あんたの部屋を創ってやったんだ……しばらく消えてな……ああ、そうそう、いくつか報告があったなぁ。一点目、霧嶋、いや、城島は逮捕した。二点目、敵に手中には漆刀の内参刀がある。三点目――」
「龍、止めろ!直ぐに止めろうッ!」
そんな斉藤の叫びに耳を貸す素振りすら見せず、踵(きびす)を接して話す龍。
「――これは俺の推測だが、高木幸香は普通の人間ではない。以上だ。じゃあな。ああ、心配するな。埜田との決着がついたら、戻してやっから。しばらくの間だ、アバヨ……課長……」
言いながら、右手を突き出しその開かれている指を閉じた。瞬間、斉藤の周りの彎曲されていた空間が元に戻り、その中に斉藤も引き込まれる――
「てめぇ、出てきたら、覚えてやがれぇ!!」
――叫びながら。
「はぁ……でよう、埜田……」
ため息混じりにそう言いながら埜田の方を振り返る龍。
「さっきから何やってんだ?俺が気づいてねぇとでも思ってんのか、えぇ?」
言うが早いか、龍は再び剣を霊製させ、埜田を封じている結界を斬りつけ解き放った。
「分かってはいるだろうが、一応言っておく。別にお前を助けたわけじゃねぇ……お前の浅知恵を封じただけだ。お前のその封印を解き、その作用を俺と課長に浴びせようとしたことをな」
そう言うと、剣を喉元に突きつけた。
『ほう、ばれていたか……では、何のために斉藤を別空間に追いやった』
「お前と殺り合った時、課長の命まで保証できねぇからだ……それじゃあ不満か?」
『いや……なるほどなぁ!!』
叫びながら地を蹴り、龍に突進してくる埜田。